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21 悪魔、再び

「レッドメイン公行方不明か」


 アストル国地方当局によると、我が国とは国交のないトロン大陸のアグデラ王国との石油、石炭の輸入交渉のため、5か月前にケール海へ向かったレッドメイン公が行方不明になった可能性が高まったことがわかった。

 ケール海は現在、周辺国のどの国にも属さない、海賊などが多く出没する非常に危険な海域となっており、公の出国には議会からも多くの反対や安全への疑問が出ていた。

 現時点では身代金の要求などは来ておらず、事件と事故の両面での捜査が継続中とされる。


                    <王都明星新聞 聖暦326年6月13日付朝刊>





 ☆☆☆☆☆☆☆☆





 白いバルコニーの枠に寄りかかって、ラベンダー色の海に沈んでいく、血のような夕日を眺めていた。

 涼しい風が心地いい。

 海というものをこの目で見たことなんかないのに、これが海なのだとはっきりとわかる。

 寄せては返す波の音が、なぜかきゅっと胸をしめつける。

 これは、夢だな。

 なぜか時々、これは夢を見ているのだと自分でもはっきりとわかるときがある。

 だから夢の中でくらいしか、一生海を見に行くことなんかできやしないということがわかる。

 寂しいような、むなしいような、そしてあきらめにも似た気持ちが、心を落ち着かせなくする。

 でも、夢はいい。

 一人になれるから。

 さて部屋に入ろうかと振り返ると、部屋の入り口に眼鏡をかけた長身の白い服を着た男が腕を組んで壁に寄りかかるようにして立ち、こっちを見ていた。


「エ、エドガーーーーーー!!!」


 思わず指をさして叫んでしまったけれど、それにも動じることもなくエドガーは気障っぽく立っている。

 この男、こんな感じだったっけ?

 なんだかもっとこう、近づくものみな傷つける、ギザギザナイフのような鋭さをまとった感じだったような。

 それは最近は無くなったけれど、なんというか、この貴族然とした感じは妙だ。

 いや、でもそんな自分の記憶のほうが間違っているんだろう。

 そう納得して、一人うなずいていると、エドガーがつかつかと近づいてきてうやうやしく私の右手をつかんだ。


「こんなところにいらしたんですね、マイ・スイート・ポテト」

「私がいつお前の芋になった。」


 突拍子もないことを言ってくるので、思わずきつい言葉で突っ込んでしまった。

 冷たい私の態度を気にすることもなく、エドガーは、はっと驚きながら言った。


「おや?貴方の背中に羽が見えますよ。貴方は私のために地上に舞い降りた天使だったのですね。」

「視力が大分衰えてるみたいね、医者に診てもらったほうがいいわよ。」

「そうですね、もう私は、貴方しか見えない。」

「はっ!やめて!鳥肌が立って寒気がするから!」

「それはいけない!さあ、私が温めて差し上げましょう。さあさあさあ!」

「ぎゃあああーーーー!!!近づかないで!!」


 エドガーが両腕を壁について私を囲い込んできた。

 こ、これが巷で噂の壁ドンというものか!

 こんなに吐き気をもよおすものだったとは!

 想像とはかなり違う、じゃなくて!


「ちょっと待って!おかしい!やっぱりなんかおかしい!」

「ええ、私はあなたに出会ってから、ずっとおかしいんですよ。」

「そうじゃない!いや、おかしいんだけど、そうじゃなくてそもそもあなたがこんな風なわけがない!」

「こんな風、とは?」


 エドガーの眼鏡がきらりと光った。

 えー、眼鏡って光るのー?

 心の中でつっこんでいると、その眼鏡の奥の紅い瞳が、にっこりと微笑んだ。

 あ、これは夢だった。

 エドガーが私にこんなに風に頬を染めながら笑いかけるなんてありえないもんね。


「ちょっと!近い近い近い!!顔が近い!離れなさい!」

「いいえ!離れません!」

「いやああああーーーーー!!!」


 あまりにもあり得ない言動を繰り替えすエドガーに恐怖を感じて、抱きついて来ようとする彼に思わずビンタを3発もお見舞いしてしまった。

 するとエドガーだったものは黒い煙に代わって消えていった。


「ま、まあ、そうよね。ありえないもんね。あんなエドガー。うーん、でもあり得ないからこそちょっと惜しかったかも?」


 もったいなかったか?とつぶやいていると、後ろから呆れたような少年の声が呼びかけてきた。


「お前、本当はあんな風にフォブリーズに言ってほしかったのか?案外とロマンチストだな。いや、娯楽本の読みすぎだろう。見ていて痛々しかったぞ?」

「お前は!」

「ふん、久しぶりだな。」

「……誰だっけ?」


 足の部分が人間の手になっているフクロウが、目の前で見事にずっこけた。


「お、お前!こんな夢の中でもそのような冗談を言えるとは、我の侵入を許している割にはずいぶんと余裕のようだな。」

「冗談……?」

「まさか、本当にわからないのか?」

「どちらさまでしたっけ?」

「プラムだ!恐ろしき悪魔だ!お前のゴールデンタイムとやらを奪ってやっただろうが!」

「ああ、いたねえ。」

「普通忘れるか?!我は悪魔だぞ!自分でも言うのはなんだが、一度見れば忘れられない姿をしていると思うのだが?!」

「うーん、でもいろいろあったから、どうでもいいことは忘れちゃってて。」

「どうでもいいこと……。」

「どうでもいいというか、印象が薄いというか、役に立たないというか?」

「お前の本音は結構きついな!夢の中だからか!」

「で?人の夢の中に何の用?さっきのエドガーがあんたのせいなら、……ひきちぎるわよ?」

「何をだ!やめろ!あの気色の悪いフォブリーズは私が見せたものではないわ!」

「じゃあさっきのエドガーは一体何なのよ。」

「知らん。お前の夢なのだから、お前が見たいものなのだろう。あるいは、見たくないものか。」

「見たくないものか……。」


 まあ、たしかにエドガーにはあんな風に妙な口説き文句を言ってほしくない気はする。

 あんなの、エドガーではない。

 羽のように軽い私のことを、重い重いと言ってくるくらいでなくてはね。


「話は変わるが、お前、あのさらに色気のなさに拍車がかかった夜着はなんなのだ?端的に言ってダサい。」

「ほっといてちょうだい。また私の寝室をのぞき見したのね、まったく。ナイトブラは人に見せるものではないからダサくていいのよ。」


 そういえば、これは私の夢なのだから、このプラムなる失礼な悪魔も私が見ている夢なんだろう。


「消えて。私は今、一人になりたいのよ。」


 そう言っても、プラムは消えるどころか、可笑しそうに目を細めて言った。


「我はお前の夢の登場人物ではない。言っただろう。侵入してきたのだと。」

「それはなおさらお帰りいただかないといけないわね。」


 さっきエドガーにビンタをお見舞いしたように、右手を上げて構えた。


「そうやってすぐに暴力に訴えるのはよくない。人間は、敵わない相手にも暴力で勝とうとするところが実に愚かだ。」


 プラムは全く慌てる様子もなく、余裕しゃくしゃくな態度でいるのが腹が立つ。


「ずいぶんと余裕がないことだな。イライラして、焦って、不安で、落ち着きがなくなってしょうがない、といったところか。だから我が入り込めるような隙ができてしまっている。」

「うるさいわね、さっさと消えなさい。目障りよ。」

「お前が何におびえてびくびくしているのか、私にはようくわかっている。」

「私がおびえている?まさか。おびえるようなものはないわよ。」

「お前は敏いが嘘つきだ。いつもわかったふうに装いながら、心にもないことばかりを言っている。」


 これは悪魔の誘いだ。

 わかっているのに、逃れられない。


「我はお前の疑問に対する答えを持っている。聞きたいだろう?」


 聞いてはいけない。聞けばもう、後戻りはできない。

 ぐっとこらえて、プラムから目をそらせた。

 しかしバサリという羽音とともに、プラムは私の目の前にやって来た。

 そしてその美しく白い、聖女のような指先で私を指さして言った。


「お前は前国王の直系の子ではなく、前王の弟レッドメイン公、アデルバード・リーライズ、とシスター・コーデリアとの間にできた不義の子ではないかと、そう疑い、悩んでいるのだろう?」

「なぜそれを……。いえ、いいえ。私はそんなことを考えてなどいない。」

「我はその疑問に対する答えを持っているし、お前を救ってやることもできる。さあ、どうだ?我と話をしてみたくはないか?」


続きます!

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