ミリの侵入
朝日が差し、がたごとと身近で聞こえる物音でネイカは目を覚ました。
「ん…ミリ?」
体を起こすとネイカは何度も目をこすった。
「な、何してるの??」
自分が寝ぼけているのではないと悟ったネイカはベッドから跳ね起きた。
「あ、おはようネイカ。ちょっとこれ借りるけどまだ二着あるからいいよね?」
「これって、侍女の服じゃない!!」
「うん。この方が人目につかないかと思って」
「はぁ!?」
私は髪を二つに分けると三つ編みをしてぐるぐるとお団子に巻きつけた。
ふむ。
どんな服でも中々似合っちゃうのがイザベラさんのいいところだ。
「あ、そうそう。ネイカにも協力して欲しいことがあるんだけど」
「いやよ」
「せめて聞いてから断ってよ。…断らせないけど」
ネイカはいつもより押しの強い私にたじろいだ。
「ミリ?なんかおかしいわよ?」
「そうかな」
「…協力って、何よ」
私は簡潔に言った。
「オルフェ王子と内密に二人で話したいから、レイに見つからないようにネイカに引き止めておいてもらいたいの」
「無理」
「せめてやってから諦めてよ」
「あのねぇ、ミリ」
ネイカは険しい顔になった。
「何を企んでいるのかは知らないけど、あのレイを欺けると思ってんの?」
「それは無理。欺くんじゃなくて、今日は暇ができたから鬼厳しい侍女の訓練して下さいとかなんとか言うの」
「…」
「お願い」
私は渋るネイカの両肩を掴んだ。
「アリス姫のためなの」
ネイカは変な友情スイッチの入ったままの私に呆れて言った。
「そういうことね。…いい?ミリ。他人の事情にこれ以上深く首を突っ込んでもややこしくなるだけよ」
「そんなことないよ!!」
私は即否定した。
「確かに余計なことをしようとしてるかもしれないけど、私は本当にやれることはやりつくして諦めたいの。アリス姫に…もっと笑っていて欲しいから」
「ミリ…」
「お願い」
ネイカと私は真剣に見つめ合っていたが、やがて折れたのはネイカの方だった。
「…分かった」
「ネイカ!」
「ただし、失敗しても責任はとらないしレイに嘘は言わないからね」
「ありがとう!!できるだけ早く済ませてくるね」
私はネイカが朝の支度をすませると、二人で侍女姿のまま城に向かった。
それでも朝早過ぎたために数時間外で待つ羽目になったが、開門と同時に中に足を踏み入れた。
ネイカには予定通り、まずはオルフェ王子の従者レイを城の者に呼び出して貰った。
そしてそれを待つ隙に私だけ一人城の奥に入り込んだ。
「さて。で、どうやって王子の部屋を見つけるかな」
怪しまれない程度の速度でうろうろと歩いたが、今までの経験上このままではまた迷子になるパターンなのは流石に分かる。
私は足を止めると壁際に寄り周りを見回した。
だだっ広い廊下を行き交う人を注意深く見ていると知った顔を見つけた。
「あ、ファッセ!!」
貴族騎士のファッセだ。
王子のそば付きだからファッセは城に滞在しているのか。
これはラッキー。
私は見失わないうちに小走りでファッセを追いかけた。
「ファッセ、待って!!」
ファッセは呼ばれていることに気付くと振り返った。
「…何だ」
「オルフェ王子の部屋を探してるんだけど、教えてくれない!?」
ファッセははっきりと顔をしかめた。
「お前、誰に向かって口をきいている。無礼だぞ」
あ、そっか。
私って分かってない。
「ファッセよく見て。私わたし…!!イザベラ!!」
「…イザベラ?」
ファッセは訝しそうな顔をしていたがすぐに気付くと目を見張った。
「…イザベラ姫!?」
「そう」
「何故そんな格好を…」
「ちょっとお忍びで来てて」
「忍ばなくてもイザベラ姫なら正面からオルフェ様を訪れればいいだろうが」
「まぁ、そうなんだけど」
ファッセは上から下まで私を見た。
「酔狂にもほどがあるな。姫君がこんな格好
をしているなど見たことがない」
「まぁいいからさ。ねぇオルフェ王子の部屋は?」
「…厄介ごとか?」
「ううん。個人的に話がしたかっただけ」
ファッセはかなり嫌そうにしたが、何かを諦めたように首を振ると私に向き直った。
「分かった。案内だけはしてやる。但し何かしでかしても俺は素知らぬふりをするからな」
「うん!!ありがとう」
私はファッセの後を侍女らしくしずしずとついて行った。
奥に行くほど途中で何度か役人に止められたがファッセは自分の身分をきちんと証明して事なきを得た。
既にどう来たのか分からなくなった頃、ファッセは大きな扉の前で足を止めた。
「ここだ」
「おぉ、相変わらず扉からして豪華」
「当たり前だ」
「ありがとうファッセ」
礼を言うとファッセは肩をすくめて踵を返した。
イザベラ姫が何をしに来たのかは気になったが、あれに関わるとどうもろくな目にあわない。
ここはさっさとこの場から離れるべきだと判断し、今来た道を大股で引き返す。
階段を降り、人通りの増える廊下に戻るとすぐにまた誰かが声をかけた。
「ファッセ」
振り返ると今度は長髪が目を引くキザな男が立っていた。
「今何処から戻ってきた?」
「ロレンツォ様…」
話しかけてきたのはこれもまた貴族騎士の一人、ロレンツォだ。
ファッセは威圧的なソランよりも何を考えているか読みにくいロレンツォの方が苦手だ。
内心舌打ちをしたが顔だけは平然と答えた。
「…オルフェ王子の元からです」
「やはりな」
ロレンツォは蛇のように鋭く睨んだ。
「さっきそこでお前たちを見かけた。一緒にいた侍女は誰だ?」
「…」
「何故今その侍女はいない?まさかお前見知らぬ侍女をオルフェ様の部屋に連れて行ったのか」
ロレンツォは一度問い出したらそれこそ餌に食らいついた蛇のように満足するまで離れようとしない。
ファッセは謂れのない疑惑を向けられることも面倒だったので誤魔化すことはやめてありのまま話した。
「あれは正真正銘イザベラ姫です」
「イザベラ姫?どう見ても侍女だったではないか」
「はい。ですから、侍女の格好をしたイザベラ姫だったのです」
「…変わり者とはいえ姫君として育った者がそんな珍妙なことするはずがないだろう」
「自分も心底そう思います」
ロレンツォは考える顔になった。
ファッセは早くこの場を去りたかったが、どうやら許してもらえないようだ。
「ファッセ」
「…はい」
ロレンツォは顔を上げると意外なことを言った。
「ルーナ国でイザベラ姫が現れたが、姫は一体どうやってそこまで来たのだと思う」
「え…?」
思わぬ質問にファッセは反応できずにいた。
ロレンツォは声を落とした。
「ソラン殿とそれとなくあちこちで探ってみたのだが誰に聞いてもルーナ国でイザベラ姫の従者一人として見ていないと言う。では姫はたった一人でそこまで来たのだろうか」
「…それは不可能です。ルーナ国に入る前にはあの大量に魔物が現れた森を通ります」
言いながらファッセも首を傾げた。
ロレンツォはファッセにひたと視線を合わせた。
「お前、イザベラ姫のことで何か知っていることはないか?」
「え…」
「魔払いの時側にいたのだろう?あの時もイザベラ姫は神殿から一度姿を消した」
「…」
ファッセはロレンツォのねちっこい目を嫌い顔を背けた。
今のところミリが黒魔女だということは誰にも話していない。
「…何かあるのだな?」
ロレンツォは腕を組むと目を細めた。
ファッセは背中に冷たいものを感じたが腹に力を込めてきっぱりと言った。
「あることは、あります。ただこれはオルフェ様も既に承知のこと。自分一人の判断では他所に話すことは出来ません」
「おい…」
「失礼します」
ファッセは頭を下げるとさっさとその場を後にした。
ずかずかと廊下を歩いていると、なんだって朝から自分がこんな気まずい思いをせねばならんのかと段々腹が立ってきた。
「…やはり、イザベラ姫に関わるのはよそう」
ファッセは一人でぼやくと気分を変えるために城の外まで出て行った。




