消えたミリ
外で泣いていれば人目にもつくわけで。
私は神殿の人たちに連れられて再び建物の中へ入った。
通されたのはベッドとテーブルしかない狭い部屋だったが、それは逆に私の心を落ち着けた。
何時間かぼんやりと転がっていると、盛大にお腹が音を立てた。
「…お腹すいた」
食欲はわかないんだけどな。
泣き腫らした目で寝返りを打つとノックの音が聞こえた。
「イザベラ姫。入るぞ」
「…」
ファッセがお盆を片手に部屋に入ってきた。
カタカタと音を立ててテーブルにスープ皿を置く。
「オルフェ様が神殿に到着されるそうだ」
私はその名にぴくりと反応した。
すぐに来るって言ってた割には遅かったな…。
まぁ仕方ないか。
ファッセはわざとそっけなく言った。
「先に言っておくが、お前を今オルフェ様に会わせるつもりはない」
「…」
「イザベラ姫は魔払いの疲れにより休んでいることにする。オルフェ様はすぐに宮殿に戻らねばならないだろうからな。お前がどんなに会いたいと思おうが…」
「別にいい」
ファッセは手を止めた。
私は力なく投げやりな言葉を落とした。
「それで、いいよ」
「…」
ファッセにくるりと背を向けて丸くなる。
さっきはどうかしてたんだ。
前も王子の前で泣いたから、だから呼んだだけ。
もう落ち着いたし、逆にこんな状態で会いたくない。
すぐに出て行くと思ったが、ファッセは丸椅子を引き寄せると私のベッドの隣にどさりと腰掛けた。
「イザベラ姫」
「…」
「黒魔女なのは、生まれ落ちた時からなのか」
…。
もうしばらくそっとしておくとかいう優しさはないのかね。
しかも常にど直球に聞いてくるな。
ファッセは何やら真剣に考えながら口を開いた。
「お前の国の者たちはそれを承知でオルフェ様に側室として差し出したのか?」
これはまた微妙な質問を。
答えるに答えられずにいると、ファッセは声を潜めた。
「はっきり言ってこれは大問題だ。もし仮にオルフェ様がお前が黒魔女だと分かっていながら受け入れたのだとしたら、それは不当に力を得たと言っても過言ではない」
なんか、そういうの前にも王宮で聞いたな。
今否定してもじゃあどういうことだと言われれば答えようがないし、しかもこの流れでいつものように詳しいことは王子に聞けと言えば、やましいことがあるように聞こえる。
何か言わなければと内心焦っていると、扉が控えめにノックされた。
「イザベラ様、失礼します」
入って来たのは頭からすっぽりローブを被った女の人だった。
「お体はどうですか?動けますか?」
私はその人の顔を見てあっと声を出した。
「貴方は白聖女…じゃなくてネイカのお姉さん!!」
「はい。ピアと申します」
ピアは切羽詰まった顔で私とファッセを順に見た。
「イザベラ様が動けそうでしたら今すぐここを出てください」
「え…」
「時間がありません。迎えがくれば貴方たちは神殿から出られなります」
私とファッセは思わず顔を見合わせた。
「それはさっきの魔払いに関係あるのか」
ファッセが問うとピアは硬い顔で頷いた。
「イザベラ様たちが魔払いの儀を目撃したことが上にばれました。何とか誤魔化そうとしたのですが、儀式の部屋から飛び出したお二人を何人にも目撃されてしまっていて…」
また私のせいか。
なんでこうなるの。
ピアは私に自分と同じ地味なローブを渡した。
「行きましょう。今上層部で貴方がたの処分が話し合われています。それが終わり次第迎えが来るはずです」
私は体を起こしベッドから立ち上がろうとしたが、途端に目眩にやられ危うくふらついた。
「イザベラ様…」
「だ、だい、じょうぶ」
「魔払いの後は普通の人なら一週間は横になり癒し続けなければ歩けもしないのですが…」
「さっきも歩けたので、が、がんばります」
動けないとか泣き言も言ってられなさそうだしな。
私はローブをピアと同じように頭からすっぽりとかぶった。
そのままふらふらと二、三歩歩くと急に体がふわりと浮いた。
「うはっ、わわっ!!」
「静かにしろ」
ファッセは私を軽々と横抱きにするとピアに急ぐように促した。
私は意外すぎて目をぱちくりさせていた。
だってさっきまでは溺れそうになっても手すら貸してくれなかったのに…。
ファッセは疑惑だらけの私と目が合うと顔をしかめた。
「文句あるか」
「え…いえ」
「ちゃんと掴まってろ」
素っ気なく言うとピアに続いて走り出す。
神殿を熟知しているピアは出来るだけ人目のつかない通路を選んで進んだ。
途中隠し扉みたいな物も何回か通り、私にはもうどこをどう行っているのかさえ分からなくなった。
ピアの顔は酷く張り詰めている。
きっと見つかれば彼女自身も何らかの処罰を食らうのだろう。
私は誰もいない細い通路に入ると率直に疑問を口にした。
「あの、ピアさん」
「はい」
「どうして私達のために?」
ピアは隠し通路の鍵を閉めると私を見つめた。
こんな時だが、やっぱりとても綺麗な人だな。
ピアは儚げに微笑み横抱きにされたままの私の手を取った。
「イザベラ様。どうかネイカを許してあげてください」
「へ?」
「あの子は、ご覧になった通り生まれた時からエアラに取り憑かれております」
ファッセがぴくりと反応したがピアはそのまま続けた。
「これは大昔よりユングライテッド家の血を引く女が負わされる宿命です。なんでもそういう契約をエアラと交わしたのだとか…」
魔物との契約。
人ごとじゃない響きだ。
「魔と契約した一族は未来永劫栄えると言われています。ユングライテッド一族は人々を魔から救う白聖女という存在を作り上げ、神殿を隠れ蓑に長年栄え続けてきました」
ファッセはピアを冷たく睨むと手厳しく言った。
「お前らは都合よく魔払いという名をつけたが、結局は自らの繁栄に目が眩み魔物に魂を売っただけの自分勝手な一族だ」
「ちょっと…!」
私はすぐにファッセに抗議した。
「それでもピアたちに救われてきた人は沢山いるんだからそんな言い方はないんじゃない!?」
「魔物がそうやって人間と取引するのは自分が永遠に生き永らえるためだ」
「別に表立って悪さをするわけでもないなら生きててもいいじゃないですか!!」
ファッセは物騒な笑みを浮かべた。
「…その発想は黒魔女であるお前だから出るものだ。魔物というのは存在するだけで世の中に闇を落とし、混乱を招く。人にとって忌まわしき巨大な敵以外の何物でもない」
ぐ…。
でた、ファッセの悪カテゴライズ。
言い返したかったが今はファッセと長々と喧嘩をしている場合ではない。
ピアは急ぎ足で私たちを案内しながら話を続けた。
「騎士様の言うことは…恐らく間違いではありません。正直に申しますと私も似たような意見です」
「ピア…」
「でも」
ピアは辿り着いた扉を開くと振り返りながら微笑んだ。
「私たちは長年魔払いに携わってきた一族です。エアラに頼らずとも魔払いが出来る方法も絶えず研究してまいりました。時間はかかりますが、今確かにその成果がでております」
扉の先は、眩しいほどの夕日が見えた。
外に出ると小さなバルコニーになっており、逆光で見えにくいがそこに何かがいる。
ピアは微笑んだまま言った。
「ですから、イザベラ様。どうかあの子をよろしくお願いします」
「へ?」
何のことだか聞こうとしたが、バルコニーにうごめいていた何かはあっという間に私とファッセに迫るとばくりと頭から飲み込んだ。
そのままバルコニーを乗り越え、二階から滑り落ちる。
時間にして数秒。
何が起こったのかなんて全く分からなかった。
ピアは滲んだ涙を指で拭うと私たちが落ちていった手すりに手をかけた。
「…元気で」
小さく呟きしばらく祈りを捧げた後、ピアは元来た扉へと戻って行った。
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オルフェ王子がミリを迎えに来た時には、神殿内は全体的にどこか落ち着かない様子だった。
貴族騎士ソランとロレンツォは何度も見かける足早な信者に露骨に顔をしかめた。
「噂の大神殿の割には慌ただしいな」
「建物は見事だが人々に荘厳さが足りんな」
「大体他国とはいえ王子が足を運んだと言うのにもてなし具合がなってないぞ」
「異例の地位があれど所詮庶民となれば教養と品性に欠けるのは仕方がないのでは?」
口ではベルモンティアを批難しているが、これは軽んじられた王子に対しての皮肉でもある。
わざわざ聞こえる位置で言ったのだが、当の王子は素知らぬ顔をしたまま何の反応も返してこなかった。
ソランにはそれが不満で仕方がなかった。
堂々たる王族のくせに、この王子には気骨というものがまるでない。
大体第三王子といえば世間の噂は良きにも悪きにも定まらず、王宮の外にばかり出ているので実態がつかめていない。
今回側付きで護衛を任命された時はこの王子を知る良い機会だと思ったのに、今のところ何の収穫もない。
何とも無駄な旅に付き合わされたものだと内心ため息をついていると、散々待たされた客間に神殿の者がやっと現れた。
「お待たせいたしました。少し火急の用が入りまして、落ち着かずに申し訳ございません」
オルフェ王子は特に不快な顔にもならなかった。
「別に構わない。こちらこそ無理を押して姫を頼んだのだ」
「その、イザベラ姫さまなのですが…」
「魔払いは済んだのか」
「は、はい。それは滞りなく済んでおります。ですが、あの…」
神殿の者は青い顔で震えている。
王子はすぐに何かを察した。
「何か問題でもあるのか」
「いえ!!あの、魔払いの後は精神が酷く傷つきますので、しばしの休息が絶対必要となるのです。ですから、しばらくの間は面会謝絶とさせて頂きまして…」
「面会謝絶?」
「はい!!ですので、今日のところは一度お引き取りくださいますよう…」
しどろもどろ話す信者にいきり立ったのはロレンツォだ。
「何という無礼な。それならば何故前以て伝えておかない?オルフェ様に無駄足を運ばせることになったではないか!!」
「も、申し訳ございません!!」
オルフェ王子は注意深く神殿の者を見ながら聞いた。
「姫を一目見ることくらいは出来るのでは?別に眠っていても構わない」
「いえ、いいえ!!今はデリケートな時ですので…どうか、どうか今日のところはお引き取りください」
「…」
ソランとロレンツォは王子がどう強く出るのかと待っていたが、やはりここでもその期待は裏切られた。
オルフェ王子は一つ頷くと笑みを浮かべて言った。
「それならば仕方がない。ただ、確かに無駄足にはしたくないからな。一通り神殿を見せてもらうくらいはいいだろう?」
「はい。ただし表面だけになりますがよろしいでしょうか」
「構わん」
「それでは案内を呼びましょう」
信者は安堵の表情を浮かべながら部屋を出て行った。
部屋に三人だけになると、ソランは我慢できずに王子に噛みついた。
「オルフェ様!!何故神殿の者に従う必要があるのですか!!貴方も王族なのでしたらもっと強気で交渉の場に立って頂きたい!!」
王子は腕を組むと静かに言った。
「では聞くが、ここでわざわざ波風を立てるメリットは?」
「め、メリット…!?」
「今のところ無償で世話になっているのはこちら側だ。身分があれど病気になれば医者に従うだろう?それと同じだ」
「しかし!!」
ソランは心底納得いかずに声を上げたが、王子と目が合うと思わず息を飲んだ。
王子は別に凄んだり睨みをきかせているわけではない。
それなのに至極冷静な鋭い瞳は底の見えぬ思慮深さを覗かせていた。
「ソラン」
「…はい」
「神殿の様子がおかしいことは間違いない。それにお前が言う通り急に面会謝絶と言い出したこともな」
その声はどこか冷たい。
王子は淡々と指示を出した。
「俺が時間を稼いでいる間にセスハ騎士団の末端にいるレイという少年を呼び寄せろ。目印はドラゴンだ。それからロレンツォ、神殿を見回るふりをして常に周りの会話を拾え。核心らしき話が聞こえれば案内役から離れても構わない」
二人は顔を見合わせた。
王子がこんな風に指示を出してくるのは初めてだ。
オルフェ王子はふと目元を緩めるといつもの顔に戻った。
「二人が不本意ながら俺の護衛についていることは充分承知だ。俺に勝手なことをさせないお目付役なのもな。ある程度は好きにしていてくれて構わんが、今は不測の事態の連続だ。ここは大人しく従ってもらうぞ」
王子はそれだけ言うと椅子に腰掛け目を閉じた。
物腰は柔らかく、命令も頭ごなしの威圧的なものではない。
だがソランもロレンツォも貴族でありながら騎士団に身を置く者だ。
今の王子が見せた顔に警戒するものを感じていた。




