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31.ノークス伯爵領に向かうわよ!2

 気がつくと、ビビアンも眠ってしまっていたようだ。

 固い感触に疑問を感じ、薄く目を開くと、ユリウスと目が合った。


(美形は下から見ても美形なのね……って、なんで?)


 体を起こすと、バサリと何かが体から落ちる。

 どうやら、ユリウスが上着をかけてくれていたらしい。


「……う、上着、ありがとう」

「よく眠っていたな」


 上着を拾ってほこりを払うとユリウスに渡した。

 ユリウスの膝を枕に眠っていたようだ。

 寝起きで思考が動いていなかったが、自覚をするとじわじわと恥かしさが込み上がってくる。


(一応、夫婦ではあるのだけれど……!)


 ユリウスは気にしていないのか、上着を受け取ると無言で袖を通していた。


「あっ、書類……」

「散らばらないようこちらにまとめている。少し目に入ったのだが、薬草やノークス領についてかなり調べているようだな」

「……なんとかして薬草を育てたいのよ」

「国産の回復薬ができれば、確かに理想的だが……、どうして、そう薬草にこだわるんだ?」


 ユリウスはビビアンが急ぐ理由を知らない。

 だから不思議なのだろう。


「今年は酷い風邪は流行らなかったけど、次もそうとはわからないでしょう。もし疫病が流行すれば、一番酷い被害が出るのは孤児院のある地区よ。だから、せめて回復薬が簡単に手に入るようになればと思ったのよ……」

「……あの子達のためか」


 ユリウスはビビアンの言葉に納得してくれたようだ。


「ユーリも、私の我が儘に付き合ってくれてありがとう。大分無理させてしまったみたいね」


 ユリウスはわずかに目を見開く。


「私も用があってのことだ。……ビビの気にすることではない」

「クマが残るくらいに、無理してくれたのでしょう?」


 ユリウスも少しは眠ったようだが、まだ顔色は悪い。

 もしかしたらビビアンが眠ったことで起こしてしまったのかもしれなかった。

 ユリウスは少し目を見開くと、苦笑する。


「ビビに指摘されるとは、私もまだまだだな」

「どういう意味よ」

「そのままの意味だ。心配させる程、無理はしていないから大丈夫だ」


 そう言われ、軽く頭を撫でられる。

 まさかユリウスからそのようなことをされるとは思わず、ビビアンは思わず目をそらした。


「な、ならいいわ」


 そのまま馬車の外に目を向ける。

 気がつくと、大分景色は変わっていた。

 ユリウスも書類を取り出したのか、背後からは紙をめくる音が聞こえてくる。

 ビビアンもしばらく外を眺めた後、再び書類に目を落とすのだった。



 三日目。ノークス伯爵領に入った。

 白い山並みを遠景に、畑が広がっているのどかな領地だ。

 山脈は帝国の東の国境となっており、あの山から流れてくる川がこの地を潤しているという。

 絵画のような石造りの村をいくつか通り過ぎ、一時間程進むと大きな城が見えてきた。


(ここが、ノークス伯爵の住む城ね)


 旅の最中も、薬草の状態は悪くなるばかりだ。

 株の半分も葉が落ちた薬草を見せれば、諦めた方がいいと言われてしまうかもしれない。


(いえ、絶対に、対処法を見つけて帰るわよ!)


 そんな思いを胸に馬車を降りると、待っていた伯爵家一家に出迎えられる。


「ようこそいらっしゃいました」


 ノークス伯爵は、五十代くらいだろうか。

 白髪は交じっているが、伯爵はクロビスと同じ黒髪で、血のつながりが感じられた。

 顔立ちが似ているかまでは覚えていない。


(というか、あまり視界に入れたくないタイプの人ね)


 社交界でもあまり見かけず、ビビアンも書類上でしかノークス伯爵を知らなかったが、伯爵は貫禄のある体格で、腕には四十代くらいの女性をくっつけていた。

 貴族名鑑を思い出すと、跡取り息子を産んだ正妻とは死別し、再婚していたはずだ。

 後妻で間違いないだろう。

 その隣には連れ子の姉妹だと思われる女性が二人。

 どちらも露出が激しいドレスを着ている。


 四人から少し離れて、青年が立っていた。

 やつれていて、顔色が悪い。

 彼が先妻との間に生まれた跡取りだろう。


「ようこそいらっしゃいました。皇帝陛下ご夫妻をお迎えでき、大変光栄でございます」

「伯爵と顔をあわせるのは私達の結婚式以来か。息災にしていたか」

「陛下のご威光のおかげで、つつがなく日々を過ごしております。皇妃殿下が新しく事業を始められたとこの地まで聞こえております。この地でも石けんを販売していただける日を楽しみにしています」

「販売はギブソン男爵の商会に任せているから、この地での販売がいつ頃になるかはわからないわね。けれど、帝国中に行き渡らせる予定だから、ゆっくり待っていてちょうだい」

「左様で……。まこと、残念ですが、仕方ありませんな」


 慇懃な態度にイラッとするが、目くじらを立てる程ではないとビビアンは飲み込んだ。

 伯爵はちらりと姉妹に目を向ける。


「ところで陛下。ご結婚された頃の新鮮さは、そろそろ落ち着かれたのではありませんか。むしろ、棘のある薔薇には辟易していらっしゃるのでは? この地の花にはご興味は? きっとお心の慰めになるかと思います。いかがでございますか?」


 意味ありげにユリウスを見つめる姉妹に、今度こそビビアンはムッとする。

 だが何か言うより先に、ユリウスが凍えるような魔力を彼らに向けて放った。

 びくりと身をすくませる四人を、ユリウスは冷たい瞳で見つめる。


「気遣いは無用だ。私はただ一輪の薔薇をこよなく愛したい」


 まさかそんな言葉がユリウスの口から出ると思わず、ビビアンは唖然とする。

 それは、ノークス伯爵達も同じようで、ビビアンとユリウスを見比べている。

 皆の困惑を断ち切るかのように、ユリウスが平静を保った声で伯爵に命じた。


「伯爵。落ち着いて話ができるところに案内せよ」

「は、はい! かしこまりました」

「ビビ、行こうか」


 慌てた声で返事をした伯爵の案内で、ビビアンはユリウスにエスコートされ、応接室に向かった。


 城の中は後妻の好みなのか、全体的にごてごてしている。


(私の趣味ではないわね……)


 帝都から離れた地で、これだけのしつらえを揃えるのは大変だったかもしれないが、ずっと見ていると目がチカチカする。

 流石に姉妹は着いてこないので、ビビアンとしてはほっとする。

 応接室の中に入ると、伯爵が怪訝な表情で尋ねた。


「私に、何かお話が? 今回は、ご旅行ではないのですか」


 薬草についての視察とは伝えていないのだろうか。

 隣を見ると、ユリウスはいつもの冷静な表情のままだ。


(何か考えがあるみたいね)


 クロビスの件もあるし、他にも気になることがあると言っていた。

 任せておこうとビビアンはユリウスの隣で微笑むにとどめた。


「旅行で終わるかは、伯爵次第だ。ところで、滞在中に回復薬や薬草について詳しい話を聞きたいのだが」

「でしたら、息子を呼びましょう。最近は実務を任せているのです」


 ユリウスが頷くと、侍従が静かに部屋を出て行く。

 待っている間に紅茶が淹れなおされ、ユリウスと共にお茶を味わった。


 そうしていると、すぐに先程顔色の悪い青年がやってきた。

 ジョージは部屋に入ると、胸に手を当て礼をする。

 楽にするように告げて、ユリウスは尋ねる。


「嫡男のジョージ殿だな。回復薬や薬草について、そなたの方が詳しいと聞いた。ビビが薬草を育てているのだが難航していてな。アドバイスがほしい」

「皇妃殿下のお役に立てるとは光栄です。精一杯、ご期待に添いたいと思います」


 そのやり取りに、伯爵は顔色を青くして叫ぶ。


「陛下、何をお考えですか……!」

「どういう意味だ?」

「皇妃殿下が薬草栽培をなさるなど聞いておりません! 薬草の栽培と、上級回復薬作成は帝国で唯一我が伯爵家だけに認められた事業ではないのですか! ジョージ、お前も、何で答えようとしている!」


 ビビアンが薬草を育て、成功すれば、ノークス伯爵家の事業の優位性は失われる。

 流石にそれは理解できているらしい。

 そんな伯爵に、ビビアンは言う。


「別に帝国でノークス伯爵家に回復薬の専売を認めているわけではないでしょう。私は平民向けの回復薬が輸入品に頼っている現状が気になっているの。できれば、全ての回復薬を国産に置き換えたいと思っているわ。伯爵家の上級回復薬事業とは競合しないから安心して」

「ですが……」


 まだ文句がありそうな伯爵に、ユリウスが言う。


「伯爵は以前、皇室より通常の回復薬の量産を依頼した時に、上級回復薬だけで手一杯だと断っただろう。だから、私はビビが通常の回復薬を作ろうとするのに賛成している」

「あっ……! そ、そうでした、でしょうか……?」


 ユリウスが言うと、伯爵はびくりと肩を震わせた。

 どうやら忘れていたらしい。

 そんな伯爵にユリウスが冷たい表情のまま、尋ねる。


「何か問題があるのか?」

「ご、ございません……」


 反対はなくなったようだと、ビビアンはジョージに尋ねる。


「今、帝都の方で薬草を育てさせているのだけど、植え付けた薬草が全て枯れそうなの。薬草栽培の専門家であるノークス伯爵家の知恵を借りられないかしら。実際に植えていた株を鉢で持ってきているから、見てほしいわ」

「かしこまりました。すぐに確認いたしましょう」


 ユリウスの指示で、ビビアンの薬草の鉢が運びこまれる。


「これは……」


 鉢に植えられしおれている薬草を見て、ジョージは絶句する。

 旅にも耐え、なんとか葉に緑色の部分は残っているが、今にも枯れ落ちそうになっていた。


「水は、どのくらい与えていらっしゃいますか?」

「畑に植えている時は、朝昼晩。移動中も朝晩はしっかり水をあげていたわ。でも、土が雨上がりのように湿っていても、薬草は水を吸わないのよ」

「確かに、土は湿っているのに、この乾燥具合……。水を根から吸収できていないようですね」

「薬草特有の病気かしら?」

「いえ……。言いにくいのですが、私の記憶にある限りこちらの症例は確認したことがありません」


 ジョージとビビアンの会話を聞き、黙り込んだままでいる伯爵に、ユリウスが尋ねる。


「伯爵は見たことがあるか」

「……い、いいえ。私も、見たことがありません」


 回復薬事業に携わるノークス伯爵家でなら何かわかると思ったのだけれど、そううまくはいかないようだ。

 ただ、ジョージは、ビビアンに協力的で、こんな申し出をしてくれた。


「古い記録も調べてみます。それと、実際に薬草を育てている者にこの状態を見せたいので、鉢をお借りしてもよろしいでしょうか」

「もちろんよ。色々試してくれていいわ」


 薬草の鉢をジョージ達に預けることにした。

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