レイの忠告
レミレス家に着いた私たちはその不審さにすぐに呼び止められた。
「これ、そこの侍女。一体その出で立ちはどうしたことだ」
従者姿のレイは私を抱えたまま振り返った。
「この者はイザベラ姫の侍女です。出た先で足をくじいたらしいのでそのまま姫の部屋まで連れていきます」
「それは大変ですな。すぐに手当をさせましょう」
「いえ、大したことありませんので冷やせば大丈夫です」
「そうですか」
レイがあまりにも堂々と言うものだから、私たちはそれ以上怪しまれることもなく中へ通された。
すらすら答えるレイにネイカは感心しきりで言った。
「さっきも思ったけど、よく咄嗟にそんな嘘を綺麗に並べられるわよね」
「その場で考えているわけじゃない。常に起こりうる様々な状況に先手を打ち必要な時に備えておけばいい」
「備えておけばいいって…難しいこと簡単に言うわね」
レイはふっと笑った。
「そうか?案外お前はその才がありそうだがな」
「え?」
「このバカに振り回されてないでお前はこいつの暴走を抑制する役になってやれ」
「…」
ネイカは複雑な顔になったが、レイにしがみつく私をちらりと見ると小さく頷いた。
イザベラ姫の部屋へつくと、レイは私をベッドに下ろした。
ずっとレイの肩に伏せていた私はやっと顔を上げた。
「…ひどい顔だな」
「れ、レイぃ…行かないでぇ…」
「ネイカ。先にこのぼろぼろな侍女姿をなんとかしてやれ」
ネイカはレイに指示を受けるとてきぱきと動いた。
黒いドレスではなく緩やかな部屋着に着替えさせる。
髪をおろし冷たいタオルで化粧を落とすとやっと少し気が休まった。
私が着替えている間、一度部屋を出たレイは温かいホットミルクを手に戻ってきた。
「休ませなんかしないからな。これを飲んだらさっさとへまをした理由を話せ」
私は逆らわずにホットミルクを一口飲んだ。
甘さと温かさが私の心を少しずつ落ち着けていく。
レイは急かしはしなかったが椅子に腰かけたまま微動だにせずに待っていた。
私は半分ほど飲んでからやっと口を開いた。
「…私、今日どうしてもオルフェ王子と二人でアリス姫たちの話をしたかったの」
「それはネイカに聞いた。俺に邪魔されたくなくてネイカに引き止める役を押し付けたんだろう?」
「え…」
私はそばで立つネイカを見上げたが、ネイカはツンと顔を背けた。
「だから、レイに嘘はつかないって言ったでしょ?私、はなから正直に話したから」
レイは腕を組みながら私を睨んだ。
「まったく、呆れるにもほどがある。城内ならば心配ないと思ったからこそ下で大人しく待っていてやったのに、一体何を間違えればロレンツォに追われることになるんだ?」
「それは…」
思い出そうとするとまた体が震えた。
首にはまだ生々しく剣先の冷たい感触が残っている。
ネイカは私の隣に座ると手を握ってくれた。
「…よく、分からなくて。王子の部屋から出て階段を降りたらロレンツォが待ち構えてて捕まって…」
「待ち構えていた?侍女の姿のお前をイザベラ姫と認識した上でか?」
「うん。なんでバレてたのかも分かんない」
レイは考える顔になった。
「まぁいい。それでどうした」
「えと、ほぼ強制的に歩くようにせっつかれて…」
私はさっきの出来事をおぼつかなく話した。
大体を聞き終えるとレイは考える顔になった。
「なるほど。最初からロレンツォはお前を怪しんでいたのか。周りに調査を入れていたとは気付かなかったな」
「うん…」
「それにしても…」
レイは厳しく私を睨んだ。
「お前、イザベラのこと本当に何にも調べてなかったんだな。名前を知らなかったと聞いた時に叩き込むべきだったか」
「だ、だって…」
「お前は危機感がなさすぎる」
レイは声を落とすと低く言った。
「いいか、ミリ。今オルフェ王子の周りは裏切り者だらけだ。今は誰もその牙を見せないが油断は出来ない。その時が来た時に慌てふためかないで済むように自分の目で敵か味方かを見定める癖をつけておけ」
レイは私に言った後ネイカを見た。
ネイカはレイが自分にも言っているのだと気付くと一つ頷いた。
私はまだぼんやりする頭で気になったことを口にした。
「ねぇ、レイ。そういえばロレンツォが王子のこと何か言ってた気がする」
「オルフェ様の?」
「うん」
…何だっけ。
何だかすごく不穏なことだった気がしたんだけどな。
私が黙り込むとレイは椅子から立ち上がった。
「思い出したら俺かオルフェ様に言え。分かっていると思うが他言は無用だ」
「れ、レイ!?どこかへ行くの!?」
「オルフェ様の所だ。この事は早めに耳に入れておいた方がいいだろう」
「い、行かないで!!行かないでレイ!!」
レイはしばらく私を見下ろしていたが首を振った。
「…セスハ騎士団の中からお前に護衛をつけるようオルフェ様に話をつけてくる」
「え…?」
「それまで大人しくここにいろ。分かったな」
「レイ!!」
「ネイカ。ミリを頼む」
ネイカが返事を返すとレイは本当に行ってしまった。
「ミリ…」
ネイカは今にも手から落ちそうなカップを私に持たせ直した。
「それにしてもよく逃げだせたわね。男二人…それも騎士団の男二人からでしょう?」
私はぬるくなったミルクをくるりと揺らした。
「…ネイカのおかげ」
「え?」
「力じゃ、振りほどけないと思って…」
逃げ出す隙を狙っていた私は全魔力に意識を集中していた。
今だと思った瞬間それを一気にカウレイの手にぶつけたのだ。
「何だかよく分からないけど、イメージ通りにできて良かった…」
「そ、そんなぶっつけなことしたの!?あんなにコントロールするの下手なのに!?」
「他に出し抜けるやり方が思い浮かばなかったから…」
私はカップをテーブルに置いた。
そしてそのままベッドに横になった。
「…ちょっと休むね」
「そうね」
ネイカはすぐにカーテンを閉めてまわった。
私は目を閉じたが、そうするとついさっきの恐怖が波のように襲ってくる。
「うっ…」
「ミリ?」
ネイカは慌てて私に駆け寄った。
「ミリ、大丈夫?」
ネイカは私に触れたがその肩があまりにもぶるぶると震えている。
「ミリ…」
ネイカはしばらく悩んだ後、ベッドに潜り込みぎゅっと私を抱き寄せた。
「もう!!しっかりしなさいよね!!」
「…」
私はネイカにしがみついた。
人の体温に段々と落ち着いてくる。
私の体から少しずつ力が抜けた。
ネイカは静かになった私を覗き込んだ。
「ミリ?」
「…」
「ん?」
「…」
「…寝てる」
すぅすぅと寝息を立て始めた私にネイカは吐息をこぼした。
「…基本図太いんだから」
やれやれと私の頭を撫でながらネイカはそばに居続けてた。
その日は結局レイも戻ることなく、部屋の中でただ一日が過ぎるのを待っていた。




