祭野桜の居場所
一ヶ月以上も懲罰房に入れられることなんてありえない。なぜならそれは死刑に等しい行為だからだ。祭野桜がこの労働施設で働き始めてから一年以上が経過して、同じ班から懲罰房送りになった仲間は計九人。一人は手毬で、雲の手助けもありすぐ出て来れたため痛手は受けなかった。六人は五日以内に出てきたものの、激痩せして精神的におかしくなり希死念慮に苛まれていた。残りの二人は房中で衰弱し、監察官に処分されたとのことだった。
山猫の一ヶ月は、それらとは比較できない。なぜ彼女だけがそうなってしまい、本当に山猫はまだ生きているのか。それは知ってしまえば当然のことではある。
「あら〜、また上手くなってるわ」
毎夜、雲はレコーダーを作動させていた。するとそこには、荒々しくも心に迫るミュージックが収められている。音の奔流は山猫のベースだ。桜は山猫がベースをこのレベルで弾けるだなんてまったく知らなかった。技術云々はわからないが、まるでこぶしを利かせて歌うような旋律が脳に直接叩きつけるように迫ってくるのだ。
ただしよく聞くと、その音を音楽たらしめているのがキーボードの音色だと気がつく。ベースの足りない部分を低音で巧みに埋めて、更に高音域はメロディアスでそれが曲たらしめていた。音楽のことなんて、桜は祭囃子しか知らない。それでも、一度聞いたらずっと頭の中で響き続けるような、粘り強く突き刺さる強力な音だと思った。
「……すごい」
山猫がベースを手にした段階で、桜はベースを練習するのをやめた。自分がやるべきではないと、それは一度聞いただけでわかったからだ。その瞬間に理解できるくらいにはすごかった。しかしそれは月日を経るごとに、恐ろしいスピードで進化している。
「さぁ、桜さん! 私たちも負けてられないわね!」
なんとなしにピッキングする雲のギターは、おそらく二人に引けを取らない。どころか、変幻自在でどんな演奏もできる雲の音が、二人の音に合わさってどんなハーモニーを奏でるのか楽しみでもあった。
桜がベースを弾こうと思ったのは、そもそもバンドのバランスを考えてのことだった。山猫がベースを始めたことによって、今度はドラムスの役割が浮いたため、今はその練習をしている。桜は地元のお祭りで和太鼓を叩くことが多いため、まったく違うにせよベースよりはよほど上手くできそうだとは感じていたが、しかし山猫やチョコの演奏に自分のパーカッションは混ざれるレベルにない。
さらに言えば、桜は耳に自信があった。
いつどんなタイミングでどんな声を出せばいいのかを常に考えていた桜は、たくさんの人の声を、動作音を聞き分ける訓練を常にしていたから。
どうすれば人に届くだろう。
みんなが何をしているときであれば、自分の言葉は聞いてもらえるだろう。
どれだけ声を張り上げれば、その声は届くだろう。
そんな桜は、彼女の中で一つの結論に達していた。
——ウチの声は、埋没する。
山猫のベースがどんどん荒々しくなればなるほど、それにつられるように雲のギターも激しいものへと変化している。殴り合いの準備をするみたいに、雲はギターの旋律を変えている。
もっと大きな声を出さなきゃ。
もっと強い声を出さなきゃ。
もっと刺さる声を出さなきゃ。
そうしなきゃこのバンドに、自分の居場所なんてないのだ。




