ミリの喝
部屋の中は異様なくらい静まり返った。
私は三人の視線を受けて身動きひとつできない。
そんな中で声を発したのはファッセだった。
「あの…世に最も恐れられると言われる黒魔女だと?このイザベラ姫が?」
そんなバカなという思いを打ち砕くのは、生々しく思い出すさっきの悪魔。
「本当なのかイザベラ姫?ただ黒魔術が使えるというのと黒魔女では天と地ほどの差があるぞ!!」
「いや、その…」
「お前は北国の姫君でありながら世界を闇に落とすといわれる黒魔女だというのか!?」
王族を称えるファッセにとってこの衝撃はかなり大きかったようだ。
それにしても参ったな。
正確にはイザベラ姫が黒魔女なんじゃなくて、黒魔女である私がイザベラ姫の姿にされてるだけなんだけどな。
説明するにはややこしいし、言えない。
どうしたものかと考えているとネイカが急に笑い出した。
「あ…ははは!!あはは!!あぁおかしい!!なんだ、ミリってば黒魔女だったの。あの最も忌まわしいと言われる、白聖女と対極とされる黒魔女!!」
ファッセはネイカを睨み上げた。
「黙れ!!貴様らとて黒魔女と大差ないではないか!!」
「そうよ?世間の評判とは大違いで落胆した?私と姉さんは二人で白聖女という偶像を作らされているだけ」
ファッセは勢いよく立ち上がると剣先をネイカに向けた。
「ネイカ!!」
ネイカの姉が庇うように立ち塞がる。
ネイカは構わず挑発的に言った。
「私を切ってもエアラはまたユングライテッド家の誰かに取り憑くだけよ。私の代わりなんていくらでもいるの」
「ネイカ…」
「姉さんも可哀想よねっ。白聖女としての力を受け継いだ私がこんなに醜いせいで表向きの白聖女を演じさせられるなんて」
ネイカはげらげら笑いながら私を指差した。
「でもほら、見てよ!!私たちより不幸な奴がここにいるわ!!ミリってばお姫サマのくせに黒魔女なんですって!!皆この男みたいにミリのこと忌み嫌って後ろ指さすのよ!!あははは!!」
ネイカは狂ったように笑い続けた。
ネイカの姉は青ざめ、ファッセに至ってはこんな異様な者は初めて見たかのように引きつっている。
そんな中で、私は密かにふつふつと一人腹を立てていた。
不幸…?
誰が、不幸だって?
私が立ち上がるとファッセが警戒してこっちに剣を向けた。
邪魔だなこいつ。
お前に用はない。
私は自分から剣先を摘むと横に押しやった。
「どいて」
「な、何をする気だ」
「どけって言ってんだろうが!!」
私はファッセに体当たりをすると襟元を掴み上げた。
「大体ね、ネイカたちをごりごりに追い詰めてるのはあんたみたいな世間の噂を真に受ける輩なんだよ!!」
ファッセは思わぬ肉弾戦に目を白黒させた。
私は構わずファッセを揺さぶりながらネイカを指差した。
「ほら見なさいよあれを!!あんたのせいであそこまで根性悪になっちゃってるじゃない!!」
「俺のせいか!?」
私はファッセを離すと今度はずかずかとネイカに近づき腕を掴んだ。
「な、何よ!!はなし…」
「馬鹿みたいにひねくれてんじゃないわよ!!」
「え…」
私は手に力を込めながら腹立ち紛れに言った。
「確かに私は黒魔女よ!!でもね、別に不幸なんて思ったことは一度もないわ!!」
ネイカは睨みながら私の腕を離そうともがいた。
「そんなの嘘よ!!だって黒魔女は世間でも疎まれ嫌われる存在だわ!!」
「そうよ!!昔から石だって投げつけられたり変な噂ばっかりされたり、嫌な思いはいっぱいしたわ!!それでも私は不幸なんかじゃなかった!!だって…!!」
だって。
私には…
「私には、母さんがいたもの!!」
「はぁ!?」
私の全てを受け入れて、いつでも太陽のような笑顔でそばにいてくれた人。
私がいたことで、母さんだって嫌な思いは沢山したはずだ。
それでも母はいつもこう言っていた。
「…背負わされた運命に、負けちゃだめ」
「…」
「運命にどうしても逆らえないというのなら、いじける理由に固執しないでその中で自分らしくいられる方法を探せばいい」
あなたがあなたらしいだけで、私は嬉しいのだから。
今までどれほどこの言葉に救われただろうか。
高まった感情に目頭が熱くなる。
母さん、会いたい。
会いたい…。
思い浮かんだのは朗らかな母の顔。
それから、なぜか…オルフェ王子。
私は唇を噛んで黙り込んだ。
ネイカは燃えるような目で睨んでいる。
私は熱く込み上げてくるものを喉に流すと声を絞った。
「私はね、理解者である母さんがいればそれで幸せだった」
「…」
「でもね…もういないの」
「え…」
ネイカの瞳が僅かに揺らいだ。
「去年、亡くなったから」
「…」
私は顔を上げたが、その拍子に我慢していた涙が一筋だけ流れ落ちた。
「ネイカには、まだいるじゃない」
「…」
「身を呈してあんたを守ろうとしてくれる人が」
ネイカは無意識に振り返った。
そこには心底心配そうにネイカを伺っている姉がいる。
私はネイカを離すとふいと背を向けて出口へと歩いた。
扉をいくつも開き、ただただ前に歩き続ける。
今足を止めたら何だか恥も外聞もなく大声をあげて泣いてしまいそうだった。
最後に神殿の門をくぐり外に出たが、そこで後ろから腕を掴まれた。
「待て!!どこへ行く!?」
追いついてきたのはファッセだった。
私はファッセを振り払い、また前に進んだ。
「逃げる気か!?イザベラ姫!!」
「…じ、は?」
「なに…?」
「オルフェ王…子は?」
「オルフェ様?」
「どこ?…に、い…ふぅ…、う…」
「イザベラ姫…」
「う…うぅ…うぇ…。ふぇぇ…」
私は何かの糸がぶつりと切れたようにその場にへたり込んで泣いた。
悲しいのか何なのかは分からない。
ただ激情に晒された心が剥き出しのまま涙を落としている。
ファッセはしばらく狼狽えながらあれこれ言っていたが、結局は片膝をついたままそばについていた。




