鋭い娘
手毬はいつだって誰かと一緒にいる女の子だ。
学校時代から思い返しても、手毬は常に誰かとつるんでおしゃべりしていた。手毬に話しかけたがっている同級生も多かった。手毬の両親はどこぞの学校の教師で勉強はできたし、真面目な子の多い国女の中で彼女は垢抜けていた。
『変な声! 発情した猫みたい』
そんなことを言ったのだって、責める意味ではなかったのかもしれない。たぶん、周りの友達にウケそうだからとか、その程度の理由しかないんだ。
誰かと一緒じゃなきゃ嫌な人のことが、私はうまく理解ができない。だって足並みを揃えるってことは、自由じゃなくなるってことじゃん。手毬のための歌を作るとすれば、私はまず彼女を理解しなきゃならないと思った。
楽器の練習が終わり、倉庫で雲に解散が言い渡される。医療班は雲と私以外は三人。
三人は手毬を含め、隙があれば一緒にいる仲でもある。彼女たちが何を話しているのかをまずはよく見てみよう。そうすれば、手毬にどんな言葉をかければいいかわかるかもしれない。
しかし、彼女たちは今日に限ってあまり喋らなかった。なかなかタイミングが悪いが、しょうがない。じっくり待つしかない。
倉庫から食堂に向かう途中で手毬は言った。
「あの、雲さん。倉庫にちょっと忘れ物をしたので、鍵をお借りしてもいいですか?」
「ええ、いいわ!」
言うと、手毬は一人走って戻ってしまった。また手毬を知る機会をひとつ失ってしまった。なんだか早速出鼻が挫かれてしまうが……忘れ物?
奴隷の分際で?
食堂に着く頃に手毬が合流した。
「靴の中に入れてるの、落ちちゃったんです」
手毬はそういって一枚の写真を見せてくれた。両親と手毬の写った家族写真のようだけど、もうボロボロだ。きっと大切な写真なんだろうな。
私たち捕虜には棚など私物を保管する場所がない。また、当然鞄など持っているわけがないので、私物を保管するには靴の中しかないのだった。
食堂では、なるべく手毬の近くで食事をしようと思い、手毬から少し後ろの自然な距離で場所をとった。
「山猫ちゃん」
と、私を呼ぶ声がある。桜だ。すでに食事を受け取り済みで、私のすぐそばに腰を落とした。
「一緒に食べよ」
「……いいよ」
本当は手毬を監視していたかったので一人が良かったが、あまり露骨にさけることもできない。
「と言っても、今日も侘しい食事だね」
いつも通りの野菜の混じったおかゆとスープ。スープの方は何やら魚の骨が入っているので、いつもよりは幾分豪華ではあるけれど。
「ウチさあ、実家がぶどう農家だったからいつもご飯のあとにぶどうが出てきたんだよ。だいたいお酒になるやつだからそんなに甘くないんだけど、美味しかったなぁ。でも捕虜の食事に果物はでないねぇ。少しは配慮して欲しいですな」
とぼけた調子で彼女はおかゆをすくって食べた。
手毬は近くの友達と他愛もない会話をしている。楽しそうだ。とりたてて意味は見出せないが、この監視、意味があるのだろうか。
そのときだった。
「そんなに手毬ちゃんが気になるの?」
「ええ、なんで⁉︎」
「バレバレだよ〜、手毬ちゃん気にしてるの! なになに、何かあった⁉︎」
「な、何もないけどさ」
「いや嘘じゃーん! 手毬ちゃん、いろんな子に『協力』をお願いしてるんだから、同じ医療部隊の山猫ちゃんにお願いしてないはずないもん。その件でしょ」
鈍臭いと思っていたのに、妙なところで鋭いな……。
桜はスプーンの手を止め、少し真剣な表情をした。
「ところで山猫ちゃんは、手毬ちゃんの作戦は成功すると思う?」
「……そもそも何をするかもよく知らないしね。桜は知ってるの?」
「毒を使うってことは、知ってるよ。私は国女卒じゃないから持ってないって言ったら残念そうな顔してた。……成功したらさ、いっぱい人が死ぬんだろうね」
どこかのタイミングで、手毬はムオンの監察官たちに毒を盛ろうとしていることは確かだ。
「そうだね」
「でさ、失敗したらさ、いっぱい人が死ぬんだろうね」
失敗ということは、その計画がムオンにバレるということだ。そうしたら手毬はもちろん、それに協力した国女のみんなや、それ以外のたくさんの捕虜が殺されるだろう。
「なんかさ、もっと仲良くしたらいいのに」
「……そんなの、無理でしょ」
心底不思議だとでも言うように、桜は首を傾げた。
「どうして?」
なんだろう。この子はときどき、本当に癇に障る。
「ニッポニアは敗戦国だよ。ムオンにたくさんの仲間が殺されてる。そのうえ私たちは奴隷労働をさせられてるんだよ。仲良くできるわけない」
そんな当たり前のこと、わかってるに決まってるのに。
どうして桜はそんなことを聞くんだろう。
桜は、少しだけ声を震わせながら言った。
「でも、同じ人間だよ」
「エルフォイドが同じかどうかは怪しいけど」
違う人種だ。私たちとは全然容姿が違い、寿命だって倍くらい長い。
「同じ人間だよ——」
それはいつものキンキン声とは違う、絞り出すような声だった。彼女は両手を強く握りしめ、震えさせていた。
桜は言った。
「仲良くしたらいいって思うのがさ、いけないわけないよ。絶対」
自分に言い聞かせるように、彼女は言う。
人と仲良くしたい。違う人種だったとしても、きっと仲良くできるはずだ。
そんなこと、同じニッポニアの仲間とさえうまくやれない私に、わかるわけない。モヤモヤしていたら、いつの間にか手毬は食事を終えていなくなっていた。観察もまともにできなかった。
桜のことが、わからない。手毬のことも、わからない。雲のことだって、わからない。なんなら父のことだって、おばあちゃんのことだってわからない。
雲は私に、手毬に伝える言葉を考えろって言うけどさ。
こんな私なんかの言葉が、手毬に届くわけないじゃん。




