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北方徴募兵団 ~使い潰される最前線で数字を見ても英雄にはなれなかった~  作者: 社畜太郎


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プロローグ 北方の子供

北方の冬は長い。  

雪は人を殺す。 魔物より静かに、確実に。  


レイン・アルヴァードが生まれた村は、王国北側の街道沿いにある小さな寒村だった。

地図にも名前が載らないような場所で、冬になれば雪に閉ざされ、春になれば魔物に怯える。

畑は痩せ、土地は貧しい。だが人々は生きていた。助け合いながら、諦めながら。  

レインの父、ガレスは徴募兵だった。本業は農民だが、冬前になると王国軍へ呼び出され、防壁警備や街道護衛へ駆り出される。渡されるのは槍一本と革鎧だけ。村ではそれが普通だった。

誰も国を守るためなどと思っていない。そうしなければ食べていけないだけだ。

「父さん、また行くの?」

まだ幼かったレインが聞くと、ガレスは困ったように笑った。

「ああ。すぐ戻る」

「魔物、出る?」

「出るなぁ」

ガレスはレインの頭を撫でた。

「でも父さん、槍は強いぞ」

そう言って笑う顔が、レインは好きだった。

母のエレナは身体が弱く、冬になるたびに咳が悪化した。薬草代は高く、村に医者など来ない。

だからガレスは危険な護衛任務でも断れなかった。

ある冬の日、吹雪の中を王都から伝令が来た。村長の家へ呼ばれた時、レインは何となく分かっていた。部屋には重い空気が漂っていた。村長がレインを顔を見て目を逸らす。机の上に封書。

「……北方街道護衛任務中、魔物群と遭遇」

村長が低い声で読む。

「ガレス・アルヴァードは住民避難支援中に戦死」  

それだけだった。紙一枚。金貨数枚。そして、"名誉ある死"。

母は泣かなかった。知らせを受けた後も、ただ俯いて手を膝に置いたまま、長い時間動かなかった。


その日から、家の空気が変わった。

でも村の冬は、変わらなかった。


雪は降り続けていた。

何もなかったように。


生きるためには大黒柱を失った悲しみを引きずってはいられない。

弱った体を引きずって母は畑に出た。畑仕事は母一人では足りない。レインも働いた。薪を割り、水を汲み、必死に生きるためにあらがった。

それでも生活は苦しくなる一方で、冬が来るたびに母の咳は悪化していった。


しかし貧しい家庭に薬は買える余裕はなかった。


ある夜、目を覚ますと母が苦しそうに呼吸していた。

「……母さん?」  

返事はない。細い肩が震えている。レインは必死に背中をさすったが、どうにもならなかった。

朝になる頃には、母の呼吸は止まっていた。  


十五歳の冬だった。  


村で執り行われた葬儀の後、レインは空になった家へ戻った。風の音だけが聞こえる。

机には父の古い槍が立てかけられていた。欠けた鉄槍。使い古された革手袋。

それを見て、レインはただ黙って立っていた。


数日後、村へ徴募兵募集が来た。

村の若者たちが並ばされる。痩せた身体。疲れた目。

皆、農業だけでは十分な食事を摂ることはできていなかった。

生きるためにはいくら危険でも軍隊に入って食事がでる生活のほうがましだった。


頬のこけた目がくぼんだ徴募官がレインの前に立つ。

「名前は」

「レイン・アルヴァード」

「年齢」

「十五」

徴募官は書類へ雑に記入する。

「読み書きは?」

「できます」

徴募官が少しだけ顔を上げた。

「珍しいな」

北方では読み書きできる平民は少ない。父が暇な夜に教えてくれたのだ。古い軍用帳簿を使って。

「……まあいい」

徴募官はレインの名前を記した木札を投げて寄越した。

「明日出発だ。死ぬなよ」

軽い言葉だった。毎年何百人も徴募して、何百人も死ぬ。それが王国軍だった。


帰り道、雪が降っていた。レインは立ち止まり、振り返る。小さな村。崩れかけた家。煙の少ない空。

もう戻れない気がした。だが不思議と、涙は出なかった。生きることで精一杯だった。


翌朝、レインは父の革手袋を荷物へ入れ、村を出た。  


北風が強く吹いていた。

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