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戦争捕虜の少女たちが労働施設でロックバンド  作者:
冒涜的チョコ・コーティング
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思い出

 頭の中で様々な後悔が巡り巡った。

 でも頭はよくできていて、たまに麻酔みたいに楽しかった頃の記憶も呼び覚ました。

 その記憶の中では、おばあちゃんが三味線を弾いて見せてくれていた。おばあちゃんは格好良かった。三味線を構え、撥を握って三の糸に軽く触れただけでなんだかすごいことが始まるんだなという感じがした。

 本手の旋律は深みがあり、それを聞いていると自分もおばあちゃんの生きてきた歴史を一緒に生きているような気分になれた。叩きが始まれば、彼女はすごい迫力で三味線を打楽器へと変える。迫力があって、正確で、胸に響く音に私は魅了されていた。

 三味線はそれ単体で聞き応えのある楽器だ。ただし、おばあちゃんはそれだけじゃなかった。おばあちゃんは歌い手だった。だからおばあちゃんの声こそが最高の楽器だった。しゃがれたその声は、人によっては汚い声だと言った。でも、なんだかおばあちゃんの歌声を聞くと泣きそうになる。

 三本の弦を様々な方法で触れ、七色どころではない音色を鳴らし、その中でおばあちゃんの感情が、心が直接届くような感覚に陥る。

 私はおばあちゃんが本当に好きだった。だから私はしきりに教えてと頼んだ。

「わしんようになっちゃダメだぁ」

 でもおばあちゃんはいつもそう言って、三味線を教えてはくれなかった。

「下賤だて。芸人なんちゅーもんは」

 すごく格好いいのに、おばあちゃんが自分を卑下するのはすごく悲しかった。おばあちゃんは私の頭を撫でてくれて、たまにその手が頬に触れると指先がとても固くなっていた。すごいなぁと思った。それはおばあちゃんのやってきたことの証で、証明だ。私もずっと、何か誇れるものが欲しかったんだ。

 私はおばあちゃんに隠れて三味線の練習をした。それにあのしゃがれた声が羨ましかったから、こっそり家にあった度数の高いお酒でうがいした。おばあちゃんの声は酒焼けってきいたから、こうすればおばあちゃんに近づけるかななんて、そんな風に思って。

 私は少しは三味線が弾けるようになったころ、私はある日ひどい風邪をひいた。全身が凍えるように寒く、布団の中で震えながら丸まっていた。おばあちゃんの作ってくれたおじやもまともに食べることができなかった。

 喉が、いがいがした。私は震えながら、これはチャンスかもしれないと思った。喉が痛んでいるいまこそ、お酒がより喉を傷つけてくれるかもしれない。私はみんなが寝静まった頃、フラフラしながら立ち上がって一人で台所に行きお酒でうがいをした。

「なにやっとんじゃ」

 振り返ると、おばあちゃんがいた。

「子供が、病人が、何飲んどんじゃ」

「いゃ゛、これゔぁ」

 喉が、焼けるように痛い。おばあちゃんが鬼のような形相で私からお酒を奪い取り、そのまま私の顔を引っ叩いた。

「誰がお前をそんな風に育てた? 誰がじゃ。誰がじゃ」

 何度も何度も私を叩き、大声を上げ、そのまま父も起きてきた。

「ばあさん、何やってんだ!」

 父はおばあちゃんをはがいじめにして、私は逃げるようにその場を去った。喉は痛いし、頭はクラクラするし、死にそうだった。私は布団に倒れ込んで、そのまま意識を失った。目が覚めたら私の頭には水を含んだタオルが置かれていた。もう冷たくないそれを布団の横に置く。

「おお、元気になったんか」

 お父さんだった。

「昨日は大変だったなぁ、ばあさんも少し、ボケてきてっから」

「ぢ、ぢがうよ。ゲホッゲホ」

 声がうまく出ない。

「喋らんどき。いいからいいから、ばあさんには言っとくから」

「あ゛の——」

「いいから黙っとけ」

 強い一言で、私は凍りついた。いや、違うのだ。おばあちゃんは私がお酒を飲んだと思い込んでいたから怒っただけで、別にボケてたわけじゃない。でも、いまの私の声ではそのことをうまく伝えられない気がした。

「まだ学校休んでてえーから、寝とき」

 私は頷いて、もう一度意識を手放した。


 再び目が覚めた時はまだ午前中だった。お父さんは農作業に出ていて、おばあちゃんが家に残っていた。おばあちゃんはポロンポロンと、一音ずつ丁寧に三味線を弾いていた。

 おばあちゃんの顔を見た。両頬が腫れていた。ひょっとしたらおばあちゃんは、お父さんに殴られたのかもしれなかった。私がおばあちゃんに殴られたみたいに。

 きっと私のせいで殴られたんだ。

 謝らなくちゃ。

「……お゛ばあ゛ぢゃん」

「黙り」

 いつもの優しいおばあちゃんから出た声とは思えない、キツく冷たい声だった。

「酒飲みの声は聞きとうない」

「わ゛だじはお゛酒」飲んでいないよ。

 そう伝えたかった。でも、おばあちゃんはそれを許してはくれなかった。

「醜い声じゃ。喋るんじゃねぇ」

 私は勝手に、心を引き裂かれた気分になった。

 一人ぼっちになったみたいだ。あの優しかったおばあちゃんが、変わってしまったと思った。もちろんそれは私の責任だと思う。でも、一言言い訳を聞いてくれたっていいじゃないか。私はおばあちゃんの声に憧れて、あなたの歌声を真似したくてこうなったのに。

 いつも自分を卑下するおばあちゃんを、肯定してあげたかっただけなのに。なんでこんなことになってしまったんだろう。


 まことに残念なことに、このときに私の声は完成してしまった。

 ザラザラで聞き苦しい、子供なのに酒焼けした声の出来上がりで、その後治ることはなかった。私が何かを喋るたびに、おばあちゃんは「醜い」とか「汚ねえ」などと言った。手に入れたくて手にしたこの声は、手に入れた最初から傷物で、私は喋ることが大嫌いになってしまった。

 私との関係が悪化したのが原因か、それはわからないけれど、そのあたりからおばあちゃんは急激にボケていった。

 別に私がわるくなかったなんていうつもりはもちろんない。でも私のやったことは、憧れる人に近づく努力をしただけだ。その努力を、なんの理由も聞かずに否定するなんて酷い。私はただ、おばあちゃんみたいに格好良くなりたかっただけなのに。

 私を型にハマった幸せに当てはめようとするお父さんと、ボケて私を罵倒するばかりのおばあちゃん。私は実家で急激に居場所を失い、とにかく早くその場から離れなければならないと思うようになった。

 喋るのが怖くて、友達は一人もいなくなった。自分の声を聞かなくていいから好都合だ。

 私は私の人生を、この声とは関係ないところで切り開く。たくさん勉強して医者になって、世界のどこでも生きていけるように羽ばたくんだ。そうすれば、私の声を馬鹿にする人なんて一人たりともいなくなる。きっと、きっとそうなんだ。

 それなのに。

『わぁ、すてき〜!』

 その人は、ふわふわとした笑顔を浮かべて私の声の感想を言った。いつも本気か冗談かわからない人だけれど、一度たりとも私の声を馬鹿にはせずに褒めててくれただけじゃなく、素敵な音楽の一部にしてこの汚くて見窄らしい声を最高に格好よく変えた。

 そうしたら、私のここ何年かのコンプレックスなんて簡単に吹き飛んで、しゃべることが怖く無くなってしまったんだ。

 また、喋りたいな。

 私は思った。

 雲に、また声を聞いてもらいたいな。


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