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大嫌いな先生のお試し妻になったら、謎に甘い生活が待っていました  作者: 遊井そわ香
第三章 砂漠の皇子の求婚は波乱のはじまり
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男友達との恋愛事情

「ノアナ。ホームルームに出るんでしょう? 行くよ」


 ルーチェは一声かけると、すぐに背を向けた。

 慌てて椅子から降りる。すると、近くにいた男子がサッと手を伸ばして椅子を持ち上げてくれた


「あ、ベルシュ……」

「運ぶの手伝うよ」


 お礼を述べると、ベルシュは照れくさそうに笑った。


「あのさ。フランソワが街で見たピンク髪って、ノアナ?」

「うん。でも、秘密だよ。誰にも話しちゃダメ!」

「秘密の共有ってやつだな。わかった。誰にも話さない」

「ありがとう」


 ベルシュは丸パンのような顔にはにかみを浮かべると、視線を下方にさまよわせた。


「俺さ。ノアナが言ったこと、信じるよ」

「ん? なにを?」

「ユガリノス先生は、聖剣を抜いて変身を遂げた。先生は数学勇者だった。信じる」

「え……」

「数学勇者ってなんか、かっこいいよな。武器は電卓かな? 電卓から放出した数字で、敵を攻撃して蹴散らす。想像すると面白いな」

「あ、あのね! 信じなくていいよ。だって……」

「他の人が言ったら信じないけどさ、ノアナが言うなら信じる。というか、信じたい」


 わたしを見るベルシュの瞳があまりにも澄んでいるから、誤魔化すために思ってもいないことを口にした、とは言いにくい。だからといって、数学勇者を本気にしてもらっても困る。

 

「笑い飛ばしていいよ」

「笑わないよ。なぁ、ノアナ。自分に自信を持てよ。ノアナは先生のことを数学勇者だって思ったんだろう? だったらそれでいいじゃないか。みんなが笑っても、俺は信じる。俺だけはノアナの味方でいたい」

「だから、あの、先生のことを数学勇者なんて……」

「くそーっ! 恥ずかしがっている顔が……。なんで今まで気づかなかったんだろう!」

「ベルシュ、どうしたの? 変だよ」


 五組の教室の前に着いた。なのにベルシュには椅子を渡す気がなく、なにかに苦悩している。


「髪型が変わったけどさ、なんていうか、雰囲気も変わったよな。妙に、その、キラキラしているっていうか。俺だけじゃなく、周りの男子も言っていたんだけど、その、いい意味で、めちゃくちゃかわいくなった……」


 わたしはポカーンと口を開けて、ベルシュを見た。

 ベルシュとは小学校からの付き合い。その頃からベルシュはパンに夢中だった。パン職人を目指しているベルシュと、パンを食べるのが好きなわたしは話が合った。

 けれどそれはあくまでも、友達として。

 ベルシュは「ノアナとは、一生友達でいられると思う」とよく言っている。

 

「えーっと、かわいいって誰が?」

「ノ、ノア……」

「チャイムが鳴った。早く教室に入りなさい」


 不機嫌な低音ボイスに、わたしとベルシュは肩をビクッと震わせた。

 いつの間にかユガリノス先生がすぐ近くに立っていた。ベルシュが変なことを言うものだから、気を取られて気づかなかった。

 ベルシュはビーツパンみたいな真っ赤な顔をして、椅子を置いた。


「じゃ、そういうことで……」


 なにがそういうことなんだろう?

 逃げるようにしてベルシュが四組に入ってしまったものだから、問うことはできなかった。


「君は以前、なんでもない男友達が恋愛相手に発展したときのために料理を学んでみたいと言っていたな。ベルシュの胃袋をつかまえるために、料理を教えてやろうか?」

「え……」

「かわいいと言われて良かったな。ノアナがその気になれば、誰とでも付き合えるんじゃないか?」


 ホームルームが始まり、各教室からは教師の話し声が聞こえてくる。

 ユガリノス先生不在の五組は騒々しい。おそらく廊下に一番近い席にいるだろうミーナの声が廊下にまで聞こえる。


「騎士の食事係って最高! 上質な筋肉を間近で拝めちゃう。厨房を抜け出して、訓練場を覗き見しちゃった!!」


 ミーナは筋肉フェチ。天職が料理人というのを利用して、職業体験実習では、騎士駐屯地の食事係をしたはず。

 楽しそうに弾んでいるミーナの声とは対照的に、わたしは声を荒げた。


「なんでそんな嫌味を言うんですか! 先生はわたしのことが嫌いなんですね。だから今朝、お試し夫婦をやめにしようって言ったんでしょう!」

「違う。そういう理由ではない」

「どうせわたしは落ちこぼれですよーだ! 料理も掃除も下手だし、遅刻ばっかりだし、勉強もできないし、授業中寝てばっかりだし、わがままな子供だし。だから嫌になっちゃったんでしょう。お試し夫婦の提案をしたことを後悔して、わたしの意思を尊重するなんて大人の発言をして、わたしのほうから断ってほしかったんでしょう!」

「声が大きい」


 先生は周囲を気にして声を落とし、わたしの腕を掴んで場を離れようとした。その手を振り落とし、あっかんべーをする。


「残念でしたー! あのときとは考えが変わったんです。料理なんて勉強しませーん! 男友達の胃袋をつかまえたくない。先生の料理を一生食べる!」

「ノアナ……」

「その気になれば誰とでも付き合えるって、わたしをバカにしないでください。先生はモテモテだからよりどりみどりで、いくらでも女性と付き合えるんでしょうけれど、わたしは本気で好きになった人としか付き合いたくない。先生とわたしは違うんです!」


 唇をきつく結び、怒りを含んだ目で睨む。

 先生は口を開きかけたが、五組から響いたバカ笑いに、半端に開いた口からため息をこぼした。

 ユガリノス先生が来るのを静かに待つことができない五組の生徒たち。先生は眉をひそめ、教室のドアの取っ手に手をかけた。

 わたしの気持ちを訴えたにもかかわらず、先生はなにも言わない気だ。

 悲しさが込み上げて、鼻をすんと啜る。

 うつむいたわたしの耳に、声が聞こえた。考え事に気を取られていたら聞き逃してしまうかもしれないほどの、小さな声。


「私も君と同じだ。想う人としか……。ベルシュを四組に入れた本当の理由は、君と引き離したかったからだ」


 返事をする前に、先生はドアを横に滑らせて教室に入っていった。騒ぎ声が一瞬でやんだ。


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