ミリの袋・袋・袋大作戦
オルフェ王子は五人の貴族騎士に阻まれ動けずにいた。
「そこを退け。これは取り扱いを間違えると大きな問題になりかねないぞ!」
「近付いてはなりません王子。じきに魔物に取り憑かれた男は始末されるはずです。ここは団長に任せましょう」
王子は鋭利に目を光らせると剣を抜いた。
「退け。お前らが誰の言いつけで俺の護衛について来たのかは知らんが、邪魔立てするのなら斬り捨てる」
五人のうちの一人、リヤ・カリドは前に出ると王子を冷たく見据えた。
「ふんっ。普段は無害を装ってらっしゃるが本性はやはりそちらか」
「今はそんなことなどどうでもいい。ここは他国だ。たとえその男が魔物に取り憑かれていようとも、町の人々の目の前で殺させるわけにはいかない」
「仕方がありません。それに助けを求めたのはあちら側です」
王子がリヤ・カリドと睨み合っていると、その間に一頭の馬が割って入った。
「オルフェ様!!」
「レオナルド…!!」
どこから馬を奪って来たのか、レイは器用に方向を変えるとオルフェ王子の前に出た。
明らかに王子を阻む五人の騎士を睨み据えると鋭く叫んだ。
「このような時に、これは何事か!!」
騎士たちはこの無礼な従者に顔を怒気に染めた。
「貴様、誰に物申しておる!!」
「たかだか従者の分際でこの我らに意見するか!!」
レイは冷たく笑うとペンダントを取り出した。
「私はケイド・フラット一族の者だ!!王家と表裏一体のこの血筋に何か物申すことはあるか!!」
「ケイド・フラット!?」
「あ、あの実態不明のケイド・フラット一族か!?ほ、本物なのか…」
騎士達は疑り深い眼差しだったが、レイのペンダントが本物だと悟ると皆蒼白な顔で押し黙った。
レイはペンダントを仕舞うと王子に向き直った。
「オルフェ様。結界師を一人お借りしたい。今暴れている男の伴侶も魔物の傷を負っている可能性があります。教会が使えない以上今は結界師にその女を任せる他ないかと」
「分かった。連れて行け」
「はっ。それから…」
レイは声をひそめると五人から少し距離を取り、王子だけに聞こえるように言った。
「これはただの余談ですが、あのバ…ミリが、騒ぎの中心に突撃しました」
「どういうことだ?」
レイは僅かに顔色の変わった王子に気付かないふりをして続けた。
「おそらくですが、魔物に憑かれた男を殺すのではなく生け捕りにする為の説得をしに走ったのだと思われます」
「馬鹿なことを…ではなぜお前がここにいる!?すぐに連れもどせ!!」
「心配せずともあの非力は団長に摘み出されて終わりでしょう」
「だがもしものことがあれば…」
「王子」
レイは冷静に王子を見つめた。
「貴方らしくもありません。あんな小娘一人に何を動揺されているのです」
「…」
「あれに何かあっても王子に特に損害はありません」
王子ははっきりと顔をしかめた。
「俺はお前にミリを頼むと言ったはずだ」
「オルフェ様」
レイは王子を見つめる目元を細めた。
いつもは従順な従者の顔が別のものになる。
「あなたの立場がこれ以上悪くなる事態になるのなら、俺はミリを殺します」
「…」
「俺の務めはあなたの本当の願いを叶える事のみ。それをお忘れなきように」
王子は僅かな沈黙の後にため息をこぼした。
「…分かっている」
「…」
レイは手綱を引くと馬の向きを変えた。
「では、戻ります」
「…あぁ」
レイは馬上からでも優雅にひとつ礼をした。
王子は結界師を乗せて走り去るレイの背中を遠い目で見送った。
ーーーーーーーーー
私は流れる汗を拭いながら騎士団の中を走り抜け、ビオルダさんの元に戻った。
「ビオルダさん!!」
「フィズ!!お前まだいたのか!!」
「ビオルダさん、手伝ってください!!今からあの男の人を捕獲します!!」
「捕獲ぅ!?」
「はい!!団長の許可は得てます!!」
嘘だけど!!
私は後ろを振り返るとユセに合図を送った。
「ユセー!!」
叫ぶとユセと九人の若い騎士団の青年が前に出た。
その手には剣ではなく、適当にかき集めた大量の荷物袋を持っている。
「な、何じゃそら!?何考えてるんだフィズ!?」
私はビオルダさんに手にしていた物を渡した。
「私とサクラが囮になります!!ビオルダさんは、ユセたちがあの人を取り押さえたらこれで最後に仕上げてくださいね!!」
「仕上げてって…」
「サクラいくよ!!」
私はビオルダさんより前に出ると、取り憑かれた男に大きく手を振った。
「こっちこっち!!こっちに来なさい!!」
私の隣でサクラも挑発的にくるくると飛び回る。
男はまんまとこっちに標的を変えた。
「うひゃっ!!く、来る来るぅ!!サクラ逃げるよ!!」
私は騎士団の方に走ると人の中に突っ込む手前で急ブレーキをかけた。
それから方向を変えて走りだす。
男は私の誘いのままその後を追いかけて来た。
ユセは男が私を追い、騎士団に背を向けたタイミングで声を上げた。
「あの男の背後を狙え!!」
「おぉ!!」
九人の若者が両手に大きな荷物袋を持ったまま走り出す。
「な、なに…!?」
団長はあまりに予想外な私たちの動きに目を剥いた。
周りの者もただ呆気にとられて見ているだけだ。
私は教会の方にせっせと走った。
だが思ったほど距離がなく、すぐに立ち往生する羽目になった。
「ゆ、ユセは!?」
振り返ると魔物男はもうすぐそこまで迫って来ているのに、ユセたちはまだ追いつききっていない。
「ま、まずいよサクラ!!どっちに行こう!?」
サクラは迷わずすいと空に昇った。
「あぁ!?裏切るのサクちゃん!?ひどい!!」
叫んでいる間も男はもう目の前だ。
ちょっ!!
待て待て待てぇい!!
これはやばしやばし!!
青くなっていると、急降下してきたサクラが男のわき腹に思い切り突っ込んだ。
男は横からの急な攻撃にバランスを崩し転がった。
「おっ、おぉ!!サクちゃん!!」
裏切ったんじゃなかったのか!!
さすが私のドラゴンちゃん!!
私は今のうちに男のそばをすり抜けるとすぐにまた走って逃げた。
男は衝撃やまぬままふらふらとその後を追いかけようとしたが、ここに袋部隊が辿り着いた。
「正面に回るな!!皆後ろからかかれ!!」
ユセの掛け声で青年たちは一斉に魔物男の背中に飛びかかった。
直接男に触れないように両手に持った荷物袋で突進する。
計十八の大袋にのしかかられた男は堪えきれずに地面に押し付けられた。
私はそれを見るとビオルダさんを振り返った。
「ビオルダさん!!お願いします!!」
呆気にとられていたビオルダさんははっと我に返った。
「あ、お、おう!!」
ビオルダさんは慌ててさっき私から受け取った物を開いた。
それは有名なお菓子ブランドのロゴが入った大袋だ。
私は押さえ付けられた男を指差して叫んだ。
「早く!!この人今のうちに縛り上げてその中に入れちゃってください!!」
「こ、この中にか!?」
「はい!!一番大きいのもらって来たんで、入ると思います!!」
教会の目の前にはこの辺りで一番大きな菓子店があった。
さっきひとっ走りした私はこの捕獲用の袋をもらいに行ったのだ。
運搬用の袋なら大きくて丈夫なのがあると思ったんだよね!!
ビオルダさんは何とも言えない顔で大袋と一緒に手渡されていたリボンを伸ばした。
「な、なんつーけったいな…」
「いいから早く早く!!」
「お、おうよ…」
ユセたちと協力してまずは足から順番に男を縛り上げる。
芋虫みたいに全身ぐるぐる巻きにすると、仕上げは菓子袋に放り込むだけだ。
「袋の口も、こうしてリボンで縛ってっと。よし!!捕獲完了じゃないの!!見たか!!」
よしゃー!!
やれば出来るのよやれば!!
汗を拭ってどや顔で振り返ったが、周りはまだ信じられないといった顔でぽかんとしているだけだ。
…。
…あれ?
だめだった??
「えと、あの…」
急にしおしおとなり小さくなっていると、後ろから豪快な笑い声が響いた。
「ふっ…、ぶははは。はははははは!!何だよお前は!!何なんだこの捕獲作戦は!!こんな間抜けな作戦、見たことがないぞ!!はははははは!!」
「び、ビオルダさん…」
ユセと九人の青年もつられたように笑い出した。
団長は呆れ返り、騎士団の者もやっと緊張が解け笑顔を見せた。
ほっ…。
よかった。
胸をなでおろしていると、周りからわっと歓声が上がった。
それは遠巻きに見ていた町の人たちだった。
皆男が殺されることをやむなしとしていたが、私たちが望みを捨てずに捕獲という形をとったことに拍手を送っていた。
「ありがとう!!ありがとうスアリザ王国の騎士様!!」
「貴方がたはこのルーナ国の真の友だ!!」
「スアリザ王国、万歳!!」
「オルフェ王子!!俺たちは貴方の名を忘れはしません!!」
うわっ。
な、なんかすごいな…。
そっか。
異国では私たちの振る舞いもそのまま王子やスアリザ王国の評価になるんだ。
私は歓声の中、自分のしてきたことを今更ながら冷や汗と共に思い返していた。
「フィズ」
ビオルダさんに呼ばれて私は顔を上げた。
「あ、あれは…」
沸き立つ町民の前に、団長と並んで進み出てきたのはヤドカリだった。
ヤドカリは馬上ですっと背を伸ばすと声を張り上げて高らかに言った。
「ルーナ国の民よ。安心なされよ!!この男は我々が責任を持って預ろう。この国は我が友だ!!我々は民一人の命さえ重んじ、決して見捨てはしないことをここに約束しよう!!」
町民たちは再び歓声をあげると諸手を挙げて喜びを表した。
さっきまで他国の行列を奇異な目で見ていたのが嘘のように、一気に歓迎ムードに早変わりした。
私がぽかんとそれを見ていると、ヤドカリはこっちに馬を進めてきた。
目の前まで来ると馬上から嘲るように口角をつりあげる。
「ご苦労だったな、アルゼラの。その男は我が騎士団が預かろう」
それだけを言い捨てるとヤドカリは踵を返して先頭に戻って行った。
な、何こいつ!?
ちゃっかり良いとこだけ持っていっといてこの態度!?
っくわあぁあ、腹立つぅ!!
私は怒り任せに石でも投げてやろうかと拳を振り上げたが、反対の腕を後ろから引かれた。
「やめておけ」
「あ、れ、レイ!!」
私を掴んでいたのはレイだった。
「今までどこに居たの!?」
レイはそれはそれは可愛い笑顔でにっこり笑った。
「そこでお前を見てた」
「そうなの!?ねぇ、頑張ったでしょ!?私の捕獲作せ…」
レイは笑った顔のまま私の頭を右手でがしりと掴んだ。
「あぁ、そうだな」
「え?あ、痛たたたた!!痛いよレイ!!」
「この頭の中に入っている足りない脳みそもついでに見せてもらおうか」
「いったーい!!」
私はぎしぎしいう頭を懸命にレイから取り戻した。
「何すんのよ!!」
「この世間知らずの無鉄砲が!!今回はたまたま上手くいったから良かったものの、下手をすればユセ様まで巻き込んで大変なことになっていたんだぞ!?」
「へ…?」
レイは今度は私のほっぺを思い切りつねりながら言った。
「いいか!?魔物の傷ってのは相当厄介なんだ。そこから寄生する魔の種類は我々では識別すらできない」
「い、いひゃい…!!…しゅるひ??」
「中には寄生した人間を自爆させて肉片や血を飛び散らせたという報告もある。そうなれば血肉を浴びた周りにいる人間は全て…下手をすれば一瞬で即死だっ」
へ…?
何それ。
そんな話知りゃせんが…?
私は今更ながらに団長やビオルダさんがなぜああも慎重に動いていたのかをやっと理解した。
事態を悟ると段々蒼白になってくる。
もしかして私、かなり無謀なことしちゃって、たの、かな??
「れ、レイぃ…」
「今更震えても仕方がないだろ」
「だって知らなかったんだもん…」
「知らなかったで済むかっ。この大馬鹿者」
「だってぇ…」
レイはメソメソ言う私をもう一度どつき直すと、襟首を掴み引きずりながら後列に並びに行った。
…鬼。




