第14話 仲間入り
「私の名はカルカロ・ベウス。ナギヒコ……お前が気を失っている間に我々で勝手に決めてしまったことは申し訳なく思うが、旅に同行させて貰うことになった。よろしく頼む」
そのように自己紹介しながら、先ほど目を覚ましたばかりのナギヒコにお辞儀をするカルカロ。
「……えっ、いや、それは有難いというか、心強いとしか言いようがないんですが、俺はかなり大変な旅の途中……というか、全然全くこれっぽっちも進んでいないどころか、初めの一歩目からすっ転んで目的地とは正反対の断崖絶壁を落下しているような旅なんですが、本当に大丈夫なんですか?」
まだ一つ目の街にすら到着していないにも関わらず、あまりにも次々と妙なことに巻き込まれているため、前途多難というレベルではない。ナギヒコとしては美人なお姉さんと平和に観光できるのであれば心から嬉しいが、今回の旅路は流石に巻き込んでしまう罪悪感の方が買ってしまう。
「現状を冷静に分析できて偉いね、ナギヒコ」
「うるせぇ。誰のせいでクトゥルフ事案に巻き込まれたと思ってんだ……俺のせいだ、ごめん」
「ちゃんと謝れて偉いね、ナギヒコ」
誰かのせいにしたいが自分の顔しか思い浮かばず、項垂れるしかないナギヒコ。そして、定位置の右肩
に寝そべっているブルースは、励ますように彼の頬をヒレでぺしぺしと叩いている。
その様子を穏やかな眼差しで見守っていたカルカロは、そっと言葉を返す。
「語るまでもないが、私もマザー・シャークには大きな借りがある」
その言葉は混血の者たちの起源はマザー・シャークによる眷属化の影響のことを示していた。三千年という長い年月によって血は薄まってはいるが、稀にカルカロのような先祖返りと呼ばれる現象が起こることもある。そして、その多くは忌避され、迫害される。
「個人的な復讐心だけではなく、次世代の子供たちに私のような境遇の者と同じような苦しみを味わわせないためにも、マザー・シャークを討つ必要がある。これはナギヒコたちだけの問題ではない」
カルカロの決意を示す言葉にブルースも頷く。
「ゲームと違って、魔王を倒すのは勇者だけの仕事ではないからね。現実に世界中で異変が起こり始めているわけだから、主人公の預かり知らないところでも、様々な国の様々な兵士や強者たちが、どこかで誰かのために戦っているものさ。ナギヒコ……君はアーティファクトに選ばれた存在ではあるけれど、一人で使命を背負い込む必要はないよ。これは気遣いではなく、ただの事実さ」
「そうか……それなら、カルカロさん、これからよろしくお願いします」
ナギヒコはそう言ってお辞儀を返した。
「私に敬称など不要だ。普通に話せば良い。お前のいた世界の常識は知らないが、この世界では相手が相応の権力者でなければ、敬語を使う者の方が珍しいくらいだからな」
「そうですか。いや、えっと、そうか。じゃあ、改めて……よろしくな、カルカロ」
ナギヒコが握手を求めて手を差し出すと、カルカロもそれに応じた。
『ねぇ、カルカロ。落ち着いてくれたのは良いけれど、ここまで冷静だと逆に怖いのだけれど』
二人のやり取りを見守っていたブルースは、カルカロに向けてのみ、そのように念話を送った。
『失礼な物言いだ……とは言い切れんな。昨日の私は、初めて異性から受けた肯定的な言葉に動揺していただけだ。既に乗り越えた』
『それなら良いけれど……そろそろ手を離したら? ナギヒコが戸惑っているよ?』
カルカロはブルースに自身の奇行を指摘されて手を離す。誰がどう見ても乗り越えてはいないが、そこを指摘すると面倒臭くなりそうだと判断し、ブルースもそれ以上は踏み込まなかった。
「あぁ、すまない。家族以外と手を握って貰えたことなどなくてな。女らしくない手で驚いただろう」
カルカロの手は傷が多く、男であるナギヒコよりも遥かに厚みがあり、力強さを感じさせる。幼い頃から現在に至るまで、異性から忌避されていたが故に気になることすらなかったことが、今になって気恥ずかしく思えてしまっていたのだ。
「えっと、俺はあんまり嘘吐きたくない人間だし、女らしいかって言われちゃうと返答に困るけど……でも、すごく頑張った人の手だって分かるから、俺は好きだよ」
「……そうか」
カルカロは自身の掌を見つめた後、無表情だった顔に僅かな笑みを零した。
『おい、ブルース。笑ってくれたぞ。目標達成だな』
『……良かったね』
『随分とテンションが低いな。どうしたんだよ? 俺が寝ている間に何かあったのか?』
ブルースは「あったなんてもんじゃないよ」と叫びたいところだが、その気持ちを抑え込む。ナギヒコがイケメンムーブをするのは好きにすれば良いと言いたいところだが、やたらと相手を、主に異性を勘違いさせかねない言葉を使うのは注意すべきだろうかと思っていた。しかし、貴重な青春の期間を潰してしまった以上、異性との様々な経験を楽しんで欲しいとも思う。まさしく二律背反といった心情だ。ただ、相手が盛大に拗らせている点に全ての不安要素が詰まっているが。
『これからのことを色々と考えていただけさ』
恐らく不慣れな念話を使用したことの影響なのだろうが、先ほどから脳内に響く『好き』の連呼に辟易しながら、ブルースはそう言って誤魔化した。
それから少し経った頃、ナギヒコたちが村の外に出ると、空は茜色に染まり始めていた。
「……アレ?」
ナギヒコが困惑しながら村と外の境を行ったり来たりすると、まるで写真を捲る様に昼夜が逆転する。そこで早朝にアミティ村を出てから、元盗賊と殺し屋のやり取りに介入した後、その足でチャムまでやって来たが、ダゴンと遭遇した時には日が沈み始めていたことを思い出した。
「時間の流れまでおかしくなっているのだろうね。恐らくダゴンは効果範囲に侵入した者に対して、何らかの精神干渉を行い、本来は浮かぶべき疑問すら封じていた。そして、幻想で騙し、捕食するような形を取っていたと言ったところかな」
「何かまどろっこしいな。あれだけ素の状態でも強いなら、普通に村の外で暴れても良いような気がする」
「元のダゴンと違って頭が働かないということもあるだろうけれど、海というのが重要だったのかもね。何よりも神々の注意を引いてしまうことを恐れていただろうし。そもそも素人の君にさえ負けたわけだし、カルカロだったら吸収させる前に瞬殺とまではいかないかもしれないけれど、恐らくは秒殺だったかもね。後、ほら、途中で出会った元C級冒険者のエーゴさんも怪我をする前なら倒せていたかも。素人同士の喧嘩と違って、膂力だけで勝てるほどプロの戦いは甘くはないから」
「カルカロって、そんなに強いのかよ……って、そうだった! 鮫魔法だ! マジでずっと気になって仕方がなかったやつ! その辺りも含めて、色々と教えてくれ!」
「そこら辺は彼女のプライバシーだから」
「何だよ。じゃあ、俺についての説明もしていないのかよ? お前にしては効率が悪いな。別に気を遣う必要はないぞ?」
「家族構成から何やら余すところなく説明済みだよ。一昨日、バトロスと戦って失禁したことも」
「……ガキが、潰すぞ」
『そもそも僕じゃなくて、カルカロに尋ねなよ。君、意外と女子にモテるって言っていたじゃないか』
ここでブルースが念話に切り替えて揶揄う様に言った。ナギヒコは嘘を吐いたわけではないが、異性からモテるのと、お喋りが得意かどうかは別問題だ。しかし、ここで躊躇えば馬鹿にされると思い、意を決してカルカロに話し掛ける。
「あの、カルカロ? あの、その……あなたのことを色々と教えて欲しいんだけど良いかな? もちろん、言い辛いことは無理には聞かないけど、相互理解? みたいな? こう、せっかく仲間になったわけだから……駄目かな?」
ナギヒコはたどたどしく、顔色を窺うように尋ねる。その姿は『意外とモテる』発言に審議が求められそうな有様であり、本人も自覚しているのか、ブルースの訝し気な視線に気づかないフリをしている。しかし、子鮫は容赦しない。
『あちゃあ、これは駄目だね。仮にモテていたとしても、あまり接点のない先輩や後輩からだろう? いざ実際に話してみると、すぐに会話が終わってしまって即蛙化現象が起こるタイプだね。鮫、蛇と来て蛙の力まで得るとはやるじゃん。あっ、竜だった。普通に間違えちゃった』
ブルースが煽り、ナギヒコが必死に怒りを抑える中、カルカロは静かに答える。
「無論だ……私はナギヒコに隠すべきことなどなく、そして、力量などもお互いに把握しておくべきことだ。しかし、夜になる前には街に到着した方が良いだろう。歩きながら話そう」
カルカロは淡々と述べると、周囲を警戒しつつ、歴戦の戦士の如き風格を漂わせながら歩き始めた。それと同時にブルースに念話を送る。
『相談がある……身長差があるが故に、必然的に上目遣いとなり、顔色を窺いながら尋ねてくるナギヒコが可愛過ぎる。私はどうすれば良い?』
『……君は君のペースで歩めば良い。焦らずに行こう。ナギヒコも君に女性として魅かれているのは間違いないからね』
ブルースは「知ったことじゃないよ」という本音を隠しながら、答えになっているようでなっていない言葉を返した。
そして、そのような言葉と脳内で行われる複雑なやり取りを終えた二人と一匹は、次の街までの道を進み始めた。




