第五十三話:鳳凰の名
力と技が激しくぶつかる。一瞬たりとも気を抜けず相手の動き一つ一つを捕らえるだけではなく、その先の動きまで読んでの攻防戦は二人を武の頂きへと叩き上げていく。
しかし、龍は相手がいかに達人であっても負けることはもちろん、引くつもりさえなかった。寧ろ、彼が負けることは今戦っている鳳凰の負けすら意味することは分かっていたから……
「くっ……!!」
「うっ……!!」
拳同士がぶつかったあと、互いに回し蹴りを繰り出してそれは大きな衝撃波を生み出して互いの体を左右に弾く。
まだ互いに一撃たりとも攻撃は受けていないものの、表情を歪めるには充分な力同士のぶつかり合いに常人以上の体力を誇る龍でも息をあげていた。
「はぁ、はぁ……」
壁際で何とか重力を操って衝突を避けた龍は一旦呼吸を整える。
今現在、肉体面の強靭さから言えば間違いなく鳳凰の方がダメージを蓄積しているに違いない。
ただし、このまま長期戦になった場合、体力面は重力を操っている龍の方が先に尽きる可能性はある。
かといって、まだ覚醒すらしていない龍の方が断然有利に戦えることは確実だ。だからこそ、龍は無意味だと分かっていても再度説得を試みた。
「……鳳凰、引くんだ」
本来なら戦う理由はないと、それはお前にも分かっているはずだと告げるがそれでも鳳凰は首を縦には振らず、再度龍と戦うために臨戦体勢を整えた。
「……何度言おうともそれは不可能だ。我々鷹族の存在意義は主を命懸けで守ること。それに背くことは死を意味する」
「鳥の女神を救えたとしてもか」
鳳凰の表情が若干歪む。彼女の安全が確保されれば少なくともこの戦いを止めることは出来ると龍は考えていた。しかし、それでも鳳凰はそれを是とはしない。一体、これ以上何が彼を戦わせるというのか……
その時、こちらに近付いて来る足音に二人は気付いて視線を向ければ、多少の火傷を負った青年が息を乱しながら二人の間に入ってきた。
「隊長っ!」
「蜻蛉……他の者達は片付いたのか?」
あくまでも任務を遂行しろという鳳凰に蜻蛉は片膝を折って鳳凰に嘆願した。
「引いてください! 鳥の女神殿は啓星殿が取り戻しました! これ以上天空王殿と戦う理由はございません!」
うまくいったのかと龍は安堵する。所々で戦闘が起こってた事は聞こえて来る轟音で感じ取っていたが、一行の内の誰かがまずいということは通信にも入ってきておらずおそらく全員生きているのだろうと予測は立つ。
しかし、反旗を翻すにはまさに絶好のチャンスだというのに鳳凰はそれを静かに否定した。
「……戦う理由はある。鷹族の掟だからだ」
「守るべきものは業ではございません!」
「そうだ、自分の主だ」
「でしたら!」
「鷹族の主は鳥の女神殿でもフラン社長でもない。今は武帝だ」
その瞬間、鳳凰から叩き付けるような熱風が放たれて蜻蛉と龍は飛ばされぬように防御する。それから室温はぐんぐんと上昇し始め、熱で視界が揺れ始めた。
ただ、それだけでもはっきりと分かるのは鳳凰の目が赤く変化したこと。
「蜻蛉、すぐにこの場から離れろ。これより先、巻き込まない自信はない」
「隊長っ!」
「これは命令だ。離れろ」
逆らうことは許さないと鳳凰の覇気に蜻蛉は当てられる。これ以上説得を試みたとしても鳳凰は受け入れる事はない。そう感じ取った蜻蛉はやりきれない思いを抱きながら、背後にいた龍を一瞥してその場から姿を消した。
そして、蜻蛉が姿を消した後、鳳凰は一度だけ目を閉じたがすぐに龍を視界に捉えて告げる。
「中断してすまなかった。だが……!」
目が赤く輝けば鳳凰に灼熱の火が纏わり付き、それは一旦巨大な翼へと姿を変えたがまた凝縮して全てが鳳凰の力へと変換する。
彼の名を現したかのような美しい姿に、これがただの手合わせだったなら讃えていただろうが、この力と対峙しなければならない龍はどうするべきかと考える。
ただ分かることは、こちらも力を解放せずに戦うことは出来ないということ。
そして、力を解放した鳳凰は龍を見据えてスッと構える。
「礼を払い、これより全力を持ち戦わせてもらう」
火を纏った肢体、相手の力を切り裂く剣、だが何より武の頂きを極めているという点がこの男の強さ……
明鏡止水という言葉が似合う男ではあるが、その纏う空気の中には激しい闘志を秘め、今それは龍に隠すことなくさらけ出されている。
「鳳凰の名のとおりというわけか……」
「そちらも解放しろ」
促された覚醒を意味する言葉に龍は反応する。しかし、それは武の道を行くものとして強きものと戦いたいという純粋な心ではなく、龍を完全に葬り去るという殺気を含んだもの。
何より、天空王として覚醒した龍を倒すという事は一行の戦意を削ぐことはもちろん、武帝の望みを叶えるというかたちにもなる。
全て覚悟の上で自分に向かってくるのかと感じ取った龍は、この男を止めるための最後の手段を取ることを決意した。
いや、元々初めからこうなる事が決まっていたという方が正しいのかもしれない……
「……良いだろう、礼を尽くすのは天宮家の家訓だからな!」
上着を投げ捨てた龍は光に包まれると一気に力を解放し、それは爆風を生み、全てを掌握するような威圧感を放つ!
それに鳳凰は弾き飛ばされないようにと足に力を入れて耐えれば、さらなる力が叩き付けられてついに膝を折ることになった。
そして、彼は天を従える王と対峙することになる……
「……天空王」
「全力でいく……」
黄金の双眸を龍はゆっくりと開いた。
一方、武帝と対峙していた啓吾は……
「……龍が覚醒したな」
「はい……、影響は?」
「多少ありってぐらいだ。とりあえず次男坊、さっさと鳥の女神を連れて消えとけ。それに柳達にも怪我させんなよ? てか、させたら殺す」
相変わらずのシスコンぶりだが、確かに啓吾の言うとおり今は撤退するしかない。ただ、上空に浮かんでいる武帝がかなり厄介な相手だとも分かるわけで……
「……勝てるんですか?」
「それをやるのが俺だ。いいから行け!」
そう告げたと同時に啓吾は宙に舞い上がった。ここからは手出し無用だということなのだろう、秀は背を向けて一行の元へと駆け出していった。
そして、啓吾は二百代前と変わらない、いかにも武の道を歩み続けてきた帝王という貫禄を持つ男に対して、彼は二百代前と同じようにおちょくったような顔をして切り出した。
「相変わらず龍の邪魔しか趣味がないのか、おっさん」
「口の減らない小僧が……」
「で、二百代前の報復をこの現代でやるためだけにここまで大掛かりな騒動を起こした訳じゃないだろう? 狙いはなんだ」
啓吾の表情が変わった。それはごまかした解答などいらない、全て吐かなければこの場で消し去るという殺気まで込めたもの。
それに対して武帝はニヤリと笑みを浮かべて、相変わらず鋭いところを突く青年を称賛した。
「フフッ、お前のような有能な駒が鷹族であれば天空王はおろか、沙南姫にもそれなりの打撃を与えられただろうな」
「御託はいらねぇよ、さっさと吐け」
「お前達の予測通りだ」
その瞬間、殺気を纏った花びらが武帝に襲い掛かり、さらに重力が武帝へ叩き付けられる!
そして、二人の青い衣を纏った従者と対峙した武帝はその答えを告げる。
「天空王と太陽の姫君の力を手に入れること……、そしてこの世の全てを我が手にすることだ……!」
全てを賭けた戦いが上空でも繰り広げられようとしていた……
お待たせしました☆
今月初ですね〜!
さて、やっとクライマックスのバトルになってきた天空記。
バレンタインデーだというのになんでこう……
あ〜〜ギャグと恋愛はいずこへ!?
うん、最後に書くからいいけど!
そして、武帝の狙いは何やら龍と沙南ちゃんの力みたいですが……
まぁ、武の帝王ということなのでどうしてそれを求めているかは書きますのでお楽しみに☆