番外編 ママになった日、パパになった日 6
それから、二年後。私は男の子を産んだ。名前は源太。
あの源さんから一字もらった。
あいりはすっかりおてんば娘で、ユキちゃんとこのモモちゃんとてっちゃんと毎日元気に駆け回ってる。
ユキちゃんはまだあと二、三人は子どもを欲しいかも!なんて笑ってる。すごい。
小さい小さいと思ってた銀太くんの妹のハナちゃんも、今ではすっかりお姉さんになって、うちに遊びに来ては源太を抱っこして遊んでくれる。
三つ下の明美ちゃんは先月、結婚した。他県へ進学していい人と出会って、なんとその人を連れて村に帰ってきた。
村長さんは村に若者が増えたって大喜びで宴会を開いて、もう村じゅうの人が集まって大にぎわいだった。
他のみんなも、それぞれ自分の進路のために村を出てる子も多い。
でも、長期の休みには顔を見せに帰って来てくれる。
みんな村を愛してるんだなって思う。
そのうち、明美ちゃん達も赤ちゃんを産んで、うちの子ども達と遊ぶようになるのかな。
考えただけでも楽しそう。
ユウのお父さんは何回かこちらに遊びに来てくれてる。
来る度に大量のおもちゃを買ってきてくれるので、村中の子ども達がお父さんのことをサンタクロースみたいな存在だと思っているらしい。ユウが笑ってた。
源太もだいぶしっかりしてきたので、お母さんに会いに行くことになった。
手紙では何度も何度もやり取りをしてきたけど、会うのは久しぶり。
子ども達とは初めてのご対面。
源太を抱っこして、あいりを抱きしめて、お母さんは大泣きした。
話したいことがたくさんあった。
村での暮らしのこと、近所のみんなのこと、友達のこと、おばあちゃんのこと。
子どもを産んで母親になったってこと、私を産んでくれてありがとうってことも、お母さんに直接言いたかったことも、時間をかけて全部話した。
言葉に詰まって上手く話せない私に怒ることなく、お母さんは聞いてくれた。
記憶にある、鬼のような顔のお母さんはもう、どこにもいない。
化粧が薄いからか、覚えているよりずいぶん歳をとったように思う。
私の方が背が高い。母はこんなに小柄だっただろうか。
もっと大きくて敵わない存在だと思っていたのに。
ああ、私が、大きくなったんだ。
と、ストンと何かが嵌まったように納得した。
あいりも私の母に会えたのがものすごく嬉しかったようで、自分が話す順番が回ってくると、待ってましたと言わんばかりにおしゃべりした。
帰る時にあいりがイヤだとゴネたけど、次また会う約束をして私達は別れた。
次会った時にはもっと上手く話せるかな。
お母さんの話も聞いてみたい。一度も聞いたこと、ないから。
どんな風に生きてきたのか、お父さんとどうやって出会ってどんな風に過ごしてきたのか。
いつか、聞かせてもらえるといいなと思う。
身体中傷だらけで、死にたいと願って屋上へと上ったあの日から、もう十年以上過ぎた。私は大人になり自分の居場所と大切な家族をもった。
あったかくて幸せな毎日を送っている。
それでも・・・私は忘れることはできない。
小さな部屋の檻の中で泣きもせずに痛みに堪える小さい女の子だった哀れな自分の姿を。
今だに夜中に起きてしまうこともある。
あの頃は出なかった涙が今頃になって溢れて、止まらなくなる。
・・・大人になったのに、母親になったのに。いつまでもこんなんじゃ情けない。
落ち込む私に、ユウは静かに首を横に振った。
「大人って言ったって、ある日突然成長するわけじゃないんだから、当然だよ。
でも、マナ、昔に比べると夢を見る頻度も減ってきてるし、ちゃんと少しずつでも乗り越えて行ってるよ。
大丈夫。あんまり不安にならないで」
ユウは私の涙を拭って、ぎゅうっと抱きしめる。
「怖い目にあったのは事実なんだから、仕方ないよ。
でも、それは過去のことで、もう二度とマナには起こらないから。
あいりや源太にも、絶対に起こらない。ね? 大丈夫だよ」
私の頬を包んでくれるユウの大きな手に自分の手を重ねる。
ユウがだいじょうぶって言ってくれると、ほっとする。
薄暗がりの中でも見える、すぐそばのユウの優しい顔。
そんなことがある度にユウはいつも言ってくれる。
「何度でも僕を起こしていい。何度でも大丈夫って言うから。
ひとりで泣いてちゃダメだよ、マナ。わかった?」
「うん。ありがとう、ユウ」
「さあ寝よう。マナ、明日はあいりと源太となにして遊ぼうか。
銀太とゆっこのとこに遊びに行くのもいいね。子ども達も皆で楽しそうだし」
「うん」
過去のことを完全に乗り切るなんてできそうにない。
けど、明日も明後日もユウがいる。かわいい子ども達も。
だから私は怖くない。
明日も、きっとたのしい一日になる。
これで完結です。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。