手毬のためのコンサート
準備できた。
そりゃ、準備なんていくらしたって足りないものでもあるけれど。
ところで私たち医療部隊の現在の仕事はほとんど待機だ。ものの仕分けや掃除、あるいは寝床の確保などはほとんど終わっており、時折やってくる怪我や体調不良の捕虜を休ませる以外に大した仕事はなかった。
そのときも、宝物庫には医療部隊以外は誰もいなかった。
手毬たちは寝床に座り込んでおしゃべりした。真剣な表情だったから、また別のムオン転覆の方策でも考えているのかもしれなかった。
でも、そんなことを考えるのはもうやめて欲しい。私は手毬に声をかけた。
「あのさ、見て欲しいものがあるんだけど、ちょっと待機室にきてくれないかな」
「はぁ? なに、雲さんの指示?」
「そうだけど」
手毬は雲に不信感を持っていた。当然手毬は、自分の策が潰されたのは雲のせいだと思っていたし、同時にそのことを雲に問いただす度胸もないようだ。
「何か指示があるなら伝えてくれれば大丈夫だよ」
「いや、きて欲しいの。私たち、いま歌を作っていて、それを聞いて欲しい」
「はぁ? お遊び付き合えって? この生きるか死ぬかってときに」
捕虜になってから、いつも死が隣にある。
そりゃ、怖いだろう。もっと他にできることがあるかもしれなくて、そんな中でお遊びに付き合わされるのはムカつくのもわかる。
でも、きて欲しいんだ。
「そうだよ。私たちの遊びに付き合って」
渋々ながら、手毬たちは私のあとについてきた。
手毬は作戦に失敗した後も、だんだん刺々しさを増している。きっとずっと、どうすればムオンにダメージを与えられるか、別の方法を考え続けている。
それはいい方法じゃない。たぶん、もっといい方法があるんだ。
音楽室に入ると、そこにはマイクを握った桜とギターをかけた雲がいる。
「ほら、そこに座って」
私は用意していたゴザに手毬たちを座らせた。三人は怪訝な表情をしていた。珍しい楽器が並んでいるからか、私たちの奇行を訝しんでいるかはちょっと判別つかない。
三人が腰をおろすと、雲が嬉しそうに言った。
「三人ともきてくれてありがとう! ところで五ヶ月後に共産党の幹部がこの施設にやってくるのは聞いたかしら? いま私たちは、その幹部に披露する余興の練習をしているので、ぜひ手毬さんたちに見て欲しいって思ったの!」
「……それって、何か意味があるんですか?」
「とっても楽しいわ!」
ぱああと顔を輝かせて、雲はそんなことを言った。さすがに手毬の表情にも呆れがのぞく。
「せっかく時間があるのだから、手毬さんたちも何か余興をやるのはどうかしら! ほら、手毬さんってとっても可愛らしいから、きっと先方も喜ぶと——」
「バカにしないでください」
強い口調で、手毬が言った。彼女のそういう態度は、懲罰房から出てきた後では珍しいものだ。
「ムオンは敵です。なんで敵を喜ばせなきゃいけないんですか! 私たちの、楽しかった日常を壊した奴らじゃないですか! どうしてそんな奴のために、雲さんは道化を演じようとするんですか!」
決死の形相で、喉が枯れるほど強い声でそんなことを言う手毬に、不覚にも私の胸が押しつぶされそうになった。
きっと幸せな毎日を送っていた手毬。
それが突如として奴隷生活に転落した手毬。
大好きな家族にも会えなくなって、この草も生えない氷の国で必死に叫んでいる手毬。
そんな手毬に、ここまで黙っていた桜が言った。
「嫌な奴だから、そうするんだよ」
「黙れよ桜! そもそも、おまえが! おまえが余計なことをしなければ上手くいってたのに……おまえが余計なことをするから——」
それはもはや言いがかりの類だ。だって桜はただ酒を飲んだだけ。その場にあるはずの毒入り酒はそもそも雲が取り除いてしまったのだから、桜がどうしようが結果は変わらない。それでも手毬はそう言わずにはいられない。
そうしないと、心が保てないから。
でも、そんなものは聞いていられない。
私はフットペダルを強く踏み込み、バスドラムを鳴らした。部屋いっぱいに振動が響き渡り、それがみんなの心を揺する。驚くだろう、この狭い部屋でこの音量は。
微かに振動が残る静かな部屋で、桜が言った。
「だからって、殺させるわけないじゃん」
言葉の余韻に合わせて、雲がイントロをつまびく。粒だったアルペジオが切ないリズムを作り始める。私は雲の作った音の本流に二本のスティックで飛び込んだ。なるべく正確なリズムで、その音の切なさをかき消さないように。
ギターとドラムが混じり合って、それは一つの音楽として溶け合う。ギターはバッキングの和音に移行し、そこに桜が飛び乗った。
【ウチは嫌いな人が百人いるよ
人に意地悪をする人
ずっと陰口を言っている人】
パチリと噛み合う。桜の言葉。
【ウチは嫌いな人が百人いるよ
人を傷つけても気にしない人
自分がよければそれでいい人】
聞いていなくても心に届く、不思議な桜の声。
【ウチは嫌いな人が百人いるよ
幅をとって道を歩く人
暴力を人のためだと思ってる人】
包み込むような優しい声なのに、それがどう言うわけか心の奥の方に刺さってくる。
【みんな消えてなくなればいいのにね
それがみんなの幸せなんだ】
カノン進行のギターバッキングは桜の声の足りないところを巧みに補い、きっと私たちの心の扉を開く役割を果たしている。
【みんな消えてなくなればいいのにね
それが誰かのためになるんだ】
とにかく邪魔をしないように、私はドラムスを叩く。
【そしたらきっとウチも消えるし、大切な人も消えるから
しかたないから生かしてあげるし、ウチの魔法を使ってあげる】
すべての音が混じり合って、すごく気持ちがいい。
ああ、私は理解したかもしれない。
もっととっても、単純なんだ。
【誰もが生きてていい魔法を
仲良くしなきゃいけない魔法を
ウチの命を使っても】
最後のフレーズを残して、ギターの旋律は止まる。
歌の主役の邪魔をしないと言わんばかりに。
【それが一番の願いだから】
私たちの歌が初めてお客さんに届けられた。
手毬は顔を伏せていた。たぶん、泣いているんだと思った。何がどう伝わったのかはわからない。でも何かが変わるといいなって、今はこの初めてのコンサートの余韻に浸っていた。
音楽って、すごい。




