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戦争捕虜の少女たちが労働施設でロックバンド  作者:
冒涜的チョコ・コーティング
34/64

狙われた山猫

「バンド名を決めましょう!」

 音楽室で、雲が突然そんなことを言い出した。

「三人になったのだし、他の人たちが私たちを呼ぶときに名前がないと困ってしまうわ!」

 そうだろうか?

「いらなくないですか? 呼ばれる可能性があるのって、出し物する一回限りですよね」

 私たちが呼ばれるのは半年後の演奏だけだ。そのときに名前がなくても、『次の人たち、どうぞ』とか言われて出ていけばいい気がする。

「ダメよそんなの、ぜんぜん味気ないじゃない!」

 珍しく強い口調になる雲がなんだか笑える。

「そうだよ山猫ちゃん! バンド名あった方がいいよ! 格好いいのつけよう!」

 そこに桜も乗ってきたので、あまり強く反対することもできなくなってしまった。

「……まぁいいですけど。私は特にこだわりないし、みんなが決めたのに従いますよ。雲さんは案が?」

「ないわ!」

 ないのかよ。

 相変わらず雲は何を考えているのかわからない。

「桜はどう?」

「せっかくだし、私たちを表す名前がいいんじゃないかな……。『ニッポニア奴隷軍』とか」

 なんだか士気がさがる名前な気がする。第一私たちは奴隷じゃなくて捕虜だ。まぁ、奴隷扱いされているけど。

「あ、そうだわ!」

 唐突に雲が声をあげた。

「『キャットクラウドチェリーブロッサム』ってどうかしら!」

 いや語感悪いな。

「桜さんの言うように、私たちを表す名前がいいわよねぇ。私たちの名前を、そのまま異国の言葉に置き換えてみました!」

「……てゆーか、メンバー入れ替えがあったらどうするんですか?」

 より良いドラマーが見つかったら私はすぐさま裏方に回るつもりだし。

「た、確かに……。これではメンバーが増える度にバンド名が長くなってしまうわね」

「そんなに増やすんだ! ワクワクするね!」

 ワクワクするかなぁ? ちょっと趣旨が違うと思う。

「そう考えるとやっぱり、『ニッポニア奴隷軍』になってしまうのかしら……」

「……自分で言っておいてなんだけど、ちょっと卑屈すぎる名前かも」

 うん、そうだよね桜。私も同意見だよ。

「なかなか決めて手に欠けるわね〜。山猫さん、何かアイディアはないかしら〜?」

「……そうですねぇ。もっと偉そうな感じの方がいいんじゃないですか?」

 自分たちを表すといいつつ、雲は奴隷という感じがしないし。ヴォーカルが桜だったとしても、リーダーは雲なのだから彼女を表す言葉の方がしっくりくる気がする。ぼんやりと雲を眺めて考える。

「奴隷というより支配者かな……。少なくとも、ここでは……」

 そんなことを呟いた。すると雲が嬉しそうに手を合わせた。

「支配者……マスターズね! ここってつまりは音楽室だから……『音楽室マスターズ』!」

「『音楽室マスターズ』……。略して『音マス』だ! 呼びやすいし良いと思う!」

 雲が形にしたバンド名を、早速桜も気に入ったみたいだ。それにしても略称決めるの早いな。ただ、私はちょっと首を傾げてしまう。雲のことを考えて呟いたので、それを受け入れるとしても『音楽室マスター』が正しい。私も桜も支配者っぽくない。

 ただ。

「ありがとう、山猫さん! 山猫さんのおかげで最高のバンド名が決まったわ!」

 そんなふうに真っ向から感謝されたら、何も言えなくなってしまう。

 まぁでも、いいかも。

 なにせ私たちは、これらムオンのトップの心を支配しようっていうんだし。  


 私たちがそうやってわちゃわちゃしていたとき、唐突に音楽室のドアがノックされ手毬が顔を出した。

「監察官の人が怪我したんだって。山猫に診て欲しいらしいよ」

 監察官には彼らの医務室があるのに、わざわざ医療部隊にくるのだなんて珍しい。さらに、私を指名する意味もわからなかった。

「なんで?」

「さぁ」

 指名されて断るわけにもいかないので、スティックをおいてすぐさま音楽室から飛び出した。

 確かに監察官は怪我をしていた。

「足をぶつけたんだ」ということだったので、患部を確認した。ぶつけた、という割には鋭利な切り傷だったが、消毒すれば特に大事には至らない傷だろう。包帯を巻いて帰してやり、その場はそれでおさまった。

 処置をすると、何を言うでもなくあっさり帰ってしまったため、ますます意味がわからない。

「山猫さん、何かやらかしたのかしら〜?」

 音楽室に戻り雲に尋ねられるが、ぜんぜん意味がわからなかった。しかし、ふわふわの雲の表情がふっと真顔にかわる。まるで何かを察したかのように。

 その瞬間だった。乱暴に音楽室の扉が開けられた。するとそこには、先ほど処置した監察官がいた。数人の仲間を引き連れて。

「こいつだ。この奴隷風情に殴られたんだ」

 私を指差していた。

 意味がわからない。

 監察官は頬を撫でるように押さえていた。そこには頬に痣ができていた。

 そして彼女の仲間たちが一斉に声をあげた。

「なんだ奴隷の分際で」「暴力事件だと? これは大事だぞ」「自分の立場をわかっているのか」

 何が何だかわからない。

「や、やっていません!」

 私はそう声を上げたが、すぐにはがいじめにされて後ろ手に縛られた。

「ちょっとちょっと〜。山猫さんは何もやっていませんよ!」「待ってよ、山猫ちゃんがそんなことするわけが——」

「それはこっちが判断することだ。でしゃばるなよ、奴隷が」

 雲の言葉も、桜の言葉も、監察官には意味をなさない。

「ほら、立て」

 縛られた手首が引き上げられ、腕が千切れそうになる。痛みを堪え立ち上がると、すぐさま宝物庫から連れ出された。

 まったく意味がわからない。

 私は何かやっただろうか。処置の時にまずいことをしただろうか。しかし、足の怪我の処置で頬を殴るなどありえない。

 私はそうやって初めて管理棟に連れていかれた。意味がわからなかったから、私はずっと抵抗していた。なんというか、このまま連れて行かれたら死ぬんじゃないかという気がした。

 頭の中で、久々に例の言葉がよぎった。

 御久遠寺雲には近づくな。

 明確な理由はなかったが、雲に近づきすぎたことこそ今連れて行かれている理由なんじゃないかという予感があった。

「ちゃんと歩け!」

「私は本当に何もやってません!」

 次の瞬間、私は鞭で強く頬を殴られた。目の前が真っ白になり、そのまま意識を失いそうだった。

 理解した。抵抗に意味なんてないんだ。

 私がこのあと死ぬかどうかなんて、この人たちの気分次第なんだ。

「いいか、おまえは指示に従うだけでいいんだ。わかるか?」

 頭が勝手に首肯した。

 なんだかよくわからないまま階段を降りて、私は小さな部屋に入れられた。懲罰房だった。一年以上の捕虜生活で初めての懲罰房は、噂通りのとても狭い場所だった。小さな部屋にはトイレ、というか汚物を入れる箱があり、その横に三角座りできるスペースがあるだけだ。天井も低く、中腰までしか立ち上がれない。ドアの下の部分にはわずかな隙間がある。食事などを通す場所かもしれない。

「反省するまでここにいるんだ。わかったな」

 反省することなんて何もない私は、一体どれだけここにいればいいのだろう。

 監察官は行ってしまった。

「…………まぁでも、しょうがないか」

 本当はしょうがないなんて思ってない。

 頭が嫌なことに満たされるのが嫌だったので、試しに口にしてみただけだ。するとそれは意外なほど自分を前向きにした。

「これってここで休んでいいってことだよね? だったらむしろ外で労働させられるよりよっぽど楽じゃん。ラッキー」

 冷静に考えればそうじゃないか。私はこれまでずっと雪山でのひどい労働をさせられていたんだから。ここであれば好きなだけ眠れるし、むしろ高待遇かもしれない気がしてきた。いつも夜だってひどい大人数の棚でうまく眠れないし。

 三角座りでも、うまく頭を置く場所を探して力を抜いた。うん。寝れそう。別に全然問題ない。そして、私はいつの間にか意識を失っていた。


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