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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
魔払い
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やさぐれミリ

私たちは目的の国境沿いに到着すると、すぐに馬車を降りた。

日が落ちたというのに関所の前にはまだ何人も行き交う人の姿が見える。

レイは馬車を返す手続きをすませると私を呼んだ。


「ミリ」

「あ、はいはい」


ファッセとネイカも私に続く。

すでに顔も見えにくいほど暗くなってきたが、レイは迷いなく人の間をすり抜けると関所から少し離れた建物に向かった。

そこには三人の人影があった。


「あ…」


ここまで近づけばそれが誰なのか私でも分かる。

レイは人影の前まで来ると跪いた。


「お待たせ致しましたオルフェ様。イザベラ姫をお連れしました」

「思ったよりかなり早いな。また無茶をしたんじゃないのか」


張りがあるのに穏やかに響く優しい声。

…間違いない。


「オルフェ王子?」


私が声を漏らすと王子は一歩私に近付いた。


「ミリ。無事そうでなによりだ」


名を呼ばれて何だか気が緩みそうになったが、王子の後ろでは貴族騎士のロレンツォとソランが控えている。

私はもう一度顔を引き締めた。

王子は私の後ろを確認し、レイに言った。


「あれが神殿の娘だな」

「はい、ミリのそばにつけることにしました。この旅に一人増えることとなりますがよろしいでしょうか」

「お前の判断に異論はない」


王子と目があったネイカはパッと視線を逸らした。

挨拶をするでも礼を言うでもなくただ腕を組んで素知らぬ顔をしている。

代わりにネイカの隣にいたファッセが王子の前に来ると深く頭を下げた。


「この度はイザベラ姫様を任されたにも関わらず、問題が起こってしまい…申し訳ございませんでした」


オルフェ王子は私の頭にぽんと手を乗せた。


「いや。見捨てずここまで連れて来てくれたことに感謝する」


ファッセは複雑な面持ちで王子を見上げた。

きっと言いたいことも聞きたいことも山のようにあるのだろうが、ぐっと堪えて一歩下がった。

ソランは見覚えのない少女が一緒にいることに首を傾げたが、王子は何か事情を聞いている様子だ。

それならば今はわざわざ問いただして時間を取る必要はないと判断した。


「王子。そろそろ関所を通らねば深夜にさしかかります」

「そうだな。レオナルド」


レイは立ち上がると頷いた。


「はい。ご案内致します」


私たちはとりあえずレイについて歩きだした。

王子は自分の腕に私の手を添えさせた。


「ちょっ…、そんなエスコートみたいなことしなくても歩きますから」

「姫君に夜道を一人で歩かせれば非難を受けるのは俺だぞ」

「誰が非難するっていうんですかこんな状況で」

「まぁ、少なくとも後ろ三人か」


後ろ三人。

ネイカはレイの隣を歩いているので必然的にそれはファッセ、ソラン、ロレンツォになる。

私は思わず振り返りそうになったが、王子はさり気なくそれを体で阻止した。


「振り向くな。お前は俺だけ見ていればいい」


その言い方はただの甘いものではない。

私は王子に疑問の目を向けた。

だが王子は前を見たまま視線を合わせようとはしない。

これ以上今は何も言う気はないみたいだ。

ここは…流石に大人しくしておくべきか。

私は王子に身を任せて歩いた。


それにしても黙り込んでしまうとやたら隣の体温を身近に感じてしまうのが難点だ。

まずいな。

変に意識したくなんかないのに。

落ち着くような、落ち着かないような、また相反する思いが渦巻き始める。

ただでさえネガティブに傾いていた私の心はだんだんと本格的にやさぐれてきた。


面倒だ。

何だかとにかく面倒だ。

面倒面倒面倒…。


私は今すぐイザベラ姫放棄宣言を大声でかましたい衝動に駆られた。

大体なんで私がこんなに窮屈な思いを沢山しなければならないんだ!?

オルフェ王子を掴む手にも思わず力が入る。

王子は関所の光に照らされた私の顔を見て驚いた。


「ミリ、目が血走ってるぞ」

「…」

「怒ってるのか?」

「別になんでもありません!!」


私が大きな声を出したせいで周りから一斉に注目を浴びた。


「ご、ごめんなさい…」


私は我に返るとしおしおと小さくなった。


「かなりストレスが溜まってるな」


王子は苦笑した。

それからふといたずらを思いついた顔になった。


「ミリ」

「…はい?」

「明日は二人で出かけようか」

「はぁ??」


王子は自分の思いつきが気に入ったのか本気であれこれ考え始めた。


「この先向かうのはニヴタンディだ。そこに着けば一週間は滞在となる」

「一週間もですか?」

「姫たちも長旅で疲れているだろうからな。本来なら日程的にユステルア王国で一週間滞在する予定だったのだが、ニヴタンディでも不満はないだろう」


それはそうだろう。

ニヴタンディ王国といえば今世界で最も力を持つと言われる大国だ。

そして、アリス姫の国。


「姫たちとは明後日の朝にニヴタンディで合流予定だが、それまでは比較的俺も自由が効く。明日中にニヴタンディに入ろうと思ったがそう急がなくとも支障はないだろう」

「でも…!!」


私は声を潜めた。


「…レイに、怒られますよ」

「だろうな」

「だろうなって…」

「だから黙って行くぞ」

「え、えぇ…?」


本気なのか。

本気なのか王子!?

それがどれほどしてはいけないことなのかくらい私にも分かる。

後々を考えて青くなったが、王子はむしろ楽しそうだ。


「この先ミリとゆっくり出来る保証もないしな。俺もいい加減疲れが溜まってる。少しくらい羽を伸ばしてもいいだろう?」


う…。

そう言われればなんだか無下に却下できない。

私は散々悩んだが結局頷いてしまった。

王子はそれを見届けると華やかな笑みを見せた。


「深夜零時」

「へ?」

「抜け出すぞ」

「…う、は、はい」


夜中に脱走なんて、駆け落ちじゃないんだしさ。

本当にいいのかな。

何だかまた得体の知れない不安に襲われそうになり、私はぶんぶんと首を振った。


ちがうちがう!!

変なことに囚われるのはやめよう。

せっかく自由にできるというのだから深く考えないでおこう。

無理やり思い直したが、束の間だけでもイザベラから解放されるのかと思うと本当に少し気が軽くなってきた。


深夜零時か…。

私はひっそりと気合いを入れると、関所を越えた先の夜道に向けて勇ましく足を踏み出した。

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