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22 白い手の修道女

 悪魔が何を言うのかはわかっていた。

 わかっていたけれど、それを止めることができなかった。

 聞きたくないと思っているのに、本当はその一言が聞きたくてたまらなかった。

 自分自身を壊してしまうものだとしても、いや、それだからこそ、知りたくてたまらないのだ。

 だけど、いつもそうしているように、自分を守るために、私の口は嘘をつく。


「そんなこと、思ってもいないわよ。でたらめなこと言わないでちょうだい。」

「ああ、そうだ、お前がでたらめだというのならば、そうなのだろう。本当にそういうことなのかは、何も、どこにも、証拠はない。お前は何も思い悩まなくていいんだ。今までのように、王族として過ごせばいい。」


 悪魔のプラムは、慰めるような優しい声で囁いてきた。

 それがかえって不安をあおってくる。


「さっきと言ってることが違うじゃない。証拠があるだとか、何だとか言ってたくせに。」

「要はお前が受け入れるか受け入れないか、という違いだ。」

「わけがわからないわ。」


 悪魔の言うことだ。

 まともに会話なんかできるわけがない。

 もうこんな話やめてしまいたいのに、反対に疑念がどんどん大きくなってくる。

 それに耐えられずに、口から不安があふれ出てしまう。

 悪魔の罠にかかっている自覚があるのに、止められなかった。


「でも、そうだとしたら、どうしてジャックは私をコーデリアと呼ぶのかしら。レッドメイン公の血の匂いもするみたいだし。」

「なぜだろうなあ?」

「……ジャックは、なんだか、懐かしいのよ。なぜか、ずっと昔から知っている人のような……。」


 思わず、自分がつっかかっていることを、ぽつりとつぶやいてしまった。

 そんな私のまわりを、プラムはぐるりと飛び回り、そして芝居めいた口調で叫んだ。


「ああ!なんとかわいそうな姫君だろうか!本当は姫でもなんでもない。そして、国民をだましていることになるとは!」

「そんな!わたしはだましてなどいない!」

「お前は本当は姫君になどなれる身分ではないのに。」

「そうね……。ならば、私は自分の出生のことを公表して王族を止めるべきなのかもしれない。」

「そうだ、おまえは、ただの女だ。特別な人間ではない。ああそれどころか、なんと罪深い生まれだろうか。」

「でも!そうしたら、政治が混乱するわ!私のせいで、そんな迷惑をかけられない。」

「お前は以前、騎士が人殺しをするくらいなら、喜んで王族なんぞやめてやると言っていたではないか?」

「それとこれとは、事情が違いすぎる。そもそも私が王族である権利を持っていないのならば、この身分は国に返さなくてはいけない。でも、そうすれば……。ああ、一体どうすればいいの?」

「お前が混乱を招きたくないのならば、そのままその身分で国民からぺこぺことされ続ければいい。だが、未婚の王族が生んだ子供は王族とは認められていない。お前は国民すべてをだまし続けることになるがな。」

「もう頭の中がいっぱいいっぱいで、なにも考えられない……。」


 悪魔のプラムが巧みにこちらの心理を揺さぶってきていることはわかっているけれど、それをうまくはねのけられない。

 だって、自分自身こそが、そう考えているということを的確についてくるからだ。


「お前にいいものを見せてやろう。」


 プラムがバサリと羽ばたく音が聞こえると、海辺にあった明るい室内が消え、あたりは真っ暗になった。

 そして、何も見えない暗闇に、真っ白な何かがぼんやりと浮かび上がった。

 それはまるで踊るかのようにひらひらと飛びながら、こちらへやってくる。

 女の手だ。

 陶器のようになめらかに白く、細い指先は繊細ではかなげで、それなのに、すべてを包み込むような優しさを感じさせる。

 それが両手を広げて私を抱きしめようとしてくるので、言いしれない恐怖を感じて思わず後ずさった。


「この手は美しいだろう?汚れを知らぬ処女の様でありながら、男を癒す淫婦の様でもある。」


 まるで頭の中に響くように、プラムの無感情な声がした。


「この手に見覚えは無いか?」

「あ、あるわけないでしょ……。」

「よく見ればお前の手に似ていなくもない。」

「え?うそ!私、そんなにいろんな魅力があるように見えるの?やだ~、大発見。自分ではわからないものね。なのに、なんでモテないの?おかしくない?」

「ちがう!そこは、に、似てなどいないわ!と、ちょっと怯えながらいうところだぞ!空気を読め!さっきまでの神妙な様子はなんだったのだ!」

「それはそれ、これはこれ。リップサービスだとしても、褒め言葉は素直に受け取って行くスタイルなの、私。」

「褒めてない!いや、褒めてるのか?これ?……いいや!もう、それはどうでもよい!夜が明けるまでには時間が無い。巻で行くぞ。」

「はいはい、ちゃっちゃとやっちゃって。」

「はあ、我はなぜこのような女の魂を奪おうなどと考えてしまったのだ……。さっきまではうまく混乱させ、こちらのペースになっていたというのに。……だが、負けん!我はどんな困難も乗り越えてみせるぞ!」

「がんばれ~。」


 もうどうでもよくなってそう声をかけてやると、プラムは無い肩をがっくりと落とした。


「あ~、じゃあ、もう、ね。はい。ちょっとこれを見てくれ。」


 とうとう投げやりになったプラムが羽をバサリと羽ばたかせると、今度は薄暗い、石造りの狭い道が現れた。

 そして、その両側には、あちこち朽ちかけている大きなくぼみのようなものが無数にある。

 およそ普段人が立ち入ることがないような、火の光が入らない、薄気味の悪い場所だ。

 じめじめとしていて、かび臭い。

 まるで地下牢だ。


「何?ここは。」


 そうプラムに問いかけたけれど、返事をする代わりに、悪魔は少し先をその真っ白な指で指さして見せた。

 その先では、この薄暗い中でもわかるくらい黒い何かがじっとうずくまっているのが見える。

 暗闇に目が慣れてくると、それが何なのかがわかった。

 真っ黒なローブを頭からかぶっている、修道服を着た若い女性だった。

 ぼんやりと顔だけが白く浮かんで見える。

 それだけしかわからないのに、はっとするほど清廉な雰囲気をまとった修道女だった。

 きっとだれが見ても、まるで聖女のようだと口をそろえてそう称えることだろう。

 彼女はこちらにはまったく気付く様子もない。

 うずくまっているまま恐ろしく青白い顔に血の気が無い唇を苦しそうにゆがませている。

 心配になって声をかけようと吸い寄せられるように右足が前に出ると、プラムが目の前にやって来て私の足を止めさせた。


「人々は救いや利益を求めて神にすがるが、神というのは冷たいもので、人間のことを手助けしてやる気などさらさらないのだ。我々魔界の住人は、お前たちが神とあがめる天界の奴らとは存在以来敵対しているからよく知っているのだが、あいつらは人間のことなど存在すらも気にしていない。そういうやつらなのだ。人間ごときに手をかすはずもないのに、よくもまああんなに熱心に願えるものだな。」

「ちょっとどきなさいよ、あの人苦しそうだからどうしたのか聞かないと……。あっ……。」


 これは私の夢だったと気付く。

 ではあの目の前の見たことがない修道女は一体……。

 いや、あの人は知らないけれど、私にはわかってしまった。

 あの人はたぶん……。

 考えをまとめようと、目を閉じて、親指の爪を噛んだ。

 そんな私の前で、プラムが可笑しそうに、ホウ、と鳴いた。


「あれは昔我が助けてやった女だ。やけにくだらないことで悩んでいたのでな、その悩みを解決する方法を教えてやった。この手は、その報酬としてあの女からもらってやったのだ。」


 プラムはその青白い右手を、左手でするりとさするようになでた。


「これは私の夢ではないのね。昔のお前の記憶。そうでしょう?なぜそんなもの私に見せるの?」

「わかっているのだろう?なぜわざわざ確認したがるのだ。他者にはっきりと言ってもらわねば真実を受け入れる覚悟が持てないのか?弱い、実に弱い。お前は本当は弱くて無力で、誰かを頼らなくてはなにもできない、役に立たない、無価値な女なのだ。」

「だまりなさい。そんなの言われなくてもわかってるわよ。私が聞いてるのは、あの女性のことなのよ。教えなさいよ、お前が知っていることすべてを。」

「知ってどうする?女王に泣きつくか?しかし、本当の姉妹ではないお前に果たして今までのように接してくれるだろうか?」

「うるさい。お前には関係ない。さっさと話しなさい。」

「おお、今にも泣きそうな顔をしおって。いいぞ、それだ!その顔が見たかったのだ!いいだろう、お前に全てを教えてやろうではないか。さて、絶望する準備はできたか?」


姫は夢の中、そして混乱しているので会話にもなってません。

読みにくいとは思いますが、あえてこういった表現にしてみました。が、もしかしたら後から手を加えるかもしれません。


もやっとしたまま、続きます!



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