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戦争捕虜の少女たちが労働施設でロックバンド  作者:
みんな傷つけザラザラ山猫
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チョコ=ヴィッテの決断

 なんとなく、だ。

 本当になんとなくだが、山猫のパッセージはネクタリオに届くのではないか。チョコはそんな期待に胸を膨らませてしまった。山猫の繰り出す痛々しい一言一言は、それはムオン人からしても非常に新鮮で、鮮烈で、心に刺さった。つまり自分には刺さっていたのだ。

 自分とネクタリオが同じだとは思わない。それでも、まったく違うということはないはずだ。

 ムオンの、音楽を含めた文化が悪いわけではない。しかし、世界にはこんなにも違う力強い音楽が溢れている。ムオンの思想は少なくとも文化を縮小させていく。それに対抗しようとして、父と母はパルチザンになったのだ。

 ネクタリオは体制側で、父と母は造反分子だったとしても。彼の本質は絶対にこちらにある。少なくともチョコはそう思っている。

【お尻を拭いてもらうことに慣れすぎちゃった子犬ちゃん。餌が天から降ってくる】

 そんな屈辱を受け入れられるほど、自分たちを低く見積もることなんてできないはずだ。そうだろう、ネクタリオ=ハックツァー。

 山猫はなんて凄いのだろう。ここまでの楽曲に育つことを、彼女の中に青写真を描けていたのか。

 チョコはずっと納得がいかなかった。どうして桜はヴォーカルをおろされたのだろう。その上で、なんでこんなに痛々しいだけの山猫が歌っているのだろう。チョコは桜に敵ながらシンパシーを感じているところもあったし、桜がヴォーカルを降ろされたのは納得のできない出来事だった。

 しかし今ならば、わかる。痛々しいだけの声というのは、それは特徴的だということだ。それは引き算の行き届いた洗練された声だということだ。そんなことにチョコは気づかなかったのだ。

 なんて悔しいのだろう。

 その圧倒的なパフォーマンスを繰り広げる音マスを、自分は観客席から見るだなんて。どうして自分はそちら側にいないのだろう。

 洗練された声で叫び続け、荒々しくベースを叩く山猫。

 圧倒的な技術によって生み出される繊細な音を高飛車なほど見せつける雲。

 バンドのすべての音を汲み取って、最上のグルーブを生み出す桜。

 ああ、どうして自分はこっちでそれをただ聞くだけなのだろう。どうして自分はここでズボンを握りしめているだけなのだろう。

【お尻を拭いてもらうことに慣れすぎちゃった子犬ちゃん。餌が天から降ってくる】

 ただし、本当に欲しい餌は天から降ってこない。

 欲しいものがあれば、自分から動かなきゃいけない。それは、山猫のように。父と母のように。

 チョコは気がついた。

 些細な変化に。

 ——桜のドラムスが、弱い。

 いや、弱いというには語彙が足りない。本来よりも細かいテクニックを多用して、ニュアンスを伝えようとしているように聞こえる。しかし直情的な楽曲にそれは不釣り合いで、雷鳴のような山猫のヴォーカルに微妙な変化はかき消されてしまう。

 それを感じて注視すると、桜の表情には焦りが見られた。何かを必死に変えようと、なんとか歯を食いしばっている。しかし、それはどうやっても上手くいっていないように感じた。

 桜の視線が頭上を通り過ぎる。後ろの方を見ている。釣られて振り返る。大絶叫し、それさえも演奏の一部になろうとしているニッポニア捕虜の悲鳴がある。

 その中には暴力的な盛り上がりを見せているものもいて、「殺す」と叫びながら一歩でも前にと腕を振り回すものもいる。殺したい相手は当然のように山猫だ。現時点では。でももし彼女が一歩一歩進み、監察官の間を抜けて共産党員のもとへ届こうものならその矛先が共産党員だとされてしまうことは明らかだ。そこまで進めば、あるいはそこに進むよりもずっと前にリスク排除の目的で殺されてしまうだろう。

 そうなればこのライブは終わり。音マスの夢は終わり、ニッポニアのチャンスは消えるし、私の望みも叶わない。

 ——桜は、バランスを取ろうとしてる。

 リズムを変えたり強弱を変えたり、必死に山猫を掌握しようと歯を食いしばっている。

 でも、無理だ。

 役割が違う。

 山猫の歌声は彼女自身のベースを雲のギターに乗せられてどこまでも高く舞い上がっている。下からの支えが変わったところで、飛んでいるものに影響なんて与えられない。

 桜が、苦しそうだ。

 助けなきゃ。と、チョコは思った。

 気がついたときには舞台に向かって動き出していた。

 チョコは同僚の監察官をかき分けて通路に出た。そして、山猫が歌っているその目の前にしゃしゃり出た。

 山猫は他の観客を見るのと同じように私を見た。

【お尻を拭いてもらうことに慣れすぎちゃった子犬ちゃん。餌が天から降ってくる】

 その声が心のうちから突き破らんとして、鼓動が高まって、チョコはファンの一人になってしまいそうになる。山猫は所詮は奴隷。格好も見窄らしく、汚らしい。それでも歌い、ベースを叩く彼女はなんと神々しいのだろう。

「おい、なんだお前は」

 共産党の誰かがチョコの肩に手をかけた。

 その瞬間、山猫と目があった。

 チョコは啖呵を切って、勝手に練習に参加するのをやめたのだ。もしかしたら、山猫はチョコを恨んでいるかもしれない。

 でも、怯んじゃダメだ。

 できるのは、私だ。

 山猫は、何事もなかったように顎をしゃくった。早くこっちへこいということだと受け取り、チョコは雲の横を通り過ぎる。雲は細かなカッティングを決めながら、チョコに笑いかけた。一番奥の桜は、目をキラキラさせながらチョコの方を見ていた。

 チョコは何ヶ月も音マスに参加しなかった。

 それでも、仲間だ。

 チョコはパイプオルガンの椅子に腰をおろす。それは慣れ親しんだチョコの居場所だ。確かに、場所はある。ただし音はそこに居場所を与えてはくれない。

 雲の超絶技巧と、そこに力強くぶつかっていく山猫のベース。それらが桜のドラムスの遥か頭上で斬り合っている。

 チョコは優しく打鍵した。パイプオルガンは強く叩こうが弱く叩こうが同じ音色がなる楽器だが、それでも慎重に触りたくなった。ギターとベース、ドラムス。そんなロックの音とは一風違う、教会にお似合いのパイプオルガン。それでも、これからこの音で、音マスに居場所を作るのだ。

 行くよ、桜。

 剥き出しの山猫のメッセージを、私たちが音楽にするんだ。


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