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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
友情と親愛
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不穏な声

「あれは何ですか?」

「大道芸だ。旅をしながら芸を披露している」

「あれは?」

「語り屋だな。主に世界中を巡り世にも不思議な冒険の話を語ることで稼ぎを得ている」


私は逐一オルフェ王子に質問しては感嘆の吐息をこぼしていた。


さすが天下の大国。

城下町の活気は凄まじく、特に文化面が発達しているせいか少々変わった職業の人たちが至る所に出現する。

あちこちでは軽快な曲が鳴り響きそれに合わせて町の人たちまで踊っている。

まるで町全体がお祭りか、サーカスみたいだ。


「豊かなんですねぇ」

「ニヴタンディは四年前に長年の宿敵でもあるシルペスタン王国に打ち勝ったからな。まだまだ活気は衰えていない」

「四年前ですか?割と最近なんですね…」


平和そのものな町の様子を見ているととても戦争をしていた国には見えない。


「アリス姫を俺の側室に迎えることになったのは五年前だ。…その意味が分かるか」


王子は意味深な質問をしてきた。

まぁ、この流れから来れば予想は簡単に出来るけど。


「ニヴタンディはスアリザの援助が欲しかったんですかね」

「その通りだ。実際物資の援助はしたことがある。アリス姫は国の為に俺に捧げられた」

「…」


私はアリス姫の心境を思い胸がわずかに痛んだ。

顔を知りもしない他国の王子に捧げられるなんて、恐かっただろうな。

思わず非難がましく見上げてしまったが、王子はどこかいたずらっぽい目をしていた。


「言いたいことは分かるが、偶然にもそれはアリス姫にとっても俺にとっても結果的に利害が一致することになった」

「は?」

「まぁこれは姫のプライベートでもあるから詳しくは言えんがな。とにかくミリはアリス姫にはそこまで気を使わなくてもいいぞ」

「いや、全く話が理解できないんですけど…」


そうこうしているうちに行列は一等地に入った。

ここでセスハ騎士団は一度離れることになる。

騎士団長は王子の元に挨拶をしにきた。


「オルフェ王子。我々はここで一度解散します。一週間後、集合場所は都心の外れにあるタロム町の広場で間違いないでしょうか」

「それでいい。騎士団の者には羽目を外し過ぎぬよう釘を刺しておけ」

「かしこまりました」


無機質で淡々とした団長の声。

久々に見た気がするがやっぱり恐い。

フィズの姿をしていなくても、私は思わず首をすくめていた。

王子は団長が去ると小さく笑った。


「びびってるな」

「はい。かなり怒られましたから…」


自分がやらかしたあれこれを思い出すと背中が寒くなる。

出来ることならしばらくはフィズになりたくないな。


私たちはさらに奥まで進み、ずっと遠くから見えていた大きな城に向かった。

外堀に掛けられた木の架け橋を渡り巨大な門をくぐる。

その途端耳を劈くような盛大なファンファーレが響き渡った。


「スアリザ王国、オルフェ王子様のお越しにございます。並びにアリス王女様のお帰りでございます」


そこには驚くほどの軍人が整然と並んでいた。

どうやら出迎えのセレモニーが行われるようだ。

吹き鳴らされる金管楽器に響き渡る太鼓。

荘厳なコーラス部隊。


「お、王子…」

「これはまた盛大だな」


王子は驚き興奮する馬を宥めながら真っ直ぐ正面扉を目指した。

その途中でニヴタンディの使者が現れ、私たちはそこで馬を引き渡した。


「アリス姫をここへ」


王子が後ろに声をかけると、馬車から降りた姫たちの中からアリス姫が前に出た。

アリス姫は冷たい顔のままオルフェ王子の前で膝を折った。

その立ち振る舞いは流石に優雅で美しい。


「アリス姫。イザベラ姫もそばに置いて構わないだろうか」


アリス姫はちらりと私を見たがすぐに頷いた。


「構いませんわ」


発する声も顔と同じく冷たい。


フィズの時はアリス姫もサトさんもすごく優しかったのにな。

…って、あれ?

サトさんがいない。

アリス姫の隣にはいつも必ずといっていいほどいたのに。


代わりにアリス姫の側に城の侍女が数人ついた。

王子はアリス姫に腕を貸すと先に城の中に入った。

とりあえず流れでその後に私が続く。

そしてその後からぞろぞろとソランたちや王子の側室、侍女たちが続いた。


私は王子の背中を見ながら少しずつ不安になってきた。

この先王子のフォローは当てにできないし、大体どう振る舞えばいいのかが分からない。

なんなら自分の立ち位置すら分からない。

せめてサトさんがいればときょろきょろ探したが、やはりその姿はない。

そうこうしているうちに私たちは大ホールに通され、王子とアリス姫は壇上に上がるとニヴタンディ国王の前に並んだ。


「遠くよりよく無事で戻られましたな」


初老の国王は凛とした声でオルフェ王子に話しかけた。

王子は型通りの礼を済ますと改めて詫びを入れた。


「こんな形でアリス姫をお返しすることになり残念です。姫は聡明で、ゆくゆくは正妻にと真剣に検討している最中でした」

「スアリザ王国もまだまだ成長途中の国。こういった出来事が起こるのもやむを得まい」

「ご理解、感謝します。ことが落ち着けばまた是非スアリザ王国を貴方の友として頂ければ幸いです」


一国の王、それも大陸一と言われるニヴタンディ国王の前でもオルフェ王子に怯んだ様子は見られない。

虚勢を張って頓珍漢なことを言うでもなく、身分不相応な偉そうな態度でもなく、かといってへりくだることもない。

終始至極落ち着いた品格のある受け答えはそれだけで王子の大きさを感じさせた。


「すごい…」


私は素直に感心していた。

昨日のまずい果物を一緒にぱくついていた人と同一人物とはとても思えないな。

急に遠くなった王子をぼけっと見ていると、いつの間にか堅苦しい挨拶が終わり周りがざわざわと動き出した。

私は慌ててきょろきょろと辺りを見回した。

どこへ行けばいいのか分からず立ち往生しているとあちこちの扉が開き、ご馳走が並べられ始めた。


「あ…お昼時だもんね。えと、邪魔にならないように部屋の端へ行けばいいのかな?」


適当に壁際に寄ったがそこにいるのはニヴタンディの人たちばかりだ。

どうやら反対側に来てしまったようだ。


おぉい、王子。

分からないぞぉ。

側にいていいって、どの辺までならいていいんだ??

うろうろと彷徨っていると後ろからくいと腕を引かれた。


「こっちです。イザベラ様」


振り返るとそこには冴えない茶髪のおさげをした少女がいた。

少女は私を見てにっこりと笑いながらドスの効いた声で言った。


「フラフラせずにしゃんとしろ、ミリ」

「あ…!!れ、レイ!?シュガー・レイだぁ!!」


そこにいたのは初めて後宮で出会った侍女姿のレイだった。


「うわぁ、うわぁ!!なんか久しぶりって気分!!」

「静かにしろ。はしゃぐな」

「だってぇ!!」


何だろう。

何故だか変に嬉しい。

このレイに鬼のように姫特訓されたのなんてもう随分前に感じるな。


「私の為に変装してくれたの?」

「仕方がないだろ。姫のそば付きが男の従者だと何かと動きに制限があるからな」


何だかんだ言ってレイはいつも私の為に側にいてくれる。

心強くなった私は落ち着きを取り戻した。

レイは私をアリス姫のそばまで連れて行くと侍女たちに挨拶をした。


「初めまして。わたくしイザベラ姫様の侍女シュガー・レイと申します」


侍女たちは無関心な目でレイを見た。

軽く会釈だけするとふいと視線を外される。

レイは気にする様子もなく私をアリス姫の後ろに立たせた。


「あの、レイ…」

「大丈夫ですよ。イザベラ様はここにいてください」


レイは素朴で純真としか言えない笑顔で頷いた。

それから食事が始まると私を失礼のない席にちゃんと案内し、あれこれと世話を焼いてくれた。

他の姫たちが近づいてくると対応も全部してくれるし、時折見知らぬ人に話しかけられても受け答えのフォローを入れてくれる。

もう何て言うか、ずっと側にいて欲しいぞレイちゃん。

何はともあれ私は粗相のないように必死で姫らしく取り繕っていた。


少し離れた場所では、ネイカがおどおどとしながら部屋の隅にいた。


「凄い。こんな立派なお城なんて初めてだわ」


一応ちゃんとしたドレスには着替えさせてもらったが場違い感甚だしい。


「もう…レイったらどこへ行ったのよ」


ミリも離れた今頼れるのはレイしかいないというのにどこを見ても見当たらない。

不貞腐れていると誰かが隣に立った。


「あ…」

「…お前のお守りを命じられた」


目も合わさずに言うのはそりの合わないファッセだ。

ネイカは益々不機嫌になった。


「別に一人でも全然いいのに」

「右も左も分からんくせに強がるな」

「あら、一通りの教養は身につけているから平気よ」

「一般教養と高度な社交の場で必要とされるものは全く違うぞ」


小声ながらもやっぱり言い合っていると、ふと近くからひそひそとイザベラ姫の名が聞こえてきた。


「ねぇ、ほら。あのすましたお顔」

「まぁ。あんなに堂々とアリス様に並べるなんて本当イザベラ姫は恥知らずね」


ネイカがそっと振り返ると豪華なドレスを身にまとった数人の姫が眉をひそめながら話していた。


「信じられませんわ。一体どうしてオルフェ様はあんな陰気な姫をあそこまで引き立てるのかしら」

「イザベラ姫は北国のパッセロからいらっしゃったのでしょう?そのお国、何か特別な利でもありましたかしら」

「いいえ。特に聞きませんわ」

「ですから、きっと黒魔術ですって」


おほほと上品な笑い声が上がる。

その中でも一際しなやかな姫に周りの姫がにこにこしながら言った。


「ですがアリス姫は予定よりだいぶ早くここで離れるのでしょう?シウレ姫も居なくなったことですしこれでフリンナ様の邪魔になる者はいなくなりますね」

「まぁ、ジーナ姫。そんなことは口にするのもはしたなくてよ」

「でももしかしたらオルフェ様はフリンナ様だけでもスアリザ王国に連れて帰られるおつもりでは?進路変更されたのも黒姫の傷のせいではなくきっとフリンナ様を最後まで残すためですわ」

「まぁ…」


まんざらでもないフリンナ姫に、周りの姫たちはせっせとおべっかを並べた。

ネイカは顔をしかめてわざとらしくファッセに言った。


「うわぁ、聞いた今の。とてもお上品で教養のある会話だわぁ。さすが高度な社交の場だわぁ」


ファッセは苦々しく舌打ちをしたが反論は出来なかった。

その顔は女はこれだからと雄弁に語っている。

ネイカはファッセをやりこめた事に満足すると飲み物を貰おうと勝手に歩き始めた。

その時少し離れた後ろから声が聞こえた。


「後は、イザベラ姫が消えれば…」


ネイカは耳を疑い振り返ったが、人がごちゃごちゃ居て誰が言ったのかが分からない。


「な、なに今の…空耳?」


さっきの姫たちのうちの誰かが言ったのだろうか。

いや、姫という肩書きのある者たちがそんな物騒なことを言うはずは…。

ネイカが辺りに目を凝らしているとファッセが追いついて来て文句を言った。


「おい、勝手にうろつくな」

「…ねぇ、ファッセ」


ネイカは声を押し殺した。


「どれだけ高貴な方でも、きっと人は人だと思うの」

「…は?」

「特に女は危ないわ。嫉妬という感情を抑えきれないんですもの」

「お前が言うと説得力あるな」

「殺すわよ」


ネイカはキッとファッセを睨んだが、今はそれよりもしなければならないことがある。


「ファッセ。私をミリのそばに連れて行って」

「はぁ!?」

「ミリはバカで鈍いからね。忠告くらいはしてあげるわよ」

「何言って…大体イザベラ姫の側には今ニヴタンディ国王がいらっしゃるんだぞ。そう易々と近付くわけには…」

「じゃあいい、自分で行く」

「あ、おい!!」


ファッセは慌ててネイカの手を掴んだ。


「何よ、離して!!」

「今行くのはまずい。もう少しすれば国王も王子も席を立つはずだ。そうなれば無礼講となる。それまでは待て」


ネイカはファッセの手を振り払うと背伸びをして上座を見た。


「…分かったわよ」


不貞腐れながらも渋々頷く。

ミリが誰かに狙われているのかと思うと妙にそわそわした。


「…別に、ミリのためじゃないわ」


自分ならともかく、どこぞの誰かに殺されたりでもしたら気分が悪いからだ。

ネイカは自分に言い聞かせると一人じりじりしながら国王が立ち上がるのを今か今かと待ち続けていた。

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