31 報酬の首
公務の無い昼下がり、アレックスとジャックを連れて、時計塔の裏にあるさびれた薄暗い、今は廃墟と化してしまっていて、石造りの壁や柱がほとんどなくなってしまっている教会の跡地がある場所へやってきた。
日光が一日中当たらないのがほとんどなようで、地面がしめってじめじめとしている。
中庭だったと思われる場所に、ぽつぽつとちょうど人間の頭ぐらいの大きさの石が意味ありげに、しかし乱雑に立っている。
ここは昔、処刑が行われていた場所で、恨みを残して死んでいった人々の霊が出るなどと言われて人が寄り付かない場所なのだ。
私も初めて足を踏み入れた。
「ここにジャックを連れて行けだなんて、もっとちゃんと説明も書いててくれなきゃわけがわからないじゃない。」
ここへやってきたのは、姿を消して半月になるエドガーから、大主教経由で手紙が届いたからだ。
書かれていた内容は、たったこれだけ。
なぜ姿を表さないのか、どこかへ言っているのならばその理由は、一切書かれていなかった。
大主教は何かを知っているようだったけれど、うまくはぐらかされてしまった。
それどころか、新作漫才なるものを見せられて、どっと疲れが出てしまい、もう何も聞くまいとさえ思ってしまったのだ。
その上大主教は、姫が眠ってしまう暇もないほど面白い、抱腹絶倒、前代未聞、歌あり踊りあり、笑いあり涙あり、恋と、スリルと、サスペンスありのミュージカル風説教を今度の朝の礼拝で披露すると言っていた。
心底やめてほしい。
もう寝ませんから……。
すがすがしいほどに青く晴れた空を見上げて物思いにふけっていると、アレックスが目の前を通り過ぎ、あろうことか、おそらく処刑された人物のものであろう墓標らしき石の上に、どかっと、と腰を降ろした。
「アレクーーーーーーー!!!!なにしてるのよ!!やめなさい!!」
「なんだよ、どこに座ろうが、オレの勝手だろうが。」
「死者を冒涜する行為はたとえ罪人であろうと許されないことよ。恥を知りなさい!」
「うるっせえなあ。オレだって何も見ないで座ったわけじゃねえよ。この石には何も書かれていない。他の石には見にくいが文字が掘られている。これは運ばれては来たが使われなかったもんなんだろうよ。」
言われて見てみると、確かに他のものは何かの模様や文字があるのに、この石にはなかった。
正式な墓地ではないとはいえ、アレックスが座る石の周りにはたくさんの同じような石があり、その下には多くの人々が葬られているのだとあらためて思うと、少しゾッとした。
そのまわりの土さえも踏みつけてはいけないような気がして、その場所からは少し離れた。
「アレクはよくそんなところに座ってられるわね。」
「ああ?なんでだ?」
「だって、その周りには処刑された人々が葬られているのよ。恨みを持って死んでいった人なんかもいるかも。石の苔のむし方からして、相当古そうだし、教会の弔いの言葉も受けていないから、天の国には行けずにこの世をまださまよっているのかも。」
「人なんて死んじまえばみんな一緒だろ。土の養分になるだけだ。」
「怒って土の中から蘇り、アレクを襲うかもしれないわよ。」
「あほらし。」
アレックスは呆れているけれど、怖いものは怖い。
「悪魔とポーカーで賭けをして勝つようなお前が今更こんなのを怖がるなんて、どうしたんだ?」
「う、うるさいわね!大人になると怖いものが増えるのよ!」
「なんだそれ。」
この場所は王宮に近い場所にある。
おそらく政治犯や、罪を犯した王族や貴族も処刑された場所だろう。
罪を犯した権力者。
その存在が自分と重なり、そして私の行く末の様に感じられて怖いのだ。
「おい。それより、一体この場所になんの用が……。」
アレックスが問いかけてきたとき、それまで後ろの方で待っていたはずのジャックが、私とアレックスの間をすたすたと通り抜け、ひときわ古い石の前で止まり、そのままピクリとも動かなくなってしまった。
「ジャック?」
私の呼び掛けに、ジャックのかぼちゃ頭が右に少し傾いた。
妙に深く傾いているのでこちらを振り向くのかと思ったら、その首は木の実が落ちるようにぽとりと音を立てて地面に落ち、ころころと転がって行ってしまった。
「あああっ!!ジャックのっ!ジャックの首がっ!落ちっ!落ちて……!!!!」
「落ち着けよ。かぼちゃ頭が落ちただけだろ。」
落ちた首には気もかけない様子で、ジャックはくるりとこちらに体を向けた。
出会った時のように首なしの状態なのに、なぜかこちらを見ていることがわかる。
『ケーラ・グリーンバリー嬢の首、たしかに頂戴した。』
「え?」
ケーラ・グリーンバリー嬢と言うのは、たしか、150年前に斬首されたという貴族令嬢の名ではなかっただろうか。
「なんだ。お前、自分の首探してたんじゃなかったのかよ。」
転がっていったカボチャ頭を抱えて戻って来たアレックスが、ジャックが見ていた石のそばに座り込み、その石に刻まれている文字を確認している。
『この方は、私が初めて殺した人間だ。この方は、無実だった。それを私は知っていながら、命令に背くことができずに殺めてしまった。処刑ののち、首を探したが一向に見つからなかった。どんな善人でも、首がなくては天の国へは行けないというのに。』
「なるほどねえ、昔の罪人は、死してもなおその罪から逃れることができず、首は打ち捨てられていたなんて話、親父に聞いたことあるぜ。憐れに思った誰かがしばらく首をどこかへ隠していて、ほとぼりが冷めたころにここに葬ったんだろう。胴体の部分と一緒にな。」
『よかった……。本当に、よかった。』
そう言い終わると同時にジャックの体がぐらりと揺れて、崩れ落ちた。
「ジャック!どうしたの?大丈夫?」
慌てて近寄って、ジャックの前にしゃがみこみ、顔、はないので、肩に手を置いて様子をうかがった。
『ありがとうございます。キャンディス姫。』
ジャックは、崩れ落ちたのではなく、ひざまずいて、そしておそらく、首は無いけれど頭を垂れていた。
「ちょっと、やめてよ。私はそんな、頭を下げられるような人間じゃないのよ。」
『最後にお仕えできたのが、貴方のようなお方でよかった。』
「やめて……。やめてよ。」
『王家に永遠の栄光あれ、ミーティア王国、万歳!』
初めに両腕がボトリ、ボトリ、と落ち、そののちに上半身が後ろへ倒れ込み、木の棒が倒れるように両足がドサリと地面にめり込むと、今度こそ本当にジャックの体は崩れ落ち、服も体も急速にさらさらと砂のように崩れ始めた。
およそこの世のものとは思えない信じられない光景だった。
人間だった者の体が、一瞬で粉々になり白い粉の塊になっている。
「ジャック……。」
呆然とそれを眺めていると、そのそばにアレックスがやって来て、ジャックだったものに向かってつぶやいた。
「あんた、やっと解放されたな。騎士が人の心なんか持つから、未練や執着が生まれる。そしてそれが、人に付けこまれる隙を与えるんだ。死してなお、他者に操られるはめになるなんて、災難だったな。だが、戦乱の時代の猛き戦士に、敬意を。」
アレックスは左脇にはかぼちゃを抱えたまま、右手で左腰に帯刀している剣を抜くと、胸の前で構えて騎士の礼をジャックに捧げた。
珍しいこともあるものだ。
アレックスはあまり剣を抜かない。
というか、私の騎士に就任するための儀式の時、胸の前に構えていたのはすごく長いチュロスだったことを思い出した。
騎士になることを宣誓する時も、チュロスをかじりながらだった。
普通なら、これよりこの時からわが身をとしてお仕えすることを……みたいな言葉をいうところで、こいつのそばにいれば向こうからトラブルが来て面白そうだから、とかそういうふざけたことを言っていた。
就任式に立ち会った者はチュロスであっけに取られていたから、誰も何も言わないまま無事に終わったけれど、よく考えればあれはおかしかった。
もっとおかしいのは、あの後誰もやり直そうなどと言わずに、まあ、姫の騎士なら仕方がないみたいなことを言っていたことだ。
別にアレックスに敬意を表してほしいなんて思わないけど、仕方がないってなんなんだろうか。
「で、どうすんだ?」
アレックスが剣をかちりと鞘に収めながら言ってきた。
「どうするって、何を?」
「これ、そのまま放っておくと風に飛ばされてなくなるぞ。」
「そうね。まずはジャックの首がどこかに残ってないか探して……。」
「それは必要ないだろ。こいつはもうすでに首を得たんだし。」
アレックスはかぼちゃを拳でコツコツと叩いた。
「ええ?でもそれは、ただのかぼちゃなんだけど。」
「いいんだよ、こういうので。」
「そんな、無茶苦茶な。」
「現にあいつはこれをもらって喜んでたと思うぜ?それより、どーすんだよ。」
「そうね……。こういったイレギュラーな存在のちゃんとした弔い方がわからないから……。そうだ!エドガー!エドガーなら知ってるはず!エドガーを探して聞きましょ!」
「そっちかーーーい!!」
「そっちってなに?」
「え?お前、そんな理由であいつに会いに行くのか?」
「そうよ。どこにいるのかわからないから、いろんな人に聞いてみなくちゃ。まったく!エドガーってばこんな大事な時に一体どこに行ってるんだか!」
「あーーーーーー。オレ知らね。」
「それじゃあ、さっそく探しに行くわよ!」
知らん、オレはもう知らん、とかわけのわからないことをつぶやきながらすたすたと行ってしまうアレックスの背中を追って、王宮へと戻ることになった。
ありがとうございます。
続きます!




