五人の貴族騎士
私は王子のそばにいることで自分のしたことがいかに周りを振り回したのかを知った。
「フレビナ国とシュイレン公国にも急いで人を送れ。それから周辺国にも予定が大幅に変更したことを出来るだけ急いで通達するんだ」
オルフェ王子は馬上から次々と指示を飛ばしては人を送り出していた。
考えてみればこんな行列が通るとなれば前以てその国々に予定を伝えているはずだ。
連絡が来た国はそれに合わせて色々と準備をしていたに違いない。
私はそれを全て滅茶苦茶にしたのだ。
「はぁ…。私ってほんと軽率…」
落ち込んでいると王子の周りを陣取っていた五人の騎士の中から一人がこっちへ馬を寄せてきた。
「これはこれはイザベラ姫様。傷の具合はいかがですかな」
私は馬上の人を見て引きつった。
こ、こいつは…
「まさかあの時食ってかかってきた下着姿も同然な女が姫だとは全く思いもせずに失礼しました。宣言通り進路を変えてくださるとは、感服いたしましたよ」
う…。
やっぱりあの時のソランだ。
たらたらと嫌味を述べるタイプだなこいつ。
私はつんと顔を背けたが、ソランは冷たく笑った。
「姫が魔物に憑かれましたら、この私が即座に斬り捨てて終わらせますのでご心配なく」
な、なんか腹立つな…。
背を向けて離れていくソランを見ていると、出発の合図があちこちで鳴り始めた。
「え、えと…。私はどうすれば…」
姫たちは自分の馬車に乗り込んでいるが私は一人突っ立ったまま。
こんなドレスで歩かされるのかと焦っていると黒馬に乗った王子がこっちへ来た。
「イザベラ姫、こっちだ」
「ま、まさか…」
前と全く同じように王子が私に手を差し出す。
…だから、馬には乗りたくないんだってばぁ。
でも早く乗らないと行列はすでに動き始めている。
私は恐る恐る王子の手を取った。
王子は私を横乗りで前に乗せると馬を緩やかに歩かせた。
「うぅ…。お手柔らかにねクイーンストロベリーちゃん。その節はお尻を木なんかで叩いてごめんね」
黒い毛並みをそっと撫でていると、王子が左手を私の体を支えるように置いた。
どくりと心臓が勝手に音を立てる。
…まずい。
何だか恥ずかしいぞこの相乗り。
前もこんな感じだったっけ…?
一人とくとく鳴る心臓を無視していると、王子が小さく笑った。
「少し体つきが変わったな、ミリ」
「え…」
「以前馬に乗った時はもっとへなへなした感じだったからな」
「へなへな…」
まぁ、確かに反論は出来ないけど。
「その…。旅が始まってから運動詰でしたから」
「そうか」
「日にも焼けましたし、よく食べるから体重だってきっと増えました」
ちょっぴり棘のある言い方になる。
これで姫らしくしろとか言われたら腹も立っただろうが、王子はなぜか楽しげに笑った。
「俺は健康的な方が好きだ。ことが落ち着いたらその違いをまたゆっくり見せてもらおう」
「はぁ。…へ?」
見せる??
…それってどういう意味??
きょとんと見上げると、王子はいたずらっぽく笑って私の頬にキスをした。
「お、王子!!こんな時に何考えてるんですか!!」
「ミリとのゲームのことを思い出したからな。これはその一環だ」
「わ、私に勝つために私を落とすってやつですね!?」
「そうだ」
た、タチ悪ぃなおい。
そんなこと言われたら必死で拒否し続ければならないじゃないか。
…。
…。
…ん?
私の頭は混乱し始めた。
ちょっと待て。
何か…何かおかしい。
だって私は自分勝手でマイペースで女たらしなオルフェ王子のことが嫌いで、拒否するのは当然で。
…。
それに王子は平気で私を利用してくるし、散々揺さぶってくるし…。
…。
頭を滑っていく言葉とは裏腹に、浮かぶのは柔らかい笑顔と優しい手。
泣きたくなるほど安心した温かいこの腕の中。
…何だ。
一体何が原因だ。
なんか勝手にいいイメージに変わってるぞ。
「ミリ」
「なに!!」
くわっと振り向いた私に王子は軽く目を見張った。
「…変な顔になっているぞ」
「それはおかしいですねぇ!!今日は眉毛も濃くないはずなんですがねぇ!!」
「眉…?」
「眉です!!」
作ったような険しい顔で王子に答えていると、貴族騎士の一人がこっちに馬を寄せてきた。
「お二人共。こんな時に緊張感がなさすぎです。王子、昨日までの毅然とした姿はどうされまさたか」
騎士のくせに長く伸ばした髪が風に揺れている。
小洒落た装いといい、なんだかキザったらしい感じだ。
オルフェ王子は苦笑した。
「そう突っかかるなよロレンツィオ。気に入りの姫が手元に戻ったのだ。少しくらい大目に見ろ」
「そのイザベラ姫にしても随分呑気なものですね。散々我々を掻き乱した魔物の傷に侵されているというのに…」
私はひと睨みされて小さくなった。
…ごもっともでございます。
王子は私を支える手に少しだけ力を込めた。
「そう姫を心配させるな。イザベラ姫は決して取り憑かれたりはしない」
「王子…」
私が見上げると王子は力強く頷いた。
「お前は何も心配するな。安心して身を委ねていろ」
うがっ。
きたっ。
王子節!!
揺れるな、揺れるなっ。
今こそ無心だ!!
忍々…忍々…忍々…
王子め…。
笑いを嚙み殺してんじゃないっ。
ロレンツィオは一人怪しげな動きをする黒姫に眉を寄せると離れて行った。
国境に入り、関所で手続きが終えるのを待つ間だけ私は馬から降ろされた。
同じく馬車から出てきた姫がちらほらと目につく。
姫たちは私に気付くと何やら固まりながらひそひそと話している。
いい気はしないが今回は自分で巻いた種だけに仕方がない。
「早く清めて欲しいなぁ…」
左手の包帯をさすっていると、空から聴き馴染んだピィーという鳴き声が聞こえた。
「あ…サクラ!!」
サクラは悠々と青空を飛んだかと思うと騎士団の最後列に降りて行った。
「よかった…。ちゃんとレイが見てくれているんだ」
ここからでは最後尾なんて殆ど見えない。
ついこの間まであそこにいたのかと思うと変な感じだ。
ぼんやりと自然の広がる景色を見ていると、横から声をかけられた。
「そなたが王宮で何かと噂の黒姫殿か。意外にもお美しい姫君ですな」
「え…」
振り向けば馬から降りた貴族騎士が揃って取り囲んでいた。
「うはっ、や、ヤドカリ…じゃなかったリヤ・カリド侯爵さま…」
「そのような黒いドレスを着込まなければ禍々しい噂などされずにいたものを」
「え…と、その、わたくし、純粋に黒いものが好きなものですから…」
「なぜ?」
なぜ、と言われてもなぁ。
好きに理由っているか?
「…黒は、美しいからです」
きっぱりと笑顔で言いきる。
うん、美人ならこれで通用するはずだ。
案の定ヤドカリはそれ以上突っ込んではこなかった。
だが今度はソランが一歩前に出た。
「それにしても勿体無いですな。黒いドレスではあの美しい体も引き立つところがないではないか。中々滑らかで良い肌でしたのに」
ちょっ…。
そんな意味深な言い方しないでくれるかね!?
ロレンツィオがすぐに眉を吊り上げて食いついてきた。
「…それはどういう意味ですかソラン殿。まさかイザベラ姫と…」
「ないない!!」
つい大声をあげてはっとする。
い、今は姫君姫君、姫姫姫姫…。
「わ、わたくしは今朝こちらに参ったばかりですので、おかしなことは一切ありません。ソラン様、誤解を招くような物言いはお慎みくださいませ」
目一杯しおらしく抗議したが、ソランは一瞬怪訝な顔をした後で素知らぬふりをした。
この男め…。
よく喋る三人の騎士とは別に、二人の騎士はずっと黙ったままこっちを静かに見ている。
冷静に観察されているようで、これはこれで何だか嫌な感じだ。
冷や汗をかきながら受け答えをしていると王子が戻ってきた。
「一人の姫君を五人の騎士で取り囲むとは穏やかな光景ではないな」
「王子…」
私はほっとして王子のそばに駆け寄った。
王子は手を伸ばすと私の肩に腕を回した。
「イザベラ姫はまだ私の側室の身だ。気軽に近付くことは許さん」
冷たく言うと王子は踵を返した。
「王子…」
「ミリ。あの五人には近付くな」
「だ、だってあっちから来るんだもん…」
「…」
王子は先にクイーンストロベリーに私を乗せるとその後ろにひらりと乗った。
「そうだな…一人にしてすまない。俺が手が離せない時は本来ならレイにお前のそばにいてもらうのが一番いいのだが…」
王子は少し黙ると声を落とした。
「ミリ。俺は…お前とレイ意外は誰一人として信用していない」
「え…」
「この旅は一度気を抜けばどんなことでも起こりうる。元々俺を気に入らない者なんて何人でもいるからな。いつ何を仕掛けられてもおかしくはない」
王子は関所を通過しながら厳しい顔を見せた。
「王宮内であれだけ警戒していてもシウレ姫は殺された。…この旅は俺をどうとでもする恰好のチャンスだからな。今は特に誰も信用するわけにはいかない」
「でも姫たちは…」
「姫君とて同じだ。元々は国との繋がりのために差し出された姫たちだ。俺は姫たちの前ではスアリザの内情を漏らすような話は一切したことはない」
「王子…」
私は何も言えずに黙り込んでしまった。
王子は…あの力強く華やかな笑顔の裏で一体どれほど神経を使って生きてきたのだろうか。
王子は暗い顔になった私を少し引き寄せた。
「すまない。脅かすつもりはなかったのだが。とにかくミリも周りには気をつけろと言いたかっただけだ」
「はい…」
新しい国に入っても、私はちっとも景色なんか目に入らなかった。
あの日王子が疲れきっていたのはきっと交渉や旅だけのせいじゃないんだ…。
でもどうして私のことは信じているんだろう。
私だってイザベラ姫の代わりに王子のそばに送り込まれた黒魔女じゃない?
それって充分怪しいと思うんだけど…。
あ、もしや信じてるとか本当は誰にでも適当に言ってるんじゃないの!?
で、実は誰一人信じていない。
これはありそうだ。
「…私は…王子を信じるもんか」
この人はきっと、こわいひとだ。
何だか分からないけど、今はそれだけは分かる。
私は身体中に感じる王子の熱を出来るだけ無視しながら見え始めた町を必要以上に見つめていた。
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プライベートが忙しくなってきましたので、毎日の更新を少し止めようと思います。
こちらの勝手ですみません。




