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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
友情と親愛
89/277

重なり合う思い

翌日の朝。

朝食を終えた後も私は部屋から出ることができずにいた。


「レイ、今日も来ないのかな」

「さぁね」


ネイカは私の髪を結う練習をしながら適当に答えた。

私は窓の外を見ながらぼんやりとアリス姫のことを考えていた。


「王子、今日ちゃんとアリス姫たちの仲を取り持ってくれるのかな」

「もう始まってるんじゃない?朝食後クロアは城へ向かったみたいだから」

「そっか…」


あんなことがなければ自分も今すぐ城に出向きたいところだったんだけどな。

しゅんとしょげているとコンコンと控えめなノックが聞こえた。


「イザベラ姫様」

「はい」

「お客が見えてます」

「…客??」


私とネイカは顔を見合わせた。

部屋を出ると一階の応接室に通される。

そこにいた人に私は驚いて声をあげた。


「ユセ!?」

「ミリさま、お久しぶりです。僕を覚えていてくださったのですね」

「え…」


ユセは控えめだが嬉しそうに言った。


「王宮で一度会ったきりでしたのであまり自信は無かったんですけど…よかったです」


あ、そうか。

イザベラ姫として会ったのはあの一番最初の時だけだったっけ。

…危ない危ない。


ユセは私の動揺など気にもかけずにあの気品あふれる笑顔を浮かべた。


「昨日オルフェ様に仰せつかりやって参りました。この三日間僕が貴女のそばにいます」

「ユセが!?」

「はい。昨日町で男に絡まれたそうですね。お怪我などはありませんでしたか?」

「え!?え、ええ。大丈夫。ありがとう」


そっか。

騎士団の者をつけてくれるって言ってたもんな。

ユセがいてくれるならちょっと安心かな。

ユセは咲き乱れる花が映る窓の外を見た。


「よければ散歩に出ませんか?」

「庭に?」

「はい。心配しなくても敷地からはでません」


どうやら気を使ってくれているようだ。

相変わらず優しいな。

私は出来るだけフィズの時とは違うようにしおらしくユセについて外へ出た。

緑が入り組んだ庭園は奥へ行くほど丁寧に手が加えられ、花たちはどれも生き生きとしていた。


ここがアリス姫の愛した庭か。

何だか感慨深い。


「スアリザの花も美しいですが、やはり北国の花も凛として綺麗ですね」

「あ…」


確か前もユセとそんな話したな。

私は自然と笑みを浮かべた。

ユセといると昨日の恐かったことがまるで嘘みたいに穏やかだ。

私たちはこの庭でたわいない話をしながらしばらく過ごした。


その頃。

城では王子が約束通りアリス姫とクロアを呼び出していた。

レイは人数分のお茶の用意をすませるとオルフェ王子の後ろに黙って控えた。


「さて。どうしたものかな」


王子が切り出すとアリス姫は困ったように頭を下げた。


「わたくしのせいで御手を煩わせてしまい申し訳ありません。気をつけて話したつもりなのですが…」

「いえ、姫の配慮は充分だ。思ったよりもずっとミリが鋭かっただけだ」


王子は何かを思い出したのか少し笑った。


「しかしあれはとんでもないな。まさか朝から城の中でお前の話をされるとは思わなかったぞ」


クロアは身を縮めた。


「そこまで鋭く言い当てておきながらミリが心配しているのはアリス姫とクロアの仲だというのだからな」


アリス姫は首を横に振った。


「わたくしたちは…もういいのです」

「アリス!!」


アリス姫は儚げに笑みを浮かべた。


「ニヴタンディに戻った以上、わたくしは父上の意向には逆らえない身です。…どうあがいても無理なのですわ」

「全てを諦めるのはまだ早いです!!」


食い下がるクロアにアリス姫は声を落とした。


「では、どうしてあの時…連れ出してくれなかったの?」

「え…」

「わたくしは、本気で言ったのよ」


クロアははっとした。

アリス姫は責めるようにクロアを見つめている。


あの時…。

イザベラ姫と一緒に町に出た時だ。


ニヴタンディに戻ることになったアリス姫はずっと冷静にそれを受け止めていた。

それなのにニヴタンディに入り、城で一人になった途端その辛さを痛感した。

居ても立っても居られず、もう一度クロアに正面から会うためにイザベラ姫に付き添う名目でレミレス家まで足を運んだのだ。


ミリのおかげで二人で話せる機会が訪れ、あの帽子屋でアリス姫の思いはついに溢れ出た。


「このままわたくしを連れて、ニヴタンディを出てと言ったのに…」

「アリス…」


クロアは苦しげに顔を歪めた。

本当は、クロアもアリス姫がそう言ってくれた時は死ぬほど嬉しかったのだ。

だが昔考えていたように王の許可を得て正式に国を出るわけでもなく、ただの駆け落ちになるということはアリス姫に高い身分を捨てさせるということだ。

それに自分の手はもう昔のように綺麗でもない。

ニヴタンディを売り続けたことをアリス姫は知っているが、どれほどまでのことをしてきたのかは知らない。

結局咄嗟に言えたのは、早まってはいけないということと、こんな自分をまだ思ってくれた事への礼くらいだった。


「矛盾してるのはお前だぞ、クロア」


王子は冷静に言った。


「自分では無理だというのにアリス姫には諦めるなと言う。これでは姫が混乱するのも無理はない」


クロアは拳を握った。

分かってはいてもどうしても感情と現状を上手く重ねられない。

クロアもアリス姫も身動きできない状態に陥り、部屋の中は静まり返った。

沈黙が重苦しくなった頃、王子はクロアを眺めながら口を開いた。


「ニヴタンディは軍事国家だけあり実力のある者が良しとされる。それなりの役職に着き、誰もが認める国の有益者になればアリス姫を娶ることも可能なのではないか?」


クロアは絶望的に首を横に振った。


「…お言葉ですが、たとえ死ぬほど努力してもそこに辿り着けるまでの時間が足りません」


王子はにやりと笑った。


「そこに辿り着けない、とは言わないんだな」


クロアはぐっと詰まったがすぐに頷いた。


「僕が貴方に流す情報を、一体どうやって得たと思ってるんですか」


ニヴタンディの本当の情勢、力関係、発言力のある者、裏事情、噂、人脈。

時に厳重に立ち入りを禁止された書庫に入り、時に情報を盗むためにあらゆるところに侵入する。

幸か不幸か、クロアにはそれが出来るだけの才が確かにあった。


二年もそんな事をしていればニヴタンディにより詳しくなるのは当然だ。

元々学問にも明るいクロアが本気にさえなれば、それなりの役職くらいにはつけるはずだ。

ただ、それにはやはり手順というものがある。

ちんたらそれを経ていては結局アリス姫の新たな縁談の方が先に出てしまうだろう。


「お前は理性的すぎて男気が足りないのが玉に瑕だな」


王子は腕を組むと悪戯っぽく笑った。


「必ず迎えに来るから全ての縁談を蹴散らして待っていろくらい言えんのか」


アリス姫とクロアは驚いてオルフェ王子を見た。

王子はアリス姫に向き直った。


「姫も姫だ。聞き分けが良すぎる。親も身分も捨ててクロアと共に逃げる前にまずは自分の思いをぶつけてみてはどうだ?」


アリス姫は何度も瞬きをした。

そんなこと、考えたこともなかったのだろう。


「今はニヴタンディも戦の最中ではない。父君もそれなりに聞き入れてくれるのではないか?」

「オルフェ様…」


アリス姫は泣きそうになった。


「いえ。やはりそれは…」


今まで見てきたものがアリス姫に抑制をかける。

王に逆らうことは天に逆らうことなのだ。

オルフェ王子は穏やかな笑みを浮かべた。


「アリス姫はもっとミリと共にいる時間があればよかったのかもな」

「ミリと…?」

「ミリは良くも悪くも世間の常識が体に馴染んでいない。ああいうのがそばにいると不思議といかに自分が押し付けられた常識に囚われていたかが見えてくる」

「…」


オルフェ王子は立ち上がると二人を順に見た。


「仕方がない。今回はミリたっての願いでもあることだからな。俺の名を貸そう」

「オルフェ様…?」

「不名誉な事件により一度側室からは解放するが、俺の本命はアリス姫だと伝えておこう。ことが落ち着き次第正妻として迎えに来る」

「え!?」


クロアが思わず立った。


「そ、そんなこと…。そんな約束をされては!!」

「焦るな。こうすればしばらくは王もアリス姫に縁談を持ちかけることは出来ん。その間にお前は試験にでもせっせと挑むんだな」

「王子…」

「ただし、この効果はおそらく長くは続かない」


ずっと黙っていたレイが王子を鋭く見た。

王子は気付かぬふりをすると続けた。


「俺は今明日が見えぬ身だ。無事にスアリザに帰る保証すらない」


アリス姫は顔を強張らせた。

王子は安心させるように笑みを浮かべた。


「まぁ、俺のことは心配するな。もし何かあったら何とかする。それよりも姫の頑張りどころはここからだ。俺の良からぬ話が聞こえたら、真実を確かめるまでは他所に嫁には行かないと突っぱね続けんと意味がないからな」


クロアは何だかしょげた。


「…何だかオルフェ様とアリス姫が心底愛し合っているみたいに見えますね」

「お前が情けない顔をしてどうする。アリス姫が時間を稼いでいる間に着実に功績を残して成り上がれ」

「は、はい…」


オルフェ王子はクロアの背を軽く叩いた。


「俺がしてやれるのはここまでだ。後は自分の手で何とかしろ」

「…はい」


クロアは俯いていた顔を上げるとオルフェ王子にきっちりと頭を下げた。


「最後の最後まで、お世話をお掛けします。オルフェ様、ありがとうございました」


王子は部屋を出ようとしたが、ふと思いついて振り返った。


「もしもだが…」


アリス姫とクロアは揃って顔を上げた。

王子は陰りのある目で笑った。


「俺に何かあれば二人にミリを頼んでもいいか」

「え…?」

「行き場をなくしていたらここに置いてやってほしい」


アリス姫は何か言いたそうにしたがクロアが先に頷いた。


「…必ず」


王子は満足そうに目を細めると部屋を出て行った。

レイが音も立てずにその後に続く。

残された二人は不安げに顔を見合わせた。


「クロア…」

「僕たちにできるのは、ただ旅の無事を祈ることだ」

「そうね」


クロアはアリス姫の前に跪いた。


「アリス」

「…」

「不安にさせて、ごめん」


アリス姫はわずかに震える手をクロアに伸ばした。

クロアはそれをしっかりと握った。


「王子の力を借りて言うのは気がひけるけど…もう少し僕を信じて待っていてくれますか」

「クロア…」

「今度こそ、自分の力で正面から迎えに来るから」


アリス姫は瞳に浮かんだ涙がこぼれ落ちるまで返事はしなかった。

やがて両手でしっかりクロアの手を握ると小さく頷いた。


「待ってます」

「アリス…」


クロアは手を離すとアリス姫をしっかりと抱きしめた。

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