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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
旅へ
51/277

大晩餐会の後

その日の夜、ルーナ国王は王宮に騎士団の者まで全て招待してくれた。

盛大な晩餐会が開かれ、湯殿を解放し、一人一人寝床まで整えられている。


「…これは、最大級のおもてなしだな」


ビオルダさんは大量の肉や魚を乗せた皿を持ちながらやや居心地悪そうに身じろぎした。

伯爵のくせになんて王宮の似合わない人なんだ。

逆にベッツィはうきうきとご馳走を頬張りながら堂々ときょろきょろしている。


「ほら、あれだろ。リヤ・カリド様のありがたぁいお言葉に国王もいたく感銘を受けたとか、さっき高らかに言ってたしな」


私は黙って話を聞きながら複雑な気分になった。

なんだかヤドカリのおかげという言葉は断じて受け入れられんっ。

器が小さいが受け入れられんっ。

パンに黙々とかじりついていると、レイがバルコニーから戻ってきた。


「あ、レイ。お帰り。サクラどうだった?」

「別に嫌がらずに空へ行った。また明日には戻ってくるだろう」

「そっか…」


サクラ…。

さっきまで甘えて私から離れようとしなかったのに今夜も山に放つなんて本当に大丈夫かな。

心配しているとぴんと鼻先を指で弾かれた。


「言っておくがサクラよりお前の方が断然心配だからな。このスーパー問題児」

「も、もう大人しくしますってば」

「信じられるか」

「ごめんってば…」


レイに絞られていると、ビオルダさんとベッツィが隣で呑気にわははと笑った。

うぅ、人ごとだと思って…。

私は小さなゼリーを食べながら上座にだけ並べられたテーブルをこっそりと見た。

私たちは立食だが、そのテーブルだけは王やオルフェ王子、そして姫君たちが座り歓談をしている。


オルフェ王子…。

久しぶりに見たけど相変わらず華やかだな。

あ、でもまた隠してるだけでかなり疲れてるのかもしれない。

ぼんやりと遠目にその顔を見つめていると、こつんと頭を小突かれた。


「フィズ、顔を引きしめろ」

「レイ…」

「眉が濃くてもそんな顔していたら女に見えるぞ」


分かったよ。

明日は普通眉にするってば。


「レイ、今日も四人部屋なのかな」

「いや、さっき手を回しておいた。お前は俺と二人部屋だ」

「そっか…」


それならもしかして今日の夜は…。


「オルフェ様ならいらっしゃらないぞ」

「へ!?」

「お前、思っていること全部顔に出るな」

「べ、べつに、そんなこと期待したわけじゃないから!!」


疲れてなきゃいいなと思っただけだし!

人として心配しただけだよ、人として。

レイがまだ見透かすようにこっちを見るので、私は体ごとビオルダさんの方に向けて魚料理をつついた。


しばらく四人でお腹を満たすことに専念していると、後ろがなんだか騒がしくなった。

振り返るとヒューロッド卿と取り巻きの青年たち、それからその周り数十人程がこっちへ来るのが見えた。


「うはぁ…。もう勘弁して…」


私は逃げたくてたまらなかったが、そうこうしているうちに周りをぐるりと囲まれた。


「おいアルゼラの」


うっ。

やっぱり標的は私ですよねっと。


「聞こえないのか」


聞こえないっ。


「この僕が話しかけているんだぞ」


どの僕ちゃんですかね。


無視していると取り巻きの一人に腕を掴まれ無理やり向きを直された。

ヒューロッド卿はクソ生意気な顔で見上げてきた。


「昼間は兄上の為によくぞ働いたな。我々のような誇り高き騎士では到底思いもつかない間抜けな戦いだったがな」


取り巻きたちはどっと笑った。

何さっ。

自分は出てきもしなかったくせに。

こんな場だし言い返せずに黙っていると、横ろからビオルダさんが口を出した。


「ヒューロッド卿。方法はどうであれフィズは紛れもなく功績を残しましたよ」


卿はキッとビオルダさんを睨んだがふんと鼻を鳴らした。


「余計な口出しはやめて頂こうか、ズー伯爵」


わざわざ伯爵と呼んだのは、自分の方が身分が上なのだと強調するためだ。

レイは無関心を貫き、ベッツィは苦い顔で成り行きを見守っている。

ここで私が何か言い返したらきっとまたややこしくなるんだろうな。

悔しいけど、今は黙って耐えるしかないか。


だが反抗しない私に調子付いたヒューロッド卿は、公の場にも関わらず侮辱的な言葉を浴びせ続けてきた。


…このガキ。

いつかまたしめる。


心で悪態をつきながら無視を決め込んでいたが、隣にいたベッツィが先に我慢できずに一歩前に出た。

私はその腕を掴むと首を横に振った。


「ベッツィ、いいから…」

「でもなあ!!」

「僕なら平気だから」


だって私のせいでベッツィまで何か言われる方が嫌だし。

ヒューロッド卿は敏感にその様子を見て取るとにやりと笑った。

それからベッツィに近付くとその脛を思い切り蹴飛ばした。


「いって!!」

「随分とアルゼラのと打ち解けたんだな。ベッツィ」

「こんの…」


私は慌ててベッツィにしがみついた。


「ベッツィ、だめだよ!!」

「フィズ!!離せ…よ」


ベッツィは私と間近で視線が絡むと動きを止めた。


…え、な、何?

なんか見つめられてる??

眉毛か?


「…。 ベッツィ?」


呼びかけるとベッツィははっとして視線を逸らした。


「と、とにかくこの一方的な横暴さはもう俺は黙って見てられないぜ!!」


乱暴に言うとベッツィは私の前に守るように立った。

ヒューロッド卿はにやにやとしていたが、ふと周りの気配が変わったことに気付き目を見張った。


「な、何だよお前たち…」


気がつけばヒューロッド卿たちの周りを、その倍以上の騎士団の者が取り囲んでいた。


「ヒューロッド卿。ここは国王主催の大晩餐会の場です」

「そうです。先ほどからよからぬ視線を集めてらっしゃることにお気付きではないのですか」

「お兄様に恥をかかせたくなければ、あちらに戻られた方がよろしいかと」


ヒューロッド卿は顔を真っ赤にして怒った。


「この僕に意見するとは何という無礼者だ!!お前たち、覚えていろよ!!みんなまとめて兄上に…!!」

「誰一人、間違ったことは申しておりません」


ヒューロッド卿の前に出たのは、ユセだった。


「ヒューロッド卿。あなた方見習いはここで旅は終わりですが、リヤ・カリド様はまだまだこの先があるのです。貴方がここで騒ぎを起こせば兄上様の今後の名誉に関わると申し上げているだけです」

「ぐ…。ユセ…」


ヒューロッド卿はまだ食ってかかろうとしたが、さすがに取り巻き達が止めに入った。


「いつまでもこんな奴らに構っていることはありません。行きましょう」

「そ、そうですとも」


卿はまだ憎々しげに私を睨んでいたが、取り巻きを引き連れて足音荒く離れて行った。

ユセはふぅと息を吐くと苦笑しながら振り返った。


「フィズ、大丈夫…」

「ユセ!!み、みんな…。あのっ、僕は騎士団員じゃないからいいけど、みんながこんなことしたら…」


ユセを始め周りは和やかに声をかけてきた。


「なに、気にするなアルゼラの」

「そうさ。俺たち別にヒューロッド卿に面と向かって刃向かったわけじゃないしさ。なんとでも言い逃れは出来る」

「アルゼラの。そういやドラゴンはどうしたんだ?」


わいわいと話しかけられて私は完全に固まった。

だ、だって、普段でもこんなふうに沢山の人に好意的に声をかけられたことなんてないし。

なにこれ…夢?

ビオルダさんはうんともすんとも言わない私を肘でつついた。


「フィズ?おい、何だよ変な顔して。目が落っこちそうだぞ」

「えっ!?えと…」


皆の視線に段々顔が熱くなってくる。

私はたまらずに近くにいたベッツィの後ろに隠れた。


「な、何だ??」

「ごめんベッツィ。その、何だか恥ずかしくて…」


私は背の高いベッツィを泣きそうな目で見上げた。


「フィズ…」


ベッツィは何故か気まずそうな顔で目をそらした。

集まった人に向き直るとごほんと咳払いを一つする。


「あー、見ての通りフィズはお前らにびびってる。ほら、さっさと散れ散れ」

「何だよ。あの魔物男には立ち向かうのに俺たちが怖いだって?」

「いいから散れ。こんなに固まってたら今度は団長を呼び寄せちまうぜ」


若者達は賑やかに笑い合うと私たちの元から離れて行った。


「ありがとう、ベッツィ」

「いや…」


ベッツィは私をじっと見下ろしてきた。

手を伸ばすと頬にそっと触れる。

私が首を傾げながらベッツィを見上げていると、横からレイに腕を引かれた。


「フィズ、また厄介なのに絡まれる前に部屋へ帰るぞ」

「え、あ、もう?」


まだ中途半端にしか食べてないけどな。

まぁいいか。

早くシャワー入りたいし。

ビオルダさんは酒を豪快に飲み干すと私とレイを手招きした。


「まぁ、待てよ!!せっかくだし王宮のきんぴか湯殿一緒に拝みに行こうや」

「え、ゆ…湯殿!?」


湯殿。

つまり大浴場。

行き着く先は間違いなく男湯。

行けるかっ。

即座に断ろうとしたが、ベッツィがその前に私の腕を掴んだ。


「…そうしよう」

「へ!?」

「レイと…フィズも行こう」

「いや、無理無理むりむり!!」


ベッツィは目を細めた。


「…。どうして」

「え!?」


どうしてって…。

こんなところでそれを言う!?

私はおろおろしながらレイを振り返った。

レイは苦い顔をしていたが、ため息をつくと真顔で言った。


「実は…フィズは背中と尻にでかい蒙古斑が残ってる」

「も、もうこはん…」


って、赤ちゃんにある、あれ?

…あるかっ!!

もうちょいましな嘘があるだろうが!!

真っ赤になってパクパクしていると、ビオルダさんが口にしていた肉ごと吹き出して大笑いした。


「うがははは!!なんだそうなのかフィズ!!お前顔だけじゃなく体までベイビーだな!!がははは!!」

「ちがっ、な、ないです!!そんなものありませんから!!」

「ムキになるなって!!体のコンプレックスなんて一つや二つあるもんだ。ベッツィなんてよぉ、こいつこんなに体でかいくせに…」


ベッツィはだぁー!!と大声を出した。


「やめだやめだ!!こんな話は何の得にもならねぇ!!」

「…自分からふってきたくせに」

「俺はただお前のことをはっきりさせたくて!!」

「へ…?」


まさかそれってもう一度女の体かどうか確認したかったってこと?

私は再度真っ赤になった。

今度はレイの後ろにさっと隠れる。

レイは話をびしりと切り上げた。


「俺たちは部屋に戻る。フィズも疲れただろうしな。…くれぐれも休息の邪魔はしに来るなよ」


最後の一言はベッツィに向けたものだ。

いらぬ探りをしに部屋まで押しかけてくるなと暗に言っている。

私はレイに手を引かれながら華やかな会場を出た。


迷いそうな長い廊下を歩き続けると、途端に人がいなくなる。

頼りない灯りが所々で揺れているだけの寒々しい石の廊下は、私たちの靴音だけが響いていた。


「えと、部屋ってどっちだっけ」

「この先の階段を登って南西に進んだ先だ」

「なんせい…」


右とか左とか言ってくれないと分からないぞ。

私は完全にレイ任せで歩くことにした。

やがて辿り着いたのはこじんまりとした簡素な部屋だった。

まぁ騎士団の下っ端と変わらない扱いだからこんなもんか。

ベッドは二つあるが、水場を覗くとカーテンを引くだけの簡単なシャワー場しかなかった。


「みんなは大きな湯殿なのになぁ…」


思わず呟くと荷物を解いていたレイが顔を覗かせた。


「仕方がないだろう。洗えるだけましだと思え」

「はぁい…」


私は鏡の前に立つと堅苦しい服を一枚脱いだ。

まだ中には薄手のシャツを着ているが、この姿だと膨らんだ胸元は分かる。


「ミリ」

「うはっ、はい!?」


レイはいつも着替えている最中に話しかけたりしないので、完全に気を抜いていた私は飛び上がった。


「なに??」

「ベッツィには気を許すな」

「え、あ、うん。かなり疑ってるもんね」

「あれは疑ってるというより、もうすでにミリを意識してるんじゃないか」

「え!?」


それって、ベッツィが私に好意を持ってるかもしれないってこと??

…もう、こんな男の格好しててもモテちゃうのねイザベラってば。


「まぁ、そんな気にしなくても大丈夫よ。旅さえ終わればフィズは消えちゃうんだし」


サクラを自然に返したら、もうフィズでいる必要もないからね。

私はちっとも気にせずに呑気に着替えの続きを始めたが、レイは腕を組むと何やらまだ真剣に考えていた。


「ミリ。俺はこの後王子の元へ行くつもりだったのだが…」

「あ、報告?分かった。先に寝てるね」

「お前を一人にするのが心配だ」

「だ、だから。もうちゃんと大人しくしてるってば!!」

「…」


レイはまだ心底疑り深い目で見ている。

あとは着替えて寝るだけなのに、何が起こるんだっていうんだまったく…。


「ミリ」

「何よ、まだ…」


顔を上げるとすぐ目の前にレイがいた。

い、いつの間にこんな近くにいたの。

っていうか着替え中…


「もし何かあればさっきの廊下を戻って来れるか」

「え…」

「途中で大きな壺が置いてあっただろう?あそこの階段を登り右手の奥まで行ききった場所にオルフェ様の部屋がある」


オルフェ王子の、部屋。

私の胸が少しだけざわめいた。


「う、うん分かった。何かあればそこに行けばレイがいるのね?」

「そうだ」

「まぁ行くことはないでしょうけどね」

「…」


うっ、ここで沈黙はやめてくれ。

私は着替えを手に持つとさっさとレイに背を向けた。


「じゃあ、シャワー浴びてくるから。おやすみ、レイ」


レイは返事をしなかったが、私は構わずにシャワー場のカーテンを引いた。


ゆっくり時間をかけて体と頭を洗い流し、化粧も落としてから部屋を覗くとレイはもういなかった。


「…王子の所へ行ったのかな」


私はタオル一枚巻いたままで部屋へ出た。

誰もいないなら広いところで着替えたい。


それにしても報告か…。

一体どんな話をしてるんだろう。

きっと昼間の私の無茶な捕獲作戦の詳細を聞いて二人で呆れてるんだろうな。

ちょっぴり落ち込みながらのろのろと着替えていると、指に巻いていたガーゼが濡れた重みで勝手にぽとりと床に落ちた。


「…や、やだ。何これ!?」


薬指の先から広がっていたまだら模様は、赤から黒に変わり手首まで伸びている。

私は真っ青になった。


「き、清めーーー!!清めて清めて!!誰か今すぐ清めてーー!!」


パニックになっていると、鏡の中の自分と目があった。

私はその瞬間恐怖に固まった。


だって…鏡の中の自分は、緋く光る目でこっちを見ている。

しかもそれは自分の顔とは思えないほど妖しく口角をつりあげた。


「お…お、おお、お化けーー!?」


暗いのは好きでもお化けは嫌いだ!!

一人でぎゃあぎゃあ叫んでいると、同じ口から全く違う声が出た。


「お化けとは無粋な。お前のその傷、あと二日も放っておけば昼間の男と同じ運命になるぞ」


え、えぇ!?

私が勝手に喋ってる!?


でも待てよ。

この声には聞き覚えが…


「あ、あなたはもしかして!!」


私は鏡に向かって両手を伸ばした。

その指先が鏡に触れた途端、体に物凄い衝撃が走った。


「…んんっ!!」


一瞬で意識が真っ白になる。

最後に見たのは不気味に笑う自分の顔だった。

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