物語を動かす方法
手毬は雲を避けていた。
雲のことは私に聞くばかりで、自分から雲と喋ることはできないみたいだ。それは彼女が雲にお椀を投げつけたあとに懲罰房に入れられたことが尾を引いているのかもしれないし、そのあと助けられたことも理解できないでいるからだ。
雲と直接話しても理解ができないから、私という翻訳機を噛ませようとした。でも残念ながら、私だって雲なんか理解できない。
考えるべきことはいっぱいあるけど、ドラムスを叩いているとそれがだんだんと整理されていく気がする。雲のことは、わからない。だとしたら、本人に直接聞いてみるしかない。
「雲さん、みんな焦ってますよ」
雲は珍しく鍵盤楽器を弾いていて、その指を止めて私を見た。
「みんなよくわからない噂が気になって大変ね〜」
いつもと同じふわふわな笑顔。そんな笑顔を浮かべていられる神経がわからない。
「……雲さんが、昨日私に言ってくれたことを直接教えてあげれば落ち着くかもしれません」
私が真剣に口にしても、雲はよくわからないと言うように首を傾げた。
「どうして私がみんなを落ち着かせる必要があるの?」
雲は可愛い。
でもなんだか、その可愛さがムカついた。
「そんなの雲さんに期待してるからに決まってるじゃないですか。
自分のすごさがわかってますか?
その特別さを知っていますか?
あなたの言葉はきっと伝わるし、命令であれば喜びますよ。
尻尾を振りながら、よだれを垂らしているのも気づかずに。
命を差し出すんだとすれば、ムオンじゃなくてあんただよ。
あんたはニッポニアの象徴で、捕虜一同の希望だから。
それを無視して。
意味がないと決め込んで。
自分ばっかり楽しむのがどれほどずるいか気がつけよ」
言い切って、すぐさま後悔で鳥肌が立つ。雲は両手を握って少女のように私を見ていた。私は雲の慰みものになった気がしてすごく嫌な気分だった。
口をつぐみ、視線を落とす。もはや雲の顔をみるのも嫌だ。
「ねぇ、山猫さん」
「なんですか?」
「あまりはしたないから、本当は言いたくないのだけれど。……その言葉、そっくりお返しするわ」
「……はぁ?」
「もし私が自分の特別さを知らないとすれば、それは山猫さんとおそろいね」
「そんなはずないじゃないですか。私はニッポニア進攻軍上級大将の娘じゃないから」
「上級大将は私じゃないのだけれど。私は山猫さんと同じ。ただの捕虜よ」
ふわふわな笑顔を浮かべて。
泰然とした口調で。
なんでもないことのように見えた。
雲のことなんて、わからない。でももしそれが強がりだったら。悲しい心を覆い隠しているんだとしたら。いや知らないけど。そんな雲を想像することは感傷的すぎるかもしれないけど。
私はとても、傲慢だ。
「山猫さん。私にかける言葉と同じだけの熱量で、手毬さんに伝える言葉を考えるの。考えたら、教えてね。それを歌にしましょう」
人はなぜ動くのか。
それは自分にとって意味があるからだ。たとえ人のためだったとしても、『その人のため』が自分にとって意味があることだから。
いつだってそう。私の物語を動かすのは、私しかいない。