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負けられない戦い(後編)

 やる気を出したノアナは強い。勉強嫌いというのが嘘のように熱心に数学に取り組み、潜在能力の高さをものの見事に証明した。


 ということは、まったくなく——。


「こんなに勉強のできない子がこの世にいることにびっくり! ノアナ、起きなさい! 簡単な引き算で気絶しないの!!」

「二十三ひく八? 答えはお好きにどうぞ、って感じ」


 放課後の二年一組から、フランソワの怒声と、眠たそうなノアナの声がする。

 ユガリノスは二年一組の教室前の廊下で盗み聞きをしながら、「やはり自力で五十点は無理か」とため息をついた。


「五十点とるのは無理ね。諦めましょう。別にあの二人が結婚したっていいじゃない」

「絶対にダメっ!!」

「どうして? まさかユガリノス先生のことが好きなの?」

 

 ノアナが息を飲む音が響く。

 ユガリノスは息を潜め、ノアナがなんと答えるのか待った。


「……わたしね、ユガリノス先生の嫌味が好きなの。切れ味が良くって、陰気で、性格が悪くて、最高。試験でいい点数を取って、嫌味で褒めてほしい。『数字を書いた鉛筆を転がして、答えを書いたんだろう? 鉛筆に感謝するんだな』って」

「ちょっと、私には理解できない話ですけれど……。フレオノーラ先生のようにお金持ちだから好きっていうよりも、嫌味が好きっていうほうが本物のような気がします。応援しますわ」


 フランソワは根気強く丁寧に、教え始めた。ノアナも手の甲をつねって眠気に耐える。

 ユガリノスは足音を立てずに、二年一組の教室から離れた。


「嫌味が好きか……。そんなことを言ってくれるのはノアナだけだ。だが、今までサボっていたツケを一週間で取り戻せるわけがない。数学は暗記の世界ではないのだから」


 

 翌日。ユガリノスは二年一組の教室にプリントを落とした。フランソワがそれを拾う。


「落としましたよ」

「ああ、捨てておいてくれ」

「わかりました。……ん? これって……」


 フランソワの瞳孔が開く。今度の数学の試験問題だと気づいたらしい。


(出る問題がわかれば、ノアナだって良い点数がとれるだろう。だが問題は、天職が名刑事のフランソワが不正を許すか、だ)


 ユガリノスは緊張しながら、フランソワの心を読む。


(名刑事になる素質とは、清く正しいことではない。柔軟な思考と、あらゆる手段を使って事件を解決に導く狡猾さ。頭の固い人間では名刑事にはなれない。ノアナに五十点をとらせるのは難事件。小さなことには目をつぶるわ!)


 こうしてフランソワは、実際の数学の試験問題をノアナに解かせることにした。勝利を確信したフランソワだったが、ノアナのほうが一枚上手。

 放課後の二年一組にフランソワの絶叫が響く。


「同じ問題を十回もやって、正解できないのはどうして⁉︎ 時間がないわ! こうなったら、途中の方程式はナシ! 答えだけ暗記するわよ! 答えだけでも七十点はとれる! 覚えてちょうだい。第一問の答えは三十。第二問は十二」

「はい! 第一問の答えは五十。第二問は三十三」

「おーいっ! あんたの頭ってどうなっているわけぇ!!」

 

 ノアナは真面目に頑張っている。やる気もある。だが、脳細胞が数字を覚えるのを拒んでいるのだ。


 試験前日の夜。ユガリノスはノアナの部屋を覗いた。

 ノアナは机にうつ伏せになっている。鉛筆を握りしめたまま、寝落ちしていた。よだれがノートにこぼれている。

 ノアナの肩にブランケットをかけてやる。


「よく頑張った。だが、五十点は無理だ。こっそりと、鉛筆に魔法をかけてやろう……」

「むにゃむにゃ……先生、わたし頑張ったよ。褒めて。わたしのこと、もっと好きになって……」

「バカだな。十分に好きなのに……」


 ユガリノスは鉛筆に魔法をかけるのをやめ、ノアナの頭に手を置いた。



 翌日。ユガリノスによって、【脳細胞が活性化する魔法】をかけてもらったノアナは、史上かつてないほどのやる気に満ちていた。


「しゃあーーっ! 今のわたしは無敵! どんな問題でも解ける気がするぞーーーっ!!」


 ノアナは暗記力を思う存分に発揮した結果、数学の試験で五十二点をとることができた。

 大喜びするノアナと、遠い目をするフランソワ。


「事前に試験問題を五十回もやって、五十二点か……。ふっ。世の中っていろんな人間がいるものね」


 試験の総合結果は、ビリはベルシュ。下から二番目はルーチェ。ノアナはなんと下から三番目!

 フレオノーラはユガリノスとノアナに謝罪し、元彼とヨリを戻したのだった。



 ◇◇◇



 数学の試験で五十二点をとれたご褒美として、ユガリノスはSランクのステーキ肉を夕食に出した。

 

「やったぁー! お肉!! あ、先生もお肉だ。珍しい!」

「鶏のささみだ。ささみは栄養価が高いのだ。タンパク質、ビタミンE、ナイアシン、カリウム、マグネシウム、葉酸、亜鉛……」

「呪文みたいなことを言わないでください! それよりも、わたしのこと見直した?」

「数字を書いた鉛筆を転がして、答えを書いたんだろう? 鉛筆に感謝するんだな」

「ぼふー! 盗み聞きしたの⁉︎」

「校内を見回っていたら、たまたま聞こえただけだ」


 ノアナは恥ずかしそうにしながら、ステーキをもぐもぐ食べる。

 嫌味以外にも好きなところはたくさんある。でもそれはフランソワにも、ユガリノス先生にも内緒。

 

 夕食後、ユガリノスは旅行のパンフレットを二十枚ほどノアナに渡した。


「試験を頑張ったご褒美だ。旅行に行こう。好きなところを選びなさい」

「えっ! 本当? やったぁー!!」


 旅行パンフレットはどれも外国で、国外に行ったことのないノアナは大はしゃぎ。

 ユガリノスもまた、さりげなく旅行に誘えて満足したのだった。



 ノアナが決めた旅行先は、南国の楽園。ユガリノスは部屋を二つ取った。

 けれど台風の影響で旅行客が足止めになり、部屋数が足りないということで、ノアナとユガリノスは同室になり、しかもダブルベッドに二人で寝ることになった……という話は、またいつか。



お読みいただき、ありがとうございました!

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