第1話 すずらんの妖精ラクラミキオアラ
この作品は、私が載せている別の作品『未希へ届け!』の中に出てくる作中小説です。気に入っているのですが、『未希へ届け!』は長編なので、かなり読み進めないと『幻想の森のラクラミキオアラ』まで到達しません。なので、独立した別作品としても載せておくことにしました。楽しんで頂ければ幸いです。
ルーマニアの中部から北西部にかけて広がるトランシルバニア地方は、カルパチア山脈に囲まれた自然豊かな地域である。そこにあるブラショフという都市の郊外に、ブラン村はある。アイルランドの作家ブラム・ストーカーの小説『吸血鬼ドラキュラ』に登場する城のモデルとされ、ドラキュラ城と呼ばれるブラン城が聳え立つその村で、ツルモという少年が家族とともに暮らしていた。ある日ツルモは友人のイワセザールから、不思議な話を聞いた。
「この前、森の奥の方まで行ったんだよ。ずっとずっと、奥の方」
イワセザールがそう言うと、ツルモは目を丸くした。
「ええっ?それ、一人で行ったの?」
「うん」
「めちゃくちゃ危ないじゃん。かなり険しかったでしょ?ヒグマもいるから、そんなことしちゃダメだよ」
「それは俺も知ってたんだけどさ、ものすごく不思議なことがあったんだよ。森へ行った日の前日なんだけど、夢の中に知らないお爺さんが出てきてね。『お前の家の納屋に、不思議な力を持つ杖を置いておいた。あれを持って森へ入れば、怪我をすることもないし、ヒグマに遭遇しても襲われることはない』と言ったんだ。目を覚まして、『あるわけないよね』と思いながら納屋に行ってみたら、本当に、見たことが無い杖が置いてあったんだよ。それで、俺は親に見つからないようにそれを自分の部屋に隠して、次の日の午前中に、森に向かったんだ。何故か、すごく冒険したい気分になっていたんだよ」
イワセザールの話は普通に考えれば信じられないような内容だったが、彼の目はとても真剣だったので、ツルモは「それで?一体どこを目指して森の中を進んでいったのさ?」と訊いた。
「自宅から森に入る直前のあたりまでは、フラフラと夢見心地で歩いていたんだ。まるで、自分の意思とは関係が無いような感じだった。何かに操られているような…。森に入る直前、心の中に、夢に出てきたお爺さんのイメージが浮かんできて、そのお爺さんの声が聞こえてきたんだ」
「そのお爺さんて、どんな感じのお爺さんなの?」
「仙人のような…ジャムおじさんのような…そんな感じ」
「え?ちょっと待ってよ。仙人とジャムおじさんって、全然違うじゃん。渋谷のハチ公とめいけんチーズくらい違うよ?ジャムおじさんって、ああ見えて趣味がバイクなんだよ。ハーレーみたいな、いかついバイク乗ってるんだよ?」
「ツルモ、そういう突っ込みはやめてよ。せっかくのファンタジーが台無しになるよ」
「あ、ごめん、イワセザール」
「とにかく、お爺さんの姿が浮かんできたんだ。そして、俺にこう言った。『森の奥深くに、ひと株のすずらんが咲いておる。それはそれはとても可憐で、可愛らしいすずらんじゃ。少し小悪魔的なところもあるのじゃが、そこがまた、魅力なのじゃ。でもな、そのすずらんは、ひと株だけで咲いておるから、少し退屈で、寂しいようなのじゃ。おぬし、ちょっと会って、話し相手になってくれんかの。その子はすずらんと言っても正確にはすずらんの妖精じゃから、花の姿になったり、人間みたいな姿になったり、姿を変えることが出来るんじゃよ。ラクラミキオアラという名の、女の子じゃ』」
本を読むのが好きで、特に物語を愛するツルモは、その話に強い興味を示した。
「それで?森の奥まで本当に行ったんだよね?その、すずらんのラクラミキオアラに会えたの?」
「うん。会えた。かなり歩いたからへとへとになったけど、道に迷うことは無かった。どうしてかと言うと、間違った方向に進むと、心の中でお爺さんの声が聞こえてくるんだよ。『そっちじゃない。右に15度、方向修正じゃ』とか。あと杖で地面を突くと、枯れ葉が集まってきて塊になって、これから歩く道無き道の、窪んでいる所を埋めてくれたりするんだ。だから躓いて転んだりすることは無かったんだ。三時間くらい歩いたところで、『そこじゃ!右斜め前を見るのじゃ』とまた、お爺さんの声が聞こえてきた。言われた通りに見ると、そこにとても可愛らしい、小さなすずらんが咲いていたんだ。そして近づいて行ったら、きらきら光り輝いて、その光の中から女の子が現れたんだ。俺はすぐに、その子がラクラミキオアラだって分かった」
「それでそれで?何か話したの?」
「うん。まずラクラミキオアラが、『君がイワセザール君?お爺さんから話は聞いてるわよ。あのお爺さん、私が寂しがってるって心配しているみたいね。別に大丈夫って言ったのに、人間の子供を向かわせるから、友達になりなさいって。ちょっとおせっかいなお爺さんだよね。キャハハハハ』って、事情を説明してくれたんだ」




