第53話 物語の前日譚
それはジェシカが忘れていた存在。
少女にとっては悪夢そのもの。
都合の悪い事を忘れた少女は男の姿と共に全てを思い出す。
「あ……あ……」
『……君の恐怖を抉り出してあげなきゃ
ならないみたいだけど……構わないよね?
忘れてるようだったから、もう一度思い出しなよ。』
少女の心に現れた20前半の優男。
ゆっくりと辺りを見渡し。
『ジェシカ.ドーソン。君は随分好き勝手生きてるよね?
流石 兄姉と慕う者を犠牲に出来る女は
神経の作りが違う……いや……誰よりも人間らしい。』
「な……なんの……なんの事……よ。」
少女は動揺する。これから抉られる傷を隠すように。
『惚けるなよ面倒だ。
君の兄はミカ.レミナスを殺そうとした。
君は、勿論それに気付いていた。
君にとって兄がそれを望んでいたから。
そして君は姉を連れ出した。当然だ。
姉ならば兄を止められると思っていたからだ。
結果……』
「違う!違う!あたしは……あたしは……」
必死に否定する少女。しかし男はやめない。
心からの本心の声を聞かないなど少女には出来ない。
『結果兄と姉は死んだ。君の選択で』
「ア……アナタが殺したんでしょう!!」
『否定はしないよ。君の兄を殺したのは世界の全て。
君も含めた全てだ。君は望んでいたんだ。
あの時僕は不思議だったよ。
泣き叫びながらも君は何処か安心していた。
それが証拠に彼が焦っていた時……
ジェシカ.ドーソン。君は傍観していただろう?
2対2だったらあの結末は訪れなかった。
君も僕に味方したんだ。1対3。いや4か全てか?笑えるよね。』
「あたしは……ごめんなさい!ごめんなさい!
ごめんなさいお兄ちゃん!」
少女は塞ぎ込みただ謝る事しか出来ない。
自身の後悔と裏切りを。
『姉を……ミカ.レミナスを殺したのは……これは僕だね。
でもね……あぁでもしなきゃ
救われなかったんだよ。君も、君の兄姉も。
勿論君の本当の妹もだ。
その後どうなった?世界は君を中心に幸せになった。
今の世界は間違い無く君を中心に回っている。
世界は君の思い通りになるよ。
力無い存在の僕も君が本気で嫌がれば消滅する。
でも消滅しない。それは君の心。
向き合わなければならない心だからだ。』
「こころ……あたしの心。あたしの本心……」
ジェシカは虚空を見つめながら放心していた。
ずっと隠してきた傷を炙り出されたのだ。
男は放心している少女を尻目に考え込む。
時間にして瞬間。僅か0.36秒で思考を巡らせ
『……こんな事を教えて良いのか知らないけど…
君の寿命は後139年残っている。
その時 世界は……全ては何を思うかわかるかい?』
「そんなの……嘘よ……そんなに生きられ……な…………。」
少女は自らの言葉を否定する。
何より 少女自身が100年以上生き続けている。
不可能では無い。少女は自分が死ぬ所を想像出来ない。
守られている。少女は絶対的存在に守られている。
男は歪な笑いを浮かべる。それは少女の笑みと酷似していた。
『深淵 現世 天界。参界の全てが祝福してくれるよ。
「邪魔者がやっと死んでくれた」ってね。
君を中心に回る世界は幸せだ。
でも世界全体で見れば不幸でしかない。
普通の人間は自分が死んだら1人ぐらい悲しむものだろう?
君の場合は神々も含めた全ての万物が祝福する。
でもジェシカ.ドーソンという名の人間に限り、
それは異常だ。』
「やだ……そんなの……やだ……いや……」
少女は大粒の涙を流している。
生命にとっての最後の幸福。自身の死を嘆く存在の有無
少女は他人を殺す事を嫌がっていた。
それは死ねば悲しむ人がいると身を持って理解したから
もし自分が死んでも悲しんでほしいなどとは思わない。
しかし悲哀とはその生物が存在した証。
自分が世界に愛された証。
ならば死ぬ事で歓喜される少女は
やはり世界に確かに存在した証。
しかし少女が世界を絶望させたという証。
優男は駆け寄って来る獣耳の女性を優しく見つめ。
『このぐらいで良いかな?効きすぎた気もするけど……
最後に2つ教えておこう。
神々はかなり長い年月で予定を立てている。
短い寿命をもつ種族にそれを把握する事は不可能だ。
何も出来ない僕ですら神を憎む僕ですら
神々の手駒……傀儡だ。……悔しいけどね。
でもジェシカ.ドーソン。君だけは違う。
君の意志とは関係なく神々は君に逆らえない。
君を大事に思っている人間によって。』
男はゆっくりと感情を込めた魔法を放つ。
決して声に出さない言の葉は少女の心の奥底に届く。
君が未来を……神々の計画を遂行せたいのなら……
そのままで良い。いままで通り幸福を満喫出来る。
君達が過去を……愚神共の計画を狂わせたいのなら……
僕を……撃つんだ。
「あ……あたし……どうすれば………誰か……教えて…」
『君が……君達がやるんだよ。僕は……何も出来ない。』
心の中で少女の手を握り 形を作る。
少女は縦拳を突き出し親指を空に掲げ人差し指を
イーディス.へローに向ける
亜人の腹部に人差し指が触れた瞬間
バァン リアの腹部を消し飛ばす
『ここから……始まるんだ。人間の……種族の抵抗が……
何も出来ないからと言って何もしない訳じゃ無い。
可能性がある。簡単な事だ。』
男は姿を消していく。その瞳は獣の亜人を優しく見つめ。
アサミの父親を見つめ。
短剣の刃と共にゆっくりと……呑まれながら。




