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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
魔払い
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ミリの運命

ミリフィスタンブレアアミートワレイ。

私にそんな長い名をつけた割には、母さんは私のことをいつもリッちゃんと呼んでいた。

そのことをずっと不思議に思い、口にして聞いたのは八歳の時。

母さんはその日、意を決して私に本当のことを話してくれた。


八年前。

いつものように店を開けたら、入り口前に小さな籠が置いてあった。

パンでも入っているのかと覗けば、その中にいたのは女の子の赤ん坊、つまり私がいた。


母さんはあちこち回ってこの赤ん坊の母親を探したが見つからなかった。

孤児院に預けるべきかと悩んでいると、ふと目の前にいつの間にか見たことのない男の人が立っていた。

その男は赤ん坊を指差しこう言った。


それは黒魔女の素質を持つ子ども。

いずれは契約を交わし本物の黒魔女となってもらうのだから俺に返してもらおう、と。

よくよく聞けば、せっかく見つけて奪おうとしたのに生みの親がここに隠したのだという。


母さんはすぐに反発した。

反射的にこの子を渡してなるものかと思ったそうだ。

怒りを見せたその男が、お前もこれの産みの親のように八つ裂きにされたいかと脅したが、気の強い母は尚のこと離すものかと踏ん張った。


だがこんな物騒なものとまともにやり合っても勝ち目はない。

母はすぐに機転を利かせた。

どうせ契約なんてこの赤ん坊がある程度大きくなるまで出来ないのだから、それまで自分が大切に育てると啖呵を切った。

この赤ん坊が育ち、物の分別がつき、自ら契約をすると言うのならもうそれは止めはしないとはっきりと告げた。

男はしばらく考えた後にんまりと笑い頷いた。


男には勝算があった。

既に赤ん坊に闇名を送っていたからだ。

これは黒魔女を強制的に従わせるための悪魔の措置。

これさえあれば機が熟せば黒魔女が手に入ることに間違いはない。


知識のなかった母は名付けられた赤ん坊をそのまま引き取ることとなったが、そこは悪魔から赤ん坊を奪うほど気骨のある人だ。

やると決めたからにはあれこれ走り回りとことん黒魔女のことを調べ上げた。


そのうちにツテを借りて王宮在住の古代文明に詳しい知識人にまで辿り着き、そこでやっと悪魔が赤ん坊にわざわざ名前を付けた意味を知った。


慌てて名前を変えようとしたが、下手に悪魔が刻んだ名をいじれば何が起こるか分からない。

母は知識人の知恵を借りて、大昔より闇名を隠す方法になぞらえあの長い名前を当てがった。

こうすることでどうやら闇名を呼ばれてもある程度抵抗できるようになるそうだ。

名前のことでひと段落してやれやれと思ったのもつかの間。

引き取った赤ん坊は育つにつれて異彩を放ち始めた。


まず黒いもの、暗い場所が好き。

異常なほど好き。

他人と積極的に関わろうとはせず笑顔も少ない。

まとう雰囲気は陰鬱でまるで不治の病を抱えているかのようだ。

更に長く伸びる髪は切っても切っても翌日には元の長さに戻る。

極め付けにその子どもは悪魔を呼び出したことさえあった。


一時母は頭を悩ませたそうだが、出した結論はこの子はこの子らしく生きればいいというものだった。

豪胆な母らしいというか、とにかく世間に無理に合わせようとするのは即やめた。


学校を嫌がれば家で勉強を教え、外に出たがらなければ本を与え、手先が器用だと分かると帽子作りを教えてくれた。

そんな私たちを、ご近所は変わり者として噂していた。

たまに見かける私はどう見ても陰気で、この頃から既に魔女のようだと言われていた。

同い年くらいの男の子なんかはふざけてよく石をぶつけに来たが、あいにくあの母さんが黙っているはずもなく返り討ちにしてくれた。


ちまちまトラブルはあったが、それでも母さんの理解者は何人もいたし、母さんの作る帽子は評判が良く店は開き続けていた。

私が十五歳になる頃にはそれなりのスキルも身につき店に出せる帽子が増えた。

それからは二人でせっせと競いながら帽子を作り続け、それなりに楽しく過ごしていた。


母さんの前でだけは、私は素直に笑えるようになった。

自分らしくいられた。

そして、自分の全てを静かに受け入れることが…できた。



オルフェ王子を前に拙くぼそぼそと話していた私は、母さんの顔を鮮明に思い出すと自然と顔がほころんだ。


「それにしても自分の出自を聞いた時は衝撃的でしたね。でも周りに馴染めない理由が分かってほっとしたのも覚えてます」


顔を上げると真っ直ぐ私を見つめてくる王子と目が合った。


「…まぁ、一番ショックだったのは母さんが本当の母親じゃなかったことなんですけどね」


軋むベッドに腰掛けた私は膝を抱え直した。

適当に入った古い宿屋の部屋は冷えた空気に満たされている。

黙って聞いていたオルフェ王子はソファの背もたれにもたれかかった。


「去年亡くなったと言っていたのは育ての母だったのだな」

「うん…」

「血の繋がりがなくてもそこまで愛情深く育てられるとは…。なかなかできることではないぞ」

「うん。だから、すごく感謝してる」


私は一度言葉を切ると白み始めた窓の外を見た。


ここまでは意外と普通に話すことが出来た。

というか、逆にここまで有り体に母とのことが話せたのはなんだか嬉しかった。

…問題はここからだ。

どう話せばいいのか迷っていると、オルフェ王子から切り出してきた。


「それで、その悪魔とやらは今ミリに契約を持ちかけてきているのか?」

「いえ、まだ時期ではないからと…。あ、でも一度食われかけました」

「食われる?」

「えーと…」


私はベルモンティアでの事を簡単に話した。


「悪魔の現し身…」

「はい。今思えば母の所に姿を現したのもきっとそのルシフですね」


王子は少し考えた。


「悪魔の契約とは、具体的にどうなる?」

「分かりません。悪魔の花嫁と言われているので、それなりの行為が要求されるらしいのですが…」

「体を捧げる、ということか」

「多分。それから、短命は避けられないそうです」

「何…?」


私は王子を見ずに淡々と言った。


「黒魔女でいられる期間はかなり短いそうです。悪魔は黒魔女を手に入れるとその魔力を全て己の闇に染め、食らうからです」


部屋がしんと静まりかえる。

王子は立ち上がると私の隣に座り直した。


「それは、間違い無いのか?」

「あれだけ調べ尽くした母が言うのですから、おそらく…」

「何故悪魔は黒魔女を喰らう?」

「そうすれば寿命が延びるかららしいです。契約もせずそのまま食らうだけでも数百年はいけるとか…」


王子は怖いくらい真剣に考え込んだ。


「喰われるのを回避する方法は?」

「ありません。取り憑かれた時点で逃げられないので」

「…ミリはもう、諦めているのか?」


私は顔を上げるとはっきり頷いた。


「ですから、私の望みはその時が来るまで慎ましく引きこもって自分らしく生きることなんです」

「…」

「そりゃ、色々と怖いですし出来る限り喰われるのは後伸ばしにしたいですけど…。あ、心配しなくても本物の黒魔女になっても自我が喪失したりはしないので人に迷惑はかけませんよ?」


深刻になられないようにわざとおどけて見せたが、オルフェ王子は真剣な眼差しで私を見つめたままだ。


「ミリ…」

「や、やめましょう王子!!私は本当に別に悲観してるとかじゃないんです!!」


私は笑顔を取り繕ったが、王子は力任せに抱き寄せてきた。


「オル…」

「笑わなくていい」

「え…」

「そんな未来が分かっていて、ミリは一人で耐えていたのか」

「…」

「いや、今までは母親と二人で乗り越えてきたのか」


オルフェ王子は力を少し緩めると私を覗き込んで囁いた。


「諦めるな」

「…」

「諦めるなよ、ミリ」


痺れる頭にオルフェ王子の声だけが優しく響く。

諦めるな。

なんて残酷な言葉だろう。


「そ、そんな、こと…」


私は歪む顔を隠すように王子の懐に潜り込んだ。

熱くこみ上げた何かを出かけた言葉と一緒に懸命に飲み込む。

そんなこと言うなら、側にいて。

側にいてよ。

…なんて、言っていい人ではない。

今はこの温もりを分けてくれただけでもありがたいと思わなければ。

しばらく王子の懐で縮こまった後、私はやっと顔を上げた。


「王子、少しだけ休んだら今日は町で楽しみましょう」

「…」

「酒場デビューはとっても楽しかったんです。今日も沢山楽しんだら…」


私は出来るだけ明るい笑みを浮かべた。


「私、また頑張りますから!!」


王子はじっと私を見下ろした。

大きな手は何度も優しく頭を撫でていく。

労わる手が止まると、今度は柔らかい笑みが浮かんだ。


「…分かった」


王子は私を抱え込んだままベッドに横になった。


「わわっ…」

「随分冷え込んだな」

「私ならあっちのベッドで寝ますから…」

「…」

「王子?」


呼びかけても返事がない。

どうやら本気でこのまま眠るようだ。


…オルフェ王子。

王子は、私の話を聞いてどう思ったのかな。

本音は分からないが、私に触れる手からは相変わらず恐れを感じない。

私は少なからずほっとすると目を閉じた。


温もりに安心したのか、すぐに眠気に襲われる。

私は即すぅすぅと寝息を立て始めたが、後ろのオルフェ王子の目が閉じられることはなかった。

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