魔物の森
国境沿いの森は、以前王子に連れ出された森とは全く雰囲気が違った。
爽やかさはカケラもなく、緑が鬱蒼と生い茂る小道をただひたすら歩く。
「うぅ…嫌な道だなぁ…」
「何だ、意外に小心者だなフィズは」
ベッツィはすかさずからかってきたが、私は構わず不安げにきょろきょろとした。
暗いのも不気味な雰囲気もどちらかといえば好きだが、急に頭の上でゲキャーとかわけの分からない鳥類の声がしたらビビるっての。
闇より生き物の方が嫌いだ。
サクラも何だか落ち着かない様子で飛び上がったり私の肩に止まったりを繰り返している。
「何かおかしい…」
私の後ろでレイがつぶやいた。
その目は森の先を見据えている。
レイはビオルダさんを振り返った。
「結界師は何をそんなに警戒している?この森は近年まで魔物より獣の方が多かったはずだ」
ビオルダさんは小さな目を見開いた。
「お前チビのくせによく知っているな」
「いくら人を避けているといえども、ここまで獣の姿を見ないことはないはずだ」
「その通りだ。近年この森で獣害が酷いとかで、森に隣接している後進国ドヤが一斉に獣狩りを行いやがったんだ。しかも悪いことにその死骸をきちんと焼いてやらずに堀を作って放り込んだだけらしい」
レイは厳しい顔になった。
「馬鹿なことを。そんなことをすれば死骸に魔物が取り付き放題だというのに」
「元々魔物に対する認識が甘い奴らがしでかしたのさ。その結果が、まぁ見事に魔の森の出来上がりってわけだ」
隣で話を聞いていた私は狼の魔物に襲われた時を思い出した。
…あんなのがうじゃうじゃいるのか。
やばいな。
身震いしているとまた頭の上でけったいな鳴き声が響き渡った。
「うぎゃっ!!レイぃ…」
「情けない声を出すな。しゃんとしろっ」
「うぅ…もうそればっかり言う…」
ビオルダさんはがははと笑うと私の背中をばんと叩いた。
「何だ何だ、女みたいな声出して!!」
ベッツィは呆れて言った。
「こんな短い髪の女がいてたまるかっ。フィズ、なめられたくなかったらその喋り方も何とかしろよ。お前さては姉やの妹やのの中で育ったな?」
「え?あ、そうそう。あはははは」
私は引きつりながら笑ってごまかした。
髪は女のステータスであり、長くて艶があるほど美とされているこのご時世。
女でありながらこんなに短く切る者はまずいない。
多少女言葉であろうとも顔を中性的に作っていようとも、この短い髪のおかげで周りは一瞬で私を男と判断してしまうというわけだ。
呑気な私たちを無視して森を凝視していたレイは鋭く言った。
「…来る」
「え…?」
レイは腰の長剣を引き抜いた。
それと同時に隊列から一斉に危険を知らせる鐘の音が鳴り響いた。
「ななな、何!?何なに!?」
「静かに!!」
ビオルダさんも腰から大剣を引き抜くと耳をすませた。
「噂をすれば、現れやがったぜ」
「へ??」
「魔物だ」
私は小さくなると辺りを見回した。
相変わらずざわざわと木々が揺れているだけにしか見えないが、私の肩でサクラが大騒ぎをし始めた。
「フィズ、サクラを空へ放て。ここで騒がれても邪魔なだけだ」
「え、あ、うん」
私は言われた通りサクラの鎖を外した。
「サクラ、指笛が聴こえるまで降りてきちゃダメだよ?」
サクラはきゅうと鳴くと空へ舞い上がった。
まるでそれを合図にしたかのように木々から一斉に獣の形をした魔物が姿を現した。
「ででで、出たぁ!!」
クマさん、イノシシさん、シカさん…みんな体からやば黒い靄が出てますよ!?
いやただの獣だってこんなに出てきたら普通に命に関わるわっ。
「はわわわわっ」
「うるさいぞ。フィズは俺の後ろにいろ」
レイは私を背にかばうと低く構えた。
「早速騎士団の出番ってわけか。こうじゃないとハリもないぜ」
「実践は何年振りかねっ!!」
ベッツィとビオルダさんも四方に現れた魔物に剣を向けた。
前方からさっきとは違った鐘が鳴る。
「攻撃の合図だ!!」
ベッツィの叫びと共にさっきまで粛々と歩いていた騎士団が一気に動き出した。
あっという間にけたたましい戦地と化した森に、私は呆然とした。
な、生だよ生。
やっぱり生ってのは迫力が違うわ。
いやそんな場合じゃないけど。
地響きのような音とあちこちで聞こえる雄叫びは何だかこの世のものとは思えない。
一人震えながら取り残されていると一匹の獣が私に向かって飛びかかってきた。
「ひぇ!!さ、猿!?」
「フィズ!!」
反射的にしゃがみ込んだ私の上で獣の断末魔が聞こえた。
「何やってるんだ!!剣を取れ!!」
「あ…ベッツィ!!」
私の代わりに魔物を撃退してくれたベッツィはすぐに次に備えた。
私は顔を上げると辺りの状況を見回した。
「お…おぉ…」
騎士団の者たちは統制のとれた動きで的確に魔物を撃退している。
…なんだ。
レイが最悪な護衛とか言うからどれだけへっぽこなのかと思いきやちゃんとしてるじゃないか。
何故か上から目線で感心していると、私の足元に一匹のリスが近付いてきた。
「あ、こんなところにいちゃ危ないよ。早く木の上に…」
しゃがんで手を出すと、リスは鋭い歯で指に噛み付いてきた。
「うわっ、痛い!!痛いって!!」
慌てて手を振るとリスはその反動で少し離れた所へ転がった。
私はその時初めてリスからも黒い靄が出ていることに気が付いた。
「まっ魔物…!?」
こんな小さな動物にまで…。
呆然としているとビオルダさんが大剣を振りかぶりリスにぐさりと突き立てた。
「大丈夫かフィズ!!」
「あ、は、はい…」
リスはぎーぎー鳴くとそのまま黒い灰となり風の中に消えた。
「チビでも油断するな!!魔物に傷を付けられたら厄介だぞ!!」
ビオルダさんは踵を返すと次の魔物の相手をしに行った。
…傷か。
でも指先ちこっと噛まれただけだしこれくらいなら傷のうちでもないかな。
私はずっとポケットに入れていた、以前王子に手に巻いてもらったガーゼを取り出した。
それで適当に噛まれた指にくるりと巻きつける。
これでとりあえずはよし、と。
「フィズ!!こっちだ、遅れるぞ!!」
レイに呼ばれてはっと顔を上げる。
どうやら騎士団は防戦に切り替え徐々に北に進むようだ。
私はレイのそばに駆け寄った。
「レイ、王子たちは大丈夫なのかな!?」
「先頭は騎馬隊ががっちり守っているし馬車の周りは結界師がいるから魔物は殆ど寄り付けないはずだ。そっちより自分の身の回りを心配しろっ」
「は、はい…」
「魔物相手では小さな油断が命取りだ」
「…はい!!」
私はやっと気を引き締めて短剣を取り出した。
その瞬間噛まれた左手の指先がぴりりと傷んだ気がしたが、今はそんなことに構ってられない。
魔物相手なんてとても出来ないが、私は形だけでも応戦しているふりをしながら出来るだけ邪魔にならないようにこそこそとレイの後をついて行った。




