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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
魔払い
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ベルモンティアへ

行列が全て無事関所を通過し終えると、私たちは姫たちより一足先にベルモンティアへ向かうこととなった。


何せいつ私が魔物に取り憑かれるのか分かったものじゃない。

王子は周りに有無を言わせない速度でテキパキと指示を出した。


「後方の指揮はカウレイとリヤ・カリドに任せる。セスハ騎士団長と共に姫たちを頼む。

取り憑かれた男は一緒に連れて行く。護衛はソラン、ロレンツォ、ファッセの三人で充分だ」


王子はその後も滞りなく細かく指示している。

私は王子が一体いつそんなことを考えているのかと思いながら隣でそれをただ聞いていた。

既に内容に頭がついけずにぼんやりしていると急に乗っていた馬が動いた。


「うはっ。お、王子急に動かさないで」

「しっかり掴まってろ」

「もう出発??」

「ここからは速度を上げるぞ」

「えっ…」


一瞬ひやりとしたが、ここは町中。

速度を上げるとはいえ流れる景色が後ろに飛ぶほどではない。

王子は騒がない私にすぐに気付いた。


「随分馬にも慣れたのだな」

「…そうですね」

「レイに乗り方でも教わったのか」

「えぇ、まぁ…」


練習云々より、慣れたのは鬼速度で何時間も乗せられたせいな気がするが。


「ミリ、町の様子を見る余裕はあるか」

「え?」


私は言われるがままに町を見回した。

ベルモンティアの一つ手前の国、スコットマッシュは通過するだけにしては勿体無いくらい見所のある国だ。

賑やかな商店には見たこともない品物が並んでいるし、一見しただけでは何の店なのか分からない怪しげなのもある。

魔除けの専門店なんて初めて見たな。

私がきょろきょろとしていると王子が町を眺めながら言った。


「このスコットマッシュは密集する国々のヘソだ。この国自体も周辺国を拒否せず受け入れながら育っているからな。この国ひとつで十二の文化が入り混じっている」

「じ、十二…。よくそれで成り立ちますね。生活があちこちでちぐはぐになりそうな気もしますけど」

「そこはこの国に住む者も心得ている。多種多様の人種が日々行き交うのだからな。適度な距離で相手の文化を常に尊重しながら付き合うのがここのマナーだ」

「へぇ…」


髪の色も服も肌も話す言葉も違う、色々な人が町を行き来している。

以前見た国境沿いのアンデルの町を更に色濃くした感じだ。


「あぁ、黒魔術の専門店なんかもある…。ちょっと覗いてみたいかも」

「こんな場合でなければゆっくり見せてやりたいところだが」

「分かってますって。そんなわがまま言うはずないじゃないですか」


今は一刻も早くベルモンティアに行かないと。

ちょっぴり名残惜しそうに通り過ぎる店を見る私に、王子が小さく笑みを浮かべた。


「またいつか連れて来てやろう。スコットマッシュは何かと欲しい物が揃うからな。たまに足を伸ばす時がある」

「こんな所までですか!?」

「寄り道せずに馬を走らせればそこまで日数はかからない」

「うっ、馬…。遠慮します」


大体私はあと数ヶ月したら王子から解放してもらうんだから。

つれない態度をとったせいか、王子は私を支える手に力を込めて引き寄せた。


「な、なんですかっ」

「相変わらず口説きがいがないな、ミリ」

「あのですねぇ、いい加減この馬鹿らしい遊びもやめましょうよ」

「やめる?」

「大体恋愛ゲームなんて元々無駄、無益、無価値、無意味、無意義なんですよっ」

「よく咄嗟にそれだけ並べ立てられたな」


王子は本気で感心して言ったようだが、こちとら何だか馬鹿にされた気分だ。


「とにかく、変に甘言吐いてないで素でいてくださいよ、素で」

「…。それは、自分自身を取り繕うなということか?」


私は微妙なニュアンスの違いに一瞬首をかしげた。

…でもまぁ、似たような意味か。


「そうですね。どちらかというと気を抜いている王子の方が私は…。えーと、安心、そう安心します」

「安心?」

「はい。だって明らかに鋭い爪を持っているのにそれを笑顔で隠されながらおだてられるのってやっぱり恐いじゃないですか」

「…」


王子は驚きに目を見張ったが、町を見ていた私は全く気付かなかった。


「だから、これからは変に褒めたり絡んでくるのは…」


やめてくれと言おうとしたそばから王子は私の頭に頬を寄せた。

それがまるで愛おしむような仕草に感じたので私は真っ赤になって怒った。


「オルフェ王子!!人の話聞いてます!?」

「…聞いてる」

「じゃあ何やってるんですか!!」


ぷりぷり言うと王子は笑いながら私のこめかみにキスをした。


「怒るな」

「怒りますよ!!」

「まだまだ元気そうだな」

「元気ですよ!!って、…え?」


王子は手綱を引くとまた少し速度を上げた。


「魔物の傷など、さっさと治しに行くぞ」

「うわ、は。揺れる…!」


町を一つ出ると遠目に山岳地帯が広がっているのが見える。

ベルモンティアはあの向こうだ。


王子と私を先頭に、貴族騎士の三人と荷馬車一台は最速でスコットマッシュを横断した。

緩やかに見えていた山岳地帯は、近付けば近付くほど傾斜がきつくなった。

ここまで走ってくれた馬に休憩もなくこれを登らせるのは無理だということで、私たちはベルモンティアの関所で馬を乗り換えることになった。


「…げ、限界なのは、馬だけじゃないんですけど…?」


私はひーひー言いながら柱につかまっていた。

横乗りでとばされる方が跨っているよりかなり辛い。

なんかもう、気持ち悪くて吐きそう。

最悪の粗相だけはしないように堪えていると、後ろから嘆かわしい声が聞こえた。


「何という体たらく。無様に柱にしがみつくなどとても一国の姫とは思えませんね」


私は口元を押さえながら目だけでそっちを見た。

このキザたらしいロン毛は…確かロレンツォだったな。

その隣には漏れなくソランがいる。

私は嫌な顔を隠しもせずに背を向けた。

別に何て思われても痛くも痒くもないもんね。

無視を決め込んでいるとオルフェ王子と三人目の貴族騎士が戻って来た。


「オルフェ様、ですから、関所の手続きなど私がしますから…!!」

「何度も言うが俺は自分のことは自分の目で判断して自分の手でしたい主義だ。お前も少し休んでいろ、ファッセ」

「王子を差し置いて私が休めるものですか!!」


ファッセと呼ばれたのは貴族騎士の中でも一番地味な装いの青年だ。

歳は私より少し上に見えるから多分二十歳前後だろう。

顔立ちも地味な方だが、短い髪の色はこうして見ると王子とよく似た茶金だ。

そういえばファッセは私にあまり絡んで来なかったから初めて声を聞いた気がするな。

王子は私の隣に戻ると顔を覗き込んだ。


「具合はどうだ」

「まだ、動けません…」

「そこの椅子で休め」

「いえ、ここでいいです」


言えないけどお尻と背中も痛いんだって。

この後また馬に乗るとか考えるだけで涙出そう。

柱にすがったまま山を見上げていたが、その時近くに停めてあった荷馬車からけたたましい叫び声が響いた。


「な、なんだ!?」

「魔物か!?」


驚いたのはベルモンティアの役人たちだ。

私はもう完全に人とは言えない声に背中が寒くなった。


「王子…。あの人は本当に助かるんですか?」


王子は難しい顔をした。


「分からん」

「分からんって、だって白聖女に会えば助かるって…」

「その白聖女自体が謎に包まれているからな」

「謎??」

「ベルモンティアは見ての通り山岳国だ。わざわざこの山を越えた先に寄る旅人は少ない。故にベルモンティアの情報はあまり流れてこない」


なるほど。

まぁ隣にスコットマッシュという寄りやすい国もあることだしな。


「ベルモンティアはエアラという暁の女神を信仰している独自国家でもある。

白聖女はエアラの癒しの恩恵を受け魔物に取り憑かれた人間を元に戻せると広く知れ渡っているが、その方法は固く隠され一向に知られていない」

「知られていない…?」


私は何だか不安になってきた。


「大国スアリザ様の王族権力とやらを振りかざして強制的に調べたりはしなかったんですか?」


思わずいつもの調子で言ったが、それを聞いたファッセが険しい顔で前に出た。


「貴様、王族を侮辱する気か。オルフェ様の御側室とは言え今の無礼さは目に余るぞ」

「えっ」


そんなに無礼なことした?

目を丸くしていると王子が笑いながら間に入った。


「ファッセ、構うな」

「しかし…」

「俺がいいと言っている」


ファッセは不満げに引き下がったがまだ怖い顔で私を見ている。

ソランとロレンツォも口は挟まないがファッセと同じような目をしていた。


いや、その目は私だけでなく王子にも向けられている。

これは…この人たちは王子に好意的ではないということだろうか?

王子も貴族騎士には近付くなとか言ってたしな。

当の王子は少しも気にすることなく話を戻した。


「とにかく、魔払いをできるのは今のところ白聖女だけだからな。下手に圧力をかけてベルモンティアにそっぽを向かれては困るだろう?」

「…なるほど。それでベルモンティアは白聖女のことを出来るだけ秘密にしているのですね?」

「その通りだ」

「白聖女はベルモンティアでは王族より地位がありそうですねぇ」


何気なく言ったが、黙っていたファッセが苦々しく息を吐いた。


「ふざけた話だが、その通りだ。神と対等なのは王族のみ。それを特異な力があると言うだけで王より権力を握るなど…」


神と対等なのは王族のみ…?

今さらっとおこがましい事言ったよな。

人間とお空の神さまが対等なわけないだろ。

私は思わずブツブツ言うファッセを見たが、彼は真剣そのものだ。

ということは本気で言ってるのか。

いや、むしろこれが世間の感覚なのか?

でもそれってちょっと危険な刷り込みが入ってる気が…


「ミリ」

「うわ、は、はい!?」


考え込んでいると王子が関所の向こうを顎でしゃくった。


「迎えが来た」

「迎え?」


振り返ると山の向こうに豪華な馬車が二台見えた。

ベルモンティア側からこちらに配慮して手配してくれたようだ。


よかった。

馬車ならまだましだな。


「あれに皆で乗って白聖女の所へ行くのですか?」

「いや、一台は先に王宮へ行く。名のある王族のいる国に入る時は、俺は何よりも先に顔を出さなければいけないからな」

「え!?」

「すまない。今ミリから目を離したくはなかったが…これは俺の外せない義務だ」


そんな…知らない場所に一人で放り込まれるなんて。

王子は不安になった私の背中をぽんとたたいた。


「用が済めばすぐにそっちへ向かう。ミリは一刻も早く魔物の傷を何とかしてもらえ」

「…」

「お前にはファッセをつける。何かあれば頼るといい」


王子は横目でファッセを見ると私の耳元で言った。


「ファッセは王族崇拝主義の一人だがイザベラもれっきとした北国の姫だ。気に入らなくても無下には出来ぬはずだ」

「…信頼していいのですか?」


王子は私から離れるとわずかに頷いた。


「あいつらの中では一番マシだな」

「そんなぁ」


王子は笑いながら私の左手を取ると軽く力を入れて握った。


「すぐに行く。ミリは傷を清めることに専念しておけ」

「…はい」


とにかく今は呪いを解くことが最優先だ。

王子だってすぐに戻って来るって言ってるんだし。


私は自分に言い聞かせながら、冷たく見下ろしてくるファッセと魔物付きの人と同じ馬車に渋々乗った。

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