30 まぶしさに負けた
「……はああああ???」
エドガーが突然意味不明なことを叫びだしたので驚いてこちらも大声を出してしまった。
「な、泣き顔が、可愛い、ですって?何言ってるの。可愛いわけないじゃないこんなぐちゃぐちゃの鼻水たれそうな顔が!」
「いつもは王族たらんとされている貴方が、心を乱して泣きじゃくっているお姿は、なにかこう……心打たれるといいますか……ぐっときます。可愛らしく、可憐で、いとけなくて、いとしくて、せつなくて、心強くて……。」
「心強……?」
「ああ、すみません、お恥ずかしいところを。つい、取り乱してしまいました。」
お恥ずかしいのはこっちの方だ。
よりにもよってエドガーに泣いているところを見られた上に可愛いなどと言われるなんて、恥ずかしすぎる。
赤くなった顔を見られたくなくて両手で隠せば、エドガーが
「ああっ。」
と残念そうな声を上げた。
「そんな、隠さないでください。せっかくの可愛らしいお顔が見えないではありませんか。さあ、すべてをさらけ出してください。」
そう言ってエドガーは、またあの妙に明るいロウソクを私の顔に当ててきた。
指の隙間からでもその眩しい光が突き刺してくる。
「だから眩しいってば!!」
「顔を見せてくだされば、当てるのをやめて差し上げますよ?」
「あなた、尋問官にでも転職したほうがいいわよ。」
眩しさに負けて両手で顔を隠すのをやめるけれど、エドガーの顔を直視できないから下を向いた。
悔しい。
私はエドガーに屈したのではない。
眩しさに負けただけなのだ。
「恥ずかしがる貴方も、可愛らしいですね。」
「お願い、もうやめて。恥ずかしすぎる……。」
「この我々を隔てる柵さえなければ、抱きしめて慰めて差し上げられるというのに。」
「何言ってるのよ。プラトニックでしょ?私はハートトゥハートで十分すぎるぐらいよ。うん、プラトニック、素晴らしいじゃない!」
「……そうですね。」
クスリと笑っているのが聞こえたので、そっとエドガーをうかがうと、キラリと何かが光った。
メガネか?
いや、エドガーの瞳が一瞬、赤くきらめいたように見えた。
ロウソクの光が映っていたのかもしれない。
「それにしても。」
エドガーが呆れたようにつぶやいた。
「姫を悲しませることだけは起こさせまいと、先回りして事態を収束させようとしていましたのに。貴方は一体どこから情報を得たことやら。」
「どこって……。プラムっていう悪魔……魔物?がまた来てね。いや、来たっていうか。夢に出た?ような……?あれ?どうだったっけ?」
「ほう。奴でしたか。ということは……。ああ、なるほど。ではあれは……。」
口調は穏やかだけれど、かもし出す雰囲気が、オーラが、圧力が、変わった。
どうやら今のは正直に言わずにはぐらかしたほうがよかったようだ。
だが、私は負けない!
なぜなら私は全く持って悪くないからだ!
なんだか最近エドガーの波に流されているところがあるけれど、ここでびしっと言っておかなくては。
「エドガーがそうやって心配してくれるのはありがたいけど、私は生まれたてのひよこじゃないんだから、私の問題は、ちゃんと受け止める覚悟はあるの。まあ、時々今回みたいになっちゃうこともあるけど。」
「姫が生まれたてのひよこなわけがないじゃないですか。」
「もののたとえよ、たとえ!」
「わかっていますよ。じゃなければ、私もこんなには悩みません。」
エドガーはやれやれと頭を振った。
「え?エドガーもなにか悩みがあるの?私で良かったら聞くけど?」
「それを貴方が聞きますか。」
「え?私が聞いちゃいけなかった?エドガーがしてくれたみたいに、私もエドガーの力になりたいと思ったんだけど。」
「いえ、結構です。今は。」
「言いたくなったら相談してね。力になれるかはわからないけど。」
「姫に受け止められるかどうかわかりませんが……。」
「えええ???一体どんな巨悪を抱え込んでるの?脱税?裏金?隠蔽?資金供与?」
「違います。ワクワクしないでください。」
「いやあ。ワクワクはしてないけど、がぜん面白くなってきたなあ、と思って。」
「面白がらないでください。そんなことではありませんから。私は聖職者ですよ。それに、金や権力は持ちたくありませんのでそんな隠し事を持つことにはなりません。過ぎた力は身を滅ぼしますからね。」
「そうね。肝に銘じてくわ。」
「姫は大丈夫でしょう。権力者たちのうごめく王宮において、自らを失わずに突き進んでおられるではないですか。貴方には、貴方でいてもらいたいですね。」
「なんだか褒められている気はしないけどありがとう。」
「まあ、私としては、姫でなくなってほしいという気はしますが。」
「何よそれ。」
「貴方はいつも、いろんな人間に心を配っておられる。ただの護衛騎士や。あまつさえあの人間ではないものにまで。」
「ええ〜、そうかなあ?アレクなんかに気を使ったことなんかないけど。」
一瞬嫌な沈黙があった。
「これですからね。全く、どうしてこんな厄介なものに捕まってしまったのだ私は。」
「なにか言った?」
「姫が、私だけの姫になってくれればどんなにか嬉しいものだろうと思っているんですよ。」
思いがけないエドガーの言葉に息を呑んだ。
「エドガーあなた……。」
「私はもう貴方だけだというのに。」
「あなた本当にエドガー?悪魔に精神を乗っ取られてない?聖水飲む?」
「いりません。というか、効きません。この私が魔物ごときに乗っ取られるわけがない。」
「あ、そのギザギザナイフな感じ、いつものエドガーだ。よかったよかった。」
「なんですかその表現は。」
エドガーは不服そうに眉をひそめた。
短くなっていたロウソクの火が、ジジッという音とともに消えた。
暗闇になるかと思ったけれど、いつのまにか明かりがなくてもお互いの顔をよく見れるくらいにほの明るくなっていた。
夜が空けようとしている。
「おや、いつのまにかこんな時間に。」
まだ大聖堂には静けさだけがある。
しかしあと数時間もすれば、朝の礼拝の準備にやってくる人々でいっぱいになるだろう。
教会の朝は早い。
「そろそろここを出たほうが良いようですね。誰かに見られるといけないですから。」
「別にこの告解室に居たとはバレなきゃいいんじゃない?」
「二人だけでいたところを見られてはまずいでしょう。」
「なぜ?私たち、婚約者じゃない?なにがまずいっていうの?」
「はは。……それもそうですね。」
エドガーは自嘲気味に笑った。
もしも、エドガーが聖職者にはならず、例えば宰相の職についていたのならば、こんな笑い方をしていたのではないだろうか。
不思議とそんなことが頭に浮かんだ。
「さて、では姫は先にお戻りください。私はもうしばらくしてからここを出ます。私が大聖堂に朝早くからいたとしても、不自然ではありませんから。」
「ええ。そうするわ。」
立ち上がってそっと退出することにした。
後ろでカタン、と音がしたのでふりむけば、聖職者側の柵の扉が閉められていて、もうエドガーの顔は見えなかった。
「一晩付き合ってくれたお礼を言いそびれちゃったわね。」
でも、どうせまたすぐ会えるだろうからそのと時に言えばいいだろう。
朝の礼拝の後でもいい。
そう思ってすぐに部屋を出たことを後で後悔することになった。
このエドガーがどこかへ行ってしまったまま、しばらく帰ってこなかったからだ。
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続きます。




