なってあげる
あけましておめでとうございます。
愛想笑いで固まった私の顔は限界を迎えつつあった。
何せ端の方とはいえ国王と同じテーブルに着いているのだ。
それに他にもやたら身分の高そうな人たちがすぐ目の前に何人も座っているとなれば、顔をほぐす暇もない。
「どうされましたか?イザベラ様」
レイがすかさずにこにこと声をかけてくる。
だが私には分かる。
これは今気を抜いたらどうなるか分かってるんだろうなテメーという釘刺しだ。
ちらりと見れば王子は親子以上に歳の差のあるニヴタンディ王と恙無く談笑をしていた。
アリス姫は相変わらず冷たい顔で黙々と食事をしている。
父である国王が話しかけてもこの態度ということは親子仲はあまり良くないのかな。
そんなことを考えながら見ていると、ばちりと国王と目が合った。
現役ということもあり、目に力のある迫力の老人だ。
私は思わず息を飲んだが、国王は穏やかな笑みを浮かべた。
「これはまたお可愛らしい側室ですな、オルフェ殿」
「北国パッセロのイザベラ姫です。今は結わえておりますが艶めく黒髪が見事な美しい姫ですよ」
正面から褒められてはこそばゆさしか感じない。
私の作り笑顔は更に引きつった。
これだけでも勘弁願いたいのに王は更に私に話しかけた。
「アリスとは仲良くしていただいてるのかな?」
「えっ…」
こんな場でもアリス姫の隣にいるのだからそう思われても仕方がない。
でもこれは返事に困りすぎる。
助け舟を出したのはやはりオルフェ王子だ。
「イザベラ姫は側室として日が浅い。何かとアリス姫に助けて頂いてます」
「ほぅ、アリスが」
私はこくこくと何度も頷いた。
嘘ではない。
フィズとして迷い込んだ時も助けてもらったもん。
アリス姫はナイフとフォークを置くと静かに立ち上がった。
「…先に部屋に戻ります」
それだけを言うと王とオルフェ王子に礼をして席を離れた。
王はやれやれと肩をすくめた。
「相変わらず気難しい娘だ。オルフェ殿もさぞ手を焼いたであろう」
「いえ。アリス姫は一枚ヴェールを外せばとても優しい人なので」
「ほっ。惚気られたの」
王は機嫌よく呵々と笑った。
聞くとはなしに聞こえてしまった私はなんだか複雑な気持ちになった。
王子は、あの優しい顔をしたアリス姫を知っているんだ。
そりゃ一番の正妻候補だったんだもんな。
二人はどんな風に話したりしてたんだろう。
悶々としているとトンと音を立てて目の前に水の入ったグラスが置かれた。
「イザベラ姫様もお疲れでしたら先に部屋に戻られますか?」
私ははっとしてグラスを置いたレイを見上げた。
一瞬また怒っているのかと勘ぐったが、どうやらそうではなさそうだ。
あ、そうか。
アリス姫が先に退席してくれたから今なら私も出やすいのか。
「…戻ります」
消えそうな声で言うと王子が声をかけた。
「今日はゆっくり休ませてもらうといい。用があれば侍女に言付けてくれて構わない」
「分かりました」
つまり、レイはこのまま私につけてくれるってことだな。
なんかもう裏を読んでばかりで疲れるぞ。
私はアリス姫を真似て礼をしてからその場を後にした。
ホールを出るとすぐに役人がリストを持ち近付いてきた。
「お名前をお伺いいたします」
「あ、はい。イザベラです」
「イザベラ様…」
後ろからついてきたレイがすかさず訂正した。
「スアリザ王国から参りましたオルフェ王子の御側室、イザベラ・コール・シャイラ・エウ・パセラ様ですわ」
「かしこまりました」
役人はにこやかにレイに向き直った。
それから二、三質問をしてから部屋の場所を案内してくれた。
「…イザベラ姫にもちゃんとした名前ってあったんだ」
「当たり前だろ」
レイがいなければ危なかった。
名前聞かれてちゃんと言えないのって怪しすぎるもんな。
案内された部屋に入ると、意外にもだだっ広い金ピカの部屋ではなかった。
レイは用意されていた私の着替えを出しながら部屋を見回した。
「適度で過ごしやすい部屋だ。一日宿泊するには充分だな」
「一日?一週間じゃないの?」
「明日からは側室の姫たちはそれぞれ一等地の屋敷に滞在する。その方が観光もしやすいからな」
「そうなんだ。じゃあ私も?」
「そうだ」
そうなのか。
でも一人で町に出るのは気がひけるし、かといって人の屋敷にずっと居るのも気まずいな。
「レイも一緒に居てくれるの?」
「ずっとというわけにはいかないがな」
「一週間も何してればいいの?」
「知るか。暇なら体でも鍛えてろ」
「えっ」
ぎくりと首をすくめていると扉が勢いよくノックされた。
「ミリ!!ミリいる!?」
外からネイカの声が聞こえてくる。
レイが静かに後ろに下がったので私は自分で扉を開けた。
「ネイカ?どうしたの?」
ネイカだけでなく後ろには何故かファッセも控えている。
ネイカは怒ったように眉をつりあげた。
「ずっと待ってたのに勝手にホール出ていかないでよね!!」
「え??は??待ってたって、私を?」
「そうよ!!世話がかかるんだから!!」
私は瞬きをしながらファッセを見たが、知らんとでも言いたげに肩をすくめられた。
ネイカは勝手に部屋に入ると奥にいた見覚えのない侍女をちらりと見た。
「ミリ、ちょっと二人で話があるんだけど」
「へ…?私と?」
「そうよ」
レイはそれを聞くとさっさと扉に向かった。
「それではイザベラ姫様、また後ほど参ります」
「あ、うん」
ネイカはレイが出て行くとファッセが部屋に入る前に扉を閉めた。
二人になると私の目の前まで距離を詰め、低い声で言った。
「ミリ、あんた狙われるかもしれないわよ」
「へ?」
急な話に私の目が点になった。
ネイカは怖い顔のまま続けた。
「さっきあの王子の側室たちがあんたの悪口言いまくっててさ…」
私はなんだと力が抜けた。
「それなら前々からそうだから別に気にして無いけど」
「問題はその後なんだってば」
「その後?」
「誰が言ったのかまでは分からなかったけど、確かにイザベラ姫を消すって聞こえたのよ」
消す…。
消す??
ぽかんとしているとネイカに腕を叩かれた。
「しっかりしなさいよ!!それって殺されるって意味じゃないの!?」
「ま、まっさかぁ…」
いくらなんでも殺されるなんてこと…。
言いながらも殺されたシウレ姫のことが頭に浮かぶ。
そういえばシウレ姫は後宮内で殺されたんだよな。
犯人は捕まってないし、それってもしかして姫の中の誰かが手にかけたって可能性も…あったりして。
ネイカはやっと顔色を変えた私にため息をついた。
「ねぇ思ったんだけど、私あんたの侍女になるわ」
「へ?」
「度々放り出されるのもファッセに見張られるのも嫌なのよ。それにミリだって一人になって狙われるより誰かがそばにいた方がいいでしょ?」
「で、でも私にはもう侍女がいるから…」
「あのさっきいた冴えない感じの子?あんな子より私の方が役に立つって」
それはない。
誰一人とてレイを上回る奴はおらんっ。
それに狙われてるなら尚更レイがそばにいて欲しい。
…でもネイカに面と向かってそうは言えない。
「えーと、私一人じゃ決められないから明日までに王子に聞いておくよ」
「この私があんたの侍女になってあげるって言ってるんだから、ちゃんと話が通るようにミリからも押しておいてよね」
「う、うん」
とりあえず先にレイに相談するか。
無理だって言われたらレイからネイカに言ってもらおう。
それにしても、本当にまた狙われたりするのかな…。
嫌でも思い出すのは自分に向けられた銀色の矢。
私は窓から不安な思いで外を見つめた。




