40.ノエミから相談を聞くわよ!
翌日。
孤児院に向かうと、いつものように出迎えられた。
「ビビアン様、いらっしゃいませ」
「お目にかかれて光栄です」
挨拶の後、広間へと向かっていると、子供達がひそひそ話す声が聞こえる。
「今日も陛下、いらっしゃらないね」
「お忙しいのかな?」
「ビビアン様と、喧嘩したとか?」
「でも、ビビアン様はニコニコしているし、違うと思う」
そんな声が漏れ聞こえ、ビビアンは思わず微笑みが深くなる。
子供達は護衛の中にユリウスの姿を探しているようだ。
チャリティコンサート後、ユリウスはなかなかこの孤児院に来られていない。
「陛下はお忙しから今日は来られないわ。皆が会いたがっていたと伝えておくわね」
「――っ、聞こえてました?」
「ご、ごめんなさい」
「気にしないで。今度はユーリも来られるようにがんばってもらうわ」
子供達は「いいのかな?」「でも、会いたいね」と口にしている。
(こんなに可愛い彼らを見られないなんて、ユーリも残念ね……)
まずは音楽室に向かい、子供達が練習している曲を聴かせてもらう。
(みんなとても楽しそう)
伸びやかな歌声に、疲れも癒えていくようだ。
最後はビビアンも『銀色のお星様』のピアノを弾き、皆で合奏となった。
その後、子供達は自由時間となり、ビビアンはノエミと院長室に向かう。
マナー講師をしてくれているサラの叔母、デボラにより、ノエミは帳簿の付け方なども教わっていると聞いていた。
棚にはこの一年の寄付の内容や、孤児院の収支をまとめた書類が並んでいる。
(この孤児院も、初めて来た時から考えられないくらいに、何もかも変わったわね)
そんなことを考えていると、ノエミに勧められ椅子に座った。
「本日はご多忙のところ来ていただき、感謝いたします」
緊張した面持ちで言うノエミに、ビビアンは微笑む。
「頼ってくれて嬉しいわ。それで、相談って何かしら?」
「リックの進路に関してです。実は、このような手紙をいただきまして」
ノエミが差し出した手紙に目を通すと、そこには驚くべき内容が書かれていた。
「まぁ! リックに、帝国一の劇団『女神の鏡』からスカウトが来たの!?」
帝国大劇場で定期的に公演を行い、そのチケットは発売即完売。
帝国一と名高い、そんな劇団からの勧誘だった。
「ほ、本当に、こちら『女神の鏡』からの勧誘と信じていいのでしょうか」
「……団長の名前は間違いないみたい。不安なら、こちらでも調べさせるわ。それでリックはどう思っているの?」
「それが、悩んでいるようなのです。私としては、いい話と思うのですが……」
「私もそう思うわ。悩んでいる理由は聞いてみたの?」
「はい。ですが、打ち明けてはもらえませんでした」
ノエミは、そのことが結構ショックだったようで落ち込んでいる。
「そう落ち込まないで。近くにいるからこそ、打ち明けられない話もあると思うわ。私からリックに話しを聞いてみる?」
「お願いします。あまり急かすことはしたくないですが、返事を待たせすぎると、お話がなくなるかもしれませんし……。リックに声をかけてきますので、こちらでお待ちください。私は、子供達のところにおりますので」
そうして、ノエミは部屋を出て行った。
ノエミには、距離が近いと相談できない話もあると言ったものの、果たしてリックは不安に思っている理由を話してくれるだろうか。
そんなことを考えながら待っていると、リックがやってきた。
「失礼いたします」
「リック、いらっしゃい。さぁ、そちらに掛けて」
緊張した様子で、リックがソファに腰掛ける。
「ノエミさんから、ここに呼ばれた理由は聞いた?」
「いいえ。ビビアン様がお話があるとだけ」
「そう。なら、単刀直入に聞くわ。リックは劇団『女神の鏡』から勧誘が来ているのに、悩んでいると聞いたわ」
「――っ」
驚いた顔をするリックに、優しく言う。
「ノエミさんに話せない話題でも、私なら話しやすいでしょう? もし、私が嫌なら騎士の誰かでもいいし、もしくはユーリを呼んでもいいわ。ユーリを呼ぶには、時間がかかると思うけど……」
ユリウスもこの孤児院については気に掛けてくれている。
だから、お願いすれば忙しくても時間を作ってくれるはずだ。
やはり、自分ではだめだっただろうかと考えていると、リックが口を開いた。
「……ビビアン様に、聞いてほしいです」
「そ、そう?」
「はい。正直、劇団の誘いは嬉しかったです。でも、オレ、将来、ビビアン様みたいにこの孤児院を守りたいと思ってます。この間のコンサートも、成功したのは陛下やビビアン様のおかげです。だから、ビビアン様がやってる仕事を覚えて、オレ達だけでもできるようにならなきゃと……」
「なるほどね。孤児院のメンバーだけでも、コンサートをできるようになりたいと考えているのね」
リックは頷く。
どうやらイベール伯爵が突然亡くなり、極貧を経験したからこそ、そう思うのだろう。
「リックは、劇団に行ってみたい気持ちはあるのよね?」
「はい。舞台で歌うのは、気持ちが良かったです。オレ達の歌が、あんなにも受け入れられて、嬉しかったから。できたら、もっとやってみたい、です」
「なら、大丈夫。その気持ちに正直になっていいわ。リックの不安は、この孤児院のことね? 不安がなくなれば、劇団のお誘いを受けようと思う?」
リックは頷く。
「なら、いい話があるわ。この間のコンサートでどれだけの資金を得られたか、聞いている?」
「いいえ。ノエミ院長が、しばらくは大丈夫ってしか教えてくれなくて」
おそらくは、子供達を守るためにあえて詳しいことを話さなかったのかもしれない。
スラムの状況はかなり改善したとはいえ、まだ格差は大きい。
お金があると知られれば、また誰かに孤児院を狙われる可能性もでてくる。
「誰かに聞かれると孤児院が危険だから、他の子にも、誰にも言わないと約束してくれる?」
頷いたリックに小声で告げる。
「私が、今突然いなくなっても、今のまま十年はやっていけるわ。つまり、今いる子達の独り立ちまでの時間は、充分に得られたということよ」
「えっ、……そんなに?!」
「これが皆に知られると、また孤児院が狙われるとノエミさんは思ったから、ふんわりとしか言えなかったのね。リックも、くれぐれも誰にも言わないでね?」
「わかりました」
再度、誰にも言わないよう念を押すと、リックは驚いた顔を引き締めて頷いた。
「だから、不安にならなくていいの。リックは好きなようにやってみて。それに、お誘いが来ている劇団は、帝国一と名高い劇団よ」
「そう、なんですか……?」
「ええ。リックがコンサートの開催にも興味を持っているなら、私より上手にお客を集めたり、コンサートを続けていく秘訣を実際に見聞きするチャンスでもあるわ」
息を呑むリックに、ビビアンは微笑む。
「私が成功したのは、運が良かったというのが大きいわ。孤児院の子達が歌を披露するなんて、今まで誰も考えたことがなかったでしょう? もちろん、私もリックが私からやり方を学びたいと言うなら、教えるわ。でも、それだけではなくて、きちんと本物の劇団の運営を学んだ方がいいわ」
そう言うと、リックははっとした表情を浮かべた。
「もし不安なら、面接の時には私も同席するよう調整するわよ。さっき手紙を見せてもらったけど、後見人の付き添いも許可されていたから」
「ありがとうございます。オレ、劇団に行ってみたいです!」
「私も、応援するわ!」
リックの気持ちは固まったようだった。
その後、リックがノエミを呼びに行き、今後のことについて三人で話をした。




