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38.伯爵を捕まえるわよ!

 城の客室に帰ると、すぐに回復薬が準備され、ビビアンの傷は跡形もなく消え去った。


 ユリウスは上級回復薬を準備させようとしていたのだが、ほんの少しの傷で流石にもったいないと断った。

 鏡で傷を確認したところ、薄皮一枚切れているだけで、回復薬すら大げさだったかもしれない。

 だが、睡眠薬を飲まされていたこともあり、他の毒が混入していてはいけないと、念のため回復薬を飲まされた。


「よかった……」


 傷一つなく癒えたのを確認すると、ビビアン以上にユリウスの方がほっとしていた。

 その様子を見て思わず微笑んだビビアンに、ユリウスがムッとした顔をする。


「ビビ、本当に危険だったんだぞ」

「でも、ユーリが来てくれたじゃない」

「そうだな。守れて、よかった……」


 膝の上に抱きかかえられたまま、さらにぎゅっと抱きしめられ、ビビアンには逃げ場がない。


「ユ、ユーリ……?」

「あんな形でビビアンを失うようなことになれば、私は何をするかわからない」


 思わず息を呑んだビビアンに、ユリウスは続ける。


「だから、どうか自分を大切にしてほしい。激高した男をさらに挑発をするなど、危険だと思わなかったのか」

「……聞こえていたの?」

「隣の部屋で、あの男の仲間を倒している時に聞こえていた」

「そうだったのね。状況が知りたかったのよ。ああいう時は、聞いても素直に教えてくれないでしょう。少しつつけば自分からしゃべってくれると思ったのよ。いざという時は、魔術を使おうと思っていたし……」

「訓練したわけではないだろう? 以外と、咄嗟に使うのは難しいものだ」

「そう?」

「では、私にやってみるといい」


 そう言うと、ユリウスはビビアンの金色の髪を掬うと、口づけを落とす。

 驚いて、されるがままのビビアンに、ユリウスは咎めるような目を向ける。


「できないではないか」

「――っ、今のはユーリだったからよっ」

「そうか、私だからか……」


 赤くなった頬は隠せていないだろう。

 そっぽを向こうにも、ビビアンはユリウスの膝の上だ。

 どこにも逃げられないと思うより早く、ユリウスの手が頬に添えられる。

 ビビアンを見つめる視線が熱を帯び、距離が近づく。


 その時だった。

 騒がしい声と共に、扉が開け放たれる。


「陛下! ど、どうして私を逮捕などっ――!」


 はっとして見ると、ノークス伯爵がビビアン達の客室へと飛び込んでくる。

 その後ろから、ユリウスが連れてきた騎士が追いかけてきた。


「へ、陛下っ! おくつろぎ中に申し訳ありません!」


 冷たい眼差しで騎士と伯爵を見る。


(ユーリ、私を膝に乗せたままだと、威力は半減よ……?)


 しかし、彼らはそう思わなかったようだ。


「ど、どうか、皇妃殿下からもお口添えをっ……!」


 ノークス伯爵が、すがるようにビビアンに手を伸ばす。

 だが、威嚇するように拳ほどの氷のつぶてが伯爵を囲むように発現する。


「ビビに触れるな」

「ヒッ――」


 慌てたように後ずさる伯爵を睨み付けながら、ユリウスが言う。


「この者は、あろうことか、ビビの誘拐を計画した」

「伯爵が黒幕だったのね」


 驚くビビアンに、伯爵は必死で首を振る。


「そ、そのようなつもりはっ! ただ、少しお願いをしようと思っただけでっ」

「睡眠薬を飲ませた上、拘束し、監禁してか。それは、お願いとは言わない」


 そう断じるユリウスに、伯爵は悔しげに唇を噛む。


「……悪女にたぶらかされおって」


 ぼそりと言った声に、ユリウスが平坦な声で言う。


「上級回復薬の偽装に、皇妃誘拐、さらには不敬罪も追加か」


 まさか上級回復薬の偽装まで、罪状に上がると思っていなかったのだろう。

 伯爵がぽかんと口を開けた。


「偽装の件は、ビビが視察を言い出す前から怪しいと思っていた。今回、連れてきた者達で調査をしたところ、とても報告書にある税収ではまかなえないような経済状況を確認している」

「な、何か、誤解では……?」

「誤解も何も、こうして証拠もある」


 ユリウスが紙の束を見せると、伯爵は青くなっていた顔色を白く変える。


「な、何故それが……陛下のお手元に……」

「密告があった、とだけ言っておこう。先に執事と魔術師は拘束させている。残りはお前だけだ」


 言い逃れができないと思ったのか、伯爵が項垂れる。


「ビビに手を出したこと、後悔せよ。謝罪すらなく、よくも弁明の言葉のみを並べられるものだ。お前の言葉など聞く価値もない。連れて行け」

「――っ、も、申し訳っ……もがっ」


 ユリウスが、氷の塊を伯爵の口の中に生み出し、伯爵の口を塞ぐ。

 そして、騎士に引きずられるように連れて行かれた。

 今後、帝都まで護送され、そこで裁かれることになるだろう。

 ビビアンは何もせず、ほぼユリウスの独壇場だった。


(皇帝の膝の上で断罪を眺めるなんて、ちょっと悪女みたいだったかしら?)


 そんなことを思いながら、ビビアンはユリウスから、詳しく攫われることになった経緯を聞き出す。


 ユリウスは、最初、ビビアンが再び恐怖を思い出すかもしれないと渋っていたのだが、しつこく聞くと話してくれた。

 彼の話によると、薬草が育たない原因が判明し、焦った伯爵達がその場しのぎで起こした事件のようだ。


 ビビアンを脅迫するよう指示を出したのは伯爵で、実際には執事一人が計画を立てて動いたらしい。

 執事は、昨晩のうちに伯爵領で薬草畑の農場主に会いに行き、危機感を植え付け、ビビアンに薬草の栽培事業を行わないように脅迫するよう誘導した。

 さらに執事は夫人を促し、ビビアンをお茶会に誘わせる。

 お茶会の準備をする侍女には、夫人の指示として、皇妃のカップにのみ栄養剤と偽った睡眠薬を混ぜるよう伝え、ビビアンが眠ったところを連れ出して、監禁場所に運ばせたようだ。


 不正の件で、伯爵や執事には監視がついていた。

 だから、昨晩のうちに執事が城を抜け出し、農場主に何か依頼を行ったことは、彼らも掴んでいたそうだ。

 だが、その内容までは掴みきれず、不正隠しに関することだと思われ、別の場所の調査を行っていたらしい。


 そのため、ビビアンがいないことに気がついたユリウスが、探知魔術で居場所を探り、あの場所を見つけ、助けにきてくれたのだった。


(ユーリが来てくれなかったら、本当に危なかったのね……)


 農場主は、ビビアンを止めなければ自分たちは廃業するしかないとまで思い詰めていたらしい。

 普段はそういった荒事に関わるような者達でもないため、加減の仕方などわかるわけがない。逆上させたらどうなるかわからなかったのだと、改めて苦言を呈された。


(でも、いくら執事に思考を誘導されたとはいえ、私一人脅迫したって、意味がないって気がつかなかったのかしら……?)


 他領で薬草が育たない原因を突き止めたのは宮廷魔術師のエリックだから、国家事業となってしまえば、影響を止めることはできないのだ。


 そんなことを考えていると、話を終えたユリウスがビビアンを見る。


「ビビ、何か気になることが?」

「いいえ。ただ、他領で薬草の栽培が始まるかもと焦るのではなくて、ノウハウを活かして薬草の品質を高めるなり、営業を強化するなりすればいいのにと考えていただけよ」

「本当に、そうだな」


 ユリウスは、ほっとしたように頷く。

 よっぽど心配してくれたようだ。


(助けに来てくれた時のユーリも、かっこよかったわね……)


 ふと、助け出された時のことが思い出され、ビビアンは頬を染める。


 一心にビビアンを心配し、駆けつけてくれて嬉しかった。


 その上、首の皮一枚とはいえビビアンが傷つけられたことに激怒し、必死で守ろうとしてくれた。


 今も、言葉にはしないが、ビビアンが恐怖を思い出さないようにと付き添ってくれているのだろう。


 ユリウスから確かな好意を向けられているのだと、今更ながら実感する。


(私も、ユーリのこと――っ、私、何を考えて……!?)


 突然、頬を押さえたビビアンに、ユリウスは心配げな表情を浮かべる。


「……? ビビ、顔が赤いが……?」

「なっ、何もないわっ」

「やはり、まだこの話はしない方がよかったか。せめて、皇宮に戻ってからすればよかった。考えが及ばず、すまない」

「ユ、ユーリが、謝ることはないわ。私が聞きたいと言ったのだもの」


 一応は納得したのか、ユリウスからそれ以上の追求はなかった。

 そのことにほっとしつつ、ビビアンは一人とんでもないことに気がついて冷や汗を流す。


(えっ、今日も、一緒の部屋で寝るのよね? 昨日までの私、どうして平気だったの!?)


 眠れない夜になりそうな予感に、ビビアンは頭を悩ませるのだった。

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