第二六話 がんばれ 男の子 その一
横手高校の一学期の期末試験が終わった。
いつもと同じく、昼休みに成績上位者の氏名と点数が渡り廊下に張り出される。都子は二年生の学年一位だった。それなりの進学校である横手高校で、一年生の初めから一位を維持し続けている。そのうえ生徒会長だから、都子は学校中で羨望の目を向けられている。男勝りで一本気な性格で、それを鼻にかけることはないから同性からも評判もいい。
ひとつの欠点を除いて。
悠輔は、相変わらず英語はダントツで学年最低のままだ。二四点、今回も欠点だ。
自分の成績より悠輔の結果が気になる都子は溜息をつく。
「いつものこととはいえ……」と、もはや悠輔にかける言葉がない。
現国は満点、社会科は学年のトップクラス。数学や物理も都子より点数が高いのだ。なのに英語が足を引っぱって、総合順位は学年の上意の下くらいになる。
当の悠輔はじっと自分の英語の点数を見つめている。毎度のこととはいえ、欠点で気が楽なはずがない。
「悠輔、数学教えてくれ。期末試験で出た微分の問題がどうしても分からないんだ」
と豊が声をかける。自分は公表されるほどの成績ではないと分かっているのに見に来ている。結果を見た悠輔が落ち込むだろうから、得意な科目で親友の気持ちを上向かせようとする気遣いだ。
「ありがとう」と、友情を察した悠輔が答える。
「でも、後にしてくれ。青山先生に呼び出させる前に、補習の相談に行くから。」
「おう。今日は雨だから、野球部は体育館で軽く運動して終わりだ。」
雨天でグラウンドが使えないと体育館が混むので、野球部も短時間のストレッチぐらいしかできない。横手高校は雨天練習場を作るほどスポーツに力を入れていない。
「悠輔、お前の打ち合わせの方が早く終わるだろう。」
(補修はいつものことだから、青山先生の説明も時間はかからないだろ)と豊は言いかけて止める。親友が英語が出来ないのを気にしているのはよく知っている。
「ああ、図書館で待ってる」と悠輔。
豊は手を上げて渡り廊下を出て行く。
悠輔も溜息を一ついて振り替えると、目の前に女生徒がいた。
「ちょっと、東山くん。いい加減にして欲しいんだけど。」
怒り顔の女子に、悠輔は戸惑った顔になる。何の文句だろう? その前に、この人は誰だっけ?
それを察した隣の都子は
「中 央佳さん。同じクラスよ。悠輔くんの二列右側の列の後ろの席」
とささやく。一学期の終わりになっても、まだ同級生を覚えていないのが悠輔らしい。
央佳は目立つ方だ。明るくて人当たりがいいから友達も多い。可愛らしい容姿なのもあり、男子にもけっこう人気がある。休み時間に数人で談笑している中心に央佳がいることが多い。
「ああ」と悠輔は肯く。(そう言われて思い出した。教室にいたな)って表情になる。
(相変わらず、他人に関心がないな。私は慣れてるけど、こういう人気者で自尊心の強そうな女の子に、それはちょっとまずい)と都子は思う。
案の定、央佳の表情が険しくなる。(私を知らないって、どういうこと?)
「で、なに?」
悠輔は女の子たちの心情などお構いなしだ。
(ナイーブなくせに無神経なんだから)と都子は思う。母性本能を刺激され、可愛くて仕方がない。けど、その感情が一般的ではないとの自覚はある。悠輔の周囲にはそんな女が幾人もいるから日頃は感じないが、こんなデリカシーのない男が好かれるのは普通ではない。
普通の女は声を荒げた。
「毎度毎度の補修で青山先生は東山くんに係りきりになってる。私だってもっと英語を勉強したいのに、あなたのおかげで青山先生はかまってくれない。みんな困っているのよ。他の科目の成績がいいからって、ちょっとは英語の勉強もしなさいよ。」
「勉強はしてるんだけど……」
「嘘だ。勉強してないからこんな成績なんでしょ」
央佳は悠輔の成績を指さす。二四点は成績上位者の中で悪目立ちする。
「中さん、それは違う。あなたは知らないでしょうけど、悠輔くんは英語の勉強してるのよ。もう少し、穏やかに見てあげて」と都子。
「生徒会長は黙っていて。そうやって東山くんをえこひいきする。」
「えこひいきなんてしてないわ。事実を説明しているだけ。」
周囲は、また会長の悪癖が出たな、という雰囲気になる。都子は何かにつけて悠輔をひいきするので、「あれさえなければ完璧なのに」と陰口を叩かれる。本人の耳に入るとただでは済まないから、面と向かって言う者はいないが。
だが、そうではない生徒もいる。
「してるじゃない。ことあるごとに東山くんにくっついて。振られたくせに、未練がましい。」と央佳。
痛いところを突かれた都子も感情的になる。
「ええ、振られましたよ。妹みたいな女に最愛の人を取られましたとも。それでも私は悠輔くんを好き。それのどこが悪い!」
央佳の顔に嘲りが浮かぶ。それが都子の感情を逆なでする。都子が文句を言う前に央佳は続ける。
「生徒会長の職権を乱用してる。」
「いつ私が職権乱用しました? 具体的に言ってみなさい。」
「同好会を作って東山くんを優遇したじゃない。留学生まで使って。」
「いやそれ、俺に得はなかったよ。どちらかと言うと面倒を押しつけられた方なんだけど。」と悠輔。
「同好会の活動で評価を上げようって魂胆でしょ。実態はきれいな留学生とイチャイチャしてただけのくせに。遊びほうけてるから成績が下がったのよ。」
「事実無根ね。」と都子
「そうだよ。俺の英語が悪いのは最初からで、カンナは関係ない。むしろカンナは俺に英語を教えてくれた。」と悠輔。
「それも気に入らない。せっかくネイティブの英語に接する機会だったのに、東山くんが独占してしまった。」
「そんな意図はない。でもカンナと仲良くする機会を奪ったと言うなら、それは悪かった。」
(ダメよ、悠輔くん)。怒りながらも冷静な都子は思う。央佳のように自分の考えを押しつけてくるタイプは、歩み寄りを弱さと受け取る。
案の定、央佳はわずかだがニッと口元を上げたようだ。
「じゃあ、英語の勉強して。これ以上青山先生の時間を奪わないでちょうだい。」
「勉強はしてるんだって。人の話を聞かない子ね。」
冷ややかに言う都子を央佳はにらみ付ける。負けじと都子もにらみ返す。
言い争いを取り巻いていた見ていた生徒たちを押しのけて出てきたあさ美が都子の袖を引っぱる。
「都子さん、ちょっと来て。お兄ちゃんも。」
「まだ話は終わってない」と央佳。
「こっちも用があるの。こんなところで大声を出して、迷惑でしょ。」とあさ美。
何か言いかける央佳を無視して、あさ美は都子を引っぱって人混みを抜ける。悠輔も従う。
あさ美は理科準備室に二人を引っぱっていく。
「野口先生、ちょっと場所を貸して。話をさせて。」
「ここは談話室ではありませんよ。」
そう言いながら、野口先生は三人を追い出そうとはしない。あさ美の切羽詰まった顔を見て、何かあったと感じたようだ。
「何があったのですか?」
教材作りの手を止める。
「実は……」
説明が上手ではないあさ美に代わり、都子が顛末を語る。野口先生はじっと終わりまで聞いている。
「それで、逃げた。ここなら強い大人の野口先生がいるから、嫌なヤツは来ないし。」とあさ美。
「僕は番犬ですか」と野口先生は苦笑する。
「そこまで言ってない。とにかく、中さんだっけ? あの人、話が通じるタイプじゃない。気も強いし。都子さんをにらみ返す女なんて、初めて見た。」
「そういう女子から逃げたのは、良かったかどうか、判断が分かれるところですね。」と野口先生。
「だって、あのまま言い争いを続けていたら、都子さんは殴りかかりそうな勢いだったもの。」とあさ美。
「殴ったりしませんよ。そこまで感情的ではない。でも中さんを感情的にさせて、先に手を出させるよう仕向けるぐらいはしたかもしれない。」
「暴力はいけません。」と野口先生。
「中くんの言い分は無理があるけど完全に間違っているわけではない。けど、話し合いで妥協点を探るような状況ではなかったようです。中くんは意志を曲げるつもりがないとなれば、ケツをまくる――女性の前で下品な表現を失礼――のは常套手段ではあります。
問題は逃げ出したタイミングです。おそらく、中くんは神楽女くんを論破したと思っているでしょう。今後はかさにかかって攻撃してきます。」
「都子さんがあんな女に負けるわけない」とあさ美。
「そうではありません。攻撃されるのは東山くんです。」
あさ美はキョトンとした顔になる。
「最初に文句を言われたのは東山くんですよね。それに神楽女くんが入ってきたから矛先が変わっただけです。中くんも本来の目的を忘れはしません。明日も東山くんにネチネチ文句を言いに来るでしょう。」
あさ美は悠輔の袖をぎゅっと掴む。
「東山くんの性格からして、この問題で中くんを黙らせるような反撃はできないでしょう。教師の口からは言いにくいのですが、この際、多少は暴力的な手段も有りだとしても。」「どんなに理不尽なことを言われても、女に手は上げません。」
「良い心がけです。ですが、この場合、反撃できないのは、自分に非があると東山くんが認めたのだ、と中くんはとらえるでしょう。更に激しく攻撃してきます。なにせ自分の行動はみんなのための正義だと思い込んでますからね。これはもうイジメです。
東山くん、失礼だが君はいじめられっ子の素養がある。辛い経験もしたと思うのだが、不思議なことに、その割には性格に暗さが少ない。よほどの愛情に囲まれて育ったんだろうね。」
悠輔は目を丸くしている。多喜に似たようなことを言われたが、それは幼いころから悠輔を知っているから看破できた――というより、多喜は悠輔に愛情を注いだ当事者だ――のであって、所詮は教師と生徒の関係でしかない野口先生に見抜かれたとは驚きだ。
「お兄ちゃんをいじめる人は、美幸おばちゃんと多喜姉ちゃんがやっつけた」とあさ美。
「ああ、そういうことですか」
野口先生は深く肯いた。
「うらやましい」、しみじみとした口調で言う。
いじめっ子をやっつけてくれる生活が、ではない。野口先生は早くに両親と死別して、天涯孤独に成長した。愛妻は得たものの子供は授からなかった。無条件に注がれる親の愛も、何よりも愛おしむ子供への愛も知らずに人生を終えるだろう。
「でも、いつまでもお母さんたちに甘えるわけにはいかないでしょう。長い人生、自分で試練を乗り越えていかなければね。」と野口先生。
「あたしは一生、お兄ちゃんを助ける。」
あさ美は強い口調で言う。
「助けるな、とは言っていません。家族は助け合うものです。鮎帰君がよく言う『夫婦は一心同体』はそのとおりだと思います。私は「甘えてはいけない」、と言っているのです。この違いは分かりますか?」
あさ美は肯く。
「君は賢い子だ。他人だった男女が信頼や愛情で結びつく。君たちは良き男女です。」
「お兄ちゃんはあたしが生まれたときからお兄ちゃんで、他人じゃないけどね。」
「この子はまた話をややこしくする」とあきれ顔の都子。
「野口先生に言われて分かった。これは家族で助け合う問題ね。今夜、家族会議を開くわ。多喜姉ちゃんを呼ばなきゃ。都子さんも来て。」とあさ美。
「私? 家族じゃないのに。話をこじらせた責任はあるけど。」と都子。
「そうじゃない。都子さんが何も言わなくても、いずれはこうなったわ。むしろ都子さんが怒ってくれたから、早く問題が明らかになって良かったぐらい。お兄ちゃん一人だったら、誰にも相談できずに内に籠もったかもしれない。」
「ああ」と悠輔。
カンナに英語が出来ないのを無神経に指摘されたときも、都子がフォローしてくれた。あの時も、悠輔だけだったら、カンナを恨んで口も利かなくなったかもしれない。
あさ美は一呼吸置く。
「都子さんは家族よ。お兄ちゃんを助けてくれる、頼りになるお姉さん。」
「いいの? 私はあなたの愛しい「お兄ちゃん」を盗っちゃおうとしている女よ。」
妹への愛おしさが七割、恋敵へのからかいが三割の、複雑な表情で都子が言う。あさ美は胸を反らして答える。
「盗れるもんなら盗ってみなさい。何があろうと、東山悠輔の妻はあたしです。」
(参ったわね)、と都子は頭をかく。悠輔がカンナの過激な求愛にもなびかなかったせいか、乙原先輩に仕込まれたせいか、あさ美は急激に自信を持ってきた。
「あのー、俺の問題なんだけど、俺抜きで話が進んでいるんじゃない?」と悠輔。
「あさ美に任せなさい。あなたはあさ美の尻に敷かれている方が幸せです。」
いつの間にか入ってきている多喜が言う。
「ビックリした。いつも思うけど、突然現れるのはどういうトリック?」と悠輔。
「実は忍術が使えるのです。」
「ゴメン、そのギャグは笑えない。俺でなければ本当だと信じちゃう。」
「渾身のユーモアですのに。傷つきますわ。」
「姉さんは何でも習得してるから、「伊賀の隠れ里で教わった」、と言っても本当っぽいよ」
都子とあさ美も肯く。
「今どき忍者の里なんて、誰も信じませんよ。
そんなことより、集合時間を決めましょう。突然ですから、放課後に東山家に押しかけたら、美幸母さまも夕食の支度が間に合いませんね。開始時間は下げましょうか? あまり遅くなっても、美幸母さまの負担が増えるから、いけないけど。」
「大丈夫、すぐに始めていい。今夜はあたしもお母さんも東山家で食べる準備をしてるから。剛おじちゃんも帰ってきてるから、沢山作ってる。多喜姉ちゃんと都子さんの分は……」
あさ美はちょっと考える。
「んー、ちょっと足りないかな。帰りにお惣菜を買いましょう。」
「だから、俺の都合を抜きにして話を進めるなって。青山先生にはあす話をすればいいけど、豊と会う約束があるんだ。」
「なら、豊さんも呼べばいい。お兄ちゃんが数学を教えてる間に、夕食の準備をするから。ご飯を食べなから話し合いね。」
「豊まで巻き込むのか?」
「お兄ちゃんが辛い思いをしてるんだもの。呼ばれない方が嫌がると思う。東山家集合って、メッセ入れとく。」とあさ美。
悠輔は、そりゃ何だ? って表情になる。
「あー、メールみたいなものよ。とにかく連絡しとくから。」
以心伝心だなあ、と都子は感心する。
「八人か、テーブルにすわれないぞ」と悠輔。
「大丈夫、テーブルを廊下に出せば、少し狭いけどリビングに入れるわ。美幸おばちゃんは身重だから椅子に座ってもらって、後の人は床に座ればいい。」
悠輔は黙る。多喜は微笑んでいる。
「あさ美、凄いわね」と都子は呟く。本当に『あさ美に任せ』た方が早い。
「家族会議の段取りは良さそうですね。東山くん個人の対応はそちらで話してもらいましょう。ここでは学校の対応を検討しましょう。」と野口先生。
「住吉くんは教室ですか? いたらここに呼んでください。」
なぜ蔵人を? と思う間もなく、野口先生の意図を察したらしい多喜がスマホを取り出し、電話をかける。
「乙原です。唐突な電話で失礼します。いま、よろしいかしら?」
スマホ越しに蔵人の興奮した声が流れる。
「大丈夫です。はい、暇で仕方ありません。」
音量に驚いた多喜は、耳からスマホを放す。
「ありがとうございます。実は悠輔が困っているのです。住吉さんに助けていただけないかとのご相談をしたいのです。」
「はい。乙姫様――乙原先輩の頼みとあれば、東山先輩のためなら何でもします。」
「嬉しいです。でも、無理はしないで。」
「いえ、何を置いても駆けつけます」
「そこまで悠輔を慕ってくださるとは、感謝します。でも、できる範囲でよいのです。」「僕は何をすればよいのですか?」
「いま、理科準備室で話し合いをしています。もしよろしければ……」
「すぐに行きます」
スマホを切るのとダッシュの音が重なる。
「慌てて怪我をしなければよいのですが」と多喜。
「住吉くん、お姉ちゃんを『殿』か「御屋形様」とでも呼びそうな勢いだ」とあさ美は呆れる。
「ええ、乙原家の忠臣ね」と都子も追従する。
「人聞きの悪い。悠輔の大事な後輩を、家来扱いなどしません。将来は仕事の話ができるかもしれない。これに関しては対等な関係です。」
(やはり、それも考えていたか)と都子は思う。
住吉蕎麦は駅前の人気店だ。蔵人の父である店主は職人気質で商売っけがない。だから客があふれても店舗を拡大したりしない。けれど、後を継ぐであろう蔵人はまだ若く欲もあろう。乙原家の人脈と資産と結びつけば、将来は大きな取引になるかもしれない。
明細に理解したわけではないが、雰囲気を察したあさ美は不安げに言う。
「お兄ちゃんが嫌がることはしないでちょうだい」
「分かっていますよ」と多喜は微笑む。
そうこうしていると、廊下を走る音が近づいてくる。理科準備室の戸が勢いよく開かれ、蔵人が飛び込んでくる。
「来ました!」
息が荒い。全速力で駆けてきたのだろう。
「まあ、そんなに慌てなくても……」
多喜の言葉にあさ美がかぶせる。
「苦しゅうない、近うよれ」
何のことか分からない蔵人は怪訝な顔になる。
「おふざけが過ぎますよ」と軽くあさ美をにらむ。
「こんなに汗をかいて」
多喜はハンカチを取り出すと蔵人の頬をぬぐった。蔵人の顔は真っ赤に染まり、直立不動で恍惚の表情を浮かべる。不自然な姿勢のまま、されるがままになっている。見る見る汗が流れ出る。
「姉さん、それじゃ逆効果だよ」と悠輔。
「そうなのですか?」と多喜は小首をかしげる。分かってやっているだろうに、こういうところは狡い。
多喜は汗を拭き終わり、ハンカチをしまう。蔵人はボーっとしたままだ。
「おーい、大楠公、返っておいで」とあさ美。
蔵人はハッとなる。
(乙原先輩は御屋形様どころか天皇ですか)と都子は苦笑する。大楠公とは後醍醐天皇に忠節を尽くした楠木正成のことだ。
「ありがとうございます。僕は何をすればいいのですか? 何でも言いつけてください。」
「おい、蔵人、気をつけろよ。この姉さんは可愛い顔して、いいように人を使う達人だ。お前なんか骨までしゃぶられちゃうぞ。」と悠輔。
「あなたが可愛がっている後輩にそんなことしません。」と多喜。
「悠輔くんが嫌がらない人にならするんだ」と都子。
「住吉さん、事情の説明からさせてください。」
(否定せずに話を変えた。「悠輔に嘘はつかない」って言ってたから、本当のことを避けたのね。必要とあれば冷徹に人を使い潰すんだ。やっぱり、この人は怖いな。)と都子は思う。
「説明は私から」と都子。今は目の前の問題に集中しよう。
都子の一通りの説明が終わると、野口先生が話し始める。
「今回の一件、東山くん個人の問題ではないのです。原因は、試験をすれば生徒は勉強するとの考えで、工夫もなしに試験を多くする本校の姿勢にあります。」
あさ美がキョトンとした顔になる。理屈の跳躍について行けないのだ。野口先生は説明を続ける。
「試験勉強に耐えて試験慣れする、詰まるところ大学入試で高得点を取れる「優秀な」生徒を優遇して、成績下位者を軽視する。それがこの高校の伝統です。
教育とはそんなものではありません。勉学が進まない学徒を導くものです。そのために成績下位者には補修授業をするのです。なのに補習授業を受けるような成績下位者を、成績上位者の足を引っぱる厄介者扱いする。間違った風潮がはびこっています。
その矛盾が今回、表面化したのです。
以前にも、鮎帰くんがからかわれるとか、予兆はありました。その頃から、改革を何度か職員会議に提案したのですが、校長たちは話を聞いてくれませんでした。
こういう直接的な問題が起こったとなれば、もはや座視できません。学校が後ろ向きなら、私ができることだけでも対策を取ります。皆さん、協力してください」
あさ美は何度も首を縦に振る。自身も成績が悪いから、それで卑下される生徒の気持ちはよく分かるのだ。
他の者も「はい」と返事をする。野口先生は肯いて、話を続ける。
「この問題を解決するには、成績下位者の救済が必要です。五教科、それぞれに対策を取ります。この際、使えるものは使います。幸か不幸か、すぐに夏休みに入ります。その間に出来る対策を整えましょう。
まず動きやすいのは社会科です。面白く日本史を紹介する東山くんの講談を使います。
住吉くん、そこで君にお願いです。東山くんの講談を一般開講させてください。東山くんの講談を聞き始めてから、君の日本史の成績は上がりましたね。同じことを、より多くの生徒に広めるのです。」
蔵人は数瞬考えてから答えた。
「僕はかまいません。東山先輩の面白くてためになる話は沢山の人に聞いてもらいたいです。でも、野口先生の言われる成績向上を生徒にやらせるのは、学校としてまずいんじゃないですか。瓜生先生も黙っていないでしょうし。」
「職員室のゴタゴタは私が引き受けます。瓜生先生が四の五の言ったら、また黙らせるまでです。東山くん、よろしく。」と野口先生。
悠輔は生唾を飲み込む。この人はやると決めたら手段を選ばない。それを見て、野口先生は薄く笑う。
「まあ、瓜生先生も懲りてるとは思いますがね。それより問題なのは会場の確保です。」
「東山先輩の講談を聞きたがってる一年生は大勢います。友達からも、自分も聞きたいとよく言われます。一般開放したら、教室に収まらないくらいの生徒が集まると思います。」と蔵人。
悠輔の評判が高まっているのは、蔵人が「伝説の講談師」、東山悠輔の面白い講談を聴いていると自慢しているせいもある。
「毎回、体育館というわけにもいかないでしょうし。グラウンドでは雨天中止になりますね」と野口先生。
「どちらも放課後は部活動でいっぱいです」と、各部活の場所争いで苦労している生徒会長の都子が言う。
「近くなら、この際、校外でもかまいませんが」と野口先生。
「では、市営中央公民館のホールを借りましょう」と多喜。
一同はあんぐりした顔で多喜を見つめる。
市が最も栄えた時代に金銭を惜しまずに建てられた中央公民館のホールは、当時の超一流建築家を招聘して設計した。そのため贅を尽くした音響が最高で、建設から年数を経ても内外の識者に評判が高い。世界的に有名な音楽家が、わざわざこの寂れた田舎町にまでやって来て演奏したりするほどだ。
反面、贅沢にできているうえに古くなっているから維持費がかさむ。建て替えようにも、今では失われた音響技術が使われているため、再建築は困難だ。それを知っている近隣の建築業者は再建案の検討から逃げ出してしまう。入札すら成立しそうにない。。
いっそ音楽ホールなどやめてしまおうと、維持管理に悩む市の関係者が取り壊しを提案する度に、著名な音楽家たちが反対運動を起こして存続させられる。
中央公民館は市民の誇りであり重荷でもある。一介の高校生ごときには、場違いなこと甚だしい。
「姉さん、校内に留めようよ。いくら何でも中公公民館は……」
(そもそも使用料が払えない)と悠輔の顔に書いてある。
(いやいや)と都子は思う。乙原先輩なら賃借料が免除されるツテがあるのかもしれない。あるいは乙原家が支払う工面ができるのか。
「そう? あなたのためなら、どうとでもしますのに」と涼しげな多喜。
(結局、悠輔くんを一番甘やかすんだから)と思いつつ、都子はひらめいた。
「柔道場が使えると思う」
柔道は一時期は人気の武道で柔道部には沢山の部員がいたが、今ではかつての勢いはない。横手高校でも、昔は普通科高校にしては大きな柔道場に部員がいっぱいになっていたのに、今では入部者が数えるほどしかいない。今年は指導者の手配が付かないこともあって、活動は週三回に縮小されている。
活動が低調になれば、部費も削減される。悪いことに、そういうときに畳替えの時期が来た。柔道畳は家庭用の畳より桁違いに高額だから、費用を簡単には捻出できない。
古くてササクレ立った畳は脚を引っかけて怪我をする。そうなれば取り返しが付かない。それを理由に、スポーツに消極的な横手高校では、弱小の部活など潰されてしまう。
伝統ある柔道部をそんなことでなくしたくない。もちろん、怪我人は出せない。との柔道の堺部長の主張に生徒会長の都子は同意し、畳替えをするように学校を説得した。「予算がない」を繰り返す学校や教育委員会と何回も折衝し、傷んだ箇所から三年計画で畳を変えていく合意にこぎ着けた。
存続の危機から救われたと、部長は泣かんばかりに喜んだ。顧問の石垣先生も、その恩義は感じている。
「柔道部の活動がない日なら、貸してくると思う。ちょっと電話してみる。」
都子はスマホをかける。すぐにつながった堺部長に、簡単に経緯を説明した。
「おお、いいとも」堺も電話越しの声が大きい。
「東山くんの評判は聞いている。柔道はおろか部活動すらしていないから面識はないが、日本武道の精神を持つ男と見込んでいる。彼の講談を多くの生徒に聞かせるのは大いに結構。聴衆の募集にも、喜んで協力させてもらおう。」
「俺、体育でやる柔道だって、まるで弱いんだけど」と悠輔。
「精神の話です。だから言ったではないですか、「あなたはサムライだ」と」
多喜は微笑む。悠輔は釈然としない表情になる。
とまれ、悠輔が講談する舞台は整いそうだ。
「この件は神楽女くんにおまかせして良さそうですね。」と野口先生。
「次は英語です。東山くんの補習授業を希望者に開放します。それなら中くんも文句はないでしょう。」
「いや、それは……」と悠輔は言いよどむ。
「美人の青山先生を独占したい?」と都子がからかう。あさ美が都子と悠輔をキッとにらむ。
「違う違う」と悠輔は手を振る。
「自分で言うのも恥ずかしいけど、恐ろしくレベルが低い補修授業なんだ。俺の物覚えが悪いから、何度も同じ事を繰り返すし。他の人は、とてもじゃないけど満足できないよ。」
「そう言う授業が必要なのです。」と野口先生。
「生徒には見せられないものなので、ここだけの話にしてください。」
と、机の引き出しから用紙を取り出し、皆に見るように机に広げる。
「二年生の英語の、一学期期末試験の偏差値の分布図です。成績上位者と下位者、二つの山に分かれていますね。こっちは中間試験の分布図です。」
と、もう一枚用紙を並べる。
「先生って、理科の先生ですよね?」と悠輔。
「この問題は、理科だけではすまないのです。まあ、統計や分析は趣味のようなものですが。」
悠輔は感心する。やはり師匠は凄い。自分も全体を見る目を養わなければ。
野口先生は続ける。
「二枚の図の違いが分かりますか? 成績上位者はさほど変化はありませんが、成績下位者の山が得点の下に動いているのです。」
あさ美が下位の山の中央を指でなぞる。
「ここと、ここ? 三点ぐらい山が下にズレてるんだ。」
「そういうことです。若干のブレはありますが、この傾向は現在の二年生が一年生の時の二学期ぐらいから現れ、試験の度に悪くなっているのです。」
「言われてみれば、一年生の英語でも、何となくそんな感じがします。成績が悪いヤツはもっと悪くなっていくような。」と蔵人。
野口先生は肯く。
「この調子では、東山くんほどではないものの――失礼、勉強しても追いつかない生徒が増えてしまいます。」
悠輔は驚いた顔をしている。英語の成績はダントツで最下位だから、自分以外は皆、英語はできるものだと思い込んでいた。
「英語は特に成績下位者向けの授業が必要なのです。実は先日、青山先生に同じ話をしました。彼女も感じてはいたのでしょう。考え込んでしまいました。私の感触では、もう一押しで同意いてくれそうです。」
「その一押しは、悠輔の仕事ですね」と多喜。
「また面倒ごとを俺に押しつける」と悠輔は憮然とする。
「あなた、こういう言葉をご存じ?」
多喜がこう言うときはろくな言葉じゃない。
「毒を食らわば皿まで」
都子と蔵人が吹き出した。
「分かりましたよ。俺以外の不出来な生徒も助けないと、いじめが横行するようになると、青山先生に泣きつきますよ。」
「東山くん、すまないのだが、それでいじめはなくならない。」と野口先生。
「いや、むしろ君はもっと辛い目に遭うかもしれない。多くの生徒が君の補習授業に参加すれば、その生徒たちは君の不出来を目のあたりにする。心ない生徒は君の不出来をからかうだろう。」
「そんな、ひどい……」と蔵人。
「いや、やりましょう。確かに、僕には母さんや多喜姉さんへの甘えがありました。このくらいの試練は克服できなければ、人を教える教員にはなれない。」
悠輔の言葉に、あさ美は悠輔の腕を掴む。
「挑戦を受ける。一度は乗り越えねばならない我々の試練ね。必ず勝って、将来にたどり着かなければならない。」
(また妙に芝居がかって)と都子は思う。
ちゃっかり『我々』と「夫婦」の課題にしてしまうのがあさ美らしい。
「これが家族会議の主な議題ですね」と多喜。
野口先生は肯き、ふたたび「うらやましい」と言う。気持ちを切り替えるようにして続ける。
「理科は私が補修と質問の受付で対応します。場合によっては数学もやります。」
「野口先生の教材作りはあたしも手伝う」とあさ美。
野口先生の授業は手作りの教材を使って分かりやすいと、特に成績下位者に評判がいい。その分、教材作りに手間と時間がかかる。野口先生は暇さえあれば紙とハサミで何か作っている。
「いえ、教材作りは教師の仕事です。」
「そんなこと言ってる場合じゃない。出来の悪い生徒がどこでつまずくのか、この学校であたしが一番分かってる。あたしが手伝った方が、絶対いい教材になる。」
あさ美の力説に、野口先生は昔を思い出すかのような、遠い目になる。
「先生」と多喜が野口先生を見つめる。
「あさ美を使ってください。きっとお役に立ちます。
失礼ですが先生は最近、体調が優れないのでは? 働き過ぎではありませんか。この上、数学の補習までするなど、明らかにオーバーワークです。せめて教材作りの負担を軽くしてください。」
「私からもお願いします」と都子。悠輔と蔵人も肯く。
「わかりました。ここは甘えさせていただきましょう。」と野口先生。
「さて、問題は国語なのです。どうしたものか、考えがまとまりません。」
「お兄ちゃんは現国、いつも満点。どうやって勉強してるの?」とあさ美。
「いや、勉強してる自覚はないんだ。しいて人と違う点を言うなら、本を読んでいるから、教科書に載るような名作はたいがい知ってるってとこかな。」
「それは余人には無理です。」野口先生は考え込む。
「都子さんは?」とあさ美。
「そうねえ。悠輔くんには及ばないけど、私も本は読んでるほうかな。回り道のようでも、本を沢山読む習慣をつけると読解力が身につくのかな?」と都子。
「それができれば苦労はないわ」とあさ美は溜息をつく。
「国語の対策は保留しましょう。」と野口先生。
夕方、東山家。
悠輔と父の剛はリビングからテーブルを廊下に運び出し、人が座れる場所を確保する。
「たまに帰って来たら大騒ぎだな」
剛は口ではそう言いながら、機嫌がいい。日頃から「東山家は客を好む」と言っている。人をもてなして喜ばれるのは好きなのだ。
大人数を迎え入れるためとはいえ、男手がいる支度はすぐに終わる。調度品が少ない家だから、人数が座れるように場所を作るのは大した作業にはならない。
あさ美は仕込んでおいたカレーの仕上げにかかる。都子は買ってきた使い捨ての皿やスプーンの準備をする。
身重の美幸は、あるだけのお盆を出すと、「ごめんなさい、ちょっと座らせて」と言い、端に寄せた椅子に腰を下ろす。
「はい、後は大丈夫。座っててね」とあさ美。
都子はゆったりと腰掛ける美幸を見ながら、ますます綺麗になった、と思う。少しふくよかになったせいなのか、肌の艶が増したようだ。
女は子供を一人産んだときが一番美しいと言うけれど、美幸は子供を産む前から美しさがあふれている。
(いや、二人目か)と都子は苦笑する。いまだに、この「母さま」と呼ぶようになった美人に、自分と同い年、高校生の子供がいるのに慣れない。
そうこうしていると玄関が開き、「こんにちは」と声がする。あさ美の母、美幸の妹の南だ。
「はーい、いいところに来た。総菜を出すの手伝って。」とあさ美。
「んー、お皿に移し替えないで、パックのまま出した方が早いわね。」と背中から声がする。
「そうね、パックを回して、自分で取り分けてもらった方が食べやすいわ。――って、栄恵?」
と、振り返ったら妹がいるのを見たあさ美は驚く。今日は大人同士の話し合いだ。妹が来る予定はなかったはずだ。
「来るって言い張るのよ」と南。
「家族会議でしょ。お姉ちゃんがこの家のお嫁さんなら、妹の私も家族よね。」と栄恵は澄まし顔。
「この、こまっしゃくれ。あんたのご飯は用意してないわよ。座る場所もない。」
「大丈夫。スーパーでお弁当買ってきた。廊下で食べる。」
この才気ある妹には、いつもやりこめられる。気が利くから、こういう忙しいときには便利ではあるのだが。
「座る場所がないなら、オジさんの膝の上に座るかい?」と、栄恵を気に入っている剛が軽口を叩く。
「いやだあ、エッチ。もしかしてロリコン? 悠輔兄ちゃんと同じなの?」と軽口を返す。
「俺はロリコンじゃない」と悠輔は真顔で言う。。
「えー、小学生のお姉ちゃんとお風呂に入りたがってたじゃない」
あさ美以外の女は笑い転げる。
「何でそんなこと知ってるのよ」とあさ美。
「ちょっと待て、あさ美。そこは否定しろ。」悠輔があわてる。
「だって、事実ですもの。」と悠輔の背中から声がする。
「あら、多喜ちゃん。速かったわね。」と美幸。突然現れた多喜に驚きもしない。
「呼び鈴は押したのですが、楽しげな声はするのに返事がなくて。上がらせていただきました。お許しください。これ、母からの差し入れです。」
と、折り箱入りの菓子を差し出す。いったん家に帰って来たのはこのためか。
「気を使っていたいただきすいませんと、千代さんにお伝えしてね。
呼び鈴は壊れたのかしら。剛さん、見といて下さる?
多喜ちゃん、この家で気遣いは無用よ。悠輔を育ててくれたあなたは家族だもの。」
言いながら、都子の方を向く。
「あなたもね、都子ちゃん。悠輔のために怒ってくれたんですってね。ありがとう。」
敬愛する美幸に感謝され、都子は頬を染める。
あさ美はジトッとした目で美幸を見る。
「あら嫌だ。あさ美ちゃん。悪阻でわがまま放題の私のお世話をしてくれた嫁のあなたを、蔑ろにするわけがないじゃない。あなたは大切な娘よ。」
お腹をさすりながら続ける。
「この子に言って聞かせているの。お前が生まれてこられるのは、あさ美お姉ちゃんのお陰よって」
「何を偉そうに。普通は嫁が妊娠して辛いのを姑が世話するものなのに、この家は逆なんだもの。先が思いやられるわ。だいたい、子供ってのは生まれてからの方が大変。今度も悠輔ちゃんのように手のかからない子だとは限らないわよ。」と南。
「ドンとこいよ」とあさ美。
「その根拠のない自信はどこから出てくるのやら」
南はあきれ顔になる。
「「母は強し」です。」とあさ美。
「でへへ」とお腹をなぜる。
一同は騒然となる。
「おい、悠輔、娘と同い年の孫ができるのか?」とさすがの剛も焦り顔になる。
「違う! 子供ができるようなこと、まだしてない!」と悠輔。
あさ美はとぼけた顔であさっての方を見ている。
(また、あさ美の悪ふざけか。早く結ばれたいってサインかな)と都子は思う。
「本当だな?」と剛。
「あんたと一緒にするな。たまに帰ってきたと思ったら、母さんにべったりでさ。仲直りしたはいいけど、限度がある。夜中まで変な声が大音量で聞こえてきて、眠れやしない。」
「夫婦円満な証拠だ。いいじゃないか」と剛。
「開き直るな。母さんも母さんだ。母親のあられもない姿を想像させられる息子のつらさ、ちっとは考えてよ」
「マザコンめ」
「そういう問題じゃない! せめて妊娠中は控えるもんだろうが。」
都子は思わず栄恵の耳を塞ぐ。都子の手に栄恵はそっと自分の手を添える。(優しいお姉さん、ありがとう、大丈夫よ)との意思表示だ。都子はハッとして栄恵を見る。目があった栄恵は都子に抱きついてきた。
「お姉さん、大好き」
(かわいい)、都子は思わず抱きしめ返す。
(似てない姉妹かと思ったら、人たらしは同じだ。違うのは、あさ美は無意識に人に好かれる言動を取るけど、この子は考えてやってる)と都子は思う。いい子のようだけどね。
玄関を開ける音とともに声が響く。
「こんばんは」、豊だ。
「おーい、悠輔。呼び鈴、鳴らないぞ。電池が切れてんじゃないか? 買い置きあったら出せよ、換えてやる。」
東山家の呼び鈴は古いタイプの電池式だと見て取ったのだろう。今どき珍しくきょうだいが多い家で暮らしている豊は、そういう家事に長けている。
「豊さん、ありがとう。まずは上がってちょうだい」と美幸。
「私がご案内する」と栄恵。
都子に(またあとで)と目配せし、小走りで玄関に向かう。
「こんばんは、どうぞお上がりください」
「え? もしかしてあさ美ちゃんの妹の、ええと……」
「栄恵です。兄と姉がいつもお世話になっています。」
ぺこりと頭を下げる。『兄』にちょっとアクセントが入るのは芸が細かい。
「二年ぶり? 美人になったなあ。きちんと挨拶できる大人になったね。」と豊。
「まあ、お上手ですこと』とませた口を利く。
悠輔の声が響く。
「豊、とっとと入ってこい。俺の「妹」に手を出すなよ。
栄恵ちゃん、こいつは女を取っ替え引っ替えするプレイボーイだ。近寄るんじゃない。」
「人を色魔みたいに言うな。」
「あら、魅力がなくて女の子に相手にされない男よりマシだわ。誰かさんみたいに女心が分からない男も嫌よ」と栄恵。
豊は苦笑する。
「まんざらでもない、って顔するな。」と悠輔。
「微分を聞きに来たんだろ。栄恵ちゃんの他は知った顔ばかりだから挨拶はいい。俺の部屋に上がってくれ。」
東山家の勝手を知る豊は、「おう」と言って二階の悠輔の部屋に向かう。
「あさ美、豊に教え終わったら降りてくる。夕食は頼むぞ。」と悠輔。
「はーい、豊さんも一緒に食べてね。」とあさ美。
「ありがとう。この臭いはカレーだね。あさ美ちゃんはますます料理の腕を上げたから、楽しみだ。いやもう、悠輔の微分の話なんかどうでもよくなってきた。」と豊。
「さっさと来い!」
悠輔は豊の袖を引く。
ほどなく夕食が始まる。狭い部屋で床に座って、膝をぶつけるようにして食べるカレーも楽しいものだ。
「豊さん、足りないんじゃない? これも食べる?」
と栄恵が唐揚げが入ったパックを差し出す。
「ありがとう、いただきます」
豊は箸を延ばす。
「ちっとは遠慮しろ」と悠輔。
「大丈夫、沢山あるから。遠慮しないで食べてね。」とあさ美。
「はい」、豊は元気よく返事する。
「飯を食うときだけは素直だ」、悠輔は呆れる。
「美味しいは正義だ」
豊はすましたものだ。
「いや、いい食べっぷりだな。見ていて気持ちがいいよ」と剛。
「大飯喰らいなだけだ」と悠輔。
(悠輔くん、親友には遠慮がない。この男同士の関係ばかりは、私たち女では作ってあげられないな)と都子は思う。
その様子を美幸は微笑んでみている。
「狭いところに、一人だけ椅子に座ってごめんなさい。でも、大人数で食べるご飯は美味しいわね。」
「そうなんですか? うちは大家族だから感じないんだけど。それより料理が美味いからだと思うなあ」と豊。
「あさ美の料理が上手になったのは確かですね」と多喜。
「そりゃもう、毎日花嫁修業してますもの」とあさ美は胸を張る。
「調子に乗るな」と南。そういいながら嬉しげだ。
一同もつられて笑う。
「さて、楽しいけれど、きょう集まったのは食事が目的じゃない。そろそろ本題に入りたいのですけど、よろしいでしょうか?」と都子。
一同うなずく。
「では」
と、都子は今日の悠輔と央佳のやりとりを説明する。
聞きながら、剛の顔が曇っていく。
「悠輔、すまん。男親の役割を果たしていなかった。お前は優しくてよい子に育ってくれた。けど、生きて行くには困難をはね除ける強さがいる。それを身につけさせる、男親の厳しさが足りなかった。」
剛は頭を下げる。
「よしてくれ。父さんは男の優しさと責任を教えてくれた。十分に父親の役割を果たしてくれてる。俺は父さんの子で良かったよ。」と悠輔。
「そうです。悠輔はいざというときは筋を通す、立派な男です」と豊。
「そうは言っても、こんな問題が起こっている。」
「何とかするよ」と悠輔。
美幸が座り直して腰を楽にする。
「男たちはダメですねえ。私たち女がいなければ、何も満足に出来ない。ほのめ、早く出ておいで。お兄ちゃんを助けておあげ。」
とお腹に呼びかける。
「それは先の話だ。明日から、悠輔がどうするかを考えなきゃ。都子ちゃんの話からして、その中って子は、これからも悠輔にネチネチ言ってきそうだな。」と剛。
「そんな嫌な女、張り倒してやればいいんだ。」廊下から栄恵の声が響く。
「あんたは黙ってなさい」とあさ美。
「いいや、黙ってられない。そりゃ、悠輔兄ちゃんはダサいわ。不器用だし、本ばかり読んで面白みもない。私、お兄さんになる人は豊さんみたいな格好いいスポーツマンがいい。」
豊は照れ笑いする。
「けど、悠輔兄ちゃんは頑張り屋だ。格好悪くても努力を止めない。そんなの、ちょっと見れば分かりそうなものなのに。悠輔兄ちゃんの真面目さを無視して悪く言うなんて、許せない。
悠輔兄ちゃん、甘くしてるから相手はつけあがるのよ。痛い目を見せてやれば黙るわ。私、やってあげようか?」
「止めなさい。」
というあさ美を手で制して、豊が言う。
「栄恵ちゃん、そういうわけにはいかんよ。暴力沙汰になれば、悪く言われるのは悠輔だし。」
「バレないようにやればいいのよ。」と栄恵。
多喜が微笑んでいる。
「多喜姉さん、今回は手を出さないでよ?」と悠輔。
多喜は(わかっていますよ)と言いたげに肯く。
(大丈夫かなあ)と、都子はいまひとつ安心できない。
「酷いこと言われても、そんなこと言うヤツの方が程度が低いって、せせら笑ってやればいいんだけど……。英語が出来ないのをバカにされると、悠輔くん、極端に落ち込むものねえ。カンナの時も、激しかったわ。
そういえば、今日は割と平気だったみたいだけど。悠輔くん、心境の変化でもあったの?」と都子。
「いや、カンナは単純に俺の点数が低いのに驚いてたから、ストレートな物言いにダメージを喰らったんだ。
今日の中さんのは、最初、何が言いたいのか分からなかった。青山先生を独占してるって、そう言われればそうか、って。皆に迷惑かけてるって言い方、後からダメージが来るな。」
「言いがかりよ。」とあさ美。
多喜が肯く。
「そうですね。青山先生にかまって欲しいなら、自分から積極的に質問しに行くとかすればいいのです。「皆が困ってる」とは正義感を振りかざす者の卑劣な常套句です。気に入らない悠輔をいじめるこじつけに過ぎません。」
「俺、あの子に嫌われるようなことしたっけ?」と悠輔。
「中さん個人がどう思っているのかは知らんけど、お前が嫌われる理由は、きれいな女の子を独り占めにるする、英語は別として成績が良すぎる、空気読まなくてクラスの輪に入らない、友達が少ない、あたりかな。どれも大した問題じゃないけど、気に入らないと思うヤツには重大事項なんだろうよ。」と豊。
「俺、そんなに嫌われてるんだ。」シュンとなる悠輔。
(ああ、また落ち込む。ホント、こういうところはナイーブで扱いにくいなあ)と都子は思う。
「だから、大した問題じゃないって」と豊がフォローする。
「いじめとはそういうものです。些末な差違を針小棒大に騒ぎ立てて、自分と違う者を群れから押し出す。その群れも、自分たちは立派だとも思っているだけで、下らないコミュニケーションに過ぎません。
いじめのターゲットは誰でもいいのです。反撃してきそうにない人をいたぶる、程度の低いレクリエーションです。」と多喜。
「多喜姉ちゃん、もしかして怒ってる?」、恐々あさ美が尋ねる。
「怒っています。今すぐにでも、その子をひねり潰してやりたい。」
本当にやりかねないから恐ろしい。
「まあまあ、多喜ちゃん、冷静になって。今回、そういうのはなしって話でしょ。」と美幸。
「分かっています。悠輔を自立させるのですね。ですから、何もできないのがもどかしいのです。
それはさておき、いじめは大体グループで行うものです。何人ぐらいでしょう?」
「そうですねえ。」と都子は考える。
「クラスで中さんと仲のいいグループは女子が五~六人ぐらいかしら。男子で中さんを好いているから、いじめに加担しそうなのを含めても、せいぜい一〇人ぐらいだと思う。」
「そういうのって、エスカレートすると中立派もいじめに加わっちゃうのよねえ。仲間はずれにされたくないから、嫌々でも加担する人も出てくるし。」と美幸。
「俺の友達にそんなヤツはいない。特に野球部はみんな悠輔の味方だ。それ以外でも俺と一緒に悠輔に勉強を教わってるやつは恩を感じてる、少なく見積もっても大体クラスの三分の一ぐらいは悠輔の味方だと思う」と豊。
野球部員は悠輔を好ましく感じている。悠輔が瓜生先生をやり込めたからだ。
悠輔と豊の中学時代の同級生、朴は現在、野球有名校である附属高校野球部の四番バッターだ。豊たち野球部は他校の生徒であってもスラッガーの朴に敬意を抱いている。
瓜生先生は『日韓併合は韓国のためになった』と主張する。朴は朝鮮四世だ。豊たち野球部員は、「朝鮮人の朴は日本人より劣った人間だ」と言われたように感じて、瓜生先生を毛嫌いしている。だから瓜生先生を言い負かした悠輔がいじめられているとなれば反発するはずだ。
「あたしに良くしてくれる人もお兄ちゃんを好いてる。お兄ちゃんを嫌う人なんて、そんなにいないわ。」とあさ美。
「あばたもえくぼ」を割り引いて聞くとしても、間違ってはいない。悠輔に会うために始終二年二組に出入りする一年生のあさ美を、マスコットのように可愛がる上級生は幾人もいる。
つごう、悠輔をいじめるグループは大人数にはなりそうにない。
「一般的ないじめに比べれば、状況は悪くないか。」と都子。
「だから、中心になってる女を痛みつけてやればいいのよ。」栄恵はあくまで過激だ。
「黙ってろと言うのに」とあさ美。ふとと気が付く。
「いや、ちょっと待って。いじめの中心人物って、あの中って女なの? 前にあたしに嫌なこと言った男たちは?」
「ああ、あいつらか」と都子。
「あの次の日に優しく諭しておいたから、その後は温和しいもんよ。」
「こわ……」と悠輔。どんな優しさだったのか、聞かないでおこう。
「中さんがあいつらとつながってたら、私を警戒するだろうから、私の目の前で悠輔くんに文句を言わないと思う。でも、中さんを放置したら、調子に乗って私の目につかないところで、陰湿なことを仕掛けてくる可能性はあるわね。
やっぱ、早めに絞めた方が簡単かなあ。」
「格好いい。お姉さん、大好き」栄恵が調子に乗る。
「止めなさいって」そう言いながら、美幸は笑っている。
「だからさあ、俺が自分で何とかする工面を話し合ってるんだよね」と悠輔。
多喜が話を引き取る。
「悠輔の補習授業を一般開放するのは正解だと思います。それで悠輔がどれだけ勉強しているかは参加者に知られるでしょう。『勉強してないから成績が悪い』は言いがかりだと明らかになります。
問題はそのあとです。野口先生も仰っていたように、悠輔がどんなに勉強しても英語が出来ないのを知ったら、程度の低い連中がそれをからかってくる。どうしたものかしらね。」
「無視するってのは?」と豊。
「止めといた方がいいと思う。身体障害者をからかうようなろくでなしと同じで、反論できないのだ思って、更にいじめてくるわ」と美幸。
豊はあきれ顔になる。世の中にはそんな品性下劣な輩がいるのか。
「じゃあ、開き直りだ。こういう時の最強の台詞、『それがどうした』だ。」と豊。
「当面、それが良さそうね。他に何か案があるかしら?」と都子。一同は首をひねるが良案は出てこない。
「では、悠輔くんの対応はそれで。状況が変化したり、困ったことが起こったら、また家族会議を開くのでいかがかしら?」
一同はうなずいた。
「では、次は学校の側の対応について。これも状況報告から入ります」と都子。理科準備室でのやりとりを説明する。
「学校の方は野口先生主導で良さそうですね。大した方だわ。先生のお考えで進めるのが、悠輔のためにも学校のためにも良いようね。」と美幸。
「同感です。気になるのは、野口先生は最近、体調が優れないご様子なことです。わたくしたちに出来ることはさせていただきたいです。」と多喜。
「あたしたちで出来ることを挙げていこう」とあさ美。
「例えば、昼にも言ったけど、野口先生の教材づくりは、あたしが手伝う。出来が悪い生徒の気持ちはあたしが一番知ってる。分かりやすい説明のアイデアも出せると思う。」
「ちょっと待って。メモしとくから。」と豊はスマホを取り出す。
人数が集まると知恵も出る。豊のスマホに様々な工面が記録さえていく。
「だいぶ具体的になって来たわね。でも、野口先生も困っていた国語の対策がないわね。」と都子。
「本を読む習慣を身につけさせるって言うけど、具体的にどいうすればいい? 本を読まないヤツはそもそも本に興味がないから、面白い本の情報を得ようともしない。俺もあまり本を読まないから、偉そうなことは言えないけど」と豊。
「ビブリオバトルすればいい」と、廊下から栄恵が叫ぶ。
「部外者は……」
(黙ってろ)と言いかけたあさ美を、剛が手で制する。
「ビブリオ……それ、なんだい?」
「ビブリオバトル。テーマを決めて、一人五分間の持ち時間で面白い本を発表しあうの。発表の後で、観客に一番面白いと思った本を投票してもらって、獲得した点数が多い本がその日のチャンプ本になる。個人戦でも、一チーム五人の団体戦でもありの競技なの。」
「なるほど。発表を聞いて、面白そうだと思った本なら、日頃は本を読まない生徒も興味を持つかも。そこから読書の楽しさを知る、か。やってみる価値はありそうね。」と都子。
「うちの中学校でも、国語の先生が今年から始めたの。紹介された本を図書室の特設コーナーに並べたら、チャンプ本はずっと貸し出し中になったりする。図書室の利用率が上がったって、司書さんも喜んでる。」
「そのやり方も真似できますね。貸し出しが増えるとなれば、頭の固い横手高校の司書も協力してくれるでしょう。」と多喜。
「ああ、あの司書さん、蔵書の場所を把握してないとか、やる気がないんだよなあ。図書室で少々私語をしてもうるさく言わないのは、勉強を教えるとき便利だけど。」と悠輔。
「悠輔、それは誤解です。限られた予算と人員で、よくやってくれてます。学校司書より図書室の本の配置を把握しているあなたから見たら、不満かもしれないけれど。」
多喜に言われて悠輔は黙る。
「よし、ビブリオバトルのテーマも決めてしまおうぜ。勉強に関係あって、それでいて生徒が関心を持ちそうな題材だな」と豊。
多喜が口を開く。
「日本の古典はいかがかしら。何百年、千年経ても伝えられているのは、それほど面白いからです。けれど、古文を読み下すのは難しいから、今の若者に人気がない。。
でも、現代文訳や、分かりやすく古典を扱った物語も沢山あります。漫画でも人気作品はありますね。漫画なら古文が苦手な生徒でも気安く読めるでしょう。それで古典のストーリーを知れば、授業や試験でも有利になります。」
「ビブリオバトルで漫画ってありなのか?」と悠輔。
「あるみたい。過激なところではBL漫画をテーマにしたりとか」と栄恵。
「BLってなんだ?」と悠輔は、漫画が好きなあさ美に尋ねる。
「ボーイズ・ラブ、男の子同士の恋愛のこと」とあさ美。
悠輔は絶句した。
「もう夏休みにはいるから、一学期中の開催は無理だな。でも二学期までおくと間が空きすぎるな。八月六日の登校日か。会場は悠輔が気に入られてる柔道部が貸してくれる柔道場だな。
悠輔の講談はその次ぎに回すか。
悠輔、ビブリオバトルで一発かませろ。柔道部が喜びそうな「日本武道の精神」でいけ。」と豊。
「また、お前は簡単に言う。俺は漫画、知らねえぞ。--いや、ちょっと待ってろ」
悠輔は自室に走る。すぐに本を一冊もってリビングに帰ってきた。
「これで、どうだ」
漫画日本の古典 三河物語 安彦良和;緒
表紙には厳しい表情をした鎧武者たちが描かれている。
「あー、「ガンダム」の人だ」とあさ美。
「そう。漫画を描いたのは「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザインをした安彦良和さん。」と悠輔。
「へー」とあさ美は悠輔から本を受け取って、パラパラとページをめくる。
「うわ、何これ。めちゃくちゃ絵が上手い。」
「お話も面白いぞ。武士の忠義が迫力満点で描かれてる。男の意地が格好いいんだ。」
「でも、「三河物語」って聞かないなあ。」と豊。
「今ではそんなに有名じゃないけれど、江戸時代の初めのベストセラーだったそうだ。作者は大久保彦左衛門、天下のご意見番が『近頃の若い侍はなっとらん』って書いたのが受けたらしい。どんな話なのかと本屋を物色してたら、この漫画を見つけたんだ。
実は俺も原文は読んでないんだけど、この漫画は安彦さんがかなり脚色してるらしい。それで大阪夏の陣のころの世相とかも、原作より分かりやすく説明されてる、そうだ。」
「よし、悠輔はそれでいけ。五人一組だったな。あと四人。」と豊。
「漫画ならあたしに任せて」あさ美が身を乗り出す。
「大和和紀さんの「あさきゆめみし」でいく」
「源氏物語ね」と都子。
「そう、古文の授業だと訳が分からないけど、漫画だと絵で登場人物が分かるから、話がすらすらと頭に入ってくる。
光源氏って、美男子で血筋も最高なんだけど、けっこうわがままな面もある。おまけにマザコンでロリコン。」
豊がじっと悠輔を見る。
「何が言いたいんだ?」と悠輔。
「思い当たるフシがあるのか?」と豊。
「とにかく、面白い漫画なのよ。光源氏が死ぬとこととか、直接描かれてないのにウルウルきちゃう」
「源氏の君の終焉を描いた「雲隠れの段」は本文が見つかっていないの。元々タイトルだけで本文は書かれていない、という説もあるそうです。漫画はそれを踏まえた上でのオリジナルね。」と多喜。
「へー、そうなんだ。サンキュー、多喜姉ちゃん、本番で恥をかかずに済んだ。」とあさ美。
「夫婦でやる気満々だな。あと三人、と」
廊下から栄恵が入ってくる。
「部外者は引っ込んでなさい」とあさ美。
「えー、中学生のころから横手高校に入り浸ってたお姉ちゃんがそんなこと言うの? 優賞は私がもらうからね。」
「あさ美も中学生の時、ちゃっかり文化祭に参加したものね。今回も登校日の課外活動だから、ゲスト扱いで放り込めるかな。明日、野口先生に相談してみましょう」と都子
「お姉さん、大好き」
栄恵は都子に、にこりと笑う。表情を戻すと、豊をじっと見る。
「なに?」と豊
「『栄恵ちゃんはどんな漫画を取り上げるの?』と尋ねられるのを待っての。」
「はいはい」豊は苦笑いしながら復唱する。
「ヒ・ミ・ツ♡」
最高の笑顔で答えた。




