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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
旅へ
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旅の目的

王子の部屋の前には、怖そうな見張りが四人もいた。

通してもらえないんじゃないかと不安になったが、声をかけるとあっさり重々しい扉を開いてくれた。


「オルフェ様から話は聞いている。早く中へ入れ」

「は、はい…」


ぎろりと怖い目で見下ろしてくる見張りの前を、私はそそくさと通った。

後ろですぐにばたんと扉の閉じる音が響く。


「さ、さすがは王子。ちゃんと手回ししてくれていたのか…」


一人になるとほっと一息つく。

私は部屋を見回すとサクラの籠を探してうろうろと歩いた。


「サクラぁ、サクちゃん」


試しに指笛を鳴らして耳をすませてみても、やっぱりサクラの声はしない。


「はぁ…早く王子帰ってこないかな」


そうはいっても王子が戻って来るのなんて遅いに決まっている。

私は大きなソファに腰掛けるとごろりと横になった。


「ふわぁ。別にやることもないし、ちょっとだけ休んでよ…」


大きなあくびを一つするとそのまま目を閉じる。

貴族階級は好きじゃないけど、このどこのソファでもふかふかしてる良さだけは認める。

おやすみ。

日々の運動疲れもあり、私はすぐにぐっすりと眠り込んだ。

ある程度時間が経った頃、乱暴に肩を揺すられてすっかり落ちていた私の意識は戻って来た。


「…り、ミリ!!起きろっ」

「んん…ふぁえ?」


寝ぼけているとほっぺをびよんと伸ばされた。


「お前は!!いつでもどこでも眠り込む奴だな!!」

「い、いひゃい!!はへ?へい?」


目を開くと怒った顔をしたレイがいた。

レイは私を離すと眉をつり上げたまま言った。


「お前な、もう少し緊張感を持つことは出来ないのか。ここはオルフェ様のお部屋なんだぞ」

「んー…だって疲れてたし…」

「いつオルフェ様が戻られるかも分からないのにそんなだらしない格好するな」

「レイは厳しいなぁ。いいじゃないの、別に今私姫君じゃないんだし…」


レイはびしりと青筋を立てると、私の手を掴み壁に掛けられている姿見の前に立たせた。


「見ろ。お前は今姫ではなくても一応身分は北国の貴族だ。こんなだらけきった顔をした貴族、見たことあるか?」


確かに鏡に映る自分は立派な服を着ているのに締まりない顔をしている。


「そんな顔で王子の隣に立つことはこの俺が許さないからな」

「う…ご、ごめんなさぁい…」


何だかイザベラ姫の時よりレイが厳しい気がする。

まだまだ続くお説教を身を縮めて聞いていると、重々しい扉が内側に開いた。

レイはすぐに反応するとさっとその場に跪いた。


「控えろ。オルフェ様だ」

「え…」


レイはぼやぼやする私の手を強引に引くと自分の隣に跪かせた。

入ってきたのは確かにオルフェ王子だった。

その後ろにはパブリンカ公爵がにこにこしながらついて来ている。


「何かご不自由がございましたらいつでもお申し付けください。世話の者は本当に必要ございませんか?」


王子は頭を下げたままのレイと私を顎でしゃくった。


「この者たちが一番俺のことを熟知しているのでな。気遣いは感謝するが無用だ」

「かしこまりました」


パブリンカ公爵はちらりとこっちを見ると王子に頭を下げて部屋を出て行った。

王子は三人になるとふっと笑った。


「レイ、別にミリまで跪かせることはない」


レイは立ち上がるときっぱりと言った。


「それはいけません。ミリは今オルフェ様の従者の身。けじめはつけねばなりません」


王子は私の腕を取ると引き上げて立たせた。


「レイは堅すぎるからな。ミリ、嫌なことは断ってもいいぞ」

「で、出来ませんよそんな恐いこと…!!」


ほらほら、今だって怒った顔してるし。

レイは不機嫌な顔をしながらも王子の身の回りの世話を焼き始めた。


「オルフェ様はミリに甘すぎます。そんなことだからミリはいい齢のくせに甘ちゃんなんですよ」


あ、甘ちゃん…。

初めて言われたそんなこと。

王子は着替えながら楽しそうに笑った。


「まぁそう言ってやるなレイ。ミリは元々自分の意思とは全く関係なくここにいるのだから。それに俺はミリはミリらしくいる方がいい」

「王子、笑い事ではありません。それから…今はレオナルドです」

「ここは俺の部屋だしミリしかいないのだから気にするな」

「王子!!」


自分を取り巻く二人の会話を、私はなんとも言えない顔で聞いていた。

何故だか分からないが甘ちゃんという言葉だけがさっきから頭を回っている。


「レイ、あれを」


着替えを終えた王子が短く指示をすると、レイは小さく頷いて部屋を出て行った。

王子と二人になると、私は疑問を口にした。


「レイっていうのは、本当の名なんですか?」

「あいつに本当の名などない。レイというのも仮という意味だ」

「名前が…ない?」

「そうだ」


どうやったらそんなことになるんだ。


「じゃあ、やっぱりレオナルドって呼んだ方がいいのかな」

「いや。どちらかと言えば本音はそう呼ばれたくないはずだ」

「んん??」


わけが分からない。

王子は身なりを整えながら少し笑った。


「ミリがレイはレイだと認めてその名を呼ぶのなら、あいつの名を本物にできるのかもしれないな」

「…よく分かりませんが、もうレイでいいって事ですよね?でも人前ではレオナルドって呼べって前に王子が…」

「言ったが、全く呼んでないだろ」


うっ。

ごもっとも。

だってレイはレイなんだもん。

何にしても王子のお墨付きでレイって呼んでいいみたいだから、もうそれでいっか。


一人考え込んでいるとレイが戻ってきた。

その手には見覚えのある籠が持たれている。


「あ、さ…サクラ!!」


私は籠に飛びつくとかぶせられていた布を抜き取った。

サクラはきゅうと鳴いて顔を上げたが、私を見つけると急にばたばたと暴れ始めた。


「ちょ、ちょっと待ってね!!今開けるから!!って、あなたちょっと見ない間にまた大きくなったんじゃない!?」


なんだかもうこの籠じゃ狭そうだ。

私はレイが籠をテーブルに置くのも待ちきれずに小さな扉をこじ開けた。


サクラは嬉しそうに三回ほど部屋を旋回して飛ぶと私の懐に飛び込んできた。


「サクラ…!!サクラ、サクちゃん!!無事にケガも治ったのかな!?思ったより元気そうでよかった!!」


もう、ルシフがあんな脅し方するからよぼよぼしてたらどうしようかと思った。

改めてサクラを見ると薄ピンクだった鱗は少しグレーが混じり始め、体も翼も一回りくらい大きくなった気がする。

サクラを抱きしめていると、私の体の芯が急に熱く疼いた。


「あ…。あっつ…!!」

「ミリ?」


王子は私の異変に気づくとすぐに手を伸ばした。


「だ、大丈夫です触らないでください…」


熱は急速に冷えていくと、瞬く間にサクラに流れた。

きっとサクラに必要な魔力が流れていったのだろう。

別に痛くも苦しくもなかったが、この現象が落ち着くと私は急に立っていられないほどの貧血に襲われた。


「ミリ…!!」


王子とレイが同時に私を受け止める。


「な…、なるほど…。こりゃ…きついわ…」

「ミリ、これは…」

「だ、大丈夫です。サクラに私の魔力が流れただけですから。しばらく離れた分一気にいったみたいです」


今でこれなら、確かに数日前のへろへろしていた自分じゃ気失ってたかも…。

私はレイの手を借りながらソファに座った。

サクラはどこか満足そうに私の膝で丸くなった。

三十分程休憩したところで、やっと私の顔色も戻り体が落ち着いてきた。

王子はそれを見計らうと眠るサクラにそっと触れた。


「サクラは日に日に大きくなっている。これ以上籠に押し込めて運ぶことは難しい。だが、だからといって放し飼いにはできん。問題を起こしてからでは遅いからな」


私はサクラを撫でながら首を振った。


「サクラは無駄に人を襲ったりしません!」

「ドラゴンは攻撃力が強い。普段は無害でも一度牙を向けばとんでもないことをしでかしかねん」

「で、でも…。じゃあサクラは…」


まさか…。

まだ独り立ちもしてないのに空へ返すつもりじゃ…。

黙り込んだ王子の代わりにレイが冷たく言った。


「処分されるよりはましだろう?」

「しっ、処分!?」


私が真っ青になると王子はレイを諌めた。


「レイ、いらぬ不安を煽るな。ミリ…」

「い、いや!!やだやだ!!」

「ちゃんと聞け」

「だって…!!だって…」


王子は立ち上がるとサクラの籠に一緒に入れられていた鎖を出した。

それから私を振り返ると改まって言った。


「ミリ、お前はサクラといればまた調子を崩すのか?」

「い、いえ。私がこのままちゃんと食べて体力作りを怠らなければ問題ないはずです」

「ではアルゼラの少年、フィズ」

「は…、へ…?」

「お前にサクラは返そう。ただし普段はきちんとサクラに鎖をつけ、責任を持って躾けることを義務付ける。出来るか?」


義務、責任…。

それは今までみたいにただ可愛がるだけじゃないということだ。

王子は拳を握る私に少し笑うと鎖を渡してきた。


「そう固くならずとも長い期間ではない」


王子はレイに地図を持って来させると籠を退けてテーブルにそれを開いた。


「このパッセロというのが最後の姫の国だ。この先にビガ山脈がある。山脈の先に何があるか知っているか?」

「…こんな北の果て、全然知らないですよ」

「未開の地、アルゼラだ」

「あ…」


王子は山脈の向こう側に赤いペンで丸を描いた。


「確かこの辺りだったと思う。そしてこのアルゼラこそがドラゴンの生息地だとも言われている」

「…」

「ここに辿り着くまでに、サクラはそれなりに大きくなっているだろう」


私は王子が何を言いたいのかに気付いた。


「パッセロに着いたら、サクラを自然に返すということですね」

「ドラゴンは個で生き抜く力と知恵を持つが、仲間意識も強い。うまく仲間と合流すれば群れに入るだろうし、そうでなくても自由に生きていけるだろう」

「…」


私はサクラを撫でながら黙り込んだ。

確かに、そうすることがサクラには一番いいということは分かる。


「王子はそのつもりでこの旅にサクラも連れてきたんですか?」

「サクラのこの先を考えると丁度いいと思ったのは確かだ」

「…」


オルフェ王子は現実的にサクラのことをちゃんと考えていたんだ。

長い沈黙の後、私は顔を上げた。


「分かりました」


それまでは、ちゃんと私が面倒見よう。

サクラを笑顔で空に返せるようにするんだ。

決意を込めていると、レイがため息をこぼした。


「ミリ。パッセロ王国から送られてきた姫君が誰なのか気付いてないだろ」

「え…?」

「イザベラ姫だ」

「あ…」


王子はひとつ頷いた。


「パッセロ王国にはイザベラ姫が襲われたことを詫びに行くという名目で訪れることになっている」


イザベラ姫の国。

ということは消えた本物のイザベラ姫の手がかりだって見つかるかもしれない。

私の中で、この旅での自分の目的がだんだん明確になってきた。


一つはサクラを自然に返すこと。

もう一つはイザベラ姫を探すこと。

上手くいけば、スアリザに帰る頃には全てが元通りになるのかもしれない。


「王子…。私…」


私は腹に力を込めた。


「頑張ります!!」


王子はやる気を見せた私に笑みを浮かべ、レイはやれやれと腕を組んだ。

私はサクラに首輪と鎖をつけるともう一度ぎゅっと胸に抱きしめた。

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