5話 森林行軍〜ミルスマーチ〜
東の大陸、最大の森林地帯『ミルスの森林』。
ここは、生い茂る緑と暖かい木漏れ日と、
『悪獣』の住み付く超危険区域。
ザックザックと木々と蔓を掻き分け、イヅルとサーシャの行進は続く。かれこれ一時間は森をただただ真っ直ぐ進んでいた。
「本当にこっちであってんのか??」
「私の巫女の感が間違いないって言ってる。安心して!」
だから安心できないのだ。
この際だから正直に言うと、サーシャのドジっ子パロメータは『エルドゥグア』最高だ。先ほどからもう6回は木の根に足を引っ掛けて転んでいる。
「ひゃいんっ!!!」
訂正、7回は転んでいる。
「大丈夫か?」
「……ヘーキ、ヘーキ……。」
サーシャはプルプルと震える手を挙げて、無事を伝える。
「やっぱり俺が前を歩くよ。サーシャは後ろで進む道を指示してくれ。」
「……ふぁい。お願いします……。」
順番を変え、また二人の行進が始まる。森林の出口は南なのだが、それを無視し森の中央である西へ西へ歩を進める。
どうして、彼と彼女がこの森を探検しているのかと言うと、話は一時間前に遡る。
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「聞いたからには協力してもらいますからね!!」
森の木漏れ日の中、金髪の少女サーシャララクロイツがイヅルに詰め寄る。
「あの……なんの話だかサッパリ………?」
自ら創造したキャラクターと会話をするなんて、不思議な気分だ。特に、自分の理想のヒロインと喋るなんて。
「何の話もこんな話もありません!私の秘密を知ったからには、生かして帰す訳にはいきませんよ!!」
「秘密が何なのかは分からないし、生憎帰る場所もないんだ。」
「んん??どういう事ですか?」
イヅルは、自ら作ったシナリオに基づき会話を進める。サーシャの受け答えも創造した通りに進む。
「記憶が無いんだ。自分が何でここにいるのかすら分からない。」
あくまでも自分が記憶を失くした謎の男として振る舞う。
「記憶が無い??あれっ、じゃぁもしかして……?」
「金龍の巫女ってのが何なのかも知らないし、そもそも自分の名前以外、何も分からない。」
「神の創造世界」では、シナリオ上の会話なども細部まで設定する事ができ、勿論イヅルもAIに頼る事なく全て自分一人で創造している。
なので、彼が自らの筋書きを外れない限り、相手の答えもその進行も全て手に取る様に分かる。ただし、あくまで自分が覚えている範囲ではあるが。
だから、次の彼女の台詞が彼にはあまりにも衝撃だった。
「両手を挙げて下さい。」
「へっ?」
彼女は、彼、イヅルの設定した台詞とは別の言葉を吐いたのである。
「いいから、早く。さぁさぁっ」
戸惑いつつ両手を挙げるイヅルに、サーシャはおもむろに近づき。そして。
「ベラクン!」
右拳を彼の腹部へ打ち付けた。
「うっふっっ!!!!」
奇怪な呻き声を上げ、イヅルは地面に両膝を着く。
「嘘吐きには鉄拳制裁です。初回サービスとして、魔力のこもった一撃をあなたに。」
「ガハッハッ………何……何なんだよ……。」
こんなイベント設定した覚えてない。どころか、今彼女が使った魔法は、今現在まだ彼女が使える筈のない魔法だ。
『エルドゥグア』の冒険に於いて、ステータスはレベル上げと装備によって上昇するが、魔法は少し訳が違う。
基本的に章を重ねる事によって自動的に手に入る魔法以外は、『魔導師の家』にて指定の条件をクリアする以外に手に入れることはできない。
「まさか………。」
NPCが自分の意思を持ち、なおかつ成長している!!?
「ゲームの中じゃ、ねぇのか……??」
仮ここが実際の世界だとするならば、目の前の彼女はシステムによって動くNPCではなく、意思を持って動く一人の人間である。
それは一体、自分の創造した世界だと言えるのだろうか。
「まぁでも……、コマンド選択もなけりゃパラメータ表示も確かにないしな……。」
何から何までゲームの世界のままだと、自由に動かせる自らの体でさえイレギュラーな事だ。さらに、村人達が同じ事しか喋らない世界なんて、実際に入ったら気が狂いそうだ。
「現実世界として考えるのが妥当か……。」
どこまで、イヅルのシナリオ通りに進むかは分からないがそれでも彼はそこからズレない様に努力するしかない。
創造主というアドバンテージ以外、彼はただの一般人なのだから。
「自問自答は終わりましか嘘吐きさん?」
「嘘なんて、そんなつもりじゃ……」
「まだしらばっくれるなら次はもっとキツイのをあげちゃいますよ?」
努力もあったもんじゃない。聞く耳すら持ってもらえない。
「まぁ確かに、この森の中に丸腰でいるなんて常識じゃ考えられませんし。何から何まで嘘って訳じゃなさそうですかね?」
「どこから自分が来たのかっていうのも、何で自分が今ここにいるのかも分からないってのは嘘じゃない。」
どこから来たのかはわかっているが、確かに何故今ここにいるのかは分からない。これだけは嘘じゃない。
「自分が何者で、何をすればいいのかも分からない。これだけは嘘じゃない。」
サーシャはイヅルの顔を覗き込む。
「ふむ、まぁそこは信じてあげましょう。」
「ありがとう。」
「感謝感激雨霰しなさい嘘吐きさん。私の深〜い懐があなたの嘘を許します。」
したり顔までするところを見ると、どうやら彼女は本当に自我がありこの世界に「生きている」らしい。
少しだけ、イヅルは感動した。自分で作ったキャラクターがこんなに生き生きとしているなんて、創造主冥利に尽きるというものである。
ありがたくは断じてないが。
「でも、『金龍』について知らないっていうのは確実に嘘ですよね。だったらやはり、ただではスミマセンよ。」
「全く何も知らないって訳じゃないけど、どこまで自分の知識があっているかは自信ない…。」
何せ、どこまで自分の創造通りの世界なのか分からないのだから。
「ふぅむ、まぁ詳しく知らないならその方が私的にはありがたいかな。わざわざ他人から嫌われる様な事、言いふらす程自虐的じゃないですしね!」
「できれば教えて欲しいんだけど…」
自分の知識というか知恵というか、兎に角どこまで創造通りなのかは知っておきたい。そして安心したい。
「じゃぁ、条件があります!私の秘密について詳しく知りたいなら協力しなさい!!」
「条件?協力??」
この流れは知っている。どうやら設定やキャラの台詞の流れに誤差があれど、本筋であるストーリーはズレていないらしい。
この流れは確かに、イヅルが創造した序章のそれである。
「探し物があるんです。一緒に探して下さいな!」
空から落ちてきた『金龍の巫女』は、一緒に大事な物を森のどこかへ落としてしまった。
『金の角笛』
持つ者が持てば、7日で世界を滅ぼす笛。
彼女はそれを、卑しき『悪獣の森』に落としたのである。
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かくして彼と彼女は、落し物を探す為に森の奥へ奥へと進んでいた。
「『金の角笛』は、ひと吹きするだけでその地に『金龍』を招く『魔器』です。まぁ、私以外の人が持てば最悪の場合、生命の滅亡ですね。」
カハハッと乾いた笑いを上げるサーシャに、イヅルは苦笑するしかなかった。
「何でそんなやばい物、簡単に落としちゃうかね??」
「私はただ空から森を横断しようとしただけで……あんな所に『大鴉』の巣があるなんて知らなかったんですもん。」
今度はプクーと膨れた。
可愛いのは間違いないのだが、ことここにおいて甘やかしている場合ではない。
子鬼にでも拾われてでもすれば、その時点でゲームオーバーである。
「自分の創造した世界で、何が起こるかわかんないなんて創造主失格だな……。」
何せ今のところ、シナリオ通りに進んだのはヒロインとの出会いだけなのだから。
ゲームならコンテニューが存在するが、今の彼は生身。死んで生き返る保証はどこにもない。
「あれっ?そう考えると装備無し、レベルは最弱、魔法は皆無って、もしかしておれって超絶体絶命じゃね?」
「どうかしたんですか??顔真っ青ですよ?」
「いやっ、ちょっと現状のヤバさを理解しただけだよ……」
今の状態じゃ子鬼にすら勝てる気がしない。ゲームの中ならそれでも、ターン制に回復薬と融通が利くのだが、生身に素手じゃ子鬼の肌に傷一つ付けられる気がしない。
イヅルはケンカが苦手なのだ。
「そんなに心配しなくても、足手まといの一人や二人、私が守ってあげますよ。」
そういってサーシャはあまり大きくない胸をはる。
「まじで頼りにするからな?情けないけど、まじで頼りにするからな??」
本当に情けないが、こればかりは仕方ない。いくらモンスター全てのステータスを網羅していても、そのHPを削る術が今の彼には無いのだ。
こんな状態でエンカウントなんてそれこそ目も当てられない。
しかし、この世界の運命の女神は、この世界の創造主にすこぶる厳しかった。
「あっまずい。」
「どうしました?」
急に立ち止まったイヅルの、その視線の先に、
「ブゴオォオオォオオォオ……」
「あっ、まずいですねこれは。」
『ミルスの森林』最強の怪物が横たわっていた。
赤茶の堅い肌と、身の丈5メートルを超える巨漢。
子鬼の王、『赤鬼』が昼寝をしていた。