第115話 中毒二人。
「……龍神様と手合わせしてたッスよ。」
ニーチェは開口一番ブスくれながら
怒りの表情を向ける男にボソボソと呟く。
「ニーチェ!貴様……嘘を吐くな!
龍神様の手足になる事が我等竜人の役目!
……それを……龍神様の前で眠りこけるとは……
このバカ者が!!」
南の追う国の兵士詰め所で目が覚めたニーチェは
上司である竜人から叱責を受けている。
「だから〜。それは龍神様が強かったんスよ!
あっしの東邦酒でも
ビクともしないンスからから。
今だってあっし凄い頭痛いんですよ。」
ガンガン怒鳴られたニーチェの顔色は
土気色をしており今にも吐き出しそうな形相。
間違っても演技の類ではない。
またニーチェという女性は
怒気程度で表情を崩す者ではないと皆知っている。
ニーチェは両耳を塞ぎ
兵士達の脇をすり抜けながら扉に手をかける。
「何処へ行く!?まだ話しは終わってないぞ!」
「……吐きに行くンスよ。
あっしのゲロゲロ見ます?
あっしも女の子なんで人にゲロゲロ見せるのは
嫌なんスけどけど?」
「……済んだら戻って来いよ。」
「……了解ッス。寄り道せずに向かいますので
待っててくださいッス!」
ニーチェはそのままトイレへ足を運ぶ事無く、
詰め所には戻らなかった。代わりに向かった先は……
………………
………………………………
「いやぁ〜……お見苦しい姿をお見せしましたッス。」
「あれ程の醜態は稀ダ。
寝床に吐瀉物を吐かれるとは思わなんダ。」
「えぇ〜!?あっしの酒飲んどいて酷くないッスか?
あとフォローしてくださいよ?
目が覚めたら詰め所で隊長達がメッチャ睨んでで
ちょ〜怖かったっスよ〜。」
結局酔い潰れ床に倒れ伏したニーチェ。
龍神なりの優しさなのかベッドへ運び
ニーチェを寝かせた所。
口から酒と胃液混じる吐瀉物を撒き散らし。
更にその吐瀉物に溺れ死にかけるという酷い有様。
仕方無しに部屋の扉を開けた所。
待機していた竜人達に見つかった。という訳だ。
「ゲロゲロで死にかけるとか……
女の子として恥ずかしいッス!
もうお嫁にいけないッス!
……バツ1ッスけどけど!!」
土気色の顔をほんのりと赤らめ顔を覆い隠すニーチェ。
「吐瀉娘ヨ。」
「うわっ!最悪なあだ名つけられたッス!
なんスカ?あっしに出来る事ならなんでも
……東邦酒はもうないっすけどけど。」
「…………そうカ。」
表情変えぬまま項垂れる龍神。
「本当に酒の事だったんスか。
あっしの家ならヴァイス王国産の酒なら
ありますけどけど……飲みます?」
「持ってこイ!!」
「勿論いいッスけど、
あっしの部屋で飲みません?
此処ゲロゲロの臭いキツいッス……。
龍神様は良く平気ッスね。」
ニーチェが自らが排出した室内の匂いに
鼻を曲げる仕草をしつつ、
龍神の少女は善は急げと勢い良く立ち上がり
「案内しロ!この悪臭。
吐瀉物の源泉を振りまく汚部屋へ!」
「龍神様〜。言い方。もっと優しく。
あっしの乙女なイメージに関わるんで……。」
…………。
城内を闊歩する紅い髪の龍神とニーチェ。
竜人達は龍神を目に収めることなく跪く。
その光景にニーチェはニマニマ笑い
「龍神様はこんな絶景を眺めてるんスね。
なんだかあっしまで偉くなったと
勘違いしちゃいそーッス!
虎の威をかる……龍の威を借るニーチェ!」
「矮小特有のものだナ。
跪き遜れば全て喜ぶと勘違いしておル。」
跪く竜人に一瞥もくれない龍神。
「……龍神様がその御姿なのも何か関係あるっすかすか?」
龍神の姿は小さな人間。
元は100Mを超える巨体だった筈だ。
それが何故人間に変わり果てているのか。
南の王国でその事を聞ける者は限られている。
命知らずの大馬鹿者……もしくは……。
「…………気が向けば話してやろウ。」
ただの馬鹿か。
………………
ニーチェの家は城下町の隅にあり、
土壁が今にも崩れそうなボロ家だった。
中に入るとカーテンと壁紙をピンク一色で飾り、
棚には巨大な縫いぐるみを大量に並べ、
本棚は菓子作りの本。恋愛の本。子育ての本。
申し訳程度に龍神信仰に関する経典を下隅に置かれ、
一応の体裁を保っているが
誰が見ても兵士の家とは思えなかった。
ベッドの下でゴソゴソとモゾモゾと動き
コロコロと床から酒瓶を転がしていく。
「ヴァイス王国産の酒は持ってるだけで
処罰対象ッスから。ガサ入れとかあって
あっしも減給とか休暇取り消しとか
口封じとか大変ッスよ。」
テーブルに硝子のグラスを並べ、
ニーチェはヴァイス王国産の酒。
果物から造り出した酒を注ぐ。
「あっしはゲロゲロ吐きたくないんで、
お淑やかに嗜む程度で……龍神様のペースは無理ッス!」
片方には並々と。もう片方のグラスにはほんの少し。
「構わン。
酒は自身の性能によって適量が決まっておル。
貴様の性能がその程度というだケ。安上がりな女ダ。
我に喰らいつかんとする人間の女もいタ。
………性能の違いを理由に抗う事すらせぬ貴様には
無駄な話しだったナ。」
ピタリと酒に口をつけようとするニーチェの手が
止まった。ニーチェは瞳を落としワナワナと震えていた。
おもむろに立ち上がり
「…………龍神様は挑発が下手っス。あっしは淑女。
酒に溺れる事なく。酒に呑まれない可憐な女ッスよ。」
ニーチェは縫いぐるみの頭の縫い目を丁寧に外し
詰め込まれた綿から大きな酒瓶を取り出した。
日の光に当たると無限に反射を繰り返すそれは、
液体の中でも神々しい威厳を放っていた。
新たなグラスに酒を注ぐニーチェ
湧き立つ甘い香りが二人の鼻腔をくすぐる。
「龍神様にもお裾分けッス!飲みますよねよね?」
同じ様に新たなのグラスに注がれた酒。
「珍種を保管しているな。吐瀉娘。」
龍神は酒を光に反射させながら恍惚の表情を浮かべていた。
「やっぱ龍神様はわかりますか?この酒の価値が……。
ヴァイス王国と東邦の合作ッスよ!
あっしが密かに手伝ったッス!密輸ッスよ!
これはいわば3カ国の架け橋ッスね!
バレたらヤバいから、誰も知らないですけどけど……」
龍神はグラスをニーチェの前に差し出し。
その行いの意味に気付いたニーチェも添えるようにグラスを当て。小気味好い反響音が可愛らしい部屋を包んだ。
「桂花陳酒にカンパーイッス!」
「共に酒を飲む。下位種族の醍醐味ヨ。」
二人は希少な酒を煽り。
「ウィヒ!ウェィヒヒヒ!!サイコーッスよ!!
勤務中なのに我が家で飲む酒は格別ッス!」
可愛い部屋に似つかわしくない
不気味な笑い声が巻き起こり
ニーチェは僅か数分で出来上がってしまい
………………
「もう……無理……ッスよよよよよ……でももも……あと一杯だけ…………………オエッ…………エゥッ……オウェ!!…………」
吐瀉物に塗れた床に倒れ伏した。




