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北方徴募兵団 ~使い潰される最前線で数字を見ても英雄にはなれなかった~  作者: 社畜太郎


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第五・五話 士官選抜試験

 王都へ到着した日、レインは初めて“石畳の広さ”に圧倒された。


 北方とは違う。


 街が明るい。


 人が多い。


 兵士たちの鎧も綺麗だった。


 雪と泥に埋もれた第七駐屯地とは、まるで別の国に見えた。


 士官候補選抜試験会場は、王立軍学校の演習場に設けられていた。


 広い訓練場。


 整列する受験者たち。


 その大半は貴族子弟だった。


 磨かれた革靴。仕立ての良い軍服。無駄なく鍛えられた身体。幼い頃から剣と学問を与えられてきた者たちだと、一目で分かった。


 一方、平民受験者は少ない。


 しかも皆、肩を縮めていた。


「……あいつら、平民か」


「場違いだろ」


 貴族子弟たちの視線は露骨だった。


 レインは無言で列へ並んだ。


 特に気にならなかった。


 北方では、視線より魔物の牙の方が危険だった。


 試験は三段階に分かれていた。


第一試験 武術実技


 木剣試合。


 受験者同士による模擬戦だった。


 レインの相手は、栗色の髪をした貴族の少年だった。


 細身だが、立ち方に迷いがない。重心移動も滑らかだ。幼い頃から訓練を積んできた身体の動きだった。


「始め!」


 開始直後、少年が鋭く踏み込んできた。


 速い。


 レインの反応がわずかに遅れる。


 木剣が肩へ叩き込まれた。


 鈍い衝撃。


「一本!」


 周囲から失笑が漏れる。


「平民弱っ」


「徴募兵ってこんなもんか」


 レインは構え直した。


 だが結果は変わらなかった。


 剣筋は平凡。


 動きも洗練されていない。


 北方で生き延びるための実戦の癖はある。だがそれは、試合の強さとは別だった。


 三本勝負、二対零。


 完敗だった。


 教官は淡々と記録する。


「武術適性、中の下」


 それだけだった。


 レインに悔しさはなかった。


 知っていたからだ。


 自分は剣で勝つ人間ではない。


第二試験 筆記(戦術・兵站)


 ここで空気が変わった。


 問題用紙を開いた瞬間、周囲の貴族受験者たちが顔をしかめる。


「なんだこの問題」


「こんなの教本にあったか?」


 レインは黙って問題へ目を落とした。


【食糧百人分を十日維持するために必要な輸送量を計算せよ。ただし積雪期の道路状況を考慮すること】


【防壁維持費を三割削減する場合、優先補修箇所の選定基準を述べよ】


【夜警兵の連続配置が招く問題点と、その対策を論ぜよ】


 迷わなかった。


 補給計算は、第七駐屯地で帳簿を洗い直した時に嫌というほど見た。


 防壁の優先順位は、崩れかけた北壁第三区画を毎日見ながら考え続けていた。


 夜警兵の連続配置は、過労で倒れた兵士の顔が、そのまま答えだった。


 知識ではない。


 実感だった。


 試験官の老士官が、途中からレインの答案を覗き込み、わずかに眉を上げた。


「……ほう」


 そこに並んでいたのは、教本通りの理論ではなかった。


【夜警兵の睡眠不足は巡回効率低下だけでなく、誤認・誤射率を増加させる。三日連続配置を超えた場合、判断速度が著しく低下する】


【補修は全面維持ではなく、敵侵入経路となりうる区画への集中が現実的。資材不足下では優先順位の明文化が必要】


【兵站崩壊は士気崩壊より先に起こる。現場が壊れる時、最初に消えるのは食糧と睡眠だ】


 現場を見た者しか書けない内容だった。


第三試験 諮問


 最終試験は個別問答形式だった。


 呼ばれた部屋には試験官が三人いた。


 中央に座っていたのは、先ほど答案を見ていた老士官。


 両脇には若い士官が二人並んでいる。


「座れ」


 レインは椅子へ腰を下ろした。


「レイン・アルヴァード。第七駐屯地所属、徴募兵」


 老士官が書類を見ながら言う。


「北砦防衛戦で独断指揮を行い、懲罰審問を受けた。それがここへ来た経緯だな」


「はい」


「懲罰か、試験か。二択を迫られた」


「はい」


 老士官は書類を閉じ、レインを見た。


「なぜ試験を選んだ」


 レインは少し考えた。


「懲罰を受けて残っても、同じことをまたやると思ったからです」


 若い士官の一人が眉を上げる。


 老士官は表情を変えなかった。


「同じこととは」


「命令がなくても、動くべきだと判断した時は動きます。罰則で、それをやめられるとは思いませんでした」


「つまり、また独断で動くと言っているのか」


「状況次第では。ただ、士官になれば権限があります。独断ではなくなる」


 部屋に沈黙が落ちた。


 若い士官が何か言いかけたが、老士官が手で制した。


「筆記で、兵站崩壊は士気崩壊より先に起こると書いていたな」


「はい」


「根拠は」


「見てきたからです」


 レインは静かに答えた。


「第七駐屯地では、兵士が怒鳴り合う前に、まず食堂の肉が減り、補給帳簿が乱れ、防壁修理が止まりました。士気が落ちたのは、その後です」


「教本にはそう書いていない」


「教本を書いた人間が、現場を知らなかったのだと思います」


 若い士官が苦い顔をした。


 老士官だけが、わずかに目を細める。


「北砦防衛戦で、なぜ油樽に気づいた」


「補給帳簿に記録のない油樽が、荷車に積まれていました。帳簿を読んでいたので、違和感が残っていたんです」


「事前に計画していたわけではない」


「はい。その場で繋がりました」


「周囲が混乱している中で?」


「混乱していたから、見えたのかもしれません。皆が前を向いている時、自分は横を見ていました」


 老士官はしばらくレインを見ていた。


「最後に一つ」


 静かな声だった。


「士官になって、何をしたい」


 レインは少し間を置いた。


「第七駐屯地を、もう少しましにしたいと思います」


「王都の士官学校を出て、北方の一駐屯地か」


「最初は、そこしか知らないので」


「それだけか」


 レインはさらに考えた。


「第七駐屯地みたいな場所は、王国中にあると思います」


 静かに言った。


「同じことを、他の場所でも減らせればと」


 老士官は何も言わなかった。


 ただ、書類に何かを書き込んだ。


 成績発表は翌日だった。


 武術上位には貴族子弟たちの名前が並ぶ。


 だが、筆記上位の読み上げが始まった辺りから、会場の空気が変わった。


「筆記首席――レイン・アルヴァード」


 ざわめきが走る。


 平民。


 しかも徴募兵上がり。


 そして総合順位。


「総合一位――レイン・アルヴァード」


 会場が静まり返った。


 困惑。


 反感。


 驚愕。


 様々な感情が空気に混じる。


 その中で、レインだけは静かだった。


 ただ一人。


 試験官席の老士官だけが、小さく笑った。


「……面白い逸材が来た」


 その呟きは、レインには届かなかった。

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