16 赤騎士
かぼちゃ騎士からは何の返事もない。
「やはり本来の顔がないというのがネックですね。それに悪魔ではないというのが専門外で困りものです。特に魔物だったら、攻撃などの興奮時に目が赤く光るのでわかりやすいのですが……。」
エドガーが首をひねりながらため息をついた。
「ねえ、コーデリアって人が何者なのか知らないけど、どっちにしろあなたをその人にもう会わせたくはないわ。人を殺すように命令されるなんて嫌でしょ?」
かぼちゃ騎士に問いかけるも、やはり返事はなかった。
その空洞の目をただこちらに向けてくるだけだった。
「あなたは心とか意志が無いみたいだけど、人殺しなんてしたくないはずよ。」
「……もしくはそのようなことを自ら感じなくすれば……。」
エドガーは独り言のようにつぶやくと、ちらりとアレックスのほうを見た。
何を言っているのかわからなかったので、そちらに視線を移すと、エドガーは先ほどのことなど口にしていないかのようなそぶりで、かぼちゃ騎士に近づくと巻き付けられた縄をほどいた。
さすが知恵の輪を10秒でとくと言っただけはある。
ガゼボで突然現れたときはよく見ていなかったから気づかなかったけれど、彼は薄汚れた黒がかったワインレッドの騎士服を着ていた。
そしてその服の胸元はアレックスがギターや剣で突いた時にできたのだろう、大きく破れている。
「不死身、なのでしょうか。」
エドガーはうなっている。
「ということは、睡眠も食事も取ることなく24時間働き続けることができるってことね。……逸材だわ。」
「姫、労働基準に違反していますよ!」
「やっぱり、護衛騎士に採用すべきよね!」
「するってーと、コンラッド、おまえはクビってことだな。今まで世話んなったな。達者で暮らせよ。」
「言わせてもらうが、そうなると24時間この者が姫の護衛をすることができるので、貴様もクビになるのだが?」
「ほんまやパートツー!」
わいわい言いだした彼らを放ってかぼちゃ騎士の胸元を直してやると、じっとこちらを見てきたので微笑み返した。
「おい、あんま情を移すなよ。わけわかんねー、人間でもないやつなんだからな。面倒なことになるぞ。」
アレックスが小言を言ってくるけれど、それも無視してやった。
「それにしても、この騎士らしき者の正体がわかる手がかりはないものでしょうか。」
かぼちゃ騎士を見つめるエドガーの表情は厳しい。
「その制服は150年前頃に、王の近衛隊、『白騎士』が身に着けていたものだ。」
コンラッドが事務的な口調で言った。
それに対してエドガーが、ああ、なるほど、と相づちを打った。
「えっなんでお前そんなこと知ってんの?マニアック~。今度からお前をマニアッ君と呼んでやろう。」
「騎士としての常識だ。むしろなぜ知らない?それよりも、貴様はいい加減そのだらしのない姿をやめたらどうだ?騎士の恥としか言いようがない。それに、その騎士服の下に着ているものに描かれているふざけた柄は何だ!まさかその目玉の大きな黄色いカエルは動いたりしゃべったりしだすのではないだろうな!」
「するわけねーだろ。たぶん。」
「たぶんだと!?う、動くのか……?」
コンラッドはワクワクを隠せていない、ちょっと期待のまなざしを向けているが、そこにエドガーが固い口調で口を挟んだ。
「すみません、君の見解をもっと詳しく聞かせてください。」
「ああ、いいだろう。150年前の騎士服ではあるが、色が違う。王の身辺警護の白騎士と言えば、このアレックスが来ている白い騎士服、そして王の直属の軍隊である『黒騎士』が着ていたのが、私が着ているような黒の騎士服のみ、これは返り血をわからないようにするためだと言われているが、色はこの2種類だけのはずだ。」
「身辺警護の『白騎士』も王直属の部隊である『黒騎士』も、警察や軍が作られたことで、王族の警備のみを行う騎士団にまとめられたという歴史は聞いたことがあります。そして君たちのように、昔の伝統だけは色として残されて、白と黒の騎士服が今でも着用されているのでしたね。」
「前宰相の子息であるならば、神父はさすがにこのあたりのことは知っているか。では、赤い騎士服を身に着けているという人物についても知っているのではなかろうか。」
「赤騎士、ですね。」
エドガーの言葉に、コンラッドは深く頷いた。
「この国で史上初だと言われている女性の王、アン女王の白騎士が、反逆者たちの返り血を浴びて常に赤く染まった騎士服を着ていたと言われる。それが赤騎士だ。」
その名前は聞いたことがある。
わらべ歌にも歌われていてよく知られている。
その内容は恐ろしいもので、子供がいうことを聞かないと、血まみれ騎士がくるよ、と言われるのだ。
と、いうことは、もしかしたらこれは、血?
かぼちゃ騎士の胸元から手を離して、手のひらをじっと見つめた。
そして、近くにいたエドガーの相変わらず眩しいほどに真っ白な服で、手をふきふきと拭いた。
「姫、おやめください。」
エドガーは私に真顔で抗議した後、眼鏡のブリッジを押さえながら話を続けた。
「赤騎士は、アン女王の従妹であったケーラ嬢の首をはねて処刑したとも言われています。」
その名前を聞いて陰鬱な気持ちになる。
ケーラ・グリーンバリーは王位継承権のある公爵令嬢であったが、政略結婚をし、政争に巻き込まれ反逆罪に問われ、幽閉ののち処刑された。
弱冠16歳であったらしい。
その罪は無実であったけれども、未だに政治犯として貴族の身分ははく奪され、名誉は回復されないままだ。
「こいつがそのブラッディ・ジャックだとかいうやつだってことか?」
「断定はできませんが、状況から判断するに、その可能性が高いのではないかと思います。」
エドガーの言葉に、部屋に重い沈黙が落ちた。
暗く残酷な歴史に気持ちが沈んでいると、何かがかしゃりと落ちた音がした。
かぼちゃ騎士の胸元にかかっていたチェーンが壊れてその足元に落ちてしまったようだ。
エドガーが素早くそのチェーンと、それからそれにかけられていたと思われる古びた金色の指輪を拾った。
「これは……。まさか。」
「なになに?どうしたの?」
驚愕の表情を見せるエドガーの手元を覗き込むと、その指輪には文字が刻まれていた。
貴族の誓いの指輪だ。
「えーっと、『王のために、何よりも民のために』か……。聞いたことない宣誓文ね。誰のものかしら?」
「こいつのもんじゃねえのか?」
「騎士は貴族ではない。誓いの指輪は持っているはずがない。」
「ずいぶん古いわねえ。歴史のある貴族のものだとは思うんだけど。あー、なんかどっかで聞いたことがあるような気がするんだけど……。エドガーはどう?おーい、エドガーさーん。聞いてないの?」
少し顔色が悪いエドガーが固まってしまっているので、目の前で手を振ってみた。
「えっ?あ、ああ、すみません。」
こちらに気付いて返事はしたけれど、そのまままた口をつぐんで指輪をじっと見つめている。
「話は戻るが、この者がブラッディ・ジャックであるならば首が無いのにも合点がいく。ブラッディ・ジャックは、女王の命で処刑されたらしいからな。この時代の処刑と言えば、決まって斬首刑だ。」
コンラッドがそう言うと、エドガーがぽつりとつぶやいた。
「修道院に弔われていて……。そうか、だからか……。」
「え?なに?」
ぼう然としながらも、納得がいったような顔をしているエドガーに尋ねても、気まずげに顔をそらされてしまった。
「なんかわかったみてえだな、1号。」
「いえ、わかったというわけではないのですが……。」
「なに?何がわかったの?教えて?」
「ここで申し上げるわけには……。」
エドガーはそのまま口を閉ざしてしまった。
このままでは絶対教えてくれないだろう。
エドガーの性格はもうわかっている。
「よーし、わかった!エドガーちょっと来てちょうだい!」
「な、なんですか!!」
エドガーの右腕をむんずとつかんで、引きずるように寝室に連れ込んでから部屋に鍵をかけた。
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