40:天使に連れ去られた俺、騎士に連行される
「ぶへッ」
突然、体に衝撃が走り目を覚ます。ひんやり冷たい床以外に、大理石を基調として美しく彫られた女神像が見えた。その悠々とした佇まいの像をどこかで見たことがあるけれど、いつ見たのか思い出せなかった。
とりあえずわかることは、天使から乱暴に降ろされたと言うことだ。
「おい、もうちょっと丁寧に扱えよ」
床に身を預けながら、見下すように立つ天使に文句を言う。
「さっきまで静かだったのに、急に図々しいわね……あなた、自分がどういう状況なのか分かってるの」
天使に運ばれているとき、体力に限界が来ていた俺は気絶したように眠っていた。それなのに、叩き起こされるよりもひどい起こされ方をしたんだから不機嫌なのも仕方がない。なんなら相手は俺たちと戦い、街に大勢の犠牲者を出した元凶ということもあってなおさらだ。
「さぁな。ここがどこなのか分かんねーし、なんで生きてるのかもわかんねーよ」
減らず口を叩きながら、俺は上体を起こす。礼拝堂の出入り口は一つだけで、近くに天使がいることもあって脱出は難しいだろう。
「そう。思っていたよりもバカなようね。
指 名 手 配 犯 さ ん」
「……な」
会ってからそれほど時間の経っていない天使に、今までの旅で少しだけ忘れられていた事実を掘り起こされた。
「なんで……知ってるんだよ」
「ハァ。あの像を見てもここがどういう場所なのか分からないのかしら。今私がどこにいるのか分かれば、あなたが指名手配になっていることを知っているのも分かると思うのだけれど」
言われてまた女神像に視線を移す。どこかで見たことがあるような、慈愛に満ちた像。人のために祈るその姿に、思わず優しい気持ちになってしまいそうだった。
けれど、ここがどこなのか思い出せなかった。
「はあ……本当に分からないのね。ここはね、れ——」
「礼拝堂よ」
ガラスのように透き通った声が、コツコツと響く足音とともに聞こえた。
礼拝堂と言われ、女神像を見たときにどこか朧げだった記憶を鮮明に思い出せた。
ここが礼拝堂なら、この目の前の天使は大教会に関係している。だからこそ、俺が指名手配犯だと知っているんだ。
「祭りのときに……」
ヒローナに誘拐されてたどり着いた場所。俺たちはそこで、杭を使う天使となったセイと遭遇してヒローナが浄化して助けてくれた。
「お、お前は誰だ」
礼拝堂の一段一段の奥行きが広い階段を下りていたのは、小さな少女とアルマさんだった。
アルマさんはスカートの丈が足首まで落ちる静かな修道服を着ており、彼女の前を歩く少女はというと、アルマさんと同じようにスカート丈は長いが修道服ではなく、瀟洒な黒いドレスを着ていた。
大教会でかなり重要な人なのだろうか。
天使がため息をつく。
「お前って……失礼じゃないかしら」
「いきなりここに居て、きっと混乱している。仕方ないよ」
少女が手を静かに降ろすと、天使はベテランのメイドみたいに一歩下がる。
「あと何があったのかはしらないけど、そんなに乱暴に扱っちゃ、メ!でしょ」
さて、と座り込む俺の顔を覗き込むように、少女はふわりと近づく。
「あなた、どこから来たの?」
今までの大人の雰囲気から一転、年相応の子供みたいに目を輝かせていた。
「……え?」
抱いていた印象が一瞬で壊れて呆気にとられる。
「都から来た? なんで連れ去られてきたの? 悪いことでもしたの?」
余程興味があるのか雪崩のように次から次へ少女の口から質問が飛び出してくる。
『教えて』
答えようにも何の質問から答えるべきなのか分からず、えっと……と頬に手をつく。
「こーら。そんなにたくさん聞いたら、お兄さん困っちゃいますよ」
俺を見かねてか、アルマは少女の両脇に手を入れて持ち上げる。天使はアルマをギロッと睨みつけていた。
「確かに……そうだね。アルマ」
アルマは抱っこしている少女と仲が良さそうだった。見た感じ祭りで会ったときから変わらず元気なようで、何事もなかったのかとふと疑問に思う。
「なんとも無いんだな、アルマさん」
「えぇ。聖女様がお戻りにならないのは心配ですが」
「何も罰せられなかったのか?」
彼女は、天使になったセイを止めるために、一緒にヒローナへ祈った。あの日以降、俺は指名手配にされたのだから、共犯である彼女も何かしらの罰を受けているかもしれない。
「何もなかったと言えば嘘になりますが……」
彼女は少女を静かに下ろし、にこやかに笑って少女の頭を撫でる。けれど、俺を見たときにはすぐに真剣な表情になる。
「言えません。あなたも、話したくはないでしょう」
「……すまん」
しんみりとした空気の中、扉がバタンッと勢いよく開く。そこには、白い鎧を身にまとった人が三人。その中でもやけに目立つ真ん中の巨漢の男。
「指名手配犯、発見!」
ダッダッダッと乱暴に礼拝堂の階段を駆け降りるその様は男がガサツで大雑把な性格と言うことを物語っているようだった。
「ご報告、ありがとうございます! あとは任せてください」
いつの間にか羽をしまっていた天使に向かって敬礼するその男は、ガレンだった。
「ほら、立て」
「くそっ。離せ」
ガレン以外の二人の騎士に俺は持ち上げられ、抵抗してみたが彼らの握力に勝てそうになかった。
「この人をどこに連れて行くの?」
少女は何も分かっていないのか、疑問を投げかける。
「この者は、聖女誘拐事件に関わった疑いがあるため、牢屋に連れていき、後日事情聴取を行う予定です」
「教えてくれてありがと、えっと……その〜……」
「ガレンと申します」
「あ、そうそう。ありがと、ガレンさん」
男は深々と礼をして、小声で「ほら、行くぞ」と言って俺を連行する。
「また会えたら良いね。お兄さん」
扉を通り、通路を抜けると、楽しげな声が聞こえる広場についた。
そんな楽しげな会話を盗み聞くことなんて出来なかった。いや、聞きたくなかった。ガレンどもに連行される俺を見るやいなや俺を見てコソコソ話す。
俺を見る人たちは皆警戒していたし軽蔑した顔で見ている。俺の何が分かる。分かろうなんてしてくれない。きっと話のネタにして愉しむんだ。俺の惨めな姿を見て。
カチャ……カチャ……と足音が響くごとに教会の中は静かになってゆく。
ガチャンと重々しい音を立てて牢屋の扉が閉められた。
「大人しくしていろ」
金属を含んだ足音が遠くなる。
「クソがッ」
床に八つ当たりしても返ってくるのは冷たい感触だけ。牢屋の中はベッドとトイレだけで溜まった怒りをぶつけられるものなんて全然ない。
行き場のない怒りを抱えたままベッドにふて寝するのだった。
「ん……」
日差しなんて大層なものは射さない牢屋では、今が昼なのか、夜なのか分からなかった。
何もかも忘れようとして目を閉じても、天使との戦いの後小さな村の人がどうなったのか、霊体になったセイはちゃんと生き返ったのか、心配なことが頭のなかでぐるぐる回って寝られずストレスはたまる一方だ。
「あああああああああもうクソおぅ……!!! 俺は誘拐とかしてねぇ! バカがぁ……!」
ドン。と隣の牢屋から鈍い音が伝わった。
「すみません……!」
殴られたように思って頭を抱えて丸まってしまった。音だけで怯むなんて……情けない。




