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砂岩の穴


「あれ? こんなのあった?」

「あれ!?」

「魔法屋!?」


『ダンジョン・ウィズ・ア・ミッション』に入ると、ボロ小屋の前に、小さな真新しい小屋が建っていた。看板には『魔法屋』と書かれている。


 表に回ってみると、魔王だった青年がフードを被って「いらっしゃい」と笑っている。


「魔法スキルをご所望なら、こちらで魔法書をお買い求めになれます」

「へぇ~、そうかぁ」


 アップデートされただけなのに、相当面白い。しかも、俺はこれまでほとんど魔法を取得してこなかったから、魔王の魔法屋はかなり珍しい品ぞろえだった。


「魔法ってほとんど使ったことないんだよね」

「クサカさんは必要ないですよね。私は料理の時に火付けが面倒だから、火魔法だけは取ってますけど。カチワリくんは、剣術だけでしょ?」

「そうっすね。前のキャラは魔法を使ってましたけど、攻撃魔法だけです。この魔法屋さんは何でもあるんですね」


 攻撃魔法も回復魔法も、能力を上げたり下げたりする魔法に幻惑魔法まで各種揃っていた。


「買えるだけ買って魔法スキルを取ってから行きますか?」

「現場を先に見よう。魔法書って裏技っぽいけど、何かに気づく障害になるかもしれないから」

「ああ、そうっすね」

「便利になるよりも観察の方が重要ってことですか?」

「おそらく自然科学ってそう言うところから始まってるからね。で、ここは氷河期。重要な気がするんだよな」

「なるほど」

 

 制作者がどこまでリアリティを追及して作っているかはわからない。ただ、ここまで自由度の高いゲームを作っているということは、物理法則は無視していないんじゃないかと思う。

 

「魔法は確かに効果時間が短いんですけど、やっぱりモンスターを倒したりするのには便利ですよ」

 カチワリくんはダンジョンの入り口で話し始めた。


「それはわかるよ。別に魔法書を買いたくないわけじゃない。そもそも100階層から魔王を連れ帰ったから、あの魔法屋ができたってことは、この先のミッションで重要なヒントになるってことだろ?」

「ああ、そうか。この先にもミッションがあるんですよね」

「ダンジョン・ウィズ・ア・ミッションってそういう意味よね。あ、100階層までワープしますか?」

「しよう」


 俺たちはダンジョンに入って100階層までワープした。

 コロシアムがあるが、魔王は不在で、そのまま今までのボスを連戦するかどうか聞かれた。

 

「レベル上げの階層になっちゃいましたね」

「100階層だもんな」

「とりあえず、連戦はしないってことでいいですか」

「そうだね。101階層へ行こう」


 コロシアムをスルーして、とっとと次の階層へ向かった。


 コロシアムの地下から階段を下りて、101階層の大きな扉を開くと、砂が舞っていた。


 目の前には砂漠が広がっている。予想通りだが、部屋自体がかなり広い。1階層の草原のようだ。


「砂ですね」

「フードみたいなのを被った方がいいかもしれません」

「そうだね」


 俺たちは手拭いを顔に巻いて、進んでみた。日の光が強く、耐暑スキルがなければ体力を削られていたかもしれない。

 砂まみれになりながら、とりあえず砂丘を越えると、窪地に砂岩でできた大きな穴が開いていた。


「嫌な予感がするね」

「そうですね」

「そうっすか」


 砂岩の大穴は遺跡の発掘現場なのか端に誰もいないテントがあり、砂まみれで乾燥したフルーツの樽や風化した羊皮紙などが置かれた机などが入っていた。

 さらに、今にも崩れそうな木製の階段が大穴の底へと続いている。


「これを伝って、そこまで行けって話かな?」

「そのようですね」

「大丈夫ですか? こんな階段……」


 ズボッ!


 さっそくカチワリくんが振り板を踏み抜いていた。


「あぶねっ!」

「これ、ルートを確保していった方がいいんじゃないですか?」

「ああ、そうだね」


 せっかくクライミングのスキルがあるので、頑丈そうな杭に命綱をつけて、穴の底へと下りてみた。


「あ、階段を下りていったらゴブリンがいたんですね」


 ギャ!


 階段で叫び声を上げながら石を投げてくるゴブリンがいる。ただ、全然俺たちまで届いていない。


「モンスターがいるところが正しい道だったんでしょうね」

「完全な裏道だったようですね」

「まぁ、何回も来るよ。きっと……」


 大穴の底を見ながら、俺は予想が当たっていることを確信した。


「ああ、やっぱり……。だとしたら、どっちなんだろう」

 レッコも気づいたようだ。


「帰りは、階段からいきましょうか」

 カチワリくんは、底を見ていない。


「発掘現場ですかね」

「そうだね」


 土嚢がいくつか置かれ、発掘作業中の場所にはタープが張られ砂が入ってこないようにしている。つるはしやスコップが雑然と置かれ、夜でも発掘できるように発電機とライトがいくつか見える。


 ただ、人は誰もいない。ゴブリンに食べられてしまったのだろうか。


 そこの中心には、砂岩の門があり、幾何学的な模様が施されていた。


「あれ、これって……」

 ようやくカチワリくんも気づいた。


「あ、看板がありました!」

 レッコはその門から少し離れた場所で、砂の中に看板を発見していた。


「ポットボトム発掘場」


 掘り出したその看板には文字が書かれている。


「ポットボトム! やっぱりあの門はダンジョンのもんですか!?」

「ミッションには続きがあったか。この大穴を見た時に、予想はしていたけど……。まぁ、そうだよね」

「私も途中で、ルートに見覚えがあったからそうじゃないかと思ってたんですけどね。これってポットボトムの未来ですか、それとも過去ですか」

 文明が崩壊した後という可能性もある。

「ダンジョンで再現されているってことは過去じゃない?」

「そうですよね」

「でも、砂漠ですよ。本物は氷河期の森の中にあるじゃないですか。大穴の空間ごと転移しているってことですか?」

「カチワリくんは面白いこと考えるね。でも、たぶん違う」

「じゃあ、ポットボトムは砂漠の遺跡で、いつの間にか周囲は森になって、氷河期が訪れるということですね」

「そう。そして、あの砂漠を森に変えることが俺たちのミッションだ」

「外と繋がりはするんですけど、これって現代の地球温暖化への警鐘なんでしょうか」

「そういう意味合いもあるかもね」

「意識高いですね」

「海外の人は意識高いよね」


 ひとまず、やることはわかったので種や骨粉を取るため101階層を出る。

 階段にいたゴブリンはカチワリくんがちょっとついて底へ落としていた。


「日本でもこういう環境系の話って時々話題になるのに、なぜか売れないですよね」

「学術系の人たちの中でも賛否両論あったり、私的なコンプレックスを共感させた方が売れるからじゃないかな」

「ライターさんだったら、そう言うのを考えて書いたりするんですか?」

「そうだね。日本人のほとんどがモテないから、モテないキャラで書いたりすることはある。でも、いろんな人のところに取材に行ったり、いろんな企業とも関わったけど、100年ぐらい続いている企業に行くと知性と品性がすごいしっかりしているよね」


 俺たちはジャングルがある階層に行き、マメ科の植物や岩石地帯で砂漠に強い植物の採取を始めた。


「知性と品性って、例えばどんな感じですか?」

 会社を探しているカチワリくんからすると気になるのだろう。


「価値観て時代によってめちゃくちゃ変わるでしょ。でも、科学とか事実は変わらない。ゲームの世界でも物理法則とか考えてしっかり作ることが多いんだよ。単なる魔法で、ていう説明じゃなくて、空気の摩擦で発火させてるとか、空気中の水分を集めてとか、割としっかり説明していることが多い」

「リアリティの作り方ってことですか」

「そう。知性を大事にしているんだよね。企業が100年も続いているってことは、そもそも人の生活に密着したなにかを作っているってことでしょ。でも、もちろん商売だから調子のいい時、悪い時があって、品性があると誰かしら助けてくれるんだろうね」

「品性ってどうやって身につけるんですか? 難しくないですか?」

 カチワリくんは難しいってことには気づいている。


「難しいよな。お笑い芸人を見るといいよ。ほら、俺は禿げてるだろ」

 帽子を取って頭を見せた。

「これって会うたびに『禿げだ!』って言わないし、普通に生きていても禿げているなとは思っても指さして『禿げ』って言わないだろ。ここに当然の理解として、別に好きで禿げてるわけじゃないんだから気にしていることは言わない空気っていうのがあるんだよ。そういう世の中の中で、会った瞬間に『おおっ! 今日も禿げてるな!』って大声で言うと、その空気が崩れて笑えるんだよね。つまり、その元々ある空気には品性が備わってるんだよ」

「そういうことですか?」

 レッコには伝わらなかったか。


「例えば、職場で不倫しているカップルがいたとして、そいつらがトイレで乳繰り合ってたら、品がないって思わない? 自分の性欲に正直だなんて思わないでしょ」

「そうですね。殺意が芽生えます」

「お前ら何のために会社に来てるんだよって思うんだよね。普通は。それがわからないでやっているから品がないんだよね。バーゲンセールで商品を取り合う人たちよりも、商品の良さに気づいてセールが終わってからゆっくり買うと、この人はよくわかってる人だからお得意さんにしよう、もし新商品が出たら、この人には先に教えようっていう心遣いで、商売が成り立つことがあるんだ」


 どんどん植物が溜まっていく。

 ついでに大墓地の階層まで行って、骨粉を取っていく。


「これは完全に下品だよね。骸骨を砕いて骨粉に変えるなんて、死者への冒涜だよね」

「確かに」

「前に、地方のポスターで萌えキャラを描いたら、すごい叩かれていたことあったじゃないですか。あれってどっちも品がないって思ったんですけど、あってます?」

 下品の定義か。

「ルッキズムは全般的に表面でしかなくて、美への努力とか、コンプレックスの解消で明るく生きるためとかならポジティブなんだけど、これをやれば売れるだろうとか、やっときゃファンが付くんだろうっていう素振りが見えると品がなくなるよね。観客が見ているのは、顔だけじゃなくて、奥でやっている振る舞いだから。それに対して、金があるからだとか嫉妬して取り下げろっていうのも、どうにか足を引っ張ろうとしていて下品だよね」

「言語化してくれると納得しますね」


「仕事でもそうだけど、最低限、一緒に仕事をする相手のことは調べるし、どういう相手に向けて売るのかくらいは考えてから行くでしょ。そういう普通の心遣いの積み重ねを品性っていうし、事実への理解を積み重ねていくと知性になっていくんだと思う」

「謙虚になれってことですよね!」

 カチワリくんが黒い鎧を着た強い骸骨を砕いていった。


「そうやって皆教わるんだけど、その謙虚さって海外の人からすると、やる気ないように見えることがあるから、出しどころを考えた方がいいよ。知らないことを『教えてください』ってすぐに答えを求めるバカな大学生に見えるから」

「やっぱり難しい!」

「そうね。心遣いって難しいよね。知性と品性かぁ……」


 その日は、101階層の砂漠で、大きなサソリを倒しながら、種と骨粉を撒いて終わった。


 配信直後にレッコから連絡があり、会社を作ろうとしていると聞いた。


「20代のうちに失敗しようかと思って」


 配信だけじゃなくて、地方の食材を伝える手伝いができたらいいと語っていた。

 成功してほしい。何の嫉妬心もなく思えるのは、レッコの人柄だろう。


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