↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弓道男子に抱かれたい!  作者: 雪川月花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/5

第三章

 朔先輩が帰った後、僕は一人きりの茶室で呆然と座り込んでいた。もう着物の裾が乱れるとか、着崩れるとかどうでも良くて、ぐったりと。

 ――凄かった。めちゃめちゃ良かった。

 あの心がジーンとする感覚は、小学四年生のあの日以来だった。

 この一回で十分過ぎる。十分過ぎるのに、まだまだ求めてしまいそうになる気持ちが止まらない。もっともっと、大好きになってしまいそうで堪らない。

 不純な気持ちだ。いや、「弓道着姿の人に抱きしめられたい」なんて、それ自体元々かなり不純だったとは思うけど。

 ――もう自分から朔先輩に近付くのは止めておこう……

 僕は力強く決心する。

 優しい朔先輩に、これ以上ご迷惑をお掛けするわけにはいかない。

 そう思うのに、心はずっと落ち着かなくて、また抱きしめてほしいと思ってしまう。

 翌朝、教室で望に会ったけれど、彼の方からは当たり前に朔先輩のことを何も言ってはくれない。

「お、お兄さんなんか言ってた?」

 昼休みになって意を決して僕から聞くと、望は相変わらずの無表情で「うーん」と考えて、答えた。

「要約すると『アニマルセラピーだった』って言ってた」

「何それ⁉」

 僕は叫ぶ。

「まあなんか兄貴も助かったっぽいから、ありがとう。――多分また茶道部行くと思うから、よろしく」

「そ、そっか……うん」

 アニマルセラピーはよく分からないけど、僕のお茶が役に立てたなら嬉しい。

 もし本当にまた来てくれるなら嬉しい。抱きしめてくれたら――もっと嬉しい。



 今日は茶道の先生が部活に来る日だ。月一で出席率の良い日で、全部で十人集まっていた。ちなみに部員はそもそも女子がほとんどで、今日も男は僕しかいない。

 僕がお菓子をお盆に並べていると、表からキャアと女の子たちの声が聞こえた。

 ――なんだろう。茶室の中にいた僕と、三年生の部長は顔を見合わせる。

 僕が外を覗いてみると、朔先輩が茶道部の一年、二年の女子たちに包囲されていた。

 やれ「カッコいい」だの「弓道着が素敵」だの、完全に囲まれてしまっている。

「先輩!」

「満月君」

 僕が顔を見せると朔先輩は明らかにホッとした顔をした。

 ――そういえば先輩って、押しに弱いんだったっけ。

「どうなさったんですか?」

 僕は女の子たちと先輩の中に、ちょっと強引に割って入った。

「急に来てごめんね」

「いえ、大丈夫です」

「ちょっと報告があって。――今日はひとりじゃなかったんだね」

 朔先輩は女の子たちの方を見る。

「あ、はい。今日は先生が来る日で……」

「あれ、朔」

 と、茶室の入口から顔を出した部長が目を丸くした。二人はどうやら知り合いらしい。

「おう――ね、ちょっと満月君借りていい?」

 部長は瞬いて僕と朔先輩を見比べた。

「いいけど、先生来るまでね」

「分かった。ありがとう」

「ありがとうございます」

「ほら、あんたらはさっさと入って来なさいよ。もう先生来るんだから」

「はぁい」

 女の子たちは部長の声に従って、渋々と茶室に入っていく。 

 部長もそのまま茶室に引っ込んで、僕達は外に二人取り残された。

「ごめんね、活動中に」

「いえ、大丈夫です」

「あのさ――実は昨日、あの後弓道場に戻ったら、久々にちゃんと的に、真ん中に真っすぐに当てられたんだよね。なんかすごく気持ちが落ち着いて、スランプになる前の自分が帰ってきた感じがして……」

「え、すごい」

 僕は目を丸くする。

「茶道、効果あったんですね。嬉しいです! ――あ、でも、違いますね。元々の先輩の実力です。でも僕、お助けできたなら嬉しいです」

 興奮してワクワクと拳を握ると、朔先輩は優しく笑った。

「ううん、満月君のおかげ」

「そんな……そうだとしてもお茶の力ですね。茶道ってリラックスできますよね」

「あのさ」

 朔は頬を搔きながら言った。

「ときどきまた、お茶をいただきに来てもいいかな。勿論、あらかじめ連絡するようにするから。満月君の気が進むときだけ」

「も、勿論です! あの、毎日でもいいです!」

「ホント?」

 朔先輩は楽しそうに笑う。その笑顔にキュンとして、

 ――また、抱きしめてくれたらいいのにな。

 思わずそう思って、心の中で首を振る。

 ――先輩は優しさで報告に来てくれただけなのに、僕、調子に乗ってる。

 思わず項垂れた僕に、朔先輩が耳打ちした。

「満月君、まだ時間いい?」

「え?」

 顔を上げると、思った以上の至近距離に先輩の顔があって、僕は思わずドキリとした。

「ちょっとだけ来て」

 朔先輩は僕の腕を引いて、校舎の方に歩いて行った。階段下の、ボイラー室前の空間に行きついて、先輩は僕の手を離した。

「あ、あの……?」

「あのさ、また、抱き締めてもいい?」

 僕は目を見開く。心が、音を立ててトキめいた。

「えっ、えっ⁉」

「僕がスランプを抜けられたのは、勿論立ててくれたお茶のおかげもあると思う。すごくリラックスできて、心が洗われた。でも、それ以上に満月君のおかげな気がしてて――」

「え……?」

「なんかさ、満月君のこと抱きしめると、すっごく癒されるっていうか、元気が出るんだよね。変なこと言ってるかもしれないんだけど……」

「アニマルセラピー……」

 僕が呟くと、先輩はぽかんとする。

「へ? ――あ、望でしょ。そんなこと言ったのあいつ、失礼だよね。俺は言ってないからね!」

 先輩がムキになったのが面白くて、僕は思わず笑った。

「はい、分かりました」

「全く……」

「僕もです」

「うん?」

「僕も、先輩に抱きしめてもらうと、なんだか心がジーンってして、凄く幸せな気持ちになって、元気が出ます」

「あはは、本当に弓道着の人が好きなんだ」

 朔先輩は笑う。

「……はい」

 朔先輩の言ったことは、微妙に、僕の伝えたかったこととズレている気がした。でも今この瞬間、僕はそれがどう違うのか、すぐには言語化できなくて。

 朔先輩が広げてくれた腕の中にゆっくりと抱かれると、もう何も考えられなくなってしまった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。