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弓道男子に抱かれたい!  作者: 雪川月花


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第四章

 ――今日も、朔先輩が来る。

 放課後の茶道部。僕は着物を着て、お湯を沸かして、ドキドキしながら朔先輩を待っていた。

 あれから朔先輩は週に一度程度、茶道部にお茶を飲みに来てくれていた。

 二回目は他の部員達と鉢合わせたけれど、その他の日はやっぱり僕しかいなかったので、毎回二人でお茶を飲んだ。――そして、先輩は毎回、最後にぎゅっと抱き締めてくれる。

 朔先輩が来るのは今日でもう七回目。抱きしめてもらうのも、きっと七回目になる。だけど、まだ慣れない。毎回同じようにトキめいて、初めてみたいに体中が幸せで溢れる。

 僕は今日、一つ心に決めていることがあった。

 僕はいつも、お茶を飲み終わった後、期待でソワソワしてしまっている。今日も抱きしめてくれるのかな、今日は朔先輩そんな気分じゃないかもって、毎回ドギマギしながら先輩の様子を窺ってしまう。

 朔先輩はそんな僕の様子を見て、毎回クスリと笑い、そうして

「満月君、おいで」

 と手を広げてくれるのだ。

 いつもいつも、僕は受け身。

 ――今日は、朔先輩に『抱きしめてください』って、ちゃんと自分からお願いするんだ……!

 入り口の方で音がして、僕はドキリとして振り返った。一瞬朔先輩だと思って、すぐにそうでは無いと気が付いた。

 なんだかガヤガヤと、騒がしい複数人の声がしたからだ。

「ここ? ここなの?」

「なんか暗くね?」

「分かる、なんか薄気味悪い」

「あのー、すんません。誰かいますー?」

「は、はい」

 遠慮の無い大声に僕が慌てて入り口に向かうと、そこには弓道着を着た大柄な生徒が三人立っていた。

 ――弓道着だ。

 僕はドキッとしたけれど、その「ドキッ」に違和感を覚えた。

 朔先輩が姿を見せてくれた時とは違う――嫌な感じの「ドキッ」だと感じたからだ。

 分からないけど、三人は体格のせいもあってかなんとなく貫録がある感じがして、恐らく同学年では無い。先輩だと思うだけで僕は少し萎縮してしまった。

「あ、あの、何か御用ですか……?」

「ここで茶道の経験ができるって聞いて」

「合ってる?」

「は、はい。合ってます」

「じゃあお願い。今から、三人」

「あの、前日までに部員の誰かに連絡して、予約してもらわないといけないんですけど……」

「え、そうなの? ――あのさ、朔先輩がここでお茶飲ませてもらってるって聞いて来たんだけど」

「え?」

 僕は目を瞬かせる。そして、“朔先輩”と呼ぶということはこの人たちは二年生なのかな? と思った。

「朔先輩、最近調子いいじゃん。その秘訣、ここで一年生の男の子がお茶立ててくれるんだって。抹茶飲むと弓道上手くなるって、聞いて」

 ――朔先輩が、自分からこの人たちに教えた?

 それで、紹介してくれたということだろうか。

「まぁ、無理ならいいや」

 三人組はあっさり帰ろうとする。一瞬迷って、僕は彼らを引き留めた。

「あ、あの大丈夫です。今日僕しかいないので。なんの準備も無いですけど、それでも良ければ……」



「では中にどうぞ」

 僕は彼らを茶室に招き入れた。

「お上がりになって、そちらに並んで座ってください」

 僕が畳を手で示すと、先輩たちはゾロゾロと畳に上がった。

 ――ああ、敷居を踏んだ。畳の縁は踏んではいけないのに。

 和室を歩くときの伝統的なルール。この人たちは分かってないのか。

 でもこれは僕がちゃんと、先に教えておかなくてはいけなかった。畳に馴染まない人は知らなくても仕方ないことだ。

 ――朔先輩は、当たり前に避けて歩いていたのにな。

 頭の中で思わず朔先輩と彼らとを比べた。

 彼らが喋りながら畳の上に胡坐を掻いて、僕は戸惑いながら声を掛けた。

「あの……、正座で座ってくださいね……?」

「えー、別によくない?」

「作法なので……」

「キビシーなぁ」

「あのさ、俺達別に茶道習いに来たんじゃないから。お茶飲ませてもらったら、すぐ帰るし」

「はぁ……」

 僕は曖昧に返事をする。一応彼らは正座に座り直してくれたけと、朔先輩に紹介されてきたにしては、なんていうか、タイプの違い過ぎる人たちだ。

 とにかく準備をしよう。僕は三人分の茶器を用意するため、彼らに背を向けた。

 その間も三人はずっと話しをしている。途中、

「菓子タダで食えるのラッキー」

 なんて聞こえてきて、僕はちょっとびっくりした。

 部外の人が来た時には一席五百円いただく。これが部活の正式な決まりで、タダでは無い。材料費は茶道部の部費から出ているのだから当たり前だ。

 でも、朔先輩のお菓子はいつも僕が個人的に買ってきていたし、抹茶が少し減るくらいはいいかなと思ったので、先輩からは料金を貰っていなかった。

 だからこの人たちも無料だと聞いて来たのかなって、僕はそう納得した。ただ――

「あ、あの、今日は皆さんの分お菓子を用意して無いので、お茶しか無いです……」

 朔先輩のために僕が用意した練り切りはあるけど、それは出さないでおきたいので。

「え、お菓子無いの?」

「抹茶ってめっちゃ苦いんだよね? きついかも」

「すみません、予め分かっていれば……」

 丁寧に対応しながら、心の底には違和感があった。

 ――この人たち、弓道着なのにな。

 本来ならば、大興奮でトキめくはずのシチュエーションだ。

 でもなんていうか、この人たちには全然トキめかない。朔先輩とはまるで違う。着崩れてて、だらしなくて、弓道着姿が全然カッコ良くない。

 ――それに、横柄でなんだか怖い。

 弓道着を着ていればそれでいいわけじゃないんだって、僕はそんな当たり前のことに初めて気が付いた。

 弓道着を着た人の凛とした姿勢、真っすぐな眼差し、そして穏やかな優しさ。そういったものが組み合わさって初めて、僕はトキめくのだ。

「それにしても、最近の朔先輩すごいよな」

 準備をする僕の後ろで、三人は雑談を続ける。

「なー」

「前から実力あったけど、彼女と別れてから全然だったのに」

 僕は思わず、茶器を清めていた手を止めた。

「――朔先輩のスランプの原因って、それですか?」

 僕が振り返ると、三人は一瞬僕を見て固まって、それから笑った。

「まあ、そういう噂」

「全然ダメダメになっちゃって、もうもう三ヶ月くらいか? このまま立ち直れないのかと思ってたのに」

「急になんにも無かったみたいにピシッとしちゃって、その理由が茶道部でお茶飲んだからだって言うんだぜ? そりゃ俺達も一回飲みに来てみたくなるよな」

「……」

 僕はお茶を点てるための作業を再開する。自分の意思に反して、指が細く震えた。

 ――そうだ、そうだ、それはそうだ。

 ――あんなに優しくて素敵な人に、付き合っていた人がいないわけが無かった。

 ――そして、これからも。








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