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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
旅へ
33/277

悪魔のルシフ

「レイ、見てこれ!牛がいる!」


張り切ってはしゃぐ私にレイは眉を寄せた。

私は気にせずまた次に目に入ったものに必要以上に食いついてはレイを呼びながらへらへらとしていた。

レイは日に日におかしくなっていく私の腕を掴んだ。


「フィズ、出だしからはしゃぐと今日もすぐにへばるぞ」

「えー?大丈夫大丈夫、何とかなるって」

「み、ミリ…」

「ダメだよレイ、私今フィズなんだから!」


レイの手を振り切るとまた先に歩き出す。

三日目にしてレイは本気で私の心配をし始めた。

何せ私は変に機嫌がいいか無表情しかないし、食事時は必ずどこかへ消える。

レイが怒りながら手渡したパンですら、隙をみては捨てている。

その代わりやたらと眠る時間は長い。

自分でもどうして自分がこんなことをしているのかが分からなかった。

とりあえず顔色は化粧でごまかし、一回り細くなった腕は長袖で隠す。

レイはそんな私に困惑しながらも冷静に対処していた。


今日宿泊する予定の屋敷に辿り着くと、へばりにへばって列の最後尾を歩いていた私は晩餐会には参加せずに先に部屋に通してもらった。

私に肩を貸しながらレイは眉をつり上げた。


「ミリ、いい加減にしろ。基本的な自己管理くらい出来ないのか」

「へぇ…?おかしいなぁ。わたしはぁ、普通にしてるだけなのにぃ」

「これが普通なわけあるかっ」


部屋に辿り着くと私はソファに座らされた。


「いいか、今日こそ何か口にしてもらうからな。喉通りのいいもの貰ってきてやるからここで待ってろ」


レイは凄みながら部屋を出て行った。

私はすとんと無表情に戻るとふらふらしながら立ち上がった。


「たべたく、ないのに…」


部屋を出ようと取っ手を握ったが、扉はがちゃんと音を立てただけで開かなかった。


「鍵…かけるなんて、ひどぉい…」


文句を言う間にも急激に視界が白くなる。

私の意識はその場で一瞬落ちた。


私…一体どうしたんだろ。

自分でもおかしいのは分かるけれど、どうすればいいのかが分からない。

もう今は自分が生きる意味さえ分からなくなってきた。

だって母さんはもういないし、守るべき家には帰ることすら許されない。

辛い。

でも何がそんなに辛いのか…。


「カワイソウニ」


甲高い子どものような声がそっと聞こえた。

顔を上げると、全身真っ黒で目だけ赤いビーズがついたクマのぬいぐるみがいた。

それは幼い頃からずっと一緒にいた、私の大切な友だち。


「ルシフ…」


ぬいぐるみのルシフはてこてこと歩きながら私に近付いた。


「生キル意味ハ、アルヨ…」

「え…」

「俺ニハ、オ前ガ…必要なんだから…」


ルシフはゆらりと揺れると私より大きな影になった。

影は男の人になると妖しく微笑みながら母しか知らない名で私を呼んだ。


「い、いや。その名で呼ばないで…!!」


私は自分の声ではっと目を覚ました。

ここはさっき通された部屋の中。

だが私は、今の今まで夢の中にいたはずの黒い服の男に横抱きにされていた。


「あ…、あ、あれ!?」

「目が覚めたか」

「あ、貴方は…!?」


黒髪に緋い瞳。

知ってる…

私、この人知ってる気がする。

男は妖艶に微笑んだ。


「無様に痩せこけているな。そんなんじゃ困る。契約の前に果てるぞ」

「契約…?」


私は先日王子の腕の中で見ていた夢を急に思い出した。


「あ…貴方は、悪魔!!」

「俺に名など無いが…人間が勝手に決めたその悪魔という呼び方は気に入らないな」


悪魔が右手をすっと上げると、何もない宙から黒クマのぬいぐるみが現れた。


「あ…ルシフ!!」


私は思わずルシフを手に取った。


「ほ…本当に本物?どうしてこんな所に…?」

「それは俺の半身だ。俺が眠っている間はそいつにお前を見張らせていた」

「え…?」


ルシフは私の手の中で黒い煙となって消えた。


「あ…!!」

「お前は俺を揺り起した。もうそれは必要ないだろう」

「揺り起したって…、まさかサクラが射られた時!?」


思い当たるのはそこしかない。

悪魔は私の痩せこけた手を取った。


「随分大きくなったな。リセッ…」

「ああ!!だめだめ!!呼ばないで!!みっ、ミリなの!!私は今ミリだから!!」


悪魔はにやりと笑うとついと長い指で顎をすくってきた。


「そうか。そういえば闇名はお前の母が長い名に隠していたな。せっかくお前が生まれた時に俺が送ってやったのに。呼ばれるたびに心地よさが体を満たしてくれるだろう?」


私の肌は一瞬で泡立った。


「は、離して!!あんたなんかと契約なんてしませんから!!」

「どのみちそんな体で契約なんて出来ないだろう」

「放っといてよ!!みんなみんな、私のことなんて放っておいて!!」


じたばたもがいたが私はすぐに力尽きた。

ぐったりと伸びた体を悪魔は丁寧に抱えなおした。


「可哀想に」

「あっち行ってよ…この悪魔」

「そう呼ばれるのは好めない。…そうだな、あのぬいぐるみと同じ名でいい」

「ぬいぐるみ…ルシフのこと?」


あぁ、あの可愛かったルシフがこんな悪魔だったなんて…。

私は幼い頃からずっとルシフに話しかけていた自分を思い返すと居た堪れなくなった。

ルシフは私をベッドに下ろすとじっと見下ろしてきた。


「今お前には生きる糧が必要だな」

「糧…?そんなもの、いらない…」


無気力に言うとルシフはまた右手をかざした。

空間がピリッと張り詰めたかと思うと部屋の中にきーきーと聞き覚えのある声が響いた。


「あ、さ、サクラ!?」


ルシフの右手にはサクラが掴まれていた。


「どうして…!!」

「これはお前と離されて今徐々に弱っている」

「弱ってるの!?でも王子が今はちゃんと面倒みてくれてるって…」

「こいつにはまだお前の魔力が必要だ。このままでは間違いなく死ぬぞ」

「そんな…」


確かにサクラはどことなく元気が無い。

私は手を伸ばしたがルシフはついとサクラを遠ざけた。


「今これに触ったら一気に体の力を持っていかれるぞ。あの王子は中々的を射たことを言っていたな。お前が元気になれば返してもらえ」

「私が…」

「いいか、これはお前が守らねば必ず死ぬ。それが嫌ならとにかくお前が栄養を蓄えることだな」


ルシフがサクラを掴んだ右手をもう一度かざすとまた空間が張り詰めた。

気がつけばもうサクラはいなかった。


「サクラ…」


王子なんて、どうでもいい。

自分のことも、ましてや悪魔のこともどうでもいい。

でもサクラが死ぬのは嫌だ。


私の瞳に光が戻ると、ルシフはにやりと笑った。

手を伸ばすともう一度私の顎をすくう。


「それでいい。…また迎えに来る。私の花嫁」

「は、はぇ…!?」


今何て言った!?

目をまん丸にして固まっていると、突然部屋の扉が勢いよく開いた。


「ミリから離れろ!!この曲者が!!」


飛び込んできたのはレイだった。

手には長剣が握られている。

風のような速さでルシフに駆け寄るとレイは躊躇わずに斬りつけた。

ひゅっと鋭く切り裂く音が聞こえ、私は真っ青になった。


「れ、レイ!!」


ルシフは軽く跳躍してレイの太刀筋を躱すと、そのまま宙に消えた。


「あ、あわわわ…!!」

「ミリ、無事か!?」


レイは辺りを警戒しながら部屋の周りを調べたが、これ以上特に異変が無いと判断するとやっと剣を腰に直した。


「あれは一体何なんだ?」

「き、急に斬りつけるのはだめだよレイ」

「どう見ても曲者だっただろうが」


あれをどう説明すればいいのかなんて分からない。

私は頭からすっぽりと布団をかぶせると拒否の姿勢をとった。


「おいミリ、ちゃんと答えないか。あんな危険そうなのを野放しにできないだろう!?」

「…それは大丈夫だと思う。ルシフが用があるのは私だけだし」

「知り合いなのか?」

「…詳しくは言えない。それよりレイ」


そっと顔を出すと私はレイを見上げた。


「何か、食べやすいものあった?」


レイはまだ怒っていたが、私が食に意欲的なことを聞いたので考える顔になった。


「冷スープなら、持ってきた」

「それ、食べる。それからまたフルーツ貰ってきてくれる?」

「ミリ…」


レイは驚いたようだがすぐに頷いてくれた。


「分かった、すぐに貰ってくる。…ミリ、本当に今の奴は大丈夫なんだな?」


念を押すように聞かれたので、私ははっきりと頷いた。

レイはそれを見届けるとすぐスープをテーブルに置いてから出て行った。

私は体を起こすとよたよたとソファーに向かい腰掛けた。


「サクラ…」


私がいないと生きていけないというサクラ。

この世にたった一匹だけ、私が守るべき存在。


「とりあえず、早くサクラを返してもらえるようにならなきゃ…」


おかしくなっていた私の心はやっと落ち着きどころを見つけた気がした。

色々な問題はまだまだある気がしたが、とりあえず私は目の前の目標、冷スープ完食を目指してスプーンを手に取った。

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