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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
友情と親愛
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レイの鬼躾

前日殆ど寝ていなかったせいか、私はレイを待つ間にすっかり眠りこけてしまっていた。

晩餐前に部屋に戻ってきたレイは容赦なく私を叩き起こした。


「起きろ、ミリ」

「んー…もう少しだけ…」

「もう晩餐が始まるぞ」

「んー…」


私はのろのろと起き上がったがどう頑張っても目が開かない。

レイは私を引っ張り起こしたが、私は態勢を維持できずにそのままレイの胸に沈んだ。


「ミリ?」

「ん…、へーきぃ」


手だけが私の意思に従ってぱたぱたとベッドのシーツを滑る。

レイは怒るかと思いきや意外にも私の肩を掴みベッドに横にしなおした。


「悪い。お前も少しは休ませるべきだった」

「へ…?」

「晩餐はもういい。俺がオルフェ様に適当に言っておく。お前はもう寝てろ」


…嬉しい。

正直かなり嬉しい。

思考能力が鈍ったまま、私はお言葉に甘えて再び目を閉じた。

体も大分楽になり、自然と目を覚ました時には既に深夜零時を過ぎていた。

私はシャワーを浴びて着替えをすませると再びベッドに戻った。


「ふぁ…まだ眠い…」


ころんとふかふかのベッドに横になると、カタリと小さな音が聞こえた。

扉が静かに開きレイが戻って来たのだ。

昼はシュガー・レイの姿だったのに、今はいつもの従者姿。

ネイカの話を思い出した私はあくびをしながらも体を起こした。


「ふぁあ。遅かったね。王子のところにいたの?」

「起きたのか。顔色はましになったな」


レイはすぐに明日の用意に取りかかり、あちこち動き回った。

私はその動きを目で追いながらネイカのことを相談した。

レイは私が狙われてると聞いても特に過敏に反応せず、水を桶に移しながら言った。


「ネイカのことは俺もそろそろ身の置き場を考えなければと思っていた。自分から侍女になるというならそばについてもらえ」

「そ、そう?」

「ネイカがいるなら俺がわざわざ侍女になる必要もないしな」

「えぇ?シュガー・レイはもうおしまいなの?」

「…残念そうに言うな」


レイは顔をしかめながらもあれこれと考え始めた。


「そうだな。しばらくは俺が侍女としての心得をネイカに叩き込むか。問題はミリが狙われているという方だな」

「…それって、本当なのかな?」

「ネイカがわざわざそんな嘘をつくと思うか?」

「うーん…」


だってもう何回も大嘘つかれてるしなぁ。

レイは私の様子を伺いながら言った。


「お前がネイカを信じられないというのなら侍女にはつけない」

「え…」

「どうする」


いや、どうするって言われても…。

私は真剣に考え込んだ。

さっきわざわざ私に身の危険を知らせにきたネイカはどこか一生懸命だった。

言葉はきつくとも何とか伝えないとという思いが見て取れた。

通常ならプライドの塊のような彼女はもっと私と対等な扱いを望むだろう。

それを自ら侍女を選んだということは案外本気で私を心配し、そばにいようと思ったからじゃないだろうか。


「…大丈夫。かな」


慎重に言うと、レイは僅かに目元を緩めた。


「お前は本当にバカだな」

「う…。だって…」


レイはすぐにいつもの顔に戻ると窓を開いた。

外から寒い風が入る。


「何してるの?」


薄着の私は腕をさすった。

レイは懐から銀色の笛を出すと空に向けて吹いた。


「あ…それって」


レイは笛を離すとまた懐に入れた。


「お前を真似たサクラ用の合図だ。少し音は変えてあるがな」

「サクラ…部屋にいれていいの!?」


眠気も吹き飛び意気込む私にレイは笑みを浮かべた。


「俺がいればサクラは大人しいし、サクラもずっとお前に会いたがっている。少しだけな」

「レイぃ!!」


私はレイに抱きついた。


「普段は鬼厳しいけどそういうところ好きぃ!!」

「…お前はいつでも一言余計だな」


レイは羽音が聞こえてくると私をどけて窓に手を伸ばした。

少し待つとばさりと大きな音が舞い降りレイの腕にサクラが止まった。


「サクラ!!」


サクラは嬉しそうに鳴いたが、レイを伺うと静かになった。

本当にめちゃくちゃ躾けられてる。

気持ちは分かるぞ、サクラ。


レイはサクラを腕に乗せたまま部屋に入り窓を閉めた。

そのまま桶に入れた水の中にサクラを入れ、タオルで丁寧に洗い始めた。


「レイ…?」

「手入れなんかしてないからな。このままだと部屋もお前も汚れるだろ」


サクラは嫌がって身を逸らしていたがレイが声をかけるとまた静かになった。

私はそわそわと水洗いが終わるのを待った。


こうして明るいところでじっくり見ると、改めてサクラが大きくなっていることが分かる。

銀色に変わった鱗は硬そうだし、筋肉もかなりついたのかごつい足だ。

顔つきも少し恐くなってきたな。

これじゃ赤ちゃんの頃から見てなければ近づこうとも思わなかったかも。

まぁ、それでも可愛い私のサクラだけどね。


「あれ…?サクラ尻尾の先はどうしたの!?」


ぴちぴちと動く尻尾が途中でぶつりと切れている。

レイは乾いたタオルで仕上げをしながら平然と言った。


「俺が切り落とした」

「え、えぇ!?」

「言うことを聞かなかったからな」


うそ!?

鬼教育を超えてるじゃないか!!


「酷い!!」

「酷いものか。先に言っておくが次俺に背いたら腕を切り落とすつもりだ」

「鬼!!冷血漢!!いくらなんでも酷すぎるよ!!」


レイは綺麗になったサクラを腕に乗せなおすと私の前に持ってきた。


「お前ドラゴンがどういうものか分かっているのか」

「…危険なことくらいは分かってるよ」

「分かってない」


レイはサクラの片足を摘んだ。

そこには鋭く尖る爪がある。


「これはもう充分殺傷能力がある爪だ。それからこの牙。これは森で獲物をひと噛みで仕留めている」

「…」

「ドラゴンは頭がいい。サクラが人間をなめ始めるとそのうち手に負えなくなる。それにこの先北に近づけば近づくほどサクラはどんどん野生に近くなるはずだ」

「え…どうして?」


レイは私をベッドに座らせるとその膝にサクラを乗せた。

私の体から魔力が流れる。


「うぅ…」


以前も持っていかれたばかりだから今日はそこまで一気にはいかない。

それでも体はそこそこきつい。


「サクラ…」


私はサクラの体を撫でた。

サクラは嬉しそうにすり寄ってくる。

レイはタオルを片付けながら言った。


「ドラゴンは本来、生まれた地の魔力を吸い上げ成長する。それは氷山の下に眠る太古の大地であったり、深海、火山口などだ」

「…う、うん」

「ドラゴンが人の手で育たない理由の一つはそこにある。身近に吸収できる魔力がないとどう手を尽くしても育たない。現にオルフェ様も莫大な投資をしても生まれた二匹のドラゴンを救うことはできなかった」


莫大なって…そんなに金かけてたのか。

サクラだけ無事大きくなったのは生まれた時にこうやって私から魔力を吸えたからなんだな。


「旅路はまだまだ北へ向かう。魔力の塊でもある氷山に近づくほどサクラはそのうち自力で大地より魔力を得る。そうなると…」

「離乳しちゃうんだね」


私がしょんぼり言うもレイは無情に頷いた。


「その通りだ。そしてそうなるともう人では一切サクラを制御できない。その時サクラが人を襲わないためにも、今は多少手荒くとも従わせておかなければ危険なんだ」

「…」


理屈は分かる。

レイの言うことはきっと正しい。

…でも、でもさ。

私は気持ちよさそうに喉を鳴らすサクラを撫でながら何だか悲しくなった。


「強大な力があるからって、そこまで頭ごなしに押さえつけるのって本当にいいことなのかな?」

「…」

「もしかしたらサクラはそんなに凶暴にならないかもしれないし」


レイは呆れて腕を組んだ。


「甘いな」

「…」

「サクラ、こっちへ」


サクラはぴくりと反応するとすぐに私の膝を離れた。

レイは窓を開けるとサクラを外にやった。


「お前も一週間どこかでゆっくり休め。呼び出して悪かったな」


声をかけるとサクラは嬉しそうにくるくると旋回しながら星空の中に消えた。


尻尾をぶった切られるほどの躾をされているのに、サクラはレイのことが嫌いではないみたいだ。

私はまだ複雑だったが、レイがきっちり面倒を見てくれているのだから文句は言えなかった。


レイは窓を閉めると黒いドレスの手入れの続きを始めた。

針と糸を取り出すと乱れたレースを整えてからひだが綺麗にうねるように縫い直していく。


「…随分細かくお手入れするんだね」

「当然だ。明日レミレス家に初顔見せだろうが」

「レミレス家?私が一週間泊まらせてもらう家?」

「そうだ。昔からアリス姫が最も懇意にしている一家らしい」

「ふぅん」


そんな気の使うお屋敷より町の宿の方がよっぽどいいんだけどな。


「明日も早い。ミリもそろそろ寝ろ」

「うん」


私は大人しく先にベッドに入った。

レイはひとつだけ灯を残し、あとは全部消した。


「…レイ」

「なんだ」

「…ううん。おやすみ」

「…」


レイは横目で私を見ただけで黙って手を動かし続けていた。


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