男の壁
無事に森を抜けた頃には、日はだいぶ傾いていた。
「なんとか予定通り町に着きそうだな。夜に差し掛からなくて良かった」
ベッツィはまだ闘士の残る顔で流れる汗を拭った。
ビオルダさんは大剣をしまうと戦いの後でも落ち着いているレイに感心して言った。
「さすがだなレイ。あの三十人相手にした時もお前の強さは恐ろしいほどだったが。それにしてもその太刀筋は見覚えのないものだな」
レイは長剣をしまうと何も言わずにぷいと顔を背けた。
確かにレイは際立って強い。
異様なほど強い。
…ん?
も、もしかして以前狼型魔物二匹に襲われた時、私なんかが横槍入れなくてもレイは全く大丈夫だったんじゃ…。
「フィズ」
「うはっ!!じ、邪魔してすいませんでしたぁ!!」
思わず謝ってしまったが、レイは構わず私の左手を掴んだ。
「この薬指はどうした」
「え!?あ、これは…」
戦地でリスに噛まれました。
…我ながらなんて間抜けな理由だ。
「えと、ちょっと転んだ時に擦りむいちゃって。全然大したことないから気にしないで」
私は笑ってごまかしながら左手を後ろに隠した。
関所を難なく通過し新しい国へ足を踏み入れると、なんだか可愛らしい雰囲気の町が見えてきた。
「今日はこの町に泊まるのかぁ」
見上げているとサクラが肩に止まった。
「ちょっと重くなってきたねサクちゃん」
左手で撫でるとサクラは私の薬指をかりかりと甘噛みしてきた。
「あ、こら。そのガーゼで遊んじゃだめ。一応ケガしてんだから」
レイはサクラの鎖を手に取るとくいと引っ張った。
「サクラ、お前は今夜は森で過ごせ」
「え、えぇ!?そんなことしたら死んじゃうじゃない!!」
「そろそろ部屋に閉じ込めておくには厳しいだろ。それにこれ以上過保護にすればサクラは自然に返らなくなるぞ」
「でも…」
「ドラゴンは賢く強い。お前みたいなへっぴりに守ってもらわなくても生きていける」
レイは鎖を外しサクラの顔をがしりと掴んだ。
「いいか、明日の朝までお前は自由だ。さっきの森で自分で餌を探して過ごせ。朝にはこいつの元に帰って来い」
「そ…そんなの分かるわけ…」
ないと言いかけたが、サクラはひと声鳴くと嬉しそうに空に羽ばたいた。
「あ…サクラ!!」
「呼ぶな。お前はこっちだ」
レイは私の腕を掴むとさっさと歩き始めた。
「あんな魔物だらけの森に放つなんてひどい!!」
「ひどいのはお前だ。サクラを愛玩動物にでもする気か」
「で、でも、もし明日の朝現れなかったら!?あのこをここに置いていくの!?」
「騒ぐな。その時はその時だ」
ひどいひどい!!
まだあんなに小さなサクラなのに!!
レイはやっぱり鬼だ!!
今ならまだ指笛聴こえるかな…。
「ミリ、呼び寄せたら承知しないからな」
「うっ…」
ぴしゃりと言うとレイは冷たく睨んできた。
こ、こわい。
私は撃沈していたが、はたで見ていたビオルダさんは豪快に笑った。
「がははは!!そりゃレイの言うほうが正しいぞ。ドラゴンなら繋いで町でストレス溜めるより森で自由に羽ばたくほうが似合いだ」
「それは、そうだけど…」
私の魔力もエサの一部だから戻っては来るはずだけど、それにしても心配だ。
まだしょげているとベッツィが私の肩に腕を乗せた。
「元気出せよ!ほら、町に着いたぜ。俺と一緒に可愛い子でも探しにいくか?北の子は色白で目がぱっちり!そりゃあ可愛いって噂だぜ」
「…。えんりょします…」
町の中心に着くと隊列はやっと止まった。
伝令役が前に後ろにと走り回り今夜の宿泊先を指示していく。
私がなんとなく前方を覗き込んでいるとレイが静かに言った。
「王子たちが宿泊されるのはこの先のシヴェルカ王の別邸だ。俺たちは町の宿泊施設に向かうがな」
「べ、別に王子のことを気にしてたわけじゃ…」
ボソボソと言う私にレイは苦いため息をついた。
「ミリ。オルフェ様のことは諦めろ。あの方は遠いお人だ」
「そ…その私が恋してる前提で言うのはやめてくれちゃってほしいところだけど!?」
「違うと言い切れるのか」
「あ、当たり前すぎてそんなこと聞かれるのも不本意なところだけど!?」
変な言い方になるのは気にしないでほしいところだけど!?
だって全然私はきゃははうふふしてないじゃないか。
これで恋してるように見えるなんて、やっぱりレイはしっかりしててもお子様だな!!
荒々しく息巻く私に、レイはやっぱり苦い顔をしただけだった。
再び動き出した列に逆らわずに歩いていると、ふと何人かが教会に向けて逸れていくのが見えた。
「あれ?あの人たちは教会に泊まるの?」
「あれは魔物に傷を負わされた者たちだ。軽い傷でも一晩かけて清めておかないと大変なことになる」
「たいへんなこと…」
え、どうなるの。
軽めの傷ってどの程度だろう…。
「あの、レイ…」
「ミリは先にベッツィたちと宿に入ってろ。俺はこのまま王子の元へ一度戻る」
「え、えぇ!?」
「俺には色々と報告義務があるからな。数時間で戻る」
「あぁ、レイ!!」
レイは本当にさっと踵を返し列から離れて行ってしまった。
ベッツィはそれに気付くと首を傾げた。
「なんだ?レイはどこへ行ったんだ」
「え!?あ、その…。とにかく先に宿に行ってろって」
「何だよ。協調性のない奴だな」
ビオルダさんもレイの消えた先を見つめながら潜めた声を出した。
「なぁ、レイもお前も、結局のところ何者なのだ?」
「へ!?」
「レイは並外れて剣の腕が立つし何よりあの精神力はとても見た目に釣り合わねえ。それにお前もアルゼラの民にしては妙にドラゴン初心者くさくないか」
おっと。
こりゃまずい。
レイが何者なのかなんて私も全く知らないし、私が何者なのかなんてもっと説明できないさ。
私は腕を組むとひとしきり唸った。
これはレイの奥の手を使うしかない。
「実は、詳しく話すことはオルフェ王子に固く禁じられてるんですよ」
「オルフェ様に…?」
「僕は王子のお考えなど分かりませんが、とにかく何も言えません」
困った時の王子頼み。
文句があるなら王子に言えってやつな。
案の定ビオルダさんとベッツィは納得のいかない顔ながらも渋々引き下がった。
宿に着くとビオルダさんが部屋の手配をしてくれた。
三人で二階奥の部屋まで来たはいいが、一向に私に鍵をくれない。
ビオルダさんは目的の番号の部屋に辿り着くとやっと鍵を取り出し扉を開けた。
「あのー…。僕たちの部屋は…」
思わず声をかけるとビオルダさんは開いた扉の奥を指差した。
「だからここだろうが」
「へ…?」
「早く入れよ」
ベッツィにも促されて中に入ると、そこには四つベッドが置かれた狭い部屋があった。
「えっ、よ、四人部屋!?」
「当たり前だろうが。別に構わんだろ。部屋を分けるだなんて贅沢だぞ」
うそっ。
レイと二人じゃないの!?
こんな男だらけの部屋で着替えたりくつろいだり出来るわけないじゃないか!!
ビオルダさんはもうすでに靴を脱ぎ捨てると一番奥のベッドにどさりと転がった。
「俺はここだ。疲れたし、一寝入りしてから飯食いに出るわ」
いや、ちょっ…。
昼間あんなに戦ったんだし体くらい拭おうよ。
足、足臭う臭う!
ベッツィは堅苦しい鎧を脱ぐとさっさと上半身裸になった。
「俺は先に町に出るぜ。酒も飲みたいしな。フィズはどうする」
私は逞しい体に一瞬釘付けになったが、すぐに真っ赤になりながらベッツィに背を向けた。
「ぼぼぼ、僕はえと、後で行きます…」
「そっか。じゃな」
着替えを終えると軽快な足取りでベッツィは行ってしまった。
ビオルダさんはすでに大きないびきをかきはじめている。
「うぅ…男臭い…」
オルフェ王子はどちらかというといつも甘くていい香りがしたし、レイは全くの無臭だ。
ここへきて私は初めて男という生物の壁にどんとぶつかった。
…無理。
男三人もいるこの狭い部屋で過ごすとか無理ですから。
それに髪が伸びてしまったらこっそり切ることなんてできないし。
「レイぃ。早く帰ってきて…」
私は部屋の隅で小さくなると膝を抱えてレイを待った。
こんなところで眠れないと思っていたが、そこは牢屋でもきっちり寝こけていた私。
気が付けば既に数時間経っていたようで外はもうすっかり深い夜だった。
「レイ…」
立ち上がり部屋を見たがレイどころか誰もいない。
「皆ご飯食べに行ってまだ帰らないのかな…」
寝起きすぎて今はまだお腹はすいていないし、誰もいないなら体を拭ったり髪を洗うチャンスだ。
私はのろのろと動くと水場に向かった。
「あ、よかった。この宿シャワー設置されてる」
やっぱり体拭くだけだと気分的に嫌だったんだよな。
私はさっさと服を脱ぐと熱いシャワーを浴びに入った。
すぐに石鹸をたっぷり泡だて良い香りに包まれると何だか心持ちほっとする。
イザベラみたいにやたら甘ったるい香りよりもシンプルな石鹸の香りの方がよっぽど落ち着く。
ほっこりしながら温まっていたが、ふと泡を流した左手が視界に入りぎくりとした。
「え…何これ」
リスに噛まれた薬指の先がうっすら赤紫になっている。
「腫れてきたのかな。ちゃんと石鹸で傷口洗い流しとこ」
やっぱりちょっと気になるし後でレイに傷のことちゃんと言おう。
なんだか気味が悪くて、私はしばらく薬指を丁寧に洗っていた。
だが寒いからとシャワーを流しっぱなしでこんなことをしていたのがまずかった。
私は部屋の方で物音がすることに全く気付かなかったのだ。
もうもうと湯気の立ち込める中、水場の扉は景気よく音を立てて開かれた。
「ただいまぁ!!シャワー使ってんの誰??代わってくれーぃ!」
「べ、ベッツィ!!」
私は飛び上がると反射的に背を向けた。
「なななっ…!!い、今使用中なんだけど!?」
「堅いこと言うなってぇ。俺も早くさっぱりして寝てーよぉ」
「ちょっ!!かなり酔っ払ってるじゃないの!!」
「もーぅ、この国の子可愛いかったぁ!!…のに指一本触らせてくれないとかお高くないか!?この溜まったものをどうしてくれる!!」
「しっ、知らないよ!!わた…僕が先に出るからちょっとどいて!!」
まずいまずい!!
早くベッツィから離れないと。
背を向けたままカニ歩きで水場を出ようとしたが、ベッツィは私の肩を掴むと勢いよく引いた。
「わっ!!ちょっ…」
「フィズも、北国の女の顔してるよな」
「え…」
いや確かにイザベラは北国の女なんだろうけど、ってそんな場合じゃない!!
ベッツィは目を丸くしながら、必至で大事なところを隠す私を見ている。
「…おかしい。フィズが女に見える。…飲み過ぎか??」
「飲み過ぎだこの野郎!!」
「うぇっ」
ベッツィの逞しいボディに一発かますと、私は慌ててその場から逃げ扉を閉めた。
どくどくと心臓は早鐘を打つし手は震えたが急いで水滴を拭い着替えに手を通す。
見られた。
見られた見られた。
ボタンを留めながら何故か涙ぐんでくる。
…何泣いてんだ私。
どうか明日ベッツィが何も覚えていませんように。
タオルで雑に頭と涙を乾かしていると、部屋の扉が小さな音を立てて開いた。
私はびくりとなったが、入ってきた人が分かるとすぐに駆け寄り飛びついた。
「れ、レイ!!」
レイは尋常じゃない私の様子に眉を寄せた。
「なんて顔してる。何かあったのか?」
「レイ、レイ…!!」
私より小さいのになんて安心するのこの子は。
私はパニックが収まらないままレイにしがみついていた。
レイは訝しげな顔をしていたが、私が離れようとしないのでそのまま私を抱きかかえて空いているベッドまで歩いた。
「うわわ、レイ、すごい力…」
「お前なんてその辺の犬と大差ない」
「い、犬…」
レイは私をベッドに下ろすと自分の代わりに枕を渡した。
「これでも抱いてろ」
「い、行かないでレイ!!」
「着替えてくるだけだ」
枕を抱きしめながらすがるように見上げていると、レイは私の頭をぽんと叩いた。
「一人にして悪かった。ベッツィ達がいるなら大丈夫かと思ったんだが」
私は千切れそうなほど首を横に振った。
レイは少しだけ笑うと水場の方に行ってしまった。
レイのおかげで、私は少しずつ落ち着いてきた。
…うん、ベッツィだってあんなに酔っ払っていたんだし、たぶん覚えてないよ。
ごめんねイザベラ。
王子だけでなく他の人にまで見られちゃったよ…。
あ、でもそういやレイにも見られたことあるんだった。
枕を抱いたまま横になると急激にまた眠くなってきた。
私は掛け布団をすっぽりと頭からかぶると目を閉じた。
今から寝ておいて、皆が起きる前に髪は切ればいいか…。
もう大丈夫。
レイも帰ってきてくれたことだし。
体から力が抜けると、私はそのままぐっすりと眠りに落ちた。




