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第27話 祭りの準備

 「せーの!」


 大の大人が呼吸を合わせ、旗竿を垂直に持ち上げる。


 ギシギシと、木の軋む音が響き、両端を留木で、しっかり固定すると、周りで見ていた見物人は歓声を上げた。


 「上出来、上出来」


 正男さんは、孝君の肩を揉むと、


 「すんなり行きましたね」

 「ああ、こりゃ幸先がいいぜ」


 近くの郵便ポストに置いてあった、飲みかけのカップ酒を手に取り、正男さんは満足げな表情を浮かべる。


 そして、


 「凜坊、出番だぜ」


 正男さんは木箱から、可愛らしい人形を取り出し、凜ちゃんに渡した。


 「わー、まん丸だー」


 旗に付ける、黒い猿ぼぼは、厄除けや、魔除けの意味があり、祭りの安全を願う、大切な御守りなんですよね。


 「ここに結んでくれや」


 正男さんが指差すと、凜ちゃんは、器用に輪っかへ、ギュッと、ネジ結びで括り付けた。


 「大したモンだぜ」


 何処で、そんな結び方、覚えたのかしら?旗揚げの準備が終わり、皆が帰ろうとした。


 瞬間、遠くで、女性の悲鳴が聞こえた。


 「危ない!」

 「え?」


 考君が振り向くと、北組の旗竿が、ゆっくりと傾き、次第に速度を上げて倒れ始めた。


 「おい!避けろ、避けろ!」


 周りの人達が、注意を促し、一斉に避難したけど、男性二人が間に合わず、旗竿に接触してしまった。


 「きゃー!」

 「けっ、怪我はありませんか!」


 周りの人間はアタフタして、パニック状態になると、正男さんは、一人、冷静にスマートフォンを取り出し、119番に連絡する。


 その後、二人の元へ駆け寄ると、応急手当を迅速に施し、止血した。


 突然の惨事に、凜ちゃんは、目に涙を浮かべ、今にも泣きそうな顔をしていた。


 考君は、ギュッと抱きしめて、


 「大丈夫、大丈夫だよ」


 頭を抱き、背中をポンポンと、優しく撫でる。


 緊張をほぐすよう、勇気付けるが、目の前に起きた、ショッキングな事故に、凜ちゃんの小さな手は震え、考君の身体を強く握っていた。


 数分して、遠くから救急車の音が聞こえると、


 「ほら、凜、消防士さんが来てくれたよ」

 「……」


 凜ちゃんは、大好きな消防士の姿を思い浮かべ、顔を考君に擦りつけて見上げると、


 「オジチャンたち、痛くない?」


 心配そうに尋ねる。


 「ああ」


 力強く、考君は、凜ちゃんが安心出来るよう、視線を合わせると、ようやく落ち着いたのか、凜ちゃんは、スクッと立ち上がり、救急隊員が、負傷した男性をストレッチャーで搬送するのを、ジッと見ていた。


 思わぬアクシデントで、浮き足立っている、氏子達を前に、


 「おい!」


 正男さんが大声を上げ、皆を見て、


 「みんな、祭りの始めから辛気臭いんじゃ、神様に申し訳ねぇだろ、心配すんな、大丈夫だ!」


 暗く沈んだ雰囲気を吹き飛ばす、正男さんの一言で、周囲の活気が戻ると、それまで手が止まっていた氏子達の身体が、氷が溶けるように動き出した。


 「……凄いなぁ」


 考君は、正男さんの勇ましさに、同じ男性として、自分も斯くありたいと、憧憬の眼差しで、正男さんの後ろ姿を見ていた。


 祭りの準備は、何とか時間通りに終わり、氏子達は家路に戻って行く。


 「孝太郎」


 正男さんは、世話役と、今後の段取りの確認を終えると、考君に声を掛けた。


 「すまねぇな」

 「え?」


 正男さんは、凜ちゃんの顔を見て、


 「子供に見せるモンじゃねぇわな」


 先程の事故を詫びると、


 「正男さんが謝ることじゃないですよ」

 「だがな」


 祭りを仕切る、纏め役の責任を感じてか、先程までの雄々しさはなく、少し落ち込んだ表情を浮かべるが、


 「オジチャン、格好良かったよ!」


 すっかり元気になった凜ちゃんが、正男さんに抱き付くと、


 「消防への迅速な連絡、それに、応急手当。正男さんが居なければ、お二人とも、危険な状態になっていましたよ」


 考君は、正男さんを労うと、


 「みーなに、『だいじょうぶ』って、大きな声で言ったの、赤レンジャーみたいだった!」


 戦隊モノのヒーローの言葉を思い出し、正男さんの姿と重ねると、凜ちゃんは、屈託のない笑顔を向ける。


 「ははっ、敵わねぇな」


 正男さんは、思わず顔を抑えた。


 「祭り、楽しむんだぞ!」


 凜ちゃんの髪をクシャクシャして、


 「はーい!」


 元気に応え、凜ちゃんは、もう一回正男さんに抱き付いた。


 「それじゃ、失礼します」


 考君が頭を下げると、


 「おう!」


 正男さんは、実行本部がある、公民館に向かうと、


 「行こっか」

 「うん!」


 モニュメントクロックを見ると、もう七時を回っていた。


 二人は家までの道のりを、正男さんの活躍を話題に、意気揚揚と帰っていった。


 西暦2018年 8月13日 月曜日 日本


 ジリジリと、突き刺すような日差しが、部屋の中に入ってくる。


 一階には、真新しい風鈴が、そよ風に揺られ、綺麗な音色を響かせていた。


 冷房をつけなければ、室内でも熱中症になるほどの高温。


 日本国内では、先月、埼玉県熊谷で、日本歴代最高の、41.1度を記録するほどの酷暑となった。


 凜ちゃんの学校からは、熱中症の注意喚起のメールが、ほぼ毎日届いたわよね。


 大人と違って、子供は地面に近いから、照り返しの影響が大きいもの。


 考君も気を付けて下さいね。

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